表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラウン  作者: 空城誠
1/12

プロローグ 雨の平野

 平野の一本道を、一人と一匹が歩いていた。

 今日の平野は、雲ひとつ無い、蒼い空に見守られていた。

 一人の名前はクラウン。

 一匹の名前はナルヴィ。

 クラウンは銀髪を腰の辺りまで伸ばしていて、瞳はラヴェンダーの色をしている。顔立ちは整っている。白く袖の長いチュニックの上に革の上着をはおり、膝下まである革のブーツを履いている。

 ナルヴィは金髪碧眼で、髪はショートに切ってある。まだ子供なのか、童顔だ。服はクラウンと同様のチュニックに腰の辺りでベルトをしている・チュニック下に灰色のタイツに白のブーツ。背中からは白い小さな翼が二対生えている。

 ナルヴィの飛ぶ速さにあわせて、クラウンは歩いている。

 ただ歩くといっても、早歩きより速い。

 クラウンははぐれエルフで、自分の種族を明かそうとはしない。

 ナルヴィは、色々な事情で妖精の姿にされてしまった、神様だった。

 

 太陽が南中高度を過ぎたあたり。クラウンが急に立ち止まった。

「どうしたの、クラウン?」

 ナルヴィは急停止して、クラウンのほうへ向く。

「いや、森が恋しいと思ってさ。しばらく休息を取ろう」

「いいよ。僕はそこらへんを散策してくる」

 ナルヴィは胡坐をかくクラウンをおいて、更に先へと進んだ。

「気をつけろよ、ナルヴィ。墜落しないように」

「クラウンこそ、アビスに連れ込まれないよう、注意したほうがいいよ」

 お互い憎まれ口を叩くが、それはいつもの挨拶として成り立っている。この二人、付き合いは随分と長い。

 ナルヴィが行ってしまうと、クラウンは腰に下げているポーチの中からティーセットを出して、お茶を沸かした。

 淹れ終わったお茶を、簡易カップを取り出してすする。

 先ほどまで雲ひとつ無かった西空に、小さな黒雲が現れた。

「これは、降るかな」

 クラウンは黒雲を面白そうに眺め、呟いた。

 陽が傾き、さっきまで蒼かった空がオレンジや朱色に染められている頃。やっとクラウンの元にナルヴィが戻った。その頃には、小さな黒雲は大きな黒雲へと変わり、空の半分を覆いつくしていた。

「クラウン。これじゃあ雨が降るからさ、さっさと先へと進もうよ」

 ナルヴィがクラウンにそう提案したが、クラウンは首を振り、

「久しぶりの雨でも、堪能しようじゃないか」

 と、口元に微笑を湛えて言った。

「クラウン、僕濡れるのだけはごめんだよ」

 と、ナルヴィはクラウンの上着の中に隠れた。

「まったく。雨に濡れるのはどんなに気持ちのいいことか……」

「でも、服を乾かすのが大変だからね。解ってる?」

「ああ。解ってる」

 クラウンは仕方なく、というかんじで、この平野には少ない、葉の生い茂った木の幹に寄りかかった。

「これでいいだろ」

「土砂降りになっても安心だね」

 そう言って、ナルヴィはクラウンの上着から出てきた。

「森の中に居たら、雨なんて問題ではないのにな」

「ホント。早く森に入りたいね」

 二人は雨を待ちながら、夕食として携帯食料を食べた。


 陽が完全に落ちた頃。平野の野草に、一つの雫が天から落ちてきて、当たった。

 もう空は完全に黒雲に覆われていた。

 一粒が合図だったのか、次から次へと雨粒が落ちてきて、やがて激しい雨となった。

「うわ、クラウン。もうこんなに土砂降りだよ」

「すぐに止む雨だ。明日には晴れているよ」

「そんなこと、聞いてないよ」

 ナルヴィは木の枝にちょこんと座り、降る雨を見つめた。

「オーディンの気まぐれか、ロキの悪戯か」

 そんなことを呟いたナルヴィを見上げて、クラウンは笑った。


 ある平野にある、ある村。 

 午後になって、急に雲が出てきた。初めは小さな黒雲だったのに、嘘のように成長して、夜には雨を降らせている。

 半年振りの、雨だ。

 村人は喜び、はしゃぎ、農作物も水を吸って喜び、豚や鶏も、人間と一緒になって駆け回った。

「お母さん、雨だよ、雨だよ!」

「まあ、本当にねぇ」

 ある親子は互いに抱きしめあい。

「神よ、我村を救っていただき、有難うございます」

 この村の村長は、神にお礼を何度も繰り返していた。


 翌朝。すっかり晴れた平野の草むらに、冷めたお茶の入った簡易コップが、転がっていた。



「にしてもさ、クラウン」

「ん、なんだ」

 朝露に濡れた草を踏みしめ、クラウンは普通の速度で歩いていた。

「クラウンが天候操作の呪を使うなんて、珍しいことでもあるんだね」

 クラウンは先日、乾ききっていた平野に雨を降らせた張本人である。

「あの日はたまたま、空に黒雲が存在したんだ。それに水分を吸わせれば、雨を降らせる巨大な黒雲にもなるさ」

 ナルヴィは納得したようなしないような複雑な表情で、クラウンの肩に座った。

「そんなもん?」

「ああ」

 クラウンは朝日が眩しい空を見る。

「そんなもんさ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ