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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
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最終章:乙女の背中には羽がある

【SIDE:宝仙星歌】


 コンクール、夢月の失敗は私にある事を教えてくれる。

 音楽は私にとって楽しむものだという事を改めて教えてくれたから。

 思い出せば小さな頃は純粋に音楽を楽しんでいた記憶がある。

 私には小さな頃から身近に音楽があった。

 親や周囲の期待などなく、楽しんでいた時期くらい私にもある。

 今の夢月を見て、そんな過去を思い出していた。

 

「……私も彼女に負けない演奏をしないといけない。そう思っていたけど、違うのね。私も楽しまなければいけないんだ。そうじゃなければ、人を楽しませる音楽なんて演奏する事はできない」

 

 私は数年ぶりにあがったステージに緊張している。

 人々の視線が私にだけ向けられている。

 

「ふぅ……」

 

 深呼吸をしてからゆっくりと私はフルートを吹き始めた。

 落ち着きながらも確実に、それだけじゃなくて私の全てをこの音色に託す。

 演奏中にふと夢月と視線が交差する。

 彼女は軽く手を振ってこちらに微笑む。

 初めはなぜヴァイオリンの奏者である夢月がフルートで勝負しようと言ったのか、かなりの疑問があったの。

 でも、今なら少しだけ分かる気がする……。

 あの子は最初から私との勝負というより、私をこのフルートコンクールの舞台に立たせたかっただけなんだって。

 そうすることで私が目をそらし続けてきた音楽と向き合わせたかったんだ。

 この3ヶ月間、久々に真正面からフルートと音楽に向き合って私は苦しくも、どこか楽しさも感じた。

 私が幼い頃に忘れてしまった感覚、思い出しながら……私は今、一つの答えを出す。

 演奏終了後、皆からの拍手を受けて私の心はどこかすっきりした気持ちになっていた。

 勝ち負けとか、それよりも大事な物を得られた気がする。

 私はこの数か月精一杯、頑張って練習を続けてきた。

 その努力に似合うだけの答えはそこにあった。

 

「……私の音楽が人を笑顔にした。その価値は他の何物にも代えがたいもの。これが、夢月や両親が音楽を続けている理由。そういうことなのね」

 

 音楽の意味を知り、私は心の中にあった嫌な思いを消し去ってくれた気がする。

 人は己の知る価値観でしか物を見れない。

 私が嫌悪し続けた音楽も、ちゃんと価値のあるものだと改めて知れた。

 何もしないで否定ばかりし続けることこそ、意味がないんだ。

 

 

 

 

 全てが終わり、私達の結果が出た。

 コンクールの結果は私が3位、夢月は5位という成績だった。

 あの貧血さえなければ結果がどうなっていたかは分からない。

 帰り道、夢月はいつものように頬を膨らませて拗ねていた。

 

「あ~っ、悔しいっ!私としたことがあんなミスしちゃうなんて」

 

「夢月、音楽の才能があっても、すべてじゃない。何事も日々の練習こそが大切だ」

 

 お兄様の言葉にシュンッと夢月はうなだれる。

 

「はぁ、また蒼空お兄ちゃんはお姉ちゃんに取られちゃうし」

 

「当然、勝負して勝ったんだから……文句はないでしょ?」

 

「あぅ、文句は言いたいけど諦めるよ。私はこれからもお姉ちゃんの永遠のライバルとしてお兄ちゃんを陰から狙うことにするから……めざせ、2号さん!」

 

 お願いだからそれだけは本気でやめてほしい。

 気が付いたら、お腹の中に……ってこの子の場合、本気でありそうだから怖いもの。

 それにしても、夢月は今回の事が相当悔しかったらしい。

 

「私は調子に乗ってました。慣れないフルートでも勝てると思いこんでた。私は音楽だと誰にも負けないって。まだまだだね。これからも、ヴァイオリンで頑張る事にするよ。そうだ、お姉ちゃんはこれからどうするの?音楽を続けるの?」

 

 私はお兄様と正式に再び恋人に戻ることができた。

 一度は失いかけた絆も彼を信じて前へと進む。

 お兄様と繋ぐ手の温もりを私は離したくない。

 音楽はその新しい一歩を始めるきっかけなんだ。

 

「音楽はもうしないわ。自分の中に区切りをつけることができたから。ありがとう、夢月。貴方のおかげで私は決別することができたの」

 

「もったいないなぁ。これから頑張ればいいところまでいけるよ?」

 

「そういう問題じゃないの。私は私の道を探すことにしたのよ。夢月や美羽さんは音楽の世界でこれからも頑張って欲しい。私はそれを応援するわ」

 

「……星歌ちゃん、顔つき変わったわねぇ。いい顔するようになったじゃない」

 

 美羽さんはそう言って笑みを見せる。

 

「いいんじゃないの?音楽だけがすべてじゃない。星歌ちゃんは今度こそ自分の意思で音楽と決別したのだから。自分が何をしたいのか見つかるといいわね」

 

「お兄ちゃん的にはどうなの?お姉ちゃんは音楽を続けるべきだと思う?」

 

「星歌がしたいようにすればいいさ。僕はその夢をいつまでも応援してあげる。世の中は選択肢で溢れているんだ。どの選択をしてもいい。後悔しない選択をして欲しいと思うよ。星歌、キミはどんな道を進んでいきたいと思うんだ?」

 

「私は……」

 

 私はきっと音楽の道には進まない。

 今回の件でけじめはつけられた。

 嫌いだからとかじゃなく、自分の意志でどう進むのかを考えたいんだ。

 音楽だけが人生じゃない、私には私の道があるはずだから。

 

 

 

 

 5年後、私は大学を卒業して日本で中学校の先生になっていた。

 科目は音楽ではなく、得意分野の国語を高校で教えている。

 夏になり一学期も終了して今は夏休み中。

 この3ヶ月で先生になることもずいぶんと慣れてきた。

 

「ねぇ、宝仙先生。この人ってもしかして、宝仙先生のお兄さん?」

 

「前に話したことがあったでしょう。そうよ、私の兄、宝仙蒼空よ」

 

 新聞の一面に大きく取り上げられている、お兄様の姿。

 彼はあれから音楽大学に進み、指揮者を目指して海外留学をした。

 

「蒼空さんって素晴らしい指揮者になれるって海外でも評判じゃないですか」

 

「先生、今度、サインもらってきてください」

 

「ふふっ、自分の兄を褒められるのは嬉しいことよ」

 

 そして、彼は早速有名な指揮者コンクールで優勝したのだ。

 有名な先生に弟子入りして今は大変な生活を送っているみたい。

 私との交際はまだ続いているけども、遠距離恋愛になっても私は日本で彼を応援している。

 かつてはその事に心配したけど、実際、何とかなるものだ。

 あのフルートのコンクールは私に自信を与えてくれたの。

 私は生徒たちと会話しながら夏休みの部活指導を過ごす。

 私の部活担当は吹奏楽部、県内の中学では有名な吹奏楽部だ。

 音楽教師ではないけれど、過去にしていた事もあり私がすることになった。

 秋にはコンクールを控えているため、皆も熱心に練習している。

 私は音楽と離れられない運命なんだ、その事を今は前向きに考えている。

 

「すごい~っ。先生の家って音楽一家なんですよね?」

 

「まぁね。両親もそうだけど、兄妹も皆、音楽家だもの。自慢の家族なの」

 

 その事を気にする時期もあった、だけど、今の私には心を曇らせるものは何もない。

 生徒たちに指導しながら私は思う。

 音楽の楽しさを彼女達にはもっと知って欲しいんだって。

 今は家族はバラバラに海外で活動している。

 それでもいいと思うんだ。

 それぞれが自分の好きな道を歩いて行ける。

 家族の絆は離れていても切れる事はないんだって。

 

「……さぁて、今日はここまでにしましょう。また明後日の練習まで、ちゃんと復習しておくように。夏休みが終われば皆も秋のコンクールがあるんだから」

 

「はーいっ」

 

 片づけを始める生徒たちを見ながら私は思うんだ。

 音楽って色んな人々と触れ合えるものなんだって。

 昔、音楽を嫌悪し続けた私からは想像できない自分の成長だと思う。

 帰り際、スーパーで買い物を終えた私は家へと帰る。

 実は今、家にはまだ大学院に残った美羽さんがいる。

 彼女が一緒にいてくれるので寂しさはそれほどない。

 飼い犬のナイトもすっかりと私の家族の一員で大切にしている。

 美羽さんには時々、生徒の指導の事で相談したりすることもあるんだ。

 

「ただいま……あれ?」

 

 今の時間は誰もいないはずなのに、鍵が開いていた。

 気になりつつ家の中に入ると、そこにいたのは……。

 

「あっ、おかえりなさい~っ。お姉ちゃん、貴方の可愛く美人に成長中の双子の妹の夢月だよ。お仕事でしばらく日本に滞在することになったの」

 

 プロのヴァイオリン奏者になった夢月がそこにいた。

 名高い有名オーケストラに入れたこともあり、世界中を飛び回る忙しい生活を送る。

 そんな彼女と数年ぶりに対面した。

 

「おかえりなさい、夢月。貴方は何年経っても中身は変わらないわよね?」

 

「失礼だなぁ。こーみえて、変わってるんですよ?」

 

「どこも変わらないと思うのは気のせい?」

 

 双子の妹に軽口を叩きながら、美羽さんの帰りを待ちながら料理を始める。

 

「美羽ちゃんと生活しているんでしょ?」

 

「えぇ、あの人も大学院にあがって勉強しているから。日本のオーケストラにも誘われているみたいよ。院卒業後はどうするのかしら。まぁ、彼女がいるから安心できることもあるんだけどね」

 

「ひとりじゃ寂しいし、楽しくていいじゃん。年末くらいは家族全員、集まれるといいね。あっ、私もお料理を手伝うよ」

 

 そう言うと夢月はなぜか4人分の食事を作り始める。

 私と美羽さん、夢月の3人しかいないのに。

 

「……夢月、太るわよ?」

 

「違うっ!?私が2人分、食べるんじゃないのっ!もうっ、鈍いなぁ。今、美羽ちゃんがある人をお迎えに行ってるのにっ。会うのは2年ぶり何でしょう?美味しい料理を用意しておかなきゃダメじゃない」

 

 その言葉に私はハッとさせられる。

 その相手が私は待ち望んだ相手だと気付いたから。

 その時、玄関の方から美羽さんの声が聞こえた。

 

「ただいま~っ。おっ、二人とも帰ってきているみたいね。星歌さん~?」

 

 私は慌てて玄関へと向かうと、ふたりの人影がそこにある。


「え?」

 

 美羽さんは私と視線が合うとにっこりと笑って言うんだ。

 

「星歌さん。貴方のおまちかねの人を連れてきたわよ」

 

 そして、家に入ってきた男の人は口を開いた。

 

「星歌。久しぶりだね、ずいぶんと綺麗になったな」

 

「そ、蒼空お兄様っ!!」

 

 私は思わずお兄様に抱きついてしまう。

 久々の再会、向こうでは忙しくて中々帰国できなかったお兄様がいる。

 週一回の電話だけの遠距離恋愛、私は思わず涙ぐむ。

 

「星歌に会いたくて予定を早めて帰ってきたんだ。色々と話したい事もあるからさ」

 

「はい、私も沢山ありますっ」

 

「……あの、玄関先でイチャつかないで。ほら、2人とも中に入ってからラブしなさい」

 

 美羽さんに言われて私達は顔を赤らめる。

 

「お兄ちゃん、おかえり。1ヶ月ぶりだよね?パリであったのが最後かな」


「ただいま、夢月。たまに会うから久々って感じじゃないけどな」

 

 海外活動中の夢月はそれなりに会っている様子。

 何だか不公平な気持ちもあるけど、私たちがそれぞれ決めた道だもの。

 

「しばらくは滞在されるんですか、お兄様……?」

 

「うん。まぁ、滞在中も取材されたりするみたいなんだけどね。そうだ、もうすぐ夢月と星歌の誕生日だろ。その時はぜひ祝おう。いいお店を予約しておくから」

 

「はいっ……楽しみにしておきます」

 

 音楽は私とお兄様の距離を離す結末になった。

 その事を今は私は後悔していない。

 悩み、苦しむことがあり続けたからこそ、未来を大事にしたいと思えるようになった。

 

「言い忘れていました、お兄様」

 

「ん?星歌、何だい?」

 

 私は精いっぱいの笑顔で大好きな人を迎え入れる。

 

「――我が家へおかえりなさい、蒼空お兄様」

  

 私達の恋愛物語はこれからも続いて行く。

 

 ねぇ、知ってる?

 

 乙女の背中には羽根があるの。

 

 その羽根は自由に空を飛びまわり、大事な未来を掴むためにあるんだ――。

 

【 THE END 】

 


前半は星歌と夢月の義兄争奪戦ラブコメ。後半は少しシリアスになりましたが、それぞれの夢に向かい、現実と向き合っていきました。双子の姉妹も仲が良かったり、仲が悪かったりと大変でしたが。最後は星歌も自分にとって音楽と向き合い、夢月も自分の夢をかなえました。これにて終了、読んでもらいありがとうございました。

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