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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
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第63章:その愛を演奏して

【SIDE:宝仙星歌】


 フルートのコンクール本番。

 私の演奏は午後からなので午前は他の人の演奏を聴く。

 コンクールに出てくる子たちだけあって、皆は私よりも上手いように感じる。

 自信満々に演奏する子や、失敗してしまう子。

 聴いているだけでも、その人の感情が音に伝わってくる。

 美羽さんが私に教えてくれた“生きている音”を聴け。

 人間が演奏した音は全てが違う。

 同じように聴こえても奏でる相手によって、それぞれの個性があるの。

 

「……ぐぅ」

 

「こらっ、寝るな。夢月、起きなさい」

 

「だって、暇なんだもんっ。ちょっと、私、トイレに行ってくる」

 

 そう言って席を立ってしまう夢月。

 何なの、あの子?

 音楽をしている人間なら他人の音を聴くことって大事なんじゃないの?

 それともヴァイオリンが専門の夢月には意味がないとでも?

 いろいろとつまらない事を考えてしまう。

 私は経験が浅いので他人の演奏はとても参考になる。

 失敗してもそのあとの巻き返しとか、演奏のタイミングとか勉強になるもの。

 しばらくしても、妹は帰ってこない。

 気になった私は席を立って彼女を探してみることにする。

 迷子になってるんじゃないでしょうね?

 私がホールの外にある自販機コーナーへきた時だった。

 

「作戦はうまく行ってるよ、私の計画通りに進んでいるの」

 

「ホントか?僕はいまいち信用出来ていない」

 

「ひどっ!?お兄ちゃん、そこは信用してってば」

 

 聞き慣れた声、そこにいたのは蒼空お兄様と夢月だった。

 どうして彼らが会って話をしているの?

 気になった私は物陰に隠れて伺おうとするといきなり夢月がこちらを向いた。

 

「――ん、今、お姉ちゃんの気配がしたような?」

 

「星歌?……どこにもいないぞ?」

 

「あれー?おかしいなぁ、私の双子電波がビビっとお姉ちゃんの反応を感じたの」

 

「夢月は星歌の居場所を感じられるのか?何だか双子って不思議だよな」

 

 いや、反応感じるとかありえません。

 私はお兄様が妙な納得をするのを否定したい。

 それにしても夢月の敏感さはホントに驚く。

 私にこと、どうして分かるのかな。

 

「でも、ホントに気配を感じたんだよ?もしや、その辺の物陰に隠れてるとか?」

 

「はいはい、そんなのはどうでもいいから。話を続けよう。それで、夢月。今回の勝負、星歌に勝たせるとかそういうヤラセはなしなんだ?」

 

「ないって。ありえないね、私がわざと負ける事なんて。あの人、音楽の才能ないとか自分で言ってるけど、持ってるものはあるんだから。下手に手加減して負けたら悔しいもん。私はお姉ちゃんに勝つ、それも圧倒的な実力さを見せつけてね」

 

 不敵に笑う夢月……何だか今日の妹は怖いわ。

 彼女は手に持っていた紙コップのジュースを飲みほす。

 

「私はお姉ちゃんに苦渋を飲まされ続けてきたの。音楽以外じゃ負けっぱなし。いい加減、決着つけたいと思っていたの。ふふふっ、今度こそ勝つ!」

 

 その空になった紙コップを手でグシャっと握り潰した。

 私は本気の夢月に勝てるのか、不安が込み上げてくる。

 この勝負に負けたら私はお兄様を失うことになるもの。

 

「……おい、気合が入ってるのはいいが、まだコップに中身が残ってるぞ」

 

「え?きゃーっ!?ど、どうしようっ!?手がオレンジジュースまみれにっ!?」

 

「いいからすぐに手を洗ってきなさい。お気に入りのドレスがジュースでシミになる」

 

「うぇーん。それは嫌だよぉ、ぐすっ」

 

 無駄に恰好をつけた夢月は自爆して泣く泣くお手洗いへと走って行く。

 ホント……夢月らしいわ。

 私は呆れつつ、お兄様の方へと近づくことにした。

 

「あら、お兄様。ここにいたんですか?」

 

「星歌?あぁ、少し外の空気を吸いたくなって。星歌こそ、どうした?」

 

「喉が渇いたのでこちらに。夢月を見かけませんでしたか?あの子、さっきからどこかへ行ってしまったんですよ」

 

「夢月ならさっきまでいたよ。僕がジュースを買ってあげる。どれにする?星歌が好きなピーチ系のジュースかな?」

 

「はい、お願いしますね」

 

 私達はお互いに何もなかったように話しあう事にした。

 夢月が帰ってくるまでのわずかな時間の触れ合い。

 その刹那的な時間が私に勇気を与えてくれる。

 音楽に負けない、夢月に勝つ。

 その言葉を胸に強い意志を固めていたんだ。

 


  

 

 お昼を過ぎて、ついに私達の番がやってくる。

 緊張してきて私は指先が軽く震えている。

 昔からコンクールというか、人前で演奏するのは苦手だ。

 

「……さぁて、次は私の番だね?」

 

「夢月、貴方は音楽に必要なのは何かって聞いたけど、その答えを持っているの?」

 

「最初に言ったでしょ。私にとって音楽は人々を“楽しませる”ものだって」

 

 彼女は私に舞台袖へ行くように言う。

 

「特等席で見ていてよ。私の完全勝利を見せてあげるから」

 

 自信満々にそう告げると夢月はステージへとあがる。

 私はそこから彼女を見つめていた。

 緊張を微塵も見せず、余裕をもっている様子。

 こういう時は場数を踏んだ経験がものをいう、私にはそれだけの経験がない。

 

「……始まるわ」

 

 夢月はフルートを吹き始める。

 曲のレベルは高校生で吹ける程度のもの、とくに高レベルのチョイスではない。

 だけど、誰が聞いても上手いと思う演奏だ。

 

「すごい……。本職がヴァイオリンの奏者であるはずなのに」

 

 音楽の神様に愛されている人間。

 持ち前の音感と感性、表現力、フルートでもそれは変わらない。

 場数を踏んでいるから落ち着いている夢月。

 どんなに努力しても、相手に才能がありすぎて私は追いつけない。

 

「……だけど、何か違和感があるわ?」

 

 途中から音にわずかなズレを感じ始める。

 その違和感の正体が分からない、その辺りはフルート奏者ではないから?

 当たり前のことだけど、練習もせずにうまくなる人間はいない。

 練習不足だと私は思ったけど、その違和感が違う事に気づく。

 これは……呼吸だ、夢月の呼吸がおかしい?

 

「もしかして……?」

 

 私の嫌な予感は的中する。

 いきなり夢月はふらっと力を失ったようにステージに倒れこむ。

 脱力する彼女、一体何が起きたのか。

 観客のざわめく声に私は思わず駆けていた。

 

「――夢月っ!?」

 

 すぐに近づこうとすると、夢月はゆっくりと起き上がる。

 私や関係者に向けて右手で来なくていいと合図する。

 意識はあったみたいで、立ち上がると、そのまま演奏再開の準備を始める。

 顔色が悪い、やっぱり、夢月は“貧血”を起こしたんだ。

 フルートのような吹奏楽器は息が続かず貧血を起こすことが初心者では多い。

 私も昔は貧血を起こした記憶があるもの。

 だけど、そんな単純なミスを夢月が起こすなんて私は想像すらできていなくて。

 ううん、単純だからこそ貧血には気をつけなくちゃいけないの。

 動揺する私に夢月は準備を終えたらしく、観客と審査員に頭を下げる。

 

「……夢月、このミスは致命的じゃない」

 

 私と勝負するにはあまりにも痛いミス。

 けれど、そこからの挽回を夢月は成し遂げる。

 アレだけのミスをしたのに彼女は笑顔を見せる。

 そして、ゆっくりともう一度曲を奏で始めた。

 ミスしたことなど忘れてしまったかのように。

 先ほどまでの違和感が消えたメロディーは優勝候補の少女達とほとんど変わらない。

 高いレベルだけじゃなく、本当に聞いているこちらが楽しくなるテンポの良さ。

 

「すごい、これがあの子の音楽なの?」

 

 彼女のすごさというものを知っていたはずだった。

 何て楽しそうに演奏するんだろう。

 私には無理だ、あんなの無理に決まっている。

 ミスをしている事に動揺して満足いく演奏なんて出来るはずがない。

 彼女は私に言った、音楽は人を楽しませるものだって。

 

「……そうか。音楽って楽しむものなんだ」

 

 私はその夢月の音楽の向き合い方に衝撃を受けたの。

 私が逃げ続けた音楽とは違う、彼女は自らも楽しんで音楽をしてきた。

 本物の音楽を前に私はうなだれる。

 

「私は勝負の事しか頭になかったわ。こんなの考えた事もなかった」

 

 最後まで崩れることなく夢月はフルートを吹き終える。

 会場内に湧き上がる拍手、皆が彼女のすごさを実感する。

 演奏のレベルが高いだけじゃない、貧血というアクシデントをもろともしない精神力と持ち前のポジティブ思考、それと音楽の向き合い方。

 これが夢月という女の子の音楽なんだ。

 彼女はこちらの視線に気づくと笑みを見せて手を振る。

 

「私も頑張らなくちゃいけないわ……」

 

 お兄様のためとか、色々と考える事はある。

 けれど、それ以上に私も自分のすべてをこのフルートの音色に乗せたい。

 ずっと嫌いだった音楽、向き合うことすら恐れていた。

 それでも、今は違うんだ……。

 私の本気の音楽を悔いのないように演奏したい。

 

「お兄様、夢月、美羽さん……。私の音楽を聴いてください」

 

 そして、ついに数年ぶりのステージに私は立つことになった。

 自分にとっての音楽とは何なのか。

 その答えを出す時がきた。

 私の“最後の音楽”を皆に聴いて欲しいの――。

 

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