第57章:姉妹対決
【SIDE:宝仙星歌】
私と夢月は義兄の蒼空お兄様をかけて争った過去がある。
お互いに強い想いを抱いて、生まれて初めて妹と本気で争った。
その結末は私の勝利。
お兄様と交際することができたの。
だけど、あれから2ヵ月が過ぎて私とお兄様は破局の危機を迎えていた。
初めての喧嘩。
慣れていなかった初めの頃を含めずにいれば、お兄様に逆らうようなことを言ったのは今回が初めてのことだった。
強い意見でお兄様に迫ったのも……。
私はお兄様が好き、誰よりも愛している。
だからこそ、私から離れていく事を止めたいと言う想いが強すぎたの。
どうしてお兄様が私から離れてしまうの?
“音楽”というものは私から両親を、妹を、大好きな恋人ですら奪おうとしている。
寂しいのは嫌、おいていかれるのはもっと嫌。
これは私の子供じみた我が侭なのかしら。
違う、これは我が侭なんかじゃない。
私は悪くないよね、自分の意見を言うのは悪くない。
誰だって好きな人が自分から離れていくのを止めるはず。
それが自分から何度も孤独を与えたものならばなおさら――。
んぅ、何だろう、このふわふわとしているものは?
目が覚めた私は自分が何かを抱きしめている事に気づく。
愛用の抱き枕の感触ではない。
「……む、むぎゅぅ」
しかも、何やら呻き声をあげている様子。
「な、中身が出る。だ、誰か助けて……ガクッ」
目を凝らして見てみると私が抱きしめていたのは双子の妹の夢月だった。
苦しそうにうめきながら、逃げようともがいていた。
「何をしているの、夢月?」
「実姉の豊満な胸を顔面に押しつけられて窒息死しそうになってます」
「……ぐぅ」
「ね、寝るなぁっ!?お願いだから起きてください、ぐすっ」
妹が本気で泣くので仕方なく目覚めることに。
そこでようやく頭の回転し始めて昨日のことまで思い出す。
「あーっ、もうやっちゃったよ。私のバカ~っ」
「自分を責めるより先に私の命の危機をもっと気にして。ほら、見なさい。私の元愛用していた夢月2号のなれの果てを。私がお姉ちゃんにあげる前と比べて、何て可愛そうなくらいにへこんでいるの。うぅっ、もうすぐダメになりそう」
「その時はその子を捨てて、夢月3号を買うから大丈夫よ」
抱き枕のおかげで私はここ数か月快眠生活を送っている。
「夢月2号を使い捨て扱いするなんてひどい。ていうか、3号にも私の名前を付けるとは……そんなに私を抱きつぶすのが好きなの!?姉の愛情が怖い」
「はぁ、バカを言ってないで。抱き枕のなれの果ての心配より、するべきことはお兄様との仲直りよ」
お兄様に嫌われてしまったことが何よりもショック。
一晩経って冷静になったこともあり、罪悪感と嫌悪感が入り混じる。
あんな風に喧嘩してしまったことが何よりも辛い。
時間が経てば経つほど後悔しかないの。
「私が仲直りさせてあげるから、任せて!」
「夢月に出来るわけないじゃない」
「ひどっ。私はこー見えても、そういうのは大の得意なんだよ。実は2年前にもパパとママの離婚危機を救い、さらなるラブ甘関係にさせたのもこの私なんです」
「……あのふたり、離婚しかけていたの?」
思わぬことを聞いて私は尋ね返していた。
高校に入ってから海外へ行くことが多くなり、滅多に合わない両親。
夢月と違い、その現状をほとんど知らないけど、再婚以来ずっと仲はよかったはず。
「うーん、パパが他に女の人と付き合ってるんじゃないかってママが疑ったのが原因ですごく喧嘩してたんだ。実際はママの誤解だったんだけど、その不仲を仲直りさせたのは娘の力ってやつなんですよ。詳細は省略するけどね」
「……ふーん」
「うわっ、めっちゃどうでもいいって感じの言い方だ」
実際に夢月がその仲を食い止めてくれたのはいいとしても、それが今の私の関係とどう関係があるっていうの?
あの二人と違って、こちらはまだ恋愛して日が浅い。
喧嘩も初めてで、不安もたくさんあるのよ。
「だから~、私が何とかしてあげるってば」
「お兄様が貴方がどうかした程度で許してくれるはずがないわ」
「お任せあれ。私には秘策があるのですよ、むふふっ」
何やら嫌な笑いを見せつける妹に不安は大きい。
しかし、まだお兄様に直接会う自信はないので任せてみることにした。
しばらく、自室でのんびりとしていると夢月が笑顔で入ってきた。
その表情から察するにうまくいったのかな。
「ただいま、戻りました~」
「ん、お兄様はどんな様子だったの?」
「えっと、何て言えばいいのかな?星歌があんな子だなんて幻滅したって感じ?」
「……そう。そうよね、私なんかもうお兄様の恋人として付き合う事なんて」
がっくりと肩を落としてへこむ。
想像していた通り、お兄様は私の事を嫌いになってしまったんだ。
自分がしでかした事とはいえ、反省するしかない。
「じょ、冗談だってば。そんなに落ち込まなくても」
「いいのよ、下手な慰めなんていらないの」
「だから~、人の話をもっと聞こうよ。いい?お兄ちゃんはもう一度話そうと言ってたよ。星歌がそんな気持ちを抱いていたなんて知らなかったって」
お兄様は優しい人、私を多少なりとも許してくれる気持ちはあるのかも。
「……お兄様と合わす顔がないわ」
「って、またそれ?何よ、へこんでばかりいても解決しないの!真正面から戦わなければホントに欲しいものは手に入らない。いいからお兄ちゃんの前にいきなさい。早くしてよ、私の秘策が通じなくなるし」
彼女の言う秘策というのがどんなものか分からない。
しかし、私には絶対的な自信がないの。
またいい争いをしてこれまで以上に傷をつけてしまうかもしれない。
そう思うと身体が震えて仕方がない。
「――あぁ~、もうっ、イライラするにゃー」
「なぜ、にゃ?」
「違うっ。いいからさっさと来なさい。文句は言わない。仲直りする気がなくても来て」
彼女は私を引きずるようにお兄様のもとへと連れて行く。
こんなに強引な事をするなんて、夢月は何を企んでいるの?
お兄様はリビングで私の事を待っていた。
神妙な面持ちの彼に夢月は驚きの発言をする事に――。
「さて、お兄ちゃん。私は今ものすごく怒っているの。なぜだか分かる?」
「え?僕が夢月に怒られているのか?」
「当然じゃん。お姉ちゃんがこんな風になるのは分かりきってたじゃない。最初から恋愛なんてしなければよかった」
「夢月、貴方、お兄様になんてことっ!」
思わぬ発言に私はつい苛立ち声を荒げた。
私がそういうのは分かっていたように、次は私に夢月はこう言った。
「お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ。文句があるならちゃんと言えばいいの。それができない関係って何?それは恋人じゃない。お兄ちゃんもお姉ちゃんもまだ恋人って言えない。兄妹の関係がちょっと変わっただけじゃん」
「私とお兄様はちゃんとした恋人よ」
「それでも、今はどう?というわけで、私はある事を二人に提案したいと思うんだけど」
にやりと嫌らしい笑いを浮かべた妹はとんでもない事を言う。
「――蒼空お兄ちゃん、私と交際しよ?」
「は、はい?ちょっと待て、夢月、お前は何を言ってるんだ?」
「そうよ。私達に……別れろと言うの?」
思わぬ提案に私は彼女を睨みつける。
お兄様も同様に驚いた顔をしていた。
「だって、お姉ちゃんは音楽嫌い。将来の事を考えても私と付き合う方がいいじゃない。私と交際すれば何も問題ないでしょ?私もお兄ちゃんが好きだもん」
「何を言ってるのか分からない。私とお兄様に別れてしまえと言うの」
「そうよ、そう言ってるのが分からないかなぁ。私、お姉ちゃんにお兄ちゃんはふさわしくないって思うんだよねぇ。だったら、私にちょーだい?」
「ふざけないでっ!夢月、冗談はやめて。ふざけすぎるのも大概にしなさい」
私は夢月に語気を強めて言い放つ。
こんなにふざけた事を言うなんてひどすぎる。
「ふーん。あれだけ自分で言っておきながら別れるつもりはないの?ふざけてるのはどちらかな?お兄ちゃんと別れてしまえば、お姉ちゃんも苦しむことはない」
「そんなことは……」
「あれぇ、違うの?別れるつもりはないけど、喧嘩した?」
夢月の言葉が私の胸を貫く。
彼女の言葉を否定することは、今の私にできないもの。
お兄様と別れたくないと言う感情だけしかない。
「そこで、私はお姉ちゃんに蒼空お兄ちゃんを賭けて勝負を申し込むよ」
「勝負って一体、何をさせるつもりなの?」
静かに夢月は指をさす、それはなぜかテーブルに置かれていた私のフルート。
どうしてそこにフルートがあるのよ。
「この勝負、当然するのは音楽よ。お姉ちゃん、お兄ちゃんを賭けて私とフルートの演奏で勝負しよう?3月初旬にフルートのコンクールがあるの。そこで私と正々堂々と勝負して、勝った方がお兄ちゃんを手に入れる。どう?」
自信満々に言う夢月、だって、音楽では彼女が圧倒的に有利。
いくらフルートを主にしていない夢月でも私は一度もコンクールで勝てたことがない。
だが、夢月は本気だった……本気で私に言うんだ。
「――その程度の覚悟もないならさっさと別れてよ。負け犬さん」
妹の冷たすぎる物言いにゾクッとさせられる。
夢月が私に対してこんな言い方をするのは初めてだった。
お兄様と夢月が付きあうことがいいのは理解できる。
どうしようもなく私は身体を震わせることしかできなかったの……。