第56章:嫌いなはずなのに
【SIDE:宝仙星歌】
「ただいま、星歌お姉ちゃん。貴方の可愛い双子の妹の夢月だよっ」
私の前に現れたのは双子の妹、夢月だった。
なぜ彼女がここに……?
「何をポカンっとしてるの?もっと歓迎してくれてもいいじゃん。とりあえず、ハグッ」
彼女は私に抱きついて衣服に積もった雪を振り払ってくれる。
私は何も言えず、ただその行動を受け入れている。
「冷たいっ!?何でこんなに冷たいの、風邪ひくってば。しょーがないなぁ、ここは可愛い妹がココアでもおごってあげる」
そう言って彼女は私から離れるとすぐに自販機で温かいココアを購入して私に手渡す。
「ほら、どうぞ。温かいものでも飲んでちょっとは身体を温めて」
夢月の言われるがままに私はココアを飲む。
ほんのりと甘いココアが私の冷え切った体を温めていく。
「どう?少しは喋れるようになった?」
「……何で貴方がここにいるの?」
「どうして?クリスマスには帰るって言ってたはずだよ?聞いてない?」
「そうだったの、知らなかったわ」
ホントに知らなかった、多分、お兄様は私に伝えていたかもしれない。
けれども最近の私はお兄様の疑惑に考え込んでいたのでちゃんと聞いていなかった。
「もうっ、せっかく可愛い妹が帰ってきたのに寂しい反応しないでよ」
「さっきから連呼している可愛い妹っていうの、自意識過剰すぎ。可愛くないから」
「グサッ。お姉ちゃんからキツイ一言……えぐっ、せっかく戻ってきた妹に何て冷たいの。それとも、何か怒りが込み上げて不愉快な事でもあったのかな?」
「……夢月っ……!」
彼女はどうやら私の話を聞いているようだ。
そうよね、じゃなきゃ私のところになんて来るはずない。
「夢月はお兄様に頼まれてきたの?」
「まぁね。双子の毒舌な姉が家出中だって話を聞いたから、すぐにここにいると分かったの。お姉ちゃん、昔からこの場所がお気に入りだったでしょ」
「無意識よ。気づいたらここにいた、それだけなのに――」
私は飲み終えた缶をゴミ箱に入れる。
多少は寒さは和らいで、身体にぬくもりが戻ってきた。
私が何をしでかしたのか、改めて冷静に考えてしまう。
「早く帰ろう、お兄ちゃんも心配して待ってるよ」
「私は帰れない。だってお兄様に私は……」
「まぁ、お姉ちゃんが何をしでかしたのか、話を聞かなくても分かるよ。それで、別れたの?まだ別れていないの?」
夢月は全てを知ってるような口調で結果だけを尋ねてくる。
何を聞かなくても私の事なら何でも分かる。
「ホントに何でも分かるの。別れてはいないわ。でも、それに近い状態にはなっているけど。お兄様を傷つけてしまった」
「これから別れる予定はある、と?」
「私が望んでいるわけがない。それでも、そうなるでしょう。夢月なら分かるはず。いつか別れが来ることも……」
音楽を本格的に始めるのなら私は足手まといにもなる。
このまま恋愛を続けていけるの?
「さぁ?そんなの私には分かんない。お姉ちゃんが何をそんなに怯えているのか。お兄ちゃんとの関係を信じられないんだ?だから怖いの?逃げて、どうする?」
「ち、違うわ。お兄様の事は信じていて……」
「お兄ちゃんとちゃんと話をすれば?納得するまでして、それでダメならっていうのが流れじゃないの?お姉ちゃんは話をする前に逃げるからダメなんだよ」
確かに夢月の言う通り、私は彼と満足に話をしていない。
お兄様の話もよく聞かず、逃げるように家を出てきたから。
「うぅ、寒いからもう帰ろうよ。緊急的なお話じゃないんだから、ゆっくりと話をしてもいいんじゃない?とりあえず、お姉ちゃんも落ち着いて。ほら、帰るよ」
私の手を握ると引きずるように夢月は私を公演から連れ出そうとする。
なぜだろう、昔は嫌いだったこの子の傍にいると誰よりも安心できる。
私と夢月が双子の妹だからかな……。
「それにしてもこっちでも雪が降ったね。東京で雪が積もるくらい降るのって久しぶりじゃない?そーいえば、子供の頃にお姉ちゃんが雪が降って遊んでいて思いっきりすべちゃって転んで泣いたの覚えている?」
「……余計な事を覚えていないでいいの」
「まだその頃ってお兄ちゃんは私達のお兄ちゃんじゃなくて、まだホントのお母さんもいた頃だったよね。ずっと泣き続けて、疲れて泣きやむまで私とママがどれだけ苦労したか。それからしばらくお姉ちゃんは雪嫌いだったでしょ」
両親が離婚する前、実母に連れられて公園で遊んでいた私は雪で転んで大泣きした。
確かにそれからずっと私は雪が嫌いだった。
いつからだろう、雪を嫌う事がなくなったのは……。
音楽も同じように嫌悪しない日が来るの?
家に戻った私はお兄様と顔を合わすも何も言えずにいた。
自室に戻るとなぜか布団が敷いてある。
「……というわけで、おやすみなさい」
「ちょっと待って。何で夢月が私の部屋にいるのよ?」
「同じ部屋っていうか、同じベッド寝るのは危険だから?」
「だから、何で夢月がここで寝ようとするわけ?自室に戻りなさいよ」
暖房の電源を入れて私は部屋が暖まるのを待つ。
「私の部屋は美羽ちゃんに貸してるもん。しばらくはここにいるけど、この部屋を使わせてもらうのでよろしくね。って、何をするの~っ!?」
私は夢月のパジャマの襟首をつかんで廊下へと放りだす。
「他にも部屋はあるんだからそちらで寝て」
「可愛い妹を放りだすなんてひどい」
「今はひとりでいたいの。いいから出ていって」
文句を言われても嫌なの。
私はそのまま部屋の扉を閉める。
「……ごめん」
あの子のおかげで私は助かった気持ちはある。
今は傍にいたくないんだ。
「それじゃ、ベッドは私がもらうよ。おやすみ」
だけど、なぜか室内から妹の声がする。
ハッとそちらに視線を移すとベッドに入ろうとする妹がいた。
今、外に出したはずなのに……どうして?
「なっ、だからそこは私のっ!ていうか、出ていったんじゃ」
「今、この部屋を出て行ったのは夢月2号です」
私が扉を開くとなぜか愛用の抱き枕、通称、夢月2号がそこにあった。
変わり身って忍者みたいな器用さを持つ妹だ。
私はそれを回収して夢月を追い出すのは諦めることにした。
この子を説得するのは大変だもの。
「ほら、ベッドは私。夢月はちゃんとそちらに敷いてるベッドに寝なさい」
「やだよぅ。一緒に寝ればいいじゃない」
「……はぁ」
文句を言うのも疲れる、私は仕方なく夢月と一緒に寝る事に。
愛用の抱き枕、夢月2号は仕方なくベッドの外に。
夢月と一緒に寝るにはこのベッドは少し狭い。
「何で……」
「ん?何か言った、お姉ちゃん」
「何でこんなことをするのよ。私の事、気にしているの?」
いきなり一緒に寝たいとか言うのは何か考えがあるからに違いない。
「気にするに決まってるじゃない。お姉ちゃんが苦しむのを見るのは嫌なの」
私は「ありがとう……」と優しさに感謝する。
姉妹として生れてからずっとの長い付き合い。
「夢月に対して姉妹で初めてよかったと思ったわ」
「今さら!?もっと前からよかったと思っておいてほしかった」
夢月の軽い口調に私はクスッと微笑する。
彼女と話していると気が楽になるのはどうしてかな。
「ねぇ、夢月。留学はどうなの?楽しい?」
「……んー、楽しいというより大変かも。私の先生があっちこっちに行くから大変。最近はママとパパ達と離れて暮らしているんだよね」
「そうなんだ。あの二人は元気なの?」
「超ラブラブだよ。お正月は二人で過ごすんだって。もうっ、見てるこっちが恥ずかしいもん。あんな夫婦関係に将来はなりたいような、なりたくないような」
両親の仲の良さはかなりいいけど、羨ましいかはまた別だ。
「んっ……お姉ちゃん、もしかして太った?くっ、い、痛い~っ!?」
私は夢月のお腹にひじ打ちをする。
「この前も似たようなことを言ったでしょ」
「うぅ、冗談だよ。私はスタイルのいいお姉ちゃんが羨ましいだけなのに。私なんて全然成長しないの。何で、どうして?」
「知らないわよ。……遺伝なんじゃないの?」
「うぐっ。言ってはいけない一言を……ぐすっ」
夢月は言うほどスタイルが悪いわけじゃない。
何をそんなに気にする必要があるのかな。
妹と会話を続けていると、お兄様と喧嘩し続けていることすら忘れてしまう。
「外国語はちゃんと勉強しているの?」
「こー見えても、英語とフランス語はそれなりに話せる。あと、北欧関係の言葉なら日常会話程度は十分できるよ」
「夢月は昔から自分の好きなものは何でも覚えが早いものね。他は全然だけど……」
「それ、どーいう意味?ん?」
私は「何でもないわ、おやすみなさい」と苦笑する。
私にとって嫌いだったはずの女の子、双子の妹の夢月。
いつしか私にとって必要な存在になっている事に気づいた。
ううん、違うわ……きっとずっと前から私は夢月を必要とするべきだった。
妹の温もりに私は心が癒されていく。
つまらないプライドがいつも邪魔してできずにいただけ。
弱い自分、私は変わることが出来るのかしら。