第55章:双子としての絆
【SIDE:宝仙蒼空】
僕は星歌を最悪の形で傷つけてしまった。
家を飛び出してしまった彼女。
追いかけようとした僕を美羽さんが止める。
「今はやめておいた方がいいわ。何を言っても無駄だもの。それにしても、星歌さんって意外に感情的な子なのね。私もつい言いすぎた。反省してる」
「いえ、美羽さんは悪くありません……」
「蒼空クン。でもね、あれだけ言わないと星歌ちゃんには伝わらないと思ったの。あの子はきっと寂しい想いをしてきたんだ。その孤独と辛さは音楽を憎むことで紛らわせてきた。だから、歪んでいるのよ」
その歪みがある限り、彼女はきっと前に進めないのだ。
僕らは星歌の部屋を出てリビングに場所を変える。
彼女の帰りを待つことしか僕らにはできない。
「……美羽さん、星歌がフルートを時々吹いていたって言うのは本当何ですか?」
「えぇ、間違いないわ。こっそり部屋の隅に隠してあったけど、ごく最近に使われた形跡があったの。きっと今でも誰もいないときには吹いているんじゃないかしら?彼女は音楽が嫌い。だけど、フルートは吹きたい。それがどういう意味なのか」
「星歌はよく夢月と比べられて、それが嫌で音楽をやめたんですよ。今もそうなのかもしれない。誰でもない自分のために彼女はフルートを奏でる。それはやめていない、完全に音楽を嫌う人間にはできないことです」
僕は勘違いをしていた。
彼女はもう何も音楽に触れていないと思いこんでいた。
しかし、勝負ではなく、ただ演奏するだけならば彼女も時々していたらしい。
その方向で音楽を進めていればこんなことにはならなかった。
「僕が星歌をここまで追い込んでしまったんです」
「蒼空クン、自分をあまり責めないで。キミは悪くない。星歌さんもね。誰が悪いのとかじゃないの。こういうのは……。私だってそうだもの。自分の音楽の才能を信じてここまでこれた。けれど、時には悩み苦しんできたわ。音楽だけじゃない。何をするって言う事は絶対に悩みとか壁にぶち当たるものよ」
「それを乗り越えられるかどうか、それが問題だと?」
美羽さんは頷きながら静かに「そうよ」と告げた。
「だから、これは星歌さんにとってもいい分岐点になるかもしれないってこと。今、蒼空クンにできるのは帰ってきた星歌さんを優しく迎え入れてあげて」
しかし、いくら待っても星歌は家に帰ってこない。
さすがに心配になって探しに行こうとしたが、僕の代わりに美羽さんが近所を見回ってくれると言ってくれた。
そして、11時を過ぎた頃にようやく玄関の扉が開く。
カチャッという物音にハッとする。
「――星歌ッ!?」
僕が慌てて玄関に迎えに行くとそこにいたのは――。
「はおっ、蒼空お兄ちゃん。貴方の可愛い義妹の夢月でーす……って、何その切羽詰まった顔は?もしかして、私が来ちゃまずかった?それともお姉ちゃんとニャンニャン♪している最中だったのかにゃ?」
大きな荷物を抱えた夢月がきょとんとした表情で玄関に立っている。
そう言えば、この子が帰って来ると数日前に連絡があったな。
「……おかえり、夢月。どうした、明日じゃなかったのか?」
「うー、ちょっとしたアクシデント。ママたちが年末年始、帰ってこれなくなったの」
「父さん達が?どうした、何があったんだ?」
「空港で違う飛行機に乗ってどこかに行っちゃったんだよ。後でメールでふたりだけの旅行を楽しむって文章が来て愕然としたの。というわけで私はひとり日本に強制的に送り返されました、ぐすんっ。あのふたりって本当に仲がいいよね」
そういうことかい、両親はそういう所がたまにある。
ラブラブ夫婦に振り回されるのは僕も正直勘弁だな。
とりあえず、冷え切った身体の夢月をリビングへと連れて行く。
「コーヒーか紅茶、どちらにする?」
「その前に、何でこんなに我が家の空気は沈んでいるの?美羽ちゃんは?お姉ちゃんは?もう寝ているとかそういうレベルの静けさじゃないってば」
「あっ、その……」
こう言う時の夢月の勘の良さは鋭すぎる。
僕は隠しきれないと思い、すべての真実を話すことにした。
状況把握はすぐにしてくれて彼女は言う。
「……なるほど、事情は理解したよ。お姉ちゃんがついにぶち切れたっていうわけ?」
「ぶち切れたって言う表現は正しくないが、似たようなものだ」
「我慢していたこと、逃げ続けていたこと。現実と向き合う事で抑えていたものが全部表面に出ちゃったんだ。いやぁ、お姉ちゃんもキレることはあるんだ。私にはよく怒りを発散させるけど、お兄ちゃんの前では滅多にしないじゃない」
確かに僕はあんな風に怒りをぶつける星歌を初めて見た。
感情的にならないと思っていたのは勘違いで、星歌は内にため込むタイプだったんだ。
「よしっ。そう言う事ならこの美少女で義兄のお役に立つ私にお任せあれ。お姉ちゃんとは長い付き合いだもの。対応策もあるし、ちょっと待ってね」
彼女は携帯電話を取り出すと何やら調べ物をする。
「ふーん。3月か、まぁ、妥当なところかな。これで条件はオッケー。時間的にも悪くない。あとは私がお姉ちゃんを探して、話をつければ……ふふふっ」
携帯の画面を見ながら何やら悪だくみをする時の嫌な笑顔をしている。
本当に大丈夫なのだろうか?
心配だ、あぁ、ものすごく心配だ。
これまでがこれまでだけに……しかし、今、一番頼りになるのは彼女だけだ。
「あー、もうっ。あの子、どこに行っちゃったのかしら?蒼空クン、ごめーん。星歌さんはこの近所にいないみたい……ん、靴がある……?これって、もしや夢月ちゃん?」
「はおっ、美羽ちゃん。お久しぶり~っ」
「帰ってきていたの?うわぁ、ホントに久しぶりじゃない。留学前にちょっと会って以来ね。どう、元気にしていた?」
「元気、元気っ♪」
抱擁しあい、お互いに楽しそうに会話するふたり。
仲のいい親友だと聞いていたが、実際に目にすると……。
「夢月と美羽さん。二人の波長というか性格が似すぎて近づきにくい」
わいわいと賑わう、ああいう破天荒な明るさを持つ女の子は一人で十分です。
と、そんな事より、僕は美羽さんに尋ねる。
「美羽さん、星歌はいませんでしたか?」
「うん。この付近を探してみたけどいないわ。どこにいったのかな」
「美羽ちゃん。どこまで探しに行った?駅前ぐらいまで?」
「駅から向こうは私もあまり地理を知らないから探していないけど、駅付近にはいなかったわ。どこにいったの?そうだ、夢月ちゃん。双子の未知なるパワーでこうビビっと感じ取れたりしないの?電波みたいなのでさぁ」
……それはないだろ、いくら双子でも無理だ。
だが、夢月は「ビビっと……」と妙なポーズを取りながら電波を受信中。
ホントにそれで電波を受信出来たらすごいよ。
双子には他人では分からない未知の力があるのかもしれない。
「うーむ、残念。現在、電源が切られているか、電波の届かないところにいる模様。電波の受信はできません。でも、私には見当がついてるからすぐに迎えに行ってくるよ」
「え?本当に?どこにいるのか分かるのか?」
「うん、だから、お兄ちゃんは待っていて。あっ、そうだ。今、私の部屋は美羽ちゃんが使ってるんでしょ。だったら、今日からしばらくはお姉ちゃんの部屋で寝るから布団を用意しておいて。あとはよろしくっ」
そう言ってすぐにコートを羽織り、彼女は元気よく出て行った。
この季節、変態も出にくいとは思うが危険だな。
しかし、僕が探して見つけても何を話せばいいのか。
ここは夢月の活躍と姉妹の安全を祈りながら待つ事にしよう。
「……夢月ちゃん、見当の場所があるって言ったけど蒼空クンに心当たりは?」
「星歌は行動範囲がさほど広くないはずですが、分かりません」
恋人としてちょっと考えさせられる。
僕はあの子の事を本当に理解していたんだろうか。
彼女の行きそうな場所っていう些細な事、それすら知らないのは問題かもしれないな。
「ふわぁ。お姉さんはもう眠いから寝させてもらうわ。一応、星歌さんが帰ってきたら報告してね。おやすみなさい」
「はい。今日は迷惑をかけてすみませんでした」
「いいのよ。早く仲直りできるといいわね」
美羽さんは軽く手を振ってリビングを去っていく。
しばらくの間はひとりで彼女たちを待ち続けることにした。
一応、夢月に言われた通り、星歌の部屋に2人分の布団を用意しておく。
お願いだから無事に帰ってきてくれ。
「……そろそろ12時か。二人とも大丈夫なのか?」
飲み終えたコーヒーのカップを洗いながら、僕は危機感を抱きはじめる。
星歌にもしもの事があったら、僕は……――。
そんな不安にかられる僕の耳に再び明るい声が聞こえた。
「ただいまっ、可愛い義妹の~、以下略。ちゃんと、お姉ちゃんを保護してきたよ」
「夢月っ!帰ってきたか、星歌は?」
玄関には二人の人影、ちゃんと星歌を連れて帰ってきてくれた。
さすが夢月、双子パワー(?)ってホントにあるんだな。
「……ぁっ……」
だが、星歌はこちらを何とも言えない顔で見るとすぐに視線をそらす。
こちらの問題はまだ未解決、話し合いはこれからだ。
「お姉ちゃんの話はまた明日。今日はこのまま寝ちゃうよ」
「あ、あぁ……夢月、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、行くよ。お姉ちゃん」
夢月は無言の星歌の手を引いて歩きだす。
とにもかくにも、彼女が戻ってきてくれた事にホッと一安心だ。
僕はすぐに美羽さんにも報告しておく。
「……大事なのはこれからだな」
僕の事に怒りを抱いている星歌とどう話し合いを進めていくのか。
「こう言う時に夢月がいてくれて助かるよ。話し合いができそうだ」
僕はちゃんと彼女にも理解して欲しいんだ。
そのためには逃げずにお互いに現実を直視する必要がある。
しかし、翌日、その“夢月”が“星歌”に対して“ある騒動”を起こす――。