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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
53/65

第52章:女神の羽根は傷ついて《前編》

【SIDE:宝仙星歌】


 私が音楽をやめたのは小学5年の春のこと。

 その頃はまだ音楽に関心もあり、練習をするのも嫌ではなかった。

 私は幼い頃から義母の桜さんに憧れてフルートを始めていた。

 しかし、私の前には夢月という最強にして最悪のライバルがいたの。

 

『夢月ちゃんはもうこの曲を弾けるようになったのに、星歌ちゃんはまだ覚えられないの?双子なのに似てないのね』

 

 才能で劣る私は常に夢月と比較されてばかりいた。

 誰だってそうだ、比較されて嬉しく思える人間なんていない。

 私は夢月が嫌いだった。

 誰でも認められて、音楽の才能を持つ女の子。

 私はあの子のせいで、音楽を嫌いになった。

 自分にはないものを持っている彼女。

 私は逃げるように音楽をやめようとしていた。

 だが、両親が音楽関係者である以上簡単にはやめられない。

 

『お兄様、私は音楽をやめたいんです』

 

 相談した相手はお兄様、当時は彼もピアノを習っていた。

 彼は特別に秀でた成績ではなくても、音楽を好きだったと思う。

 私はそんな彼に同じく音楽をやめるように望んだ。

 

『ぐすっ、もう嫌なんですっ。誰かと比べれるならまだマシですが、双子の妹に比べられるのはこれ以上、耐えられない』

 

 涙交じりに私はお兄様にそう告げた。

 これから先、音楽を続けても私はきっと彼女と比較されてしまう。

 音楽以外では私の方が優秀な成績の場合が多いのに。

 音楽だけはどうしても勝てるわけもなく、そこから逃げたくなったんだ。

 

『分かったよ、星歌。僕も一緒にやめよう。二人で一緒なら両親も星歌だけを責めたりしないから。ね?だから、泣きやんで欲しいな』

 

 両親から否定されることが怖かった、それ以上に怖かったのは……。

 

『ごめんなさい、蒼空お兄様。私、わたしは……』

 

 お兄様に嫌われてしまうことだったんだ。

 音楽を否定する私を、嫌いにならないで欲しかった。

 私が蒼空お兄様に依存している、心の支えであり続けている。

 その現実は今も変わらない、だけどお兄様は変わりつつあったんだ……。

 


  

 

 12月23日、クリスマス間近になり冬休みに入った。

 夜になって自室で夢月が置いて行ったゲーム機で遊んでいると、ふと部屋をノックする音に気づく。

 ……こんな時間に誰かしら。

 

「はい、どうぞ?お兄様ですか?」

 

 私が扉を開けるとそこにはお風呂上がりの美羽さんがいた。

 冬なのにラフな姿なんて風邪を引くかもしれないと何度も注意したが、家ではこの方がいいと言い張っている。

 

「残念。美羽ちゃんでーすっ。って、閉めないでよ」

 

「すみません、つい条件反射で」

 

 この人は苦手だ、精神的に受け付けられない。

 それは妹に似ているからだろうか。

 自分でも思ってる以上にあの子の存在は大きいらしい。

 

「あら、ゲームをしていたの?星歌さんでもそういうのするんだ?」

 

「たまにはゲームくらいしますよ。夢月が大好きでしたから、家に無駄にソフトもゲーム機もあるので」

 

「ふーん。何をしているの?RPG?違うわね、それって経営シュミレーション?」

 

 何年も前に出た経営シュミレーションゲームらしい。

 夢月の部屋でソフトを探して見つけたものだ。

 

「はい、ファミリーレストランの経営をするゲームです。現在、14店舗を展開して、億単位の収益を得ているところです。次は新店舗を郊外か駅前のどちらに出店しようか悩んでいる最中なんですよ」

 

「……へぇ、そういうゲームがあるんだ。私はあんまりしないからよく分からないな」

 

 彼女はそう言いながら私の部屋を見回す。

 見られて困るものは置いていないはず。

 私は適当な場面でゲームをやめて彼女に向き合うことにした。

 

「何か用事でもあるんですか?」

 

「用事がないと訪ねてきちゃいけない?」

 

「そういうわけじゃありませんけど……」

 

 彼女自身も音楽活動で忙しいので、この家で暮らして数か月間、食事以外のプライベートで話をすることはあまりない。

 

「まぁ、用事はあるんだけどね」

 

「結局はあるんじゃないですか。それで、何の用ですか?」

 

 この人と会話をすると余計なことで疲れるから嫌だ。

 

「私の部屋、いえ、正確に言えば夢月ちゃんの部屋であるものを見つけたんだ。……あの部屋って普段から音楽をするための防音加工もしてある特別な部屋なんだよね?そこを自室している夢月ちゃんらしい部屋なんだけど」

 

「それが何か?あの子、ホントは別の部屋にいたんですが、あの部屋に入り浸っていて、いつのまにか自分の部屋にしちゃったんです」

 

 私達が部屋をそれぞれ与えてもらった時は両親は日本全国で音楽活動をしていたので、それほど家にもいなかった。

 はじめは別室に部屋を持っていた夢月も、面倒になって自室のように改造しはじめたので、いつのまにかそこを夢月専用の部屋にしたの。

 夜中に大音量でゲームをしてもバレないって喜んでいたっけ。

 

「そう。それじゃ、星歌ちゃんも音楽をしていた時にはあの部屋で練習を?」

 

「……そうでしたけど、それが何か?」

 

「星歌ちゃんは音楽が嫌いなのよね?それなのに、今も時々、あの部屋を使っていた。その事にどうにも不思議に思ったのよ。そう、とても気になるものがそこにあったの」

 

「……っ……!?」

 

 見つけられたというの、アレを……!?

 私はムッと彼女を睨みつけると、慌てて美羽さんは言葉を紡ぐ。

 

「別におかしなことじゃないでしょう?音楽をやめても、時々、楽器に触れてみたくもなる。例えば、夢月ちゃんがいないとき、こっそり奏でても問題はないわ」

 

 彼女が見つけたというのはきっとアレの事だろう。

 私が元夢月の部屋の押し入れに入れているもの。

 美羽さんは私に何かを付きつけるように言い放つ。

 

「よく手入れされていたわ。子供の時にやめたというワリにはごく最近まで使用された形跡のあるフルート。そして、小学生が習うにしては難しい曲の楽譜。初めは夢月ちゃんがしたのかなって思ったけど、そのフルートのケースに書かれた名前は……」

 

 彼女は私に笑顔を浮かべてゆっくりとその名前を告げる。

 

「――宝仙星歌。あれは星歌ちゃんのもの?」

 

「……えぇ。夢月はヴァイオリン以外でも、フルートやピアノ、何でも演奏できますが、専門的ではないので、フルートは持っていないはずですから……。あの音楽専用の押し入れにあるのは私が音楽をやめる前に新しく買い替えてもらった代物です」

 

 誰にも話したくはなかった事だ。

 いまだに私はひとりでフルートを吹くことがある。

 自分でも特に意識をせずに、ただ何となく……。

 私に自信を喪失させ、憎み続けているはずの音楽。

 それなのに、無意識にしてしまう事があるというのは何とも皮肉なことだ。

 まるで自分が本当は心の底で音楽を求めているかのようで嫌なんだ。

 吹き終えるといつも自己嫌悪に悩まされるから。

 

「演奏するのはホントに気まぐれです。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 うまくなりたいとか、誰のためとかじゃなくて、普通に演奏することは嫌いではない。

 

「それが言いたい事ですか……?」

 

「うん。こそこそするより堂々とすればどう?誰も星歌さんを責めたりしないじゃない。隠れてする必要がどこにあるの?」

 

「……今さらです。失ってしまったものを取り戻せない。だから、私はもう音楽には触れません。そのフルートだってもう使いませんよ、えぇ、そうします。だから……もう私にその話をしないでください」

 

 才能もない私が音楽に触れてはいけないのだ。

 お兄様や夢月と私は音楽に関する向き合い方が違うもの。

 

「……私には音楽をする資格はありません」

 

 静かにそう言った私の言葉、否定したのは美羽さんではなかった。

 

「――それは違うよ、星歌」

 

 その否定の声に私は身体を震えさせる。

 ドアの向こう側、廊下に立っていたのは蒼空お兄様だったから。

 いつのまにか、そこにいたんだろう?

 

「音楽は資格があるとか、ないとかじゃない。自分の気持ち次第だろう。したいのなら、したいでいいじゃないか。無理に嫌う必要はない」

 

「……お兄様。それは自分にも当てはまるのではないんですか?」

 

 お兄様のもとへと私は歩みだす。

 言いたい事があるんだ、私には確認したい事がある。

 

「僕にも当てはまる?」

 

「えぇ、また音楽を始めたい。いえ、もうすでに音楽を再び始めている。違いますか?」

 

 証拠という証拠があったわけじゃない。

 目撃証言も誤魔化されてしまったが、最近の彼の様子を見ているとそうなのではないと疑いが出てくる。

 毎日が大変ながらも充実しているように見えるから。

 

「……黙っていないで答えてください」

 

 お兄様は私の問いに答えてはくれない。

 私は彼の身体をそっと抱き締める。

 

「何もしていないならそれでいいです。お兄様まで音楽を始めるなんて、冗談ですよね?それなら、私を安心させてくださいよ。お願いですから……」

 

 お兄様は神妙な面持ちで私の身体をそっと引き離した。

 

「……お兄様?何ですか?」

 

「星歌に言わなきゃいけないことがあるんだ。そうだ、星歌の言うとおり、僕は……」

 

 次のセリフに私は愕然とさせられる。

 

「僕はもう一度、音楽を始めているんだ――」

 

 それは私にとっては貴方の口から最も聞きたくない言葉だった。

 

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