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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
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第51章:破滅を知らぬ二人

【SIDE:宝仙蒼空】


 真実は僕にある決断をさせた。

 再び、僕は音楽を始めることにしたんだ。

 そのきっかけを作ってくれた梓美さん。

 コンクールを終えた彼女は再び大阪に帰ることになった。

 

『……また会いましょう、蒼空さん。今度は同じ舞台に立てることを望んでいます』

 

 その舞台、僕はどういう形でステージに立つのだろう。

 未来への可能性、彼女は僕に夢を与えてくれた。

 

「次はこの指揮者用楽譜に目を通すように」

 

「またですか、先生。まだ前のが終わってないんです」

 

「土日が間に挟むから問題はないだろう」

 

「ははっ、キツイですね。ホントに大変だ……」

 

 梓美さんのコンクールから3週間が過ぎ去り、12月半ばになっていた。

 まもなくクリスマス、街が冬色に染まる中、僕は放課後になると大学の方に行き、佐川さん改め、佐川先生に指揮者のための指導を受けていた。

 先生の暇な時間にボランティアで教えてもらっているんだ。

 音楽をもう一度、始めるということに僕の両親は喜んでいた。

 特に父さんは期待をしてくれていたようで、すぐにでも課題が山のように送られてきた。

 毎日、毎日、僕は音楽の勉強をしている。

 これまでサボり続けていたのもあり、仕方がない。

 佐川先生や父さんの課題や指導、これは基礎的なものだ。

 ひたすら覚えなくてはいけないことが多い。

 本格的な指導は大学に進学してからということになっている。

 

「大学入試の勉強も大変だろうが頑張ってくれよ、蒼空君」

 

「まぁ、成績的には何とか大丈夫そうです」

 

 うちの大学の普通科にはエスカレーター式にあがれるのだが、隣接されている音楽科には普通入試で入るしかない。

 どちらも大変だ、音楽の勉強は楽しいから続けられるけど。 

 知識として、音楽の基礎を学ぶ。

 目指すべきは実父や義父と同じ指揮者になりたい。

 自分でも大変な選択をしたものだと思う。

 僕はこの道を歩むことはないはずだった。

 なのに、僕は自分でその道を選んで歩いている。

 ……誰でもない、僕自身の意志で。

 しかし、このことはまだ星歌にちゃんと話をしていない。

 話さなければいけない事は分かってるのだが、タイミングが合わない。

 彼女も薄々気づいてはいるようだが、明確に話し合っていないのだ。

 それは彼女が生徒会長として忙しいのも理由にはある。

 逃げているわけじゃない、しかし、躊躇するのもまた事実。

 嫌な雰囲気にならなければいいな、という不安もある。

 


  

 

 自宅に帰ると、今日は星歌の方が先に帰っていたのか夕食が作られていた。

 とても美味しそうで、いい匂いがキッチンからする。

 

「おかえりなさい、蒼空お兄様。今日は遅かったんですね」

 

「あぁ、ちょっと用事があって……星歌が作ってくれたのか?」

 

「たまには私もお料理しないと。いつもお兄様に作ってもらってばかりですから」

 

 手際よくお鍋をかき混ぜる星歌。

 普段は僕が料理を作るが、彼女もかなり料理はうまい。

 匂いからして今日のメニューはビーフシチューだろうか?

 

「星歌、今日はビーフシチューかい?」

 

「似てますけどちょっとだけ違います。これはビーフストロガノフです」

 

「あぁ、ロシア料理だっけ?ハヤシライスもどきだ」

 

「その表現はどうかと思います。サワークリームの代わりに生クリームで代用しました。料理の本を参考に作ってみたんですがどうでしょう?美味しければいいんですけどね」

 

 ハヤシライスに似て非なるもの。

 サワークリームを使うロシア料理の代表格、ビーフストロガノフ。

 いまいち違いが分かりにくいが、ハヤシライスのライス抜きみたいな感じだ。

 今日は米ではなくパスタの上に乗せるらしい。

 

「チャレンジャーだな。僕はあまりそう言うのは作らないから」

 

「お兄様のお料理は好きですよ。たまには挑戦も必要でしょう」

 

「そうかもしれないな。お皿を並べるのを手伝うよ」

 

 皿の準備をしていると、星歌は小さな声で問う。

 彼女はすでに僕を疑っていたようだ。

 

「……お兄様、最近は大学の方に顔を出しているそうですね」

 

「それをどこで聞いたんだ?」

 

「今日、私の友人が放課後、大学の校舎に向かうお兄様を見かけたそうです」

 

 なるほど、僕はどう言い訳をするかを考える。

 本題を切り出してきた、と言う事は他にも何か確信を得ているということかな。

 

「もうすぐ僕も大学生になる。その前にどういうところなのか、見学しているだけだよ」

 

 星歌はその言葉を嘘だと見抜いて、静かに言葉を紡いだ。

 

「――お兄様を見かけたのは普通科ではなく、音楽大学の方だそうです。一体、あんな場所に何の用事があるんでしょう?私の納得のいく答えを説明してもらえますか?」

 

 語尾を強める星歌、その瞳は悲しみという感情が浮かんでいる。

 覚悟を決めて僕が彼女に説明をしようとしたその時、

 

「蒼空クンが音楽大学にいたのは私のお手伝いを頼んだからなの」

 

「……美羽さん?それは本当ですか?」

 

「えぇ、別に何も問題はないわ。星歌さんが何を危惧しているのか知らないけどもそんなに怖い顔をしちゃダメよ?あっ、今日はビーフストロガノフなんだ」

 

 思わぬ美羽さんの登場に星歌は仕方ないという顔をする。

 

「ふぅ。ビーフストロガノフ、よくわかりましたね」

 

 疑惑は継続中だが、今日はこれ以上の追及はやめておくつもりらしい。

 雰囲気を変えて彼女は鍋の火を消した。

 

「これって星歌さんが作ったの?へぇ、料理が上手なのね」

 

「料理の本を見れば誰にでもできます」

 

「そんな言い方しなくてもいいじゃない」

 

「……早く食べましょう。冷めてしまいますから」

 

 僕にもそう促す彼女はにこやかな笑みを見せる。

 星歌に余計な心配はさせたくはない。

 しかし、これからどうすればいいのだろう……?

 


  

 

 僕が自室で音楽の勉強をしていると、携帯電話が鳴り響く。

 相手は夢月、先日、音楽を始めたというときに電話して以来だった。

 

『やっほ、お兄ちゃんっ。今、時間は大丈夫かにゃ?』

 

「大丈夫だよ、夢月。今はどこの国にいるんだ?」

 

『私?今はパリだよ。ここ1ヶ月はジャン先生と一緒にこの国に滞在中。パパ達も同じなの。だけど、12月の後半には日本に帰るつもりだよ。お正月は日本で過ごすつもりなの』

 

「そうか。楽しみにしているよ」

 

 両親も同じく正月には日本へ帰ってくるそうだ。

 美羽さんは冬休みの間は実家の方に帰るそうだから、家族揃って過ごす事になりそうだ。

 

『……音楽の勉強の方はどう?お兄ちゃんがまた音楽を始めてパパがめっちゃ喜んでたよ。やっぱり、お兄ちゃんは音楽の才能があるんだって』

 

「才能とか、親がどうとか、そんなんじゃないんだ。僕が僕の意志でもう一度触れてみたいと思ったんだ。夢月と同じ世界に立ちたいんだよ」

 

『お兄ちゃん……。愛してるよ、ちゅっ』

 

「いや、今はそれは関係ないだろ」

 

 電話越しに思わず突っ込んでしまう。

 平然とそう言う事を言える夢月は相変わらずのようだ。

 

『むぅっ、そう言う事言わない。これでお姉ちゃんとの関係が悪化したら私のチャンスでしょ?ふふふっ』

 

「夢月、今は冗談じゃなくなっているのでやめてくれ」

 

『うぇ、マジでピンチ?何よ、本気でお姉ちゃんと喧嘩しているの?』

 

 僕はこれまでの事情込みで説明をする。

 ある程度は妹の夢月も理解しているはずだ。

 すると、彼女はちょっと呆れた声で言う。

 

『音楽嫌いか……何で?その事なら私が留学する前に解決しかけていなかった?』

 

「それが留学してから余計に悪化したようだ。今じゃ音楽の話題は我が家で禁止だよ。今日も危うく衝突しかけたんだ。星歌の音楽嫌い。説明はしなくちゃいけないと思うけど、どうすればいいのかな」

 

 僕は星歌を傷つけたくはないんだ。

 だから、いい方向に向かうように説得したいと思っている。

 

「理解してもらえるといいんだけど」

 

『私の予想を言っていい?かなり荒れると思うよ』

 

「だよな。今日も音大に通っているのに気づかれたし。夢月、どうしたらいいんだ」

 

『お姉ちゃんははっきり言ってお兄ちゃんへの依存度が高すぎるの。音楽をまた始めたなんて言われたら、きっと大激突するよ。その時にお兄ちゃんがどう対応するか、それですべては決まる。お兄ちゃんは自分の想いをしっかり伝えないと』

 

 話し合いをすることが何よりも大事なんだろう。

 僕が目指す目標、それを理解してもらうために。

 

「あのさ、夢月からも星歌に……」

 

『分かってる。それなりにいい方向へ行くように話してみる。それにしても、お姉ちゃんがお兄ちゃんを疑って嫌悪することになる日が来るなんて……』

 

「嫌悪まではされていないんだけど。それに、僕はもう彼女に嫌われたくはない」

 

 初めて出会った頃を思い出してしまう。

 僕の大好きな女の子の笑顔を曇らせたくない。

 長い年月をかけて築き上げてきた信頼関係。

 それを僕を壊したくないんだ。

 

「何とか星歌にも理解して欲しいよ」

 

『頑張れ、お兄ちゃん。私は音楽もそちらも応援してるからね』

 

 星歌は僕を理解してくれるのかな。

 今はただ、信じることしかできない。

 後になって思えば、その時からすでに僕と星歌の間には目に見えない亀裂が入り始めていたんだ――。


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