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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
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第50章:明かされた過去

【SIDE:宝仙蒼空】


 コンクールを終えて、僕は美羽さんと梓美さん、ふたりと一緒に控え室にいた。

 審査員初体験という僕にとっては大変な1日だった。

 評価もそれなりだったようでホッとした。

 人を審査するという行為、かなり大変なものだ。

 

「……あぁ、お待たせ。と、梓美さんか。今日の音楽はいつも以上に素晴らしかったよ。優勝おめでとう、次はさらに音楽性を磨くといい」

 

「ありがとうございます、佐川先生」

 

 控室にやってきた佐川先生に頭を下げる梓美さん。

 

「蒼空君。キミも大変だったろうが、よくやってくれた。審査の紙を見せてもらったがいい採点をしていたよ。キミに任せてよかったと他の先生方も褒めていたよ」

 

「正直、これほど難しいものとは思っていませんでした」

 

 まぁ、素人だし、許される範囲の評価ではあったはずだ。

 さて、ここで僕は実父の話を彼に聞くつもりなんだ。

 椅子に座ると彼は「それじゃ、蒼空君の話をしようか」と話を切り出す。

 

「蒼空君の実父、上野山亮介(うえのやま りょうすけ)。彼とキミの義父である宝仙信彦、僕の3人は同じ音大で知り合った仲で親友と呼べる間柄だった。3人とも指揮者になるのが夢でよく切磋琢磨していたよ」

 

「……上野山って、あの、上野山先生ですか?」

 

 僕はピンっとこないが、美羽さんには思い当たるところがあるらしい。

 実は本当の父の事はあまり知らないんだ。

 名前と音楽関係者だったということだけ。

 命日に墓参りはするけども、母さんも詳しくは話してくれなかった。

 それに物心ついたころには僕には義父と義妹達、新しい家族があった。

 そちらの方が本物の家族になっていたので、今まで知る機会もなかった。

 

「上野山亮介。彼は僕らの中で最初に指揮者になった実力者だった。海外留学を経て、有名な指揮者に弟子入りし、24歳で初めてのオーケストラの指揮をとった。すごい奴だよ、誰もが彼の音楽性を認めていた。いずれ、日本を背負う指揮者になるという確信もあった。僕と宝仙は上野山に負けじと必死に勉強をしていたんだ」

 

 佐川さんは過去を懐かしむように語る。

 

「上野山先生と言えば、日本で何度も有名楽団のオーケストラで指揮をしていた人ですよね。私が音楽を始める前にはすでに亡くなられていましたが」

 

 美羽さんも僕の父の事は知識として知っているようだ。

 

「そうだ。アイツが死んでもう14年になるか。誰もが彼の死を惜しんだよ」

 

「……事故死だったと聞いています」

 

 確か僕が3、4歳だった頃の話のはずだ。

 実父と言う存在は僕の中でほとんどと言っていいほど覚えていない。

 

「僕らはそれぞれ大学卒業後に指揮者になった。とび抜けて活躍していたのはやはり上野山だったよ。宝仙は日本を中心に、彼はいつも世界を舞台にしていた。羨ましいくらいに才能のある人間だった。お互いに30歳を過ぎたころ、上野山は当時、まだ20歳だった蒼空君の母、桜さんと結婚をしたんだ」

 

 母さんは父さんに憧れていて、留学先で知り合って交際していたらしい。

 フルート奏者の彼女はやがて僕を妊娠することになる。

 

「蒼空君が生まれた時、アイツはものすごく喜んでいた。この子にはぜひ指揮者になって欲しいと願っていた。しかし、ある日の夜、彼の乗った車は事故にあった。ひどい雨の夜だった。何台もの車が玉突きになった事故、それに巻き込まれて亡くなったんだ……。生きていれば、間違いなく世界屈指の指揮者になっていただろう」

   

 不運が重なった事故、父は無念の死を遂げた。

 その時に彼は途切れかけた意識で遺言を残していたらしい。

 

「蒼空には音楽の道を目指してほしい。だが、それは強制するものではなく、自らの意志で進んでほしい、と。その時には周りが全力で支えてあげて欲しい。それが上野山の遺言だ。その後は……蒼空君も知っての通りだよ」

 

「今の父である宝仙信彦はなぜ、母と再婚を?向こうにも家族があったんじゃ?」

 

 そうだ、星歌と夢月、ふたりと家族になったのは僕が小学2年の時だ。

 その辺の詳細話を尋ねると、佐川さんはついでに教えてくれた。

 

「……宝仙は音楽に無関係な人と結婚したんだ。しかし、音楽家というのは一つの場所に留まらない。オーケストラの指揮者なら尚更だ。その生活に耐えられなくなった奥さんと離婚したのさ。ちょうど、その頃、友人関係になっていた桜さんに宝仙は惚れてね。まぁ、そこから先は本人たちに聞くといい」

 

 そのような経緯で僕らの家族は新しいものになった。

 星歌と夢月、二人の妹が出来た事は本当に運命的な出会いだ。

 佐川さんの話を聞いてこれまで知らなかったことを知ることができた。

 父さん達の想いというものを……僕は知った。

 

「実父の遺言を父さんは守ってくれていた。だから、音楽をやめたときも何も言わなかったんですね……。期待されていなかったんだと思っていました」

 

「宝仙は誰よりもキミの事を信じていた。上野山の望みでもあったが、宝仙も同じが考えだったんだよ。彼は今でもキミが音楽を再開することを望んでいる」

 

 音楽をやめて、星歌の傍にいると決めた時、父は何も言わなかった。

 だからこそ、期待されていた事は嬉しくもあったんだ。

 


  

 

 コンサートホールからの帰り道。

 夕暮れの中を僕たちは3人で歩いていた。

 梓美さんの手にはコンクール優勝のトロフィー。

 夢月の部屋にもトロフィーと適当に並べられていたっけ。

 整理の苦手な子だから、よく丁寧に扱えと注意した、そんな事を思い出してしまう。

 

「今回のコンクール、梓美さん以外にも結構うまい人はいたけれど、ダントツの成績だったのは驚いた。さすがだよ」

 

「ありがとうございます。皆さん、いい演奏をされていましたよ。とてもいいコンクールでした。それにしても、蒼空さんのお父さんがあの上野山さんだったなんて……ちゃんと才能を受け継いでいたんですね」

 

「どうかな。ただ、言えるのは知らないところで世界は回っているんだという事だ。僕は知らなかった、父の事も、僕に対する期待も……」

 

 知らなかった、というよりは知ろうとしていなかったのかもしれない。

 現実と向き合う、その言葉の意味を重く理解する。

  

「これから、蒼空クンはどうするつもりなの?」

 

 美羽さんに言われて僕は少し考えてから答える。

 

「1度、父さんに話を聞いてみるつもりです。でも、音楽はもう一度始めたいと思っています。梓美さんの演奏を聴いて、僕は自分が音楽が好きだと改めて気付いたんです。梓美さん、キミの音色は素晴らしいものだったよ」

 

「えへへっ。褒められちゃいました」

 

 嬉しそうに笑う彼女、まさに宣言通り、僕に大きな影響を与えた。

 優しい旋律、それでいて、力強さも感じられるものだった。

 心に響く素晴らしいメロディ、梓美さんの音には力がある。

 人の心に影響を与えるその力は誰にでも手に入れられるものではない。

 

「……どうして、梓美さんは僕に音楽をもう一度触れて欲しいと思ったんだ?」

 

「私は夢月ちゃんからよく聞いていたんです。蒼空さんの音楽の姿勢とか見ていると自分がしたいことができていないと思えました。音楽が好きなのに、そこから前に進めずにいる。私はただ蒼空さんの背中を押してあげたいと勝手に思っただけです」

 

 美羽さんにも同じような事を言われたことがある。

 

「蒼空クンは私たちから見れば、音楽に関わりたいのに、それを踏みとどまっているように見えたのよ。蒼空クンが“守ろう”としているもの、それは私は知っている。それが大事なことなのかもしれない。けれど、自分がしたい事をするのは悪いことじゃないでしょう。“彼女”は今も、蒼空クンがいなければダメなの?」

 

 どうなんだろう、それは分からない。

 僕と言う存在、あの時の彼女には必要だった。

 しかし、成長した今は僕が必ず傍にいてあげないといけないと言えるのか。

 梓美さんはのんびりとした口調で、キツイ言葉を告げる。

 

「蒼空さんはいいお兄さんです。でも、妹を甘やかせるだけじゃ成長しませんよ?」

 

「厳しいな、その言葉は……」

 

 夕焼けに照らされながら僕はグっと胸にくるものがある。

 甘えさせている、それは自分でも理解していたから。

 夢月とは違う、僕は星歌を特別扱いしてきた。

 恋人という関係になる以前から、僕の中で彼女は守ってあげなきゃいけない存在だという認識があったからだ。

 

「小鳥はいつか巣立つもの。優しい親鳥に愛されて自分でエサも取れない、与えられる事を当たり前だと思ってる鳥は自分から羽ばたけない。蒼空クン、そろそろ妹離れしなさいよ。それが結果的に星歌さんを自立させる、でなければ彼女はずっと……」

 

「僕の行動は星歌の成長を邪魔している、と?」

 

「そうね。彼女は表面上は強くて、自分で何でもできるように見えるわ。けれど、その裏は蒼空クンに依存しっぱなしの甘えん坊。どこかで、彼女は優しいお兄ちゃんに甘えて生きる事から抜け出さなくちゃいけないわ」

 

 美羽さんは「他所の兄妹仲を否定するつもりはないけどね」と告げた。

 夢月は僕に甘えることが多かった、だが、自分で決断すべきことは自分でする。

 しかし、星歌は目に見えて甘えることはなくても、精神的にはかなり甘えられている。

 それが悪いと思った事は一度もなかった。

 僕にとっても星歌という女の子の認識を改める必要があるのかもしれない。

 

「まぁ、そんな話はここでお終い。蒼空クンが音楽に戻りたいって気持ちを取り戻しただけでも今回はよしとしましょう」

 

「そうですね。ふぅ、何だかお腹がすきました。食事にしません?」

  

「オッケー。今日は梓美の優勝記念というわけで、私がおごってあげるわ」

 

「きゃーっ。ホントですか?美羽さん、大好き~っ」

 

 美羽さんに抱きつく梓美さん、仲いいな、このふたりって……。

 

「ほら、蒼空クンもぼーっとしてないでいくわよ。ねぇ、いいお店、どこかにない?」

 

「駅前に新しいイタリアンレストランが出来たって話ですよ。そこにしませんか?」

 

「いいわねぇ。それじゃ、早く行きましょう」

 

 僕は再び音楽を始めるつもりだ。

 しかし、その選択は不安がひとつだけあるのも事実だ。

 音楽嫌いの星歌、僕は彼女を……納得させなくてはいけない。

 夕闇に染まる空、静かに暗闇が広がるその空の下で。

 

「思い悩まず、すべきことをするだけか」

 

 僕は長い間、躊躇し続けていたがようやく前に進もうとしていた。

 その“第一歩”が“女神”と決別することになるなんて……。

 

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