第4章:双子が僕の妹になった日
【SIDE:宝仙蒼空】
僕の母親が再婚したのは僕が小学校2年生の頃だった。
春、桜も散り終えた4月後半、母に再婚するという話を聞かされた。
まだ小学2年生の子供には全てを理解するのは難しく、けれど、僕に父親と妹達が出来るという事は素直に嬉しかった。
僕の父は幼い頃に事故で亡くなり、母と僕のふたりで数年間過ごしていた。
新しい家族、何よりも妹という存在は兄妹のいない僕にとっては憧れだったのだ。
初めて新しい父に会ったその夜、僕の前にはふたりの女の子がいた。
親たちは嬉しそうに笑っていて、僕は初対面のふたりに自己紹介する。
「初めまして。蒼空って言うんだ。今日から兄妹になるんだって」
双子と聞いていたけれど、想像していたのと違い、ふたりの顔はそっくりではない。
二卵性の双子は顔が似ない、それを知らずにいた僕は戸惑いながら、
「……双子なのに似てないんだね?キミ達はえっと……どちらが姉で妹なのかな?」
「はーいっ、私が妹だよ。妹の夢月っていうの。よろしくね」
先に僕に自己紹介してくれたのは夢月だった。
姉の星歌は黙って僕から視線を逸らす。
「……双子の姉の星歌です」
それだけ言うと彼女は僕らの前からいなくなってしまう。
星歌という女の子は僕に興味すらないようだ。
どことなく不機嫌そうだ、僕が何かしたのか、怒っているようにも見えた。
「大丈夫だよ、蒼空お兄ちゃん。いつもあんな感じだから。私のお姉ちゃんは男の子が大の苦手なの。で、あんな風にムスッとしているんだ。怒っちゃダメだよ」
「男の子が嫌い?……そうなんだ。どうして?」
「わかんない。聞いても教えてくれないもんっ」
小学1年生、あの頃の星歌は人に対してどこか距離を置くタイプでもあり、男を嫌いなために、兄と認めてくれもせず、僕らの初対面はうまくいかなかった。
逆に僕は初日から夢月には好かれていたんだ。
「お姉ちゃんの事はいいから。ね、私と一緒に遊ぼうよ。いいでしょ?」
「うん……いいよ。夢月、僕と遊ぼうか」
差し出されたその小さな手を僕は握り締める。
思えばあの頃から僕らの関係は形作られていた。
素直に甘えてくる夢月と人に素直になれない星歌。
それは始まり、本当に問題になってくるのはそれから数年後の事だ。
僕と双子が兄妹になってから2年の月日が流れた。
すっかり新たな家族に馴染み、夢月と僕は兄妹として仲良く毎日を過ごしていた。
しかし、星歌は未だに僕を嫌い、家族と一緒に食事をしても会話すらしない。
「星歌……どうして、僕と話をしてくれないんだ?」
僕は1度だけそう尋ねたことがある。
彼女は真顔で表情ひとつ変えずに言い放った。
「……私は夢月と違います。男である貴方が嫌いです。兄とも認めたくありません」
僕を“貴方”と呼ぶ星歌は、これまで1度も“兄”と呼んだことはなかった。
僕は兄として認めてもらえず、拒絶され続けていた。
星歌は星歌なりの考えがあるんだろう。
だけど、それは夢月を通して妹を知った僕にはとても悲しい事だった。
そんな僕にとって夢月は素直に兄と呼び慕ってくれる存在。
純粋無垢な可愛い妹の夢月に僕はやがて兄として惹かれていく。
「蒼空お兄ちゃん。今度の日曜日に一緒にお出かけしよう。えへへっ」
「いいけど。夢月はどこに行きたいんだ?」
「公園に行きたい。今度、美術の課題が出たの。空や木とか自然の絵を描いてきなさいって……。お兄ちゃん、ダメかな?」
「いいよ……。星歌はどうする?同じ美術の課題があるんだろう」
星歌に問うと彼女は相変わらず冷たい反応をして、
「……別に。貴方達と一緒に行く必要はないと思います」
小学3年生の女の子に似つかわしくない台詞。
昔から彼女は大人っぽい性格だったが、僕はそれが苦手だった。
星歌の心が分からない、理解して仲良くしたいのに。
星歌とは距離が開いてばかり、このままどうにもならないのか。
結局、夢月にしつこく誘われた星歌は一緒に公園へとやってきた。
「うわぁーい。ほら、お兄ちゃんも一緒に遊ばない?」
「夢月、あまり走り回るとこけるぞ」
「そんなにドジじゃないよ。今日はいい天気だから気持ちいいーっ」
無邪気に公園ではしゃぎまわる夢月。
子供らしい雰囲気に包まれている妹を見ていると飽きない。
課題の絵の事なんて忘れてるんじゃないか、注意しても聞いてもらえない。
僕は「ホントに夢月は子供だな」と苦笑いした。
ふと、星歌の姿が見えない事に気づき、僕が公園内を歩き回ると……。
「星歌、どうしたんだ。ん?何かいるのか?」
僕の声にビクッと反応した星歌はとっさに何かを手に隠す。
「何でもないです……あっ」
ピィっと小声で鳴く存在、彼女はゆっくりと手を開くとその手には小鳥がいた。
羽が傷ついた小鳥、どうやら巣立ちをしたばかりで地面に落ちていたらしい。
「その小鳥、怪我をして飛べないのか?」
「……そうみたいですね。こんな所では猫に襲われてしまいます」
星歌は不安そうに語る、根は優しい子なんだろう。
僕はどうしようもなく、その小鳥を野に返すように告げる。
「そろそろ帰る時間だ。その子は仕方ない、置いていくんだ」
「そんな……待って、待ってください!」
「星歌、気持ちは分かるけど野生の鳥は家では飼えないよ?」
「分かっていますけど、この子は怪我をしています。せめて傷を治すくらいしてあげたい。貴方に迷惑をかけませんから、連れて帰ってもいいですか?」
必死になって小鳥を守ろうとする星歌。
それまで、会話すらほとんどしていない僕に彼女は訴えかけてくる。
「助けられる命があるなら、私は見殺しにしたくないんです」
男が苦手で、話すのも苦手としていた彼女。
僕は星歌の事をほとんど知らずにいた。
好きなものも、嫌いなものも……性格すらも。
夢月のようにふたりで遊んだ記憶もない。
家族というか、妹なのにその関係は他人に近いモノだった。
「分かった。星歌がそこまで言うなら、お父さん達に僕からも説明しよう」
「本当ですか?……よかった」
ホッとした顔を浮かべて、星歌はその子を拾い、手当てすることにしたんだ。
両親は小鳥をかわいそうに思う星歌の気持ちを理解して、傷が治るまでという条件で飼うことを許してくれた。
ただし、星歌だけではなく僕も協力することが条件だったけど。
初めは拒否られると思ったが、傷ついた小鳥を前に星歌は反対の意思を見せなかった。
僕の友人が小鳥を飼っていたので、予備のカゴを借り、エサももらってきた。
名前は情が移ると思い、あえて決めずに治療を続けた。
「友達が言うにはその程度の羽の怪我は1ヶ月くらいで治るって」
「そうですか。よかったね、小鳥ちゃん」
くちばしでエサをついばむ小鳥を愛しそうに見つめる星歌。
小鳥をふたりで眺めている時だけは、星歌は僕の存在を無視しない。
それどころか、星歌は自分からその瞬間だけ自分の事を語ってくれる。
学校で起きた事、何が好きで何が嫌いなのか、そういう事を話題として話してくれた。
「……私の好きなもの?食べ物とかですか?」
「何でもいいよ。僕はそうだな……動物だとウサギが好きだ。学校で飼ってるウサギがいるだろう。あれを見ていると和むんだよなぁ」
「私も動物が好きですよ。最近はリスとかハムスターも興味があります」
それまでの拒絶されていた関係がなかったように、星歌が僕に話をしてくれる。
「ハムスターってペットのネズミだよね?あのちっさい奴」
「はい。私はジャンガリアンハムスターが好きなんです。友達の家で飼っていて、エサを食べる仕草がすごく可愛いんですよ」
時折、星歌は笑顔も浮かべてくれる。
ずっと妹に嫌われていた僕にとって、それは何よりも楽しい時間に思えた。
小鳥の傷は順調に回復して、あと1週間もすれば治るくらいになっていた。
「お兄ちゃん~。こんなところにいたんだ。探したんだよ」
「夢月か?どうした?」
「もうっ、鳥の世話なんてしてないで私と遊んでよ。約束したでしょ」
「あぁ、すまない。……星歌、後は頼むな」
僕が鳥の世話中に夢月に呼ばれて彼女の前から立ち去ろうとする。
すると、星歌は……何だか悲しそうに視線を伏せるのだ。
「……星歌も一緒にどうだ?」
僕が妹を遊びに誘うと彼女は黙って首を横に振る。
そこまで楽しく会話していたのが嘘のように。
僕は現実に突き返されたように悲しくなった。
……彼女が僕と親しくしてくれるのは小鳥がいるからだ。
もしも、この小鳥がいなくなれば僕らの関係はまた元に戻ってしまうんだろう。
「悪い、夢月。僕はここに残るよ」
「えぇー。つまんないよ。だったら、私もここにいる」
「……私のことなら気にしないでください。ふたりで遊んでくればいいのに」
「僕がそうしたかったんだよ、星歌」
彼女の顔を見るのが怖くて、僕はそう言うだけしかできない。
せっかく、親しくなれたのに……どうすればいいんだ。
悩みながらも時間がだけが過ぎていき、やがて小鳥は自分で空を飛べるように傷は回復して別れの時が来てしまった。
元気になったので、小鳥を拾った元の公園に星歌とふたりで鳥を空へと返す準備をする。
「この子がいなくなると、何だか寂しくなりますね」
小鳥の頭を2、3度撫でて、星歌はカゴから小鳥を取り出した。
「さよなら。もう怪我しちゃダメだよ……ぅっ……」
気がつけば星歌は泣きそうになっていた。
「……星歌、離してあげて。お別れの時間だ」
涙をこらえる彼女は手を広げるとゆっくりと空へと飛び上がる小鳥。
自由に再び羽ばたく小鳥を見上げて、僕らは微笑んだ。
別れは悲しいけれど、それはあの子にとっては自由の始まり。
「きっとあの子も感謝しているよ。優しいキミに救われた事を……」
涙をハンカチで拭いてあげると、星歌は恥ずかしそうに小さな声で言う。
「そうだといいですね」
小鳥がいなくなった、これで僕らもまた……今までの関係に戻るんだ。
そう思うと寂しさは別の意味で込み上げてくる。
「気持ちの良い風……。優しいって思える風です」
静かに流れる風に包まれて、僕と星歌はしばらくの間、ふたりっきりで小鳥が青い空を舞う姿を見続けていた。
その日の夜、両親に報告すると僕と星歌は褒められた。
動物の命を救う、大切にするという事を僕らは実行できたから。
僕が夜にテレビをリビングで見ていると、星歌が僕の前にやってくる。
夕食の時からまた無言になってしまったふたりの関係。
その関係を変えたくても、僕は何も言えずにいる。
「あの……ありがとうございました」
「えっ……星歌?」
「小鳥の事です。貴方のおかげで助けてあげる事ができましたから」
「でも、それは星歌の熱意だろ。あの子を救いたいって気持ちがあったから」
星歌は僕の目をジッと見つめて語る。
その心はとても温かい、僕の知らなかった星歌の顔を見せる。
「私は男の子が嫌いです。意地悪で、乱暴で、自分勝手だから……。でも、今回の事で貴方は違うんだって気づかされたんです。とても優しくて温かいから」
「キミは僕を認めてくれるのか?」
「わ、私は夢月みたいに素直じゃないし、可愛くもないですけど、妹として精一杯に頑張ります。ですから……その……えっと……」
星歌は頬を桃のように赤くして僕に言ったんだ。
「これからもよろしくお願いします。“蒼空お兄様”」
照れた顔で、わずかに僕の服のすそを掴みながら言う彼女。
ようやく僕は“兄”として星歌に認めてもらえた、それが嬉しかった。
「あぁ。これからもよろしくな、星歌」
僕と星歌が出会ってから2年と3ヶ月、それが僕らの兄妹としての本当の始まりになる。
それからは夢月を含めて、僕らはとても仲良く兄妹として過ごしてきた。
僕にとってかげがえのない妹達。
守ってやりたいと思うし、傷つけたくなんてない。
……これからも、兄妹として良い関係を続けていけるのだろうか?