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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
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第46章:終わりなき夢

【SIDE:宝仙蒼空】


『ミニコンサート?今日の夕方に?』

 

『はい、そうなんです。蒼空さんも時間があれば来てくださいね』

 

 梓美さんが家に来てから数日、今日のお仕事は取材とコンサートらしい。

 東京に来てからずいぶんと忙しい日々を過ごしているようだが、僕はまだちゃんと彼女の音楽を聴けていない。

 ずいぶんと興味はあるんだが、中々、そういう機会もなかった。

 

『ふーん。ここなら学校の帰りにでも寄れそうだ。ぜひ、聴かせてもらうよ』

 

『蒼空さんにもぜひ聴いて欲しいです』

 

 一応、本番のコンクールにも応援のために行く事になっている。

 だが、その前に今の彼女の音楽を聞いておきたい。

 

「……ここか?」

 

 朝の会話を思い出しながら、僕はショッピングモールのステージに来ていた。

 周囲には何が始まるのかと人々が集まってきている。

 

「高校生ヴァイオリニスト、村雲梓美。彼女に期待をしている人間は多いのよ」

 

 一緒に来ていた美羽さんが僕の隣で説明をしてくれる。

 

「うちの妹はこういう活動はほとんどしていなかったんですけどね」

 

「夢月ちゃんも似たような事をしていたわよ。ただ、梓美のようになりたくても、彼女は性格的に自分がやりたいことしかしないでしょう?それが夢月ちゃんの長所でもあるけど、こういう業界的には合わないみたいなの」

 

 それは何となく分かる気がした。

 夢月は基本的に自分のしたいことしかしない。

 好きなモノは好き、嫌いなものは嫌い。

 その辺がハッキリしすぎているためにある意味でこういう仕事は苦手そうだ。

 梓美さんは音楽以外の事も仕事に入ってるようで大変そうだ。

 

「……それよりも、すぐにあの子の演奏が始まるわよ」

 

 ヴァイオリンを手にステージへあがる梓美さん。

 

「皆さん、今日は集まってくれてありがとうございます」

 

 少しの挨拶をしてから、彼女はゆっくりとヴァイオリンを構えた。

 何度か聞いた事はある、梓美さんの音楽。

 ライバルである夢月と似て非なる音楽だった。

 昔、夢月が留学から帰ってからちょっとだけ荒れていた時期があった。

 本物の音楽をその目でみた夢月は実力や音楽性の違いに愕然とさせられたらしい。

 世界レベルというモノを思い知り、自分の音楽を見失った。

 音楽の楽しさが分からなくなり、そのせいで苦しんでいた彼女。

 その時、梓美さんに出会って彼女は大きく変わったと以前に言っていた。

 そう、梓美さんの音楽には力がある。

 優しさと明るさ、人を楽しませる純粋な想い。

 ステージで楽しそうに演奏する彼女を皆の視線が向けられている。

 

「いい感じの音色でしょう。普通の子だと、この心にグッとくるような綺麗なメロディって中々奏でる事ができない。これは生まれ持った才能よ」

 

「音楽はその人の内面のすべてを表すもの。確かにすごい……」

 

 以前、僕が聞いた音楽よりもはるかに素晴らしくなっていた。

 堂々とヴァイオリンを弾き、周囲を聞き惚れさせる。

 

「これだけの演奏を出来る高校生は日本でも極数名よ。天才型の人間。彼女は表現力もあるし、聞いている人間を魅了する音色を奏でる素晴らしい力があるの」

 

「天才、確かに特別な人間っていうのはいますよね」

 

 僕はこれまで夢月を見続けて感じた事がある。

 天が与えた才能、それは本物だ、平凡な人間の努力など到底およばない。

 しかし、才能があれば全てうまくいくわけではない。

 “天才”という言葉ひとつで片付けられては可哀想だ。

 練習や努力、積み重ねた結果が彼女たちのメロディなのだから。

 

「……うーん、いいじゃない。私も頑張ろうっと」

 

 そう言うと美羽さんが身を翻して歩き出す。

 

「あれ?もう帰ってしまうんですか?」

 

「これから少し別の用事があるの。今日の夕食はいらないわ。それじゃ、蒼空クン、梓美の事を任せたわよ」

  

 軽くこちらに手を振って行ってしまう美羽さん。

 僕は再びステージに目を向けた。

 彼女は人々の笑顔に笑みを返しながら、別の曲を演奏し始めた。

 


  

 

 数時間後、僕と梓美さんは家に帰るために電車に揺られていた。

 

「よかったよ、梓美さん。とても綺麗な音をしていた」

 

「ホントですか?ありがとうございますっ」

 

 嬉しそうに言う彼女、あの後もステージはそれなりに盛り上がりを見せていた。

 クラシックはあまり若い人に受けない、そう感じていたが、彼女の可愛さと素晴らしい音色は人々にとって心に残るものになっただろう。

 

「梓美さんは将来、やはりプロのヴァイオリニストになるのかな?」

 

「私ですか?どうでしょう、オーケストラとかにも参加したいとは思いますけど……」

 

 しかし、彼女は僕の考えよりも大きな夢を語り始める。

 

「ヴァイオリニストにもなりたいです。オーケストラにも参加したい。けれども、私はそれ意外にいろんな事をしたいんですよ。将来的に人を教える立場にもなりたい、夢は無数にあります。まずはこれっていうのはありますけれど」

 

「……それは一体何なんだい?」

 

「夢月ちゃんに追いつきたい、それが今の私の夢ですよ」

 

 彼女はそれまで見せなかった真面目な顔をして答えた。

 

「私と夢月ちゃんは昔からライバルなんですよね。私は彼女に出会うまで音楽は自分が楽しければそれでいい、他の人も楽しんでもらえればいいな程度にしか思っていなかったんです。いわば、それはただの自己満足。自分のために音楽をしていました」

 

 ふたりの出会いはコンクール、どちらも優勝候補として参加して、結果は夢月の勝ちだったが、それは彼女に大きな影響を与えた。

 音楽との向き合い方を夢月は梓美さんとの出会いを経て、真剣に考え出したのだ。

 それは彼女のスランプ脱却のきっかけになった。

 今の夢月の音楽があるのは梓美さんというライバルの出現があってこそだ。

 だが、その影響を受けたのは夢月だけではなく、梓美さんも同じだったらしい。

 

「音楽をしていて、悔しいって気持ちにさせられたのは夢月ちゃんが初めてだったんです。コンクールで勝ち負けが全てだとは今でも思ってはいません。それでも、彼女だけには負けられないって思えるようになりました」

 

 梓美さんは自分のための音楽だと言った。

 どうして自分が必死になって音楽を学び、練習するのか。

 それは演奏する人間によって理由が違うだろう。

 美しいメロディを奏でるため、人よりも優れた音を出すため、世界に通用する立派な音楽家になるため……目標があるから人はそのために努力する。

 

「梓美さんにとって夢月は本当にライバルなんだ?」

 

「はい、負けたくない相手です。お互いに切磋琢磨してきました。私の音楽と夢月ちゃんの音楽、どちらが多くの人を魅了できるか。この勝負がとても楽しいんです。蒼空さんも何度か来てたみたいですから、気づいてませんでした?」

 

「気づく、というかふたりともコンクールではとても楽しそうだなって思っていた。どちらもその時の自分の全てを音楽にかけているなって……」

 

 どちらも優秀な奏者、ライバルと言う存在は大きく成長させた。

 

「でも、今は夢月ちゃんが2度目の留学をしてしまったでしょう。今回のコンクール、正直言って張り合いはないんです。お仕事優先なのも、それが大きな理由です」

 

 確かに今の彼女に勝る相手は今回のコンクールに参加はしていないだろう。

 

「私もいつかはまた留学するつもりですよ。向こうで夢月ちゃんとより一層お互いの音楽を高めあって行きたいんです」

 

「……そうか。たくさんの夢が梓美さんにあるんだな」

 

 羨ましいな、そういう終わりなき夢を抱き続けられるということが。

 美羽さんや夢月、梓美さんはそれぞれが将来に目標を持って目指している。

 夢をかなえるという事は努力があって初めて成し遂げられる。

 

「――蒼空さんの夢は何ですか?」

 

 その質問は僕にとっては“答え”を持ち合わせていないものだ。

 まだ探し続けている、夢月が留学してからずっと……。

 

「僕にはキミ達のような明確な夢がない」

 

「そうなんですか?」

 

「夢月が留学して僕も何か夢を見つけたいとは思っているよ」

 

 それが何かはまだ見えていないけれど。

 電車が揺れ動く中で彼女は窓の外の景色に目を向ける。

 

「いい夢を見つけられるといいですね」

 

「そうだな、僕もキミのようにたくさんの夢を持ちたいよ」

 

 真っ赤な夕焼け空がこちらを照らしている。

 沈み行く太陽を静かに見つめている彼女。

 

「話は変わりますけれど、明日1日、蒼空さんの時間を私にいただけませんか?」

 

「明日?土曜日だし、都合は付くけど」

 

「それなら、明日は私に付き合ってください」

 

「あぁ、分かったよ。でも、翌日はコンクールだっていうのにどうするんだ?」

 

 可愛い彼女に言われて断るつもりはない。

 それに梓美さんと一緒にいられるのもあと数日だ。

 

「……それは明日のお楽しみ、という事で。ふぅ、少しお腹がすきました」

 

「お疲れ様。帰ったらすぐに夕食を作るよ」

 

「私もお手伝いしますね。蒼空さんの料理ってとても美味しいから好きです」

 

 それはまた作りがいのある事を言ってくれる。

 彼女は結構人懐っこい性格をしているな。

 そういう天然な所がまた可愛いんだけども……いえ、別に変な意味でじゃないからね。

 

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