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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
乙女の背中には羽がある
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第45章:始まりの音

【SIDE:宝仙蒼空】


 宝仙家にひとりの美少女を1週間だけ泊めることになった。

 彼女の名前は村雲梓美。

 関西を中心に出たコンクールはほとんど優勝しているという実力のある高校生ヴァイオリニストで、ただいま留学中の夢月のよきライバルであり、親友だと言う。

 その事を海外留学している夢月に電話で伝えると、

 

『梓美が来るんだ、何か楽しそうでいいなぁ』

 

「お友達なんだろう?何度か一緒にいた所を見たことがある」

 

『親友だよ。美羽ちゃんと同じくらいに仲がいいの』

 

 彼女は交友関係が広いので、音楽系の友達も数多いと聞く。

 その中でも特に親しいのは梓美さんらしい。

 

『あー、でも、ちょっと変わった子だからお兄ちゃんも面倒をよろしくね?』

 

「変わった子?そういや、美羽さんも天然系とか言ってたが」

 

『天然系、その表現は合ってると思うよ。はっ、そうだ。お姉ちゃんに電話を変わって』

 

 なぜかいきなり星歌に電話を変わって欲しいと言われたので、僕は電話を彼女に代わる。

 

「私にですか?何でしょう」

 

 星歌は電話を代わるとすぐに表情を変える。

 夢月との会話中、何とも言えない複雑そうな顔に疑問を抱いていた。

 電話を終えた彼女は僕に一言だけ言う。

 

「……夢月から言われました。何があっても生温かい視線で見守るように、と」

 

「それってどういう意味だ?」

 

「天然系な子らしいです。実際に会わないとどうにも言えませんね」

 

 星歌がほんの少し不機嫌そうに見えたのは気のせいだろうか。

 

 

 

 

 そんな僅かの不安を抱いていた翌日の夕方、僕は駅前にいた。

 隣には同じく電車を待つ美羽さんもいる。

 彼女に一緒に梓美さんを迎えに行こうと誘われたのだ。

 

「夢月が言っていました。梓美さんには気をつけてあげて欲しいって」

 

「あ~、そうね。蒼空クンは色んな事に気配りできる子だから私もお願いしたいかも」

 

「どういう意味なんです?」

 

「会えば分かるわ。いい子なのは保障するからよろしく」

 

 言葉で説明しにくいのか美羽さんは微笑で誤魔化す。

 その意味は彼女に出会い、僕はすぐに理解する事になる。

 

「み~わ~さん~っ」

 

 遠くから美羽さんを呼ぶ女の子の声が聞こえる。

 見れば駅の改札口から出てくる美少女が一人、彼女こそ梓美さんだった。

 可愛らしいピンク色の髪留めをつけた茶髪は以前の夢月のようにツインテールにまとめている。

 グラビアアイドル並に可愛い顔に小柄な体型ながらスタイルはいい方だ。

 そんな彼女は勢いよくこちらに走ってくる。

 その様子を見ていた美羽さんは軽い溜息と共に、

 

「はぁ、あの子は相変わらずなんだから。蒼空クン、フォローをお願い」

 

「え?」

 

 僕が問い返す前に目の前まで近づいていた梓美さんはつまずいて倒れそうになる。

 

「きゃっ!?」

 

「危ないっ!」

 

 僕はすかさず彼女に駆け寄るとそのまま抱きとめる。

 

「大丈夫かい?駅の中を走るのは危ないよ?」

 

 美羽さんの言う天然系というのはこういう意味か、いや、これ以外にも何だかありそうな予感がする……。

 とりあえずは無事を確認、怪我はないようだ。

 傍目には腕の中に飛び込んでくるような姿に「まるで長い間会えなかった恋人同士の抱擁にさえ見えたわ」と美羽さんはからかいながら歩いてきた。

 星歌とは違う女の子の感触と香りに僕はドキッとさせられてしまう。

 

「ありがとうございます。私、いつも転んじゃうんです。えへへっ」

 

 可愛らしく照れ笑う梓美さん、その笑みに思わず見惚れてしまう。

 

「もうっ。梓美、貴方はすぐにこけるんだから。少しは周囲に注意して歩きなさい」

 

「ごめんなさい~。美羽さんの顔を見つけたら駆け寄りたい衝動にかられたの」

 

「……可愛いから許す。ほら、いつまでも蒼空クンにくっついてないで離れてあげて。蒼空クン、鼻の下がのびてる」

 

 僕も一応、男の子なんで……こほんっ。

 どうも美羽さんはこの子のお姉さん的な存在のようだ。

 僕から離れた梓美さんは頭を下げて自己紹介をする。

 

「初めまして、村雲梓美と言います。今日から1週間、お世話になりますね。突然の事で無理を言ってすみませんでした」

 

「いや、気にする事はないよ。僕の名前は宝仙蒼空。夢月の兄だ」

 

「知っています。いつも夢月ちゃんから聞いていましたから。それに何度かコンクールの会場でお姿も見たことがあるんですよ。ずっと優しそうなお兄さんだなって思ってました」

 

 その後、僕らは家に帰るためにタクシーで帰ることにする。

 その車内で彼女に今回の事について尋ねて見る事にした。

 

「今回の目的は週末のコンクールだろう?なのに、こんなに早く現場入りするのは他に何か予定でもあるのか?」

 

「はいっ。私、今回はいくつかのイベントもありますから。いろんな場所に呼ばれてるんですよ。明日からの3日間は忙しいんです。他にもコンクールの練習もしたいですし」

 

「蒼空クンは知らないだろうから教えてあげるわ。梓美は今、結構若い子達から人気があるの。芸能活動的なことも少しだけしているのよ。テレビや雑誌にも出ているし、彼女のファンは多いんだから」

 

 まぁ、可愛いし、ヴァイオリンも上手というアイドル的な要素はあるんだろうが、実際にどういうイベントに呼ばれているのか、気になる所だ……。

 それに、高校にも通ってはいるが本業を優先しているというところだろうか。

 

「こちらからも質問してもいいですかぁ?」

 

「あぁ、いいけど。何か僕に聞きたいことでもあるのかな」

 

「蒼空さんって、夢月ちゃんの双子のお姉さんと交際しているんですよね?」

 

 何でこの子がそれを知っているんだろう。

 多分、夢月が教えたに違いないけれど照れくさい。

 

「まぁね。彼女は星歌っていうんだ。夢月と違って大人しい子なんだ」

 

「よく聞いてます。夢月ちゃんにとっては怖いお姉さん。でも、信頼しているみたいで仲よさそうでした。星の歌、夢の月……それに加えてお兄さんは蒼い空。星と月と空。義兄妹なのに繋がりがある。ロマンティックなお名前ですよねぇ」

 

 ちなみに“空”は“宙”とも言う。

 星と月に宇宙という何とも運命的な名前の繋がりだ。

 “広くて大きな宇宙、月と星、ふたりをまとめる存在になりなさい”。

 いつだったか、子供の頃に両親にそう言われた記憶があるな。

 今にして思えば、血のつながりはないのに名前は絆で繋がっているってのはすごいことだと思う。

 

「そういう梓美さんの名前も十分可愛らしいじゃないか」

 

「ありがとうございます。褒めてもらえると嬉しいですよ」

 

 前の席の美羽さんがこちらに振り向きながら、

 

「ねぇねぇ、蒼空クン。私はどうなの?」

 

「……美羽さんもいい名前ですよ。空を羽ばたく美しい羽、綺麗な名前です」

 

「ふふっ。乙女の背中には皆、羽が生えているの。自由に空を飛びまわるために。夢月ちゃんは世界という空に羽ばたいた。梓美も私もそれぞれの空を探している。だから、星歌ちゃんも自分の空を見つける事ができるといいわね」

 

 美羽さんの発言は最近の彼女の悩みを的確についていた。

 この人って普段はハイテンションなお姉さんだけど、意外と色々と考えている大人の女性に思えるんだ。

 

「それは星歌に直接、言ってあげてくださいよ」

 

「あぁ。今のちょっとカッコいい台詞はすでに言って見たの。そうしたら、『……私は羽ばたく気がない小鳥ですから』と言われちゃいました。何かお姉さん相手だと嫌われているのかしら?つれないの~っ」

 

 つまらなさそうに言う彼女だが、星歌の心配はしてくれているみたいだ。

 それにしても羽ばたく気がない、どういう意味だろう。

 星歌、キミは一体どうしてしまったんだ……?

 ここ最近の彼女の変化に僕も正直と惑っている。

 

「あのぅ。星歌さんって何か問題でも?」

 

「いや、何でもない。そろそろ家につく頃だな。梓美さん、食事は何か好き嫌いとかある?こう見えても、うちの食事担当は僕なんだ。何でも作れるよ」

 

「そうなんですか。お料理の出来る男の人ってすごいです。私は基本的に嫌いなものはないので、何でもOKですよ」

 

「それなら、こちらも自信を持って作ろう」

 

 この1週間、僕も梓美さんのコンクールのお手伝いをしたい。

 僕にできるのは食事を作るぐらいだが、それくらいはしてあげたい。

 

「蒼空クンのお料理は美味しいから期待していいわよ、梓美」

 

「美羽さんが言うなら期待度UPです。私は全然お料理できないから蒼空さんみたいにお料理できる人を尊敬します」

 

 にっこりと優しく微笑む天使がそこにいる。

 なるほど、これが“もうひとりの天使”か。

 夢月と同じように天使と呼ばれる高校生ヴァイオリニストがいると聞いていた。

 それが彼女、もう一人の天使、村雲梓美さんだ。 

 性格は少しマイペース気味で、のんびりとしているな。

 

「梓美さんの音楽をぜひ聞かせてもらいたいものだ」

 

「よく夢月ちゃんのコンクールに付き添いにきてましたけど、蒼空さんも音楽に興味があるんですか?それとも、何かしているんですか?」

 

「昔はピアノを少しね。でも、今は何もしていない。聞くのが専門なんだ」

 

「……でも、持っている音感は確かなものよ。私が自信を持ってお奨めするわ。梓美、最終調整には蒼空クンの耳を頼りにしたらどう?」

 

 美羽さんの言葉に梓美さんは興味深そうにこちらを見つめる。

 

「いいですねぇ。蒼空さん、協力してもらえます?」

 

「僕に出来る事なら喜んで協力するよ。ただ、そんなに買いかぶられても困るけど」

 

「謙遜するなぁ。心配しなくても、蒼空クンの実力は私が保証するわよ」

 

「そうやって地味にプレッシャーをかけるのはやめてください、美羽さん」

 

 苦笑いで答える僕を楽しそうに梓美さんは「期待しちゃいます♪」と言う。

 その期待に応える事ができるかどうかは分からないが、頑張ろう。

 

「……蒼空さんがいい人そうで安心しました。噂に聞いていても実際に会わないと色々と不安もあったんです。これから1週間、よろしくお願いしますね」

 

 それは僕の未来にひとつの道筋を見つける“始まり音”。

 彼女との出会いは僕にどのような影響を与えるのだろうか。

 

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