第41章:お姉さんと×××
【SIDE:宝仙蒼空】
どうして、お風呂上りの女性って魅力的に思えるのだろう。
9月中旬、僕達の同居生活もすっかり慣れた頃。
「……うぁ」
美羽さんのお風呂上りの姿につい見とれてしまう。
しっとりと濡れた髪、艶やかな肌にラフな服装。
大人の魅力ってものに魅了されそうになる。
「ん、なぁに?私のこと、ジッと見て。もしかして、見とれていた?」
美羽さんがこちらの視線に気づいてしまった。
うぅ、まるで獲物を見つけた猫のような目をしている。
「……美羽さんって本当に綺麗ですよね」
「え?あ、うん。ありがとう」
素直に褒めたら彼女は頬を少し赤く染めるような反応を見せる。
「ずるいなぁ。からかう前にそんな事を言われるなんて。蒼空クンって何気に女の子を口説くの慣れてない?」
「……経験、かな」
「おぉっ。何か意味深発言、さすが双子姉妹同時攻略をしてきただけある。もっと過激に責めた方がいいかな?」
まぁ、美羽さんは夢月に似ているので対処法も同様だと感じたのだ。
つまり、対処法さえ掴んでしまえばそれなりにうまくいく。
「そんな事されたら、私が許しませんよ?」
「あっ、星歌ちゃん。いたの?」
「いたの?って最初からいましたよ!次はお風呂は私の番ですから」
唸る星歌だが、美羽さんのマイペースぶりに翻弄されているようだ。
彼女も夢月がいなくなっても、気苦労している様子です。
「ごめんーっ。心配しなくても蒼空クンは誘惑してないよ?」
「今、心の中で“まだ”とか言ったでしょう。絶対に言ってました」
「あはは、星歌ちゃんって私のことをよく分かるんだ。すごい~っ」
多分、星歌も夢月と同じように美羽さんを見ているんだろう。
彼女に怒るのは諦めたのか、淡々とした声で、
「それじゃ、次は私がお風呂に入ってきます」
「あれ?蒼空クンと一緒に入ったりしないの?」
「ふわぁっ!?そ、そんな事、できるわけないじゃないですか!?」
星歌は彼女の言葉に慌てふためく様子を見せる。
そういえば、僕って星歌とは1度も一緒にお風呂に入ったことがないな。
夢月とは子供の頃によく入っていたけれど、深い意味はないです。
「恋人同士なら一緒にはいっちゃえば?」
「そんな事をするのは夢月だけです。私はあの子と違います」
「夢月ちゃんはよく一緒に入っていたの、蒼空クン?」
美羽さんがこちらに話を振ってくる。
男として、兄としても答えにくい質問だ。
「それ、私もよく聞いておきたい質問です」
ジッと見つめてくる星歌の視線が何か怖いよぅ。
「や、やましい意味なんてないんですが、子供の頃はよく入っていましたよ。さすがに成長したら、数は減りましたけど」
「それでも、夢月ちゃんとは一緒に入っていたんだ?やるじゃん」
「娘と一緒にお風呂に入るお父さんみたいなもんです。全然、変な意味はないっす」
星歌は複雑そうな顔をするのでそう答えた。
気まずさを感じたのか、美羽さんが話題を変えてくれる。
「ま、それはそれでおいといて。星歌ちゃん、明日、蒼空クンを貸してくれない?少し繁華街に買い物をしたくて、荷物持ちを頼みたいの?」
「……ただの買い物ですか?」
「もちろん。そのままホテルに直行しないから安心して?」
「安心できません。美羽さんのそういう発言が冗談か冗談じゃないかが分かりにくいです」
正面衝突、美羽さんに星歌は呆れた言葉をぶつける。
彼女はクスッと微笑み、僕の肩に手を置きながら、
「冗談じゃなかったら面白くなりそうだけど?」
「……全然、面白くありませんっ!」
「星歌ちゃん、可愛いなぁ。そうやって、怒ってばかりだと疲れるでしょ?そういう冗談もさらっと受け止め、いなせないとこれから大変だよ?そういう真面目な所は星歌ちゃんを余計にからかいたくなる」
「疲れさせてるのは美羽さんなのに……うぅっ」
言い負かされた感じで星歌は溜息をつくだけだ。
彼女は「変な場所にいかないように」と言ってお風呂場に行ってしまった。
「で、僕の予定は全然、無視なのでしょうか?」
「お姉さんとデートは嫌かしら?やっぱり、女子高生と一緒の方がいい?」
「僕も男子高生なので女子高生という属性自体に特に魅力は感じてませんよ」
「それもそっか。それじゃ、言葉を変えて、お姉さんとデートして?ダメかな?」
お姉さんのお願いに僕は断る理由も思いつかないので頷く事にする。
大人の女性と一緒にデートか、何だか楽しみだな。
楽しみだな、と前夜に感じた僕は自分の甘さを感じていた。
両手いっぱいの荷物を抱えて繁華街のアーケード街を歩く。
「まだ何か買うつもりなんですか?」
「頑張って、男の子。後は化粧品関係だけだから蒼空クンには持たせないわ」
「それはよかった。これ以上は限界です」
手が痺れるとかそんなに重い荷物でない事がせめてもの救いだ。
今日はホントに雑用品だけを買いに来たらしい。
「ホントは下着のひとつでも蒼空クンに選ばせてあげようかなって思ってたんだけど、普通に必要なものがあるからそちら優先。期待させてごめんね?」
「いえ、その心配は必要ないですから」
逆にそれされたらこちらとしては困るだけだ。
……美にゅ(以下略)が気になる男心は泣く泣く封印しました。
だって、星歌が怖いんだもんっ。
でも、こうして美羽さんとデートもとい買い物をしてると気になる事がいくつかある。
「そういえば、美羽さんって前にこの街に住んでいたんですか?」
「まぁね。と言っても2年前だよ?私は大学1年の時にこの街に住んでたけど、留学で2年間離れていたから前の家はとっくに出ちゃってるし」
「ということは学年も1年なんですか。休学してたんですよね?」
「うん。大学によるけど、留学も単位に入るところもあるの。でも、私の場合は休学扱い。個人的な留学でもあったから仕方ない。あ、蒼空クンも学部は違うけど、うちの附属なんだから大学にあがってきたら一緒じゃない」
僕の通う私立高校の隣には大学の校舎がある。
来年になれば美羽さんの後輩になるというわけだ。
「蒼空クンは音楽関係の道には進まないの?」
「進みませんよ。僕や星歌は音楽から離れているんです」
「それって何かワケあり?聞いちゃダメなのかなって前から感じていたの」
「いえ、ふたりとも音楽に才能がないなって諦めただけです」
それに夢月は僕らと違い天才的な力を持っていたので彼女に夢を託した。
美羽さんは自分の髪を撫でると、真面目な声で言ったんだ。
「才能がないって、そこまで頑張ったわけ?私はそういう言葉を使う人って好きじゃない。確かに音楽において才能や音感は絶対的なものだよ。でもね、している人の全てがプロになるわけでもないでしょ。趣味でしている人もいれば、本格的に将来の仕事として選ぶ人もいる。蒼空クンはどちらかな?」
「それは……」
キツイ一言だった、すぐに言葉を返せない。
美羽さんはプロを目指している、その実力も才能もある。
だからこそ、言える言葉があるんだろう。
「才能がない、力がない。だから、音楽は諦めた?それってただ、自分に力がつくまで頑張ってない逃げ口実、やめたいと思ったのは才能がないからとかじゃないでしょう。蒼空クンは音楽が好き、それは夢月ちゃんの応援やオーケストラの鑑賞が好きな所からよく分かるわ。……蒼空クン、キミは音楽を続けるべきだった。両親が音楽と言う特別な事情込みでも、プロではなく趣味としてね」
美羽さんはそう言うと、微苦笑をする。
「ごめん。他人の事情もよく分からないくせに正論をぶつけて。ただ、私はそう言って音楽をやめた人間をたくさん知ってる。本当に楽しむだけなら続けてもいい。けれど、人間って上昇意識が強いから、自分より上手い人がいれば敗北感とか抱いてやめちゃう人って結構いるんだよ」
美羽さんがこちらを見つめる視線は責めているわけではなさそうだ。
彼女の言葉は正しいからこそ、胸に突き刺さるものがある。
「桜先生は言っていた。蒼空クンには夢月ちゃん以上に音楽を感じ取る力があるんだって。幼い頃に宝仙先生からも指揮の勉強を教えてもらっていたんでしょう?今からでも遅くない。奏者がダメなら指揮者を目指してみてはどう?」
父からは確かにそう言う勉強も受けていた。
しかし、自分にそれだけの力があるとは思えない。
一流の指揮者になると言うのは本当に大変な事だと知っている……。
首を横に振って僕が否定すると彼女は「そっか」と短く言う。
「それでも、目指したいと思えるようになったらいつでも言ってよ。私でよければ協力できるし。さぁて、それじゃ次はデートらしく食事でもする?」
「休憩は必要かも、です。そろそろ腕の方が……」
「あぁっ。もしかして、痺れてきた?ごめんねぇ」
美羽さんはやっぱり大人の女性なんだと改めて実感する。
そして、僕は自分の夢というモノに対してよく考えなければいけない。
「あっ、そうだ。ここって腕組んでラブラブをアピールするところ?」
「しなくていいです。お願いですから普通に行きましょう」
「えぇー、せっかくのデートなのにつまんな~い」
……前言撤回、彼女は大人の女性だと認めたくない部分も。
「休憩したら、まだ少し付き合ってよ?こういう時、男の子がいるとホントに助かるわ」
「美羽さん、男なら誰でもいいんでしょう?」
「そんなわけないじゃない。……蒼空クンと一緒にいるから楽しいの」
彼女の見せる満面の笑みにドキッとしてしまう。
美羽さんはそんな僕の反応を見て、嬉しそうに笑う。
「今、私にドキッとしたでしょう?蒼空クン、可愛い~っ」
掴みどころのない美羽さんに翻弄される僕は「お兄ちゃんって流されやすくて優柔不断だよね」という夢月の言葉を思い出してへこんでます……。