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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
女神の姉と天使の妹
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第38章:希望を手にするために

【SIDE:宝仙蒼空】


 夢月の留学の準備はオーケストラ終了後、すぐに始まった。

 今回の留学は両親と一緒に暮らす形なので、荷物はそれほど多くない。

 目的地はパリ、ジャン先生の弟子として音楽を学びたいそうだ。

 高校は向こうの高校に編入するらしい。

 ……留学先はフランスか、かなり遠いな。

 しかも、今度の留学はいつ帰ってくるのかは不明だから余計に寂しくなる。

 

「夢月、ホントに留学してしまうんですね」

 

 星歌は僕の部屋で、気落ちして言う。

 さすがに突然の事もあり、ショックも大きかったようだ。

 

「それが彼女の決めたことだ。自分の夢のために選んだ」

 

「分かっています、私も応援してはあげたいです。でも、こんな気持ちになるなんて思ってもしていませんでした」

 

 自分の胸元に手を当てて、彼女はゆっくりとその瞳を瞑る。

 最近、仲良くしていただけにショックも大きいのだろう。

 5年前もそうだった、夢月の留学に星歌は泣いていたっけ。

 それだけ、家族のひとりがいなくなると言うのは辛いことだ。

 ただ、今回の場合、5年前とは違う事が幾つかある。

 まずは期間が前回と違い長いこともある。

 それにもうひとつ、これが1番大きな問題なんだ。

 

「それにしても、私とお兄様の二人暮らしなんて恥ずかしいです」

 

「まぁ、これまで何とか3人暮らししてきたんだから大丈夫だとは思うけど」

 

 そう、我が家は両親が海外に拠点を置いてるために実質、二人暮らしになるのだ。

 これが“妹”とふたりだったならば、何とか理性も抑えられたはず。

 しかし、今は“恋人”と二人暮らし=同棲というわけだ。

 その関係が変わっただけでも僕としては気持ちに変化があるわけで。

 落ち着かない様子を朝から見せているのにはそれもあったりする。

 

「……そういや、僕達はお手伝いしなくてもいいのかな」

 

「留学と言っても引越しするほど荷物があるわけではありません。むしろ、私達にはあの子が必要な荷物をまとめた後の部屋の片づけをしてあげるべきでは?」

 

「それは言えてるな」

 

 ごっちゃまぜに荒らしてある(想定)はずの部屋を片付けるのは僕らの役目だろう。

 あの子、部屋の整理が出来ないタイプだからなぁ。

 星歌とふたりで部屋でのんびりとしていると、夢月がやってくる。

 

「おじゃまします~っ」

 

 すっかりと短くなってしまった髪、印象が大きく変わっていた。

 以前はくツインテールにする程長い髪だったのに。

 夢月は「お姉ちゃんに星歌モードを防止するために、髪を切るように圧力をかけられた」と言っていたが、実際は新しい自分を始めるためにという事らしい。

 髪は短くなったが可愛さは増している。

 よく夢月には似合った髪型だと思う。

 

「荷物のまとめは終わったのか?」

 

「終わったよぅ。必要なものを選ぶのが大変だった。あっ、悪いんだけど……」

 

「部屋の後片付けならしておくよ。綺麗に整頓しておこう」

 

「ありがとう、蒼空お兄ちゃんっ」

 

 夢月は僕の横にちょこんっと可愛く座る。

 星歌はムッとした顔を見せるが、今日は特別だと許したようだ。

 

「ねぇ、今日は一緒に寝ようよ。お姉ちゃんも合わせて3人で寝ない?」

 

「別にいいけど。星歌はどうする?」

 

「いいですよ。夢月、最後の夜ですから」

 

「その最後っていうのは嫌だなぁ。留学前夜、明日から私の希望が始まるのに」

 

 とはいえ、まさしく出発前夜、募る想いもある。

 僕達は夜になって、就寝する時間帯に再び集まることにした。

 パジャマ姿のふたりが僕の隣に寝ている。

 3人で寝るのに部屋のベッドは狭いので、空いてる部屋に布団をしくことにした。

 昔からよく3人で寝る時にはこうしていた。

 

「お姉ちゃんはお兄ちゃんの隣側に行って。朝になって抱きつかれるのは勘弁だし。絶対に抱き枕扱いされるもん」

 

「……言われなくてもお兄様の横で眠るけど。その言い方はムカつくわ」

 

 まぁ、星歌の寝相の悪さは今も変わらないので、あえて僕が犠牲者になろう。

 星歌に抱きつかれるのなら本望だ。

 たまに、ちょっと度が越す場合があるけどな。

 

「ねぇ、蒼空お兄ちゃん。私がいなくなって寂しい?寂しいよね?」

 

「別に貴方1人いなくなっても変わらないわよ」

 

「冷たいッ!私の双子の姉はなんて冷たい。しかも、私はお兄ちゃんに聞いてるのに」

 

 拗ねた口調の妹、隣の星歌は意地悪なのには理由がある。

 この子は妹の夢月相手だと素直になれないんだろう。

 

「寂しいよ、夢月がいなくなったらとても寂しいに決まっている」

 

「ホント!?やっぱり、私の存在は我が家に必要だよね?」

 

 星歌と夢月、僕としてはやはり、ふたりがいないと辛いんだ。

 双子だから、ではなく、ふたりとも僕の大事な妹だから。

 

「……私は夢を追い求める女なの。ごめんね、お兄ちゃん。私が寂しかったらいつでもこの夢月2号を愛を持って抱きしめてあげて。ぎゅうって優しく抱擁される事を希望する」

 

「夢月2号って、夢月の抱き枕だろ……」

 

 抱き枕って1度使うと、それなしでは眠れないらしい。

 僕はあまりそう言うのは使わないからよく知らないけど。

 

「それなら、その2号は私がもらってもいい?」

 

「……抱き枕が抱き枕の意味をなさないくせに」

 

「あら、何か言ったかしら?よく聞こえなかったわ」

 

 星歌は抱き枕を何度か使用しようとしたが、抱き枕をベッドから放り投げてしまう事が多々あった。

 それなのに、抱き枕じゃない物は抱き枕として抱きつくと言う厄介さもある。

 

「大丈夫よ。それを夢月だと思えば、ちゃんと抱き枕として使えるはず」

 

「こ、怖いよ、この姉。絶対に夢月2号は帰ってきた頃には中身が出てるよ」

 

 ビクビクする夢月、何となく夢月2号の成れの果てを想像できてしまった。

 思わず僕もクスッと微笑してしまう。

 

「もうっ、お兄様まで笑うなんて。私ってそんなに寝相悪いんですか」

 

「それはずっと直らない癖だよ。意識して直せるなら誰も苦労してません」

 

「うぅ、夢月に言われると普通にへこむわ」

 

「それ、どういう意味かな……?んんっ?」

 

 僕を間に挟み込んで姉妹が言い争いを始める。

 僕は苦笑気味に「最後なんだから」とふたりをなだめた。

 本当に仲のいいというか、お互いを意識しあう存在として必要不可欠なのだろう。

 明日になればそういう相手もお互いにいなくなるというのはどうなのかな。

 

「……そうだ。いい機会だからお互いに今後の目標を発表しようよ。まずは私からね。私は留学して、世界に通用するヴァイオリニストになる」

 

「そのための留学だもの。精一杯、自分の好きなように頑張りなさい」

 

「で、そんな上から目線なお姉ちゃんの目標は?」

 

「私の目標……?当面は生徒会入りを目指してるけど」

 

 そういえば、秋になれば本格的に星歌の生徒会の話も盛り上がる。

 生徒会長に推薦されているだけに、星歌も大変になるだろう。

 

「生徒会長かぁ。大変そうだけど、楽しそうでもある。頑張って」

 

「妹に言われなくても、私は頑張ります」

 

「うわっ、余裕発言。さすが私の自慢のお姉さま。お兄ちゃんの目標は?」

 

「僕か?僕はそうだなぁ……」

 

 そう言われてもすぐに思いつくものはない。

 中高大一貫の私立のために大学受験もないし。

 

「とりあえず、僕も何か自分の夢を見つけたい。ふたりのように目標と呼べるものがないから。それを見つけていきたい」

 

 妹達のように自分にも未来のために目指すべき物を探したい。

 僕はふたりを応援している。

 自分の進むべき道をしっかりと進んでくれると信じて。

 やがて、星歌が寝てしまった後、夢月は眠りに付く間際に小声で語る。

 

「お兄ちゃんにお願いがあるんだ」

 

「お願い?何だ、僕にできることなら何でも言ってくれ」

 

「……お姉ちゃんをよろしく。この子、私がからかったりしてあげないと、すぐに無茶するから。気負いしすぎるっていうのかな。私がいなくなればきっと今まで以上に自分に無理をすると思う」

 

 さすが双子の妹、姉の事をよく分かっている。

 星歌にとっても、何だかんだといいつつ夢月は必要不可欠の存在だ。

 

「あぁ、その辺の事も気にかけるようにする」

 

「あとこれが1番大事なんだけど、二人っきりだからと言って、絶対にハメをはずさないように。私、家に帰ってきたらお姉ちゃんが妊娠してたなんて本気で嫌だよ?」

 

「それは善処させてもらいます」

 

 さすがにそこまでいかなくても、それなりに気を緩めることはないようにしよう。

 ひとしきり喋っても、話題は尽きることがない。

 明日になればお互いに滅多に会えないから。

 

「……私はお兄ちゃんの妹で本当に幸せだった。この10年、楽しいこと、悲しいこと、いろんなことがあったけれど、お兄ちゃんに出会わなければきっと体験できなかったことがたくさんあると思うんだ」

 

 夢月の小さな手が布団の中で僕の手の上に重なる。

 

「本当に今までありがとう。感謝しているよ、蒼空お兄ちゃん」

 

「お礼なんていわれると照れるな。僕の方こそ、夢月に与えてもらった物は多いよ」

 

「……今日はお兄ちゃんに抱きついて寝てもいい?」

 

「ははっ。甘えたがりな所は変わらないな」

 

 僕に妹と言う存在を教えてくれた夢月。

 彼女は明日、夢という名の希望を手にするために日本を旅立つ。

 その夜、僕は久しぶりに妹達の夢を見た。

 初めて出会ったとき、仲良くできるかどうか不安だった頃の夢。

 その頃の僕に言いたいんだ。

 心配する事なんて何もないんだ、と。

 だって、僕はこんなにも幸せな兄妹関係を築くことができたのだから――。

 

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