第36章:ハッピーバースデー×2
【SIDE:宝仙蒼空】
星歌と恋人になって数日が経過した。
夢月のオーケストラデビューも数日後に控えたある日。
その夜は夏独特の暑苦しさを感じていた。
「……星歌ですけれど、部屋に入ってもいいですか?」
「星歌?あぁ、開いてるよ」
ノックして部屋に入ってきた星歌はパジャマ姿だった。
可愛い花柄の新しいパジャマ、まだ少し濡れた髪は色っぽさを見せる。
「どうした、星歌……?こんな時間に何か用なのか?」
「用事というよりも、ただお兄様とお話がしたかっただけです。ダメですか?」
「いや、かまわないさ」
星歌は部屋に入ると、柔らかな微笑を浮かべる。
「何だか、恥ずかしいですね。こうして恋人同士になってふたりっきりになると……」
「お風呂上りだと可愛いよ、星歌」
そう、恋人になって僕と星歌の距離はかなり縮まった。
僕が抱きしめると彼女は僅かな反応を見せる。
「……?」
何だろう、抱きしめた感触に違和感が……?
「どうしました、蒼空お兄様?」
こちらを見上げる彼女に僕はすぐに気にしない事にする。
多分、気のせいだ。
「何でもない。星歌は明日の誕生日、何か予定は?」
「ありませんよ。明日は夢月とお兄様の3人で過ごすんですよね?」
「そのつもりだ。とは言っても、夢月はオーケストラの練習があるから、その後は……」
「その後は?私に何をしたいんですか、お兄様?」
くすっと上品に笑う星歌。
何かこうして甘えてくれるのは男として嬉しい。
星歌は普段から僕に甘えてくれないから新鮮だ。
「……それは秘密だ」
「秘密なんですか?それじゃ、期待していますね」
「ははっ、期待されるとまた困る話なんだけど」
恋人になって余裕が出てきたんだろうか。
最近の星歌はとても楽しそうに見える。
「……あの、お兄様。今日は……この部屋に泊まってもいいですか」
「え?それはどのようなご用件で?」
顔を赤らめて言う星歌に僕はドキッとさせられる。
まさか星歌からそんな事を言い出すなんて。
いや、しかし、健全な関係を望む僕としてはまだ時期が早いと言いますか。
「私から言うのも勇気がいるんですからね?」
男として、恋人に可愛い顔してそんな事を言われたら僕だって……。
揺れ動く気持ち、だが、ここでその誘惑に乗ってしまうとマズイ気も。
「……私じゃ、ダメなんですか」
シュンっとしてしまう星歌、そんな顔をしないでくれ。
マズイ、別の意味で取られたかも。
「私には魅力とかないんですね、お兄様」
「違うから。星歌は十分すぎるくらいに魅力があるから」
「だったら……いいじゃないですか。私達、恋人なんですよ?」
恋人になれば誰もが通る道、いわゆるこれもイベントではないか。
何を気にする必要があるんだ。
僕は決意をして、星歌に近づく。
「私はお兄様のことが大好きです」
「僕も好きだよ。星歌だけを愛してる」
そのまま抱擁を交わすと、僕は彼女をベッドへと誘う。
どうしよう、知識はあっても経験がないっ。
僕は心臓の鼓動が早まるのを感じつつ、星歌の身体に触れた。
「もしかして、緊張してる?」
「当たり前の事を聞かないでください。お兄様は意地悪です」
「ごめん。……できる限り優しくするから」
「やぁっ。お兄様、蒼空お兄様っ……」
瞳を閉じて甘い声をあげる星歌。
僕が彼女の衣服に手をかけようとしたその時、
「――蒼空お兄様。星歌です、少しよろしいでしょうか?」
ドアの外から聞こえる女の子の声、そして、無常にも開かれるドア。
「……え、何だ?」
僕と視線が交差し合う、扉の向こうに立っていたのは星歌だった。
「明日の予定を聞きたくて……え?あ、あの?」
「うえぇ!?え?せ、星歌?あれ!?じゃ、こっちの星歌は?」
という事は、僕が今、押し倒しているこの美少女は誰なのだ……?
「お兄様、大好きですぅ~っ」
半裸で僕に抱きついてくる星歌、いや、何か違う!?
「なっ!?な、何をしているのよ、夢月っ!!」
「なんですとっ!?」
まさかのドッペルゲンガー、むしろ影分身……普通に考えれば双子なんだが。
僕に抱きつく星歌は明るい声で笑うのだ。
「あ~あ、バレちゃった。てへっ」
星歌の顔にそっくりな“夢月”がそこにいる。
そうか、違和感の理由が判明……胸の感触にボリュームが足りなかったのだ(禁句)。
それはさておき、僕は状況が分からずに困惑する。
「どういう事だ?星歌がどうして、夢月?というか、ホントに夢月なのか?」
「ふふふっ、これぞまさしく星歌モード!どう?めっちゃ似ていたでしょ?」
「……むしろ、本人だと思ってました」
「そんな事はどうでもいいから、まずはふたりとも離れてください。ほら、早くっ!」
怒り声で星歌は夢月と僕を引きずり離した。
やばい、この状況はかなりマズイですよ。
「何をしていたのかしら、夢月……?」
「お姉ちゃんの格好をして、お兄ちゃんを誘惑してたの。もう少しだったのに」
「……その顔で変な事を言わないで」
「むぅ。一応、こっちが私の本当の顔でもあるのになぁ」
渋々、夢月は髪型を整えて、いつもの夢月の顔に戻る。
さすが双子……星歌モード、すごく似ているし。
意外な感じだが、髪型ひとつでこうも似せるとは双子ってすごい。
いや、ここまでふたりは似ていただろうか?
思い込みって怖い。
「さて。夢月、私のお兄様に何をしてるの?」
「さすがのお兄ちゃんもお姉ちゃんの格好したらバレないかなって」
「金輪際、その格好で誘惑するのは禁止。いいわね?」
「残念。実は私のお腹の中には既にお兄ちゃんと愛の証が……」
そう言って意味深にお腹を押える夢月。
「「冗談でしょう!?」」
思わず星歌と言葉がハモってしまう。
いや、さすがに僕も義妹を襲った経験はないんですが。
「えへへっ。冗談かどうかは3ヶ月後をお楽しみに。戦略的撤退っ!」
そう言って夢月は部屋から逃げるように去っていく。
「待ちなさいっ!もうっ、あの子は……星歌モードってまたおバカな事を考えて」
星歌は夢月に対して怒りを見せた。
……そして、残された僕にその怒りは集中する事になる。
「お兄様も何を簡単に引っかかっているんですか?」
「僕も普通に星歌が部屋を訪ねてきたんだと思っていたんだよ」
「お兄様の浮気モノ。しかも、押し倒すなんて破廉恥です。最低です。お兄様の変態っ!」
「まったく持って、返す言葉もございません」
性欲に負けたのは事実、だが、あの場面で手を出さないのも男としてどうかと。
……下手な言い訳もできない僕はちょっと情けない。
「3ヵ月後と言ってましたけど、既に夢月に手を出していたり?」
「してないから。僕はまだそういう経験ないですから」
怖い、怒った女神は本気で怖い。
星歌だけは怒らせたくないな。
「ホントですか?……そ、そういうのは私に言ってください。私が恋人なんです」
頬を紅潮させて言うけれど、実際に言っても拒まれる気がする。
僕もすぐにそう言う関係を求めたりするつもりはないんだけどね。
「……僕を信じて欲しいな、星歌」
僕は軽く星歌の唇にキスをする。
唇を離したあと、彼女は小さな声で囁いた。
「お兄様ってずるい人……少しは拗ねさせてくださいよ」
ギリギリの所で星歌の機嫌を損なわずにすんだようだ。
……それにしても夢月もキワドイ作戦を使ってきたな。
本音で言えば星歌が来なければ……いえ、何でもないです。
はぁ、これからが大変そうだ。
翌日は星歌と夢月の17歳の誕生日。
オーケストラの練習があるために夢月は午前中の時間だけしか暇がない。
「誕生日おめでとう、星歌、夢月」
僕は用意していたケーキをふたりの前に出した。
テーブルに並べられた料理の数々、久しぶりに本気出してみたぞ。
「すごーい。さすがお兄ちゃん。料理が上手だねぇ」
「ホントです。惚れ直しますよ、蒼空お兄様」
最近、何かと下がり気味な僕の株もようやく少し上昇かな。
誕生会なんて大層なものでもないけれど、美味しい料理とケーキを3人で食べる。
「それにしてもふたりとも17歳か」
早いものだな、時の流れというモノは。
ふたりに出会ってから10年、僕は彼女達の成長を傍で見続けてきた。
色っぽさを備えた美人に成長した星歌……片や、未だに成長過程であると信じたい夢月。
……だが、昨日の夜の出来事で夢月も意外に美人な顔をしているのだと判明した。
「な、何?そんなに私の顔を見つめちゃって。やだ、私の事を好きになっちゃった?」
「いや、何でこれが星歌みたいに美人な顔つきになるのか、と」
「むぅっ。それ、私に対してめっちゃ失礼だよぅ!」
髪型だけでホントに変わるとは、人類とは神秘だな、うん……。
頬を膨らませる妹だが、すぐにケーキを食べて機嫌をよくする。
「でも、私も最初は驚きました。一卵性の双子だったなんて」
「一卵性でも二卵性でも、絶対的に顔が似るとか言えないの。大事なのは容姿じゃなくて、心だよ」
「……そうだな。今度からは間違えないように努力するさ」
僕はこの子達の兄になれた事を嬉しく思う。
こんなにもたくさんの思い出を作ってくれた妹達。
星歌は僕の恋人に、夢月は僕の本当の妹になってくれた。
「これからもふたりとは仲良くしていきたいな」
「こちらからもお願いします。お兄様」
星歌は迷わずそう告げたけど、夢月の方は考え込むように黙り込む。
やはり、夢月はあの時のことがまだ後を引いて……。
「ねぇ、このケーキに乗ってる『誕生日おめでとう』っていうチョコの板、食べていい?」
「……そっちかよ。食べていいけど、夢月、今の話を聞いてたか?」
「ふぇ?何か言ってた?ごめん、ケーキに夢中で聞いてなかった。何?私に愛の告白?」
そのおとぼけた夢月の台詞に星歌は彼女の頬を軽く引っ張りながら、
「だから、お兄様は私のモノだって言ってるでしょう」
「ふみゅぅ。いひゃいよぅ。私はお兄ちゃんの妹だもんっ。いちゃつく権利もあるの」
「どこの世界に兄と妹が押し倒したり、誘惑したりするのよ」
「世間的には妹の方が力があるの。禁断の兄妹愛とか、妹属性をなめないでよねっ」
何やらよく分からないいい争いを始めてしまった。
仲がいいやら悪いのやら、姉と妹、ふたりを僕は見つめている事にする。
何だかんだいっても、ふたりとも今の生活を楽しんでいるようだ。
「お兄様も何か言ってください」
「そうだよ、お兄ちゃん。昨日だって、私の誘惑にまんまと引っかかってたし」
「すみません。それは忘れてください。いろんな意味で」
これからも二人の成長を僕は見守っていきたいと思っている。
日々、魅力的に成長を遂げる“女神”と“天使”。
それをこうして傍から見つめ続けることのできる事は僕の幸福だと思う。
「蒼空お兄ちゃん。次は裸エプロンで悩殺攻撃しちゃかも?」
「わ、私も頑張りますから!夢月には負けませんよ、蒼空お兄様」
いや、ふたりともそちらの方向は頑張らなくていいからね、うん……。