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女神の姉と天使の妹  作者: 南条仁
女神の姉と天使の妹
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第34章:天使の真実の姿

【SIDE:宝仙星歌】


 蒼空お兄様が私の事を愛してくれた。

 夢月ではなく、私を選んでくれた。

 幼い頃に嫌いだと拒んでいた、何も知らなかった。

 お兄様の優しさを知ってしまってから私の世界は変わったの。

 彼に惹かれて、その魅力に落ちた私は彼をずっと愛していた。

 私はあの時の虹を忘れる事はない。

 想いの届いたあの虹の光景を――。

 だけど、嬉しい事ばかりじゃない。

 私には夢月という大きな問題が目の前にある。

 彼女にどう説明するか、私達は悩んでいた。

 大切な妹、どうすればいいの?

 

「僕が説明するよ。星歌は何もしなくていい」

 

「いえ、私から先ず説明させてください。これは私達の姉妹としての問題でもあります」

 

 あの子が私のライバルだったから、私はお兄様への気持ちを強くもてた。

 最後まで諦めずにいられたんだ。

 

「分かった。星歌に任せよう、話を終えたら僕の部屋に来るように伝えて欲しい」

 

「はい……」

 

 私は自宅に帰ると彼女の部屋に向かう事にした。

 夢月は自室でゲームをしている。

 数日前にお兄様に買ってもらったゲームソフトかな。

 

「ん、お姉ちゃん。どうしたの?」

 

「大切な話があるの。聞いて欲しいのよ」

 

「……改まって何なの?もうすぐセーブできるから……ベランダにでも出ておいて」

 

「分かったわ。すぐに来てよね」

 

 彼女の指示で私は部屋から出て行く。

 夢月が来たのはそれから数十後のこと、ベランダで待ちくたびれた私は文句を言う。

 

「早く来てと言ったはずなんだけど?」

 

「あははっ、ごめん。意外に手こずったから遅れたの。それで、わざわざ話したい事って何なの?楽しいお話?それとも、悲しいお話?」

 

「私にとっては嬉しくて、夢月にとっては悲しいお話よ」

 

 その言葉に夢月の目の色が変わる。

 私は言わなくてはいけない、彼女に真実を。

 だが、それより先に勘のいい夢月は気づいてしまったようだ。

 口元に乾いた笑みを浮かべて夢月は言う。

 

「そう……天秤は傾いた、お姉ちゃんの勝ちという事か」

 

「……まだ何も話していないわよ」

 

「分かるよ。このタイミング、改まって話なんてそれしかないもの。さっき、廊下で会ったお兄ちゃんの様子もおかしかった。気づかない方がおかしい」

 

 淡々と現実を受け止めていく彼女。

 悲しみに涙も見せず、夢月は笑みを漏らす。

 

「そっか……私は負けたんだ。お姉ちゃんには勝てない、分かってはいた。でも、頭で理解できても諦めきれずにいた。想いを強く持てば、願いは叶う。そう、信じていたから……。でも、これが現実、夢はしょせん夢でしかなかったのね」

 

 夢月は夕焼けに染まる空を仰ぐ。

 悲しみを見せないように、ただ静かに言葉を紡ぐ。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。私はずっと妹なの。私は“蒼空さん”にとって女の子じゃなかった。いつだって、私はあの人の妹でしかなかったの」

 

「妹なのは私も同じでしょう」

 

「違うわ。決定的に違うの、私は初めから妹だもの。それを望んだ、それが正しいと思っていた。でも、近すぎたの。距離感が近いと家族でしか思ってもらえない。お姉ちゃんみたいに女の子として扱ってもらえない」

 

 以前も同じ事を彼女は言っていた気がする。

 ずっと気にし続けていたに違いない。

 私は逆に妹としての夢月の距離感を望んでいた。

 結果的にそれは私の方がお兄様にとってよかっただけ。

 

「私はずっとお姉ちゃんが羨ましかった。前にも言ったよね」

 

 妹は私を笑顔のまま見つめていた。

 笑えるの、この状況でどうして笑う事が……。

 

「私のお姉ちゃんは皆の憧れ。頭も良くて、顔も美人で、優しくて頼りになって。そんな誰もが理想とする憧れの人だった。私は違う、音楽を取ってしまえばただの平凡な女の子。私、お姉ちゃんにずっと憧れていた」

 

「夢月……」

 

「だけど、双子なのに私達は大きく違いすぎた。それはお互いにとってすれ違いを生んだのは分かってるでしょう」

 

 それを乗り越えられたのはつい最近のこと。

 そう、まだあれから1ヵ月も経っていない。

 それよりも、何倍もの年月を私達はすれ違い続けてきた。

 

「――私はずっと星歌お姉ちゃんになりたかった」

 

 その時、強い風が私達の間を吹きぬけていく。

 その風は私に衝撃を与える事になる。

 そよ風に揺られて、ふと夢月の髪留めが外れた。

 いつもはツインテールに結んでいる黒い髪。

 彼女はもう片方の髪留めを自分から外す。

 

「……え?」

 

 妹の髪を下ろした姿を見たことがないわけじゃない。

 だけど、これは……その姿は……。

 

「何をそんなに驚いているの?」

 

 前髪を整えて、彼女は私にその顔を正面から見せた。

 淡いオレンジの光に包まれた長髪の女の子……私の顔がそこにあったの。

 

「……どうして、貴方が私と同じ顔をしているの?」

 

 夢月と星歌、似ていない双子の姉妹。

 私達は双子なのに外見が似ていない、実際に似てないからそう思ってきた。

 それに二卵性だから似ているはずがないんだって。

 似ていないことが私たちにとって良かった事でもあった。

 

「私達を生んだ方のママとこの前、会ったんだ。再婚して、子供もいるんだって。まぁ、それは別にどうでもいいんだけど。私、彼女から聞いた。私達は二卵性じゃない。本当は一卵性の双子だった事を……そして、これが私の本当の姿でもあるの」

 

 私と同じ顔をしている女の子が目の前にいる。

 “夢月”の顔じゃない、“星歌”の顔をしている妹がそこにいる。

 

「貴方は……誰なの?」

 

「双子の妹の夢月。顔が同じなのがそんなにおかしい?」

 

 双子だもの、似ていることが普通かもしれない。

 だけど、それまで考えた事のなかった事態に身体が震える。

 

「お姉ちゃん。私はずいぶん前から似ている事に気づいていたよ。ホントは、私達は似ているからこそお互いを受け入れられない事を。だから、ずっと、顔だって似せないようにしてきたの。私は私としてこの世界にいたかったから」

 

 先ほどまでの笑顔をとは打って変わって夢月は寂しそうな顔をする。

 そちらが本当の顔、笑顔の夢月は初めからどこにもいなかったの。

 

「これが私、今までの夢月は全部作り物なんだ。明るくて、底抜けに無邪気さを演じていた。“星歌”とは違う自分を作り出すしかなかった」

 

 私を姉ではなく対等として“星歌”と呼んだ。

 

「私はこの世界に否定されたくなかったの。星歌だけが認められて、私はいつも否定される。恐れ続けて、違う自分を作り出すしかないと気づいた」

 

 そこにいるのは私の知らない本当の夢月。

 同じ顔をしている、同じ存在の片割れ。

 

「お互いに比較されていつも泣きを見るのは私だった。比べられたら、比べられるほどに私は惨めに思えた。何もない私には……貴方と違う自分を演じて比べられないようにするしかなかったの」

 

「夢月は……私と同じ存在?」

 

「それは違うって前に言ったじゃん。私と星歌、顔が同じだと分かっていても、やっぱりその存在は違う物。私は蒼空お兄ちゃんの恋人じゃない。私は星歌じゃないから。星歌にはどんなに望んでもなれないから」

 

 夢月は語る、私への羨望と本音を……。

 

「同じ顔をしても、お兄ちゃんはきっと星歌を好きになった。彼は外見だけで判断しない。ちゃんと私たちを個々としてみて、それで決めたんだと思う。私の負けに変わりないけど……私は思ってしまうんだ。この姿で生きて見たかった」

 

 ……私はこれまで何を見てきたんだろう。

 妹に音楽の才能がある事に嫉妬してきた、でも、それは……私は音楽という妹が必死に努力して守ってきたものさえ奪うつもりだったことに他ならない。

 違う自分を見つけようとした夢月、必死になって作り出した彼女に私は何という事をしてきたんだろう。

 私はどうすればいいの。

 

「……どうして、今になってその顔を見せたの」

 

「私には夢月のままでいて欲しかった?星歌になって欲しくなかった?分かるでしょう、今なら私の気持ちが……。誰だってそうだよ、誰も自分は自分にしかなれない。他人にはなる事ができない」

 

「同じ顔をしても、貴方は私じゃない……?」

 

「そういう事。私がこんな風に星歌になれても意味がないの。外見は所詮、器でしかない。人の本質はその心、魂というべきかな。外見は同じでも、心まではひとつにならない。個々はちゃんと存在する」

 

 私の震える指先を彼女は優しく握り締める。

 

「私は夢月。貴方は星歌。外見が違うと思ってたときは双子の存在、繋がりを感じ取れなかった。でも、今はこんなにも繋がりを見ることできる」

 

「……私は……今まで、何を見てきたんだろう」

 

 これまでの全てを私は否定された。

 夢月に対して思うこと、感じたこと、その全てを。

 夢月はそれ以上、自分からは何も語ろうとしない。

 

「私はお兄ちゃん好き。でもね、夢月は星歌に負けたんだ。だから、もういいの……」

 

 そっとその手を離すと、彼女はいつもの夢月の顔へと髪と顔つきを戻していく。

 再び“星歌”は“夢月”へとその姿を変えた。

 髪型をいじるだけでこれほど印象が違うなんて……気づきもしないわけだ。

 

「これはただの意地悪だよ、“お姉ちゃん”。あははっ、驚いたでしょ?いやぁ、だって、大好きなお兄ちゃんを星歌お姉ちゃんに奪われちゃったから意地悪くらいしたくなるって」

 

 屈託のない夢月のいつもの笑い声がベランダに響く。

 その無邪気さは演技なの?

 いつもの夢月、それが本当の彼女ではない事は知ってしまった。

 本当は辛いくせにそれを隠している。

 それでも、私には何も言えない。

 彼女は必死なんだと、気づかされたから。

 私にはいつも自信がなかった。

 誰かの裏づけがなければ、自分に信頼を持てなかった。

 それはただの甘えだったんだ。

 夢月がいつも強気でどんな事にも前向きにやっていける自信は彼女の努力、そのもので、それなのに、私は……。

 

「……夢月は強いわね」

 

「お姉ちゃんよりも苦労してるもん。強くて当然だよ」

 

「そう、私も強くなりたいわ」

 

 私達はやっぱり、双子なんだ、今まで以上に感じ取れる。

 

「あ、そうだ。お姉ちゃん……これだけは言わせて」

 

「何かしら?」

 

「恋人になれたのは認めてあげるけど、浮気相手ぐらいなら許してくれる?」

 

 それまでのシリアスな雰囲気を台無しにする台詞に私は呆れた。

 可愛い顔で何て事を……これも演技、それとも素?

 わ、分からない、この子が一層分からなくなってきた。

 

「誰が許すものですか。お兄様は私だけのモノよ。だって、恋人だもの」

 

「えぇー。そんなのずるい~。独占禁止だよ、私にとってはお兄ちゃんには変わりないんだし……。愛人さんでいいから許してちょうだい?」

 

 笑顔の妹、私はその笑顔の裏に隠されていた強さを知った。

 私も見習わないといけない……だが、しかし、その暴走だけは止めて見せる。

 

「……ふふっ、第3ラウンドの開始。次はどちらが既成事実を作れるかの勝負で」

 

「お願いだから、やめて……って、既成事実ってどういう意味?」

 

「人の物になると、無性に欲しくなるのは人のさが。次からは積極的に攻めて行くので、よろしくね。そう簡単には諦めてあげないからっ。先に手を出すのはわ・た・し(はぁと)」

 

「まさか……それだけは絶対にダメーっ!」

 

 警戒すべきなのが、お兄様との浮気をされる事なんだけど。

 でも、夢月は私の妹でいてくれる、きっとそれは変わらないと思えたんだ。

 

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