第32章:兄としての覚悟
【SIDE:宝仙蒼空】
妹の視線をやけに感じるのは気のせいだろうか?
いや、多分、気のせいではないだろう。
「じーっ……」
朝から可愛い妹二人に見つめられてお兄ちゃん照れちゃうぞ?
なんていう雰囲気ではなく、疑惑の目を向けられているという感じだ。
“疑惑=僕の秘密=美乳写真集……?”
つまり、僕の美乳趣味がバレた事による軽蔑の視線なのだろうか。
「……あのですね、僕は別に綺麗な胸にこだわりを持ってるわけではないんですよ?」
「蒼空お兄ちゃんの美乳趣味はこの際、どうでもいいの」
「私は蒼空お兄様の性癖がアブノーマルでも受け入れるつもりです。だけど、せめて人並みの普通の性癖でいてください。お願いします」
「……すみません」
何か違う、ていうかそこで責められると辛いモノが……。
星歌はいい子だな、ある意味、理想的な女の子です。
ふたりはご飯を食べながら僕を見つめている。
疑惑=秘密ではないなら、僕はなぜ妹達の視線の対象になっているのだ?
「あのさ、僕に何の用があるんだ?ふたりして、そんな熱い視線を向けられる理由は?」
「お兄ちゃん。単刀直入に聞くね……。私たちに隠している事があるでしょう」
「……隠し事?いや、あれはしょうがないだろう。男として大事な物は隠す習慣がだな」
「違うっ!そっちの事じゃないの。誰が今さらエッチな本の隠し場所の話を蒸し返すのよ。それはまた私が見つけてあげるから……ふふふっ」
それ、マジで勘弁してもらえませんか?
兄として妹にエロ本を見つけられるだけでも精神的なダメージがある。
「って、また話がそれるし!」
「お兄様、今日は料理部の部活がありますよね?そこに私達もついていってはいけませんか?たまにはお兄様の活躍を直でみたいんです」
星歌の言葉に僕の疑問はさらに深まる。
「え?料理部?別にいいけど何かあるのか?」
「いえ、たまには兄妹の親睦を深めるのもいいでしょう?」
女神の有無を言わせぬ微笑みに僕は頷くしかなかった。
星歌にそう微笑まれると僕はとてつもなく弱い。
夢月には別の意味で弱い……僕、妹ふたりに勝てる日はきそうにないな。
昼になって僕達は3人で学校に登校、まもなく夏休みも終わる。
部室である家庭科室にも部員は結構まばらだったりする。
まぁ、残り最後は遊び倒すのが常だろう。
「というわけで、今日は僕の妹達も来たからよろしくな」
「おおっ、女神と天使、ふたりが揃うなんて!」
「すごっい。やっぱり、姉妹揃って可愛いなぁ」
男女問わず人気の高いふたりだ、存在感抜群でお兄ちゃんも嬉しいぞ。
「……って、お前らは何をしている?」
「は、はぅ。先輩、私、何かしたんでしょうかぁ?」
1年生であり、後輩の伊上を星歌と夢月は取り囲んでいた。
むしろ、これでもかって凝視している……やめんかい。
伊上も微妙な雰囲気に困惑の表情を浮かべている。
「は?伊上って、知り合いだったか?」
「い、いえ。私はこの前、星歌先輩とお話したのが初めてです」
「マイシスターズ。何をしている?」
ふたりとも、伊上の事を気にする理由がいまひとつ分からない。
「今日はこの3人で料理がしたいの。いいよね、お兄ちゃん?」
「あ、うん。別に良いけどな?」
伊上は可愛い後輩なのであまりいじめないでね。
と、内心思いつつ、僕は今回の料理である『ヴィシソワーズ』の説明を始める。
「えっと、今回、皆に作ってもらうのは『ヴィシソワーズ』だ」
「はーい、お兄ちゃん、ビシッとワーズって何ですか?」
「ヴィシソワーズだ。冷たいジャガイモのスープの事だよ。ジャガイモの滑らかな触感、牛乳のクリーミーな口当たり、まさに夏のスープだな」
僕はあらかじめ用意していた説明の書いた紙を配る。
こうして、毎回、違う料理を調理するのが料理部の部活内容だ。
「……面倒だなぁ」
「今、ぼそっと低い声で愚痴ったな。夢月、お前は僕が特別に指導してやる」
「うぇえ!?ふみゅーん、お兄ちゃんって料理の事になると怖いんだよぅ」
「ふっ、料理だけは手を抜かないからな。星歌は伊上と仲良くしてくれ」
星歌の方に目を向けると相変わらず上品に笑みをもらす。
「よろしくお願いしますね、伊上さん」
「うん。先輩とまたこうして料理できるなんて」
前回はそれぞれいがみ合うというか、ライバル心も抱いたみたいだが今日は普通だ。
うむ、仲良き事はいい事だ……さて、僕は手間のかかる妹の指導にいきますか。
夢月は手先が器用なために料理は上手い。
……だが、しかし、何事も適当にしてしまう悪い癖が味付けに出るのだ。
「違うわっ。ジャガイモは焦げ付かないようにゆっくりといためろって言ってるだろ」
「えぇー。別にこれくらいで火は通ってるから食べられるよ」
「……教育的指導。これは愛のムチだ」
「ふにゃぁっ。お兄ちゃんが怖い~っ」
夢月を教育しつつ、僕は星歌たちに目を向ける。
「星歌先輩って包丁の扱いがなれていますね。よく料理とかされるんですか?」
「ううん。うちは大体、蒼空お兄様が料理してくれるから」
「そうですか。やっぱり、宝仙先輩ってすごいですぅ。カッコいいですよねぇ」
そう、褒めるなよ……照れるじゃないか。
「すぐにでもお嫁さんに欲しい存在だと思う」
「分かります。先輩みたいな人が家にいたらきっと楽だろうし」
……あ、そちらの意味ですか、はい。
泣いてない、僕は決して泣いてません。
「うぐぅ、人が苦労してジャガイモと戦ってる最中にお兄ちゃんは目の保養?」
「ヴィシソワーズのポイントはよく煮込むことなんだ。しっかり、ジャガイモを煮込んでくれ。そして、僕は別に変な意味で見てないから」
「……ちっ、こんな事なら裸にエプロンでもしてお兄ちゃんの視線を釘づけにしておくべきだった。はっ、今からでも遅くない?」
服に手をかけようとする妹の暴走を僕は身を挺して止める。
「やめてくれ。それをされると僕は完全にここでの部長としてたの立場と権威を失墜するから。ただでさえ、女の子たちをまとめるのに苦労しているんだよ」
聞くも涙、語るも涙……女社会のど真ん中っていうのも考え物です。
女の子、いっぱい集まると怖いんだよ、マジで。
「ねぇ、お兄ちゃん。あの伊上って子とは仲がいいの?」
夢月の言葉に僕は思わずむせてしまう。
「あ、何、その微妙な反応?」
「い、いや……まさか、もしかして、僕の部屋のアレを見たのか?」
「ラブリーなレターを拝見しました。お付き合いしてるの?」
いつもと違う妹の視線に僕は真面目に答える事にする。
「いや、告白された事はあるけどな。結局は断る事にしたんだよ」
「どうして?可愛い子なのに?」
「……僕にだってちゃんと覚悟くらいはあるのさ。姉妹のどちらかを恋人にする、その選択肢からは逃げるつもりはない。兄として、男としてもな」
そう、中途半端な事はしないつもりだ。
僕は常に答えを望んでいるが、それは第3者ではありえない。
夢月か星歌、どちらかにする……。
僕はふたりが好きだから、どちらかとはすぐに決められないけどな。
「そっか。お兄ちゃんが決めてくれた事は嬉しいっ。出来れば私を撰んでね?」
夢月は安心したように笑うと、ハッと顔を青ざめさせる。
「ふにゃっ!お、お兄ちゃん!焦げた、お鍋が焦げたっ!水、水を入れないとっ!」
「ちょっと待て。慌てるな、すぐに水を入れたりすると逆効果だ!」
吹き零れる鍋を前に、そんなこんなで僕達は再び、料理の方へと意識を向ける。
夢月でもちゃんと考えているんだな……と、感心したいのは山々なのだが、僕の部屋に無断で忍び込む癖だけはなんとかしてもらえないだろうか(切実)。
……1時間後、完成したヴィシソワーズをそれぞれ試食していく。
美味しそうな匂いが香るヴィシソワーズ、白い色をしたスープだ。
僕と夢月の作ったスープはかろうじて及第点と言った所か。
あのミスさえなければいい感じだったのに。
「星歌と伊上、二人の作ったヴィシソワーズはかなり美味しいぞ。よくジャガイモを煮込んでいるから味がしっかりとスープに染みこんでいる。特に伊上、お前も腕を上げてきたな。ここまで作れるようになるとは……」
「えへへっ、ありがとうございます。先輩っ。星歌先輩もお手伝いしてくれましたから」
「星歌も味の引き出し方が上手くなったと思うぞ」
「褒めてもらえると嬉しいですね」
今回は喧嘩することなくふたりは料理してくれた。
それが何よりも僕にとってはよかったと思う。
「うぅ、私なんてお兄ちゃんの邪魔ばかりしてたから」
「そうだな」
「うぇーん、私にはお褒めの言葉はなしですか?」
ウルウルと瞳を潤ませる夢月。
僕は仕方ないな、と思いつつも、よく頑張ったことを褒める事にする。
「夢月はもう少し、料理を作る時に集中して、丁寧に作る事を心がけてくれ。それさえ、してくれれば本当に美味しい料理を夢月だって作れるんだから」
「……次、作ったらちゃんと食べてくれる?」
「もちろん。夢月が本気で料理に向き合ったものならいつだって食べるよ」
「ん、頑張るっ。今度はお兄ちゃんのために料理を作るね」
そっと頭を撫でると猫のように嬉しそうに目を細める。
可愛い妹、夢月は本当に子供らしい。
さて、普通に料理部を楽しんだふたりなのだが、僕はまだ疑問が残る。
朝の視線は結局、何だったのだ?
……それは既に解決していた事を僕はまだ知らない。
部活も終えた帰り道、ゲームショップに予約していたゲームを取りに行った夢月と別れて、僕と星歌は夕焼けに照らされた道を一緒に歩いていた。
そこで僕は今回の事の真相を彼女から聞かされることになる。
「つまり、ふたりとも写真を見て、僕が怪しいと思ったわけだ?」
「そうです、すみません。勝手に物色して、疑うような事までしてしまって」
「いや、まぁ……あの写真は誤解を招くものかもしれない。実際にデートしたのは本当の事なんだ。伊上に告白されたのも事実だし」
僕はありのままの真実を星歌に語ることにした。
伊上に告白された僕は「ごめんなさい」とその交際を断った。
やはり、僕には他の誰かを好きになれないから。
その気持ちは嬉しかったんだよ、可愛い後輩だったからさ。
「で、彼女に言われたんだよ。一度だけ、デートに付き合ってください。思い出が欲しいんだって。それで、あの写真を撮ってたわけ。あれはそのうちの何枚かをもらったんだ。でも、表沙汰にはしたくなくて隠していたんだ」
実際、バレてしまえば大したことはない。
「隠されたら余計に不安になっちゃいます」
拗ねた口調の星歌に僕は「ごめん」と謝ることにする。
だが、それを隠そうとした行動は当然のことでもあると思う。
本当に波風を起こしたくなかった、それだけなんだ。
星歌は話を聞き終えると、ゆっくりと僕の顔を見上げて言う。
「お兄様は優しい人です。その優しさはとても温かくて、傍にいたいと誰だって思わせてしまう。これからは気をつけてくださいね」
「善処はするさ」
妹達に余計な心配はかけたくない。
むしろ、妙な詮索でまた部屋をガサいれされるのは本気でやめて欲しい。
「何だかすっきりとして安心したら、お腹が空いてきました」
「帰りにスーパーによっていくか。今日は星歌の好きなものをつくってあげるぞ」
「ホントですか?それじゃ、1番好きなトマトリゾットでもいいですか?」
「あぁ、いいぞ。もちろん、星歌も手伝ってくれるんだろう」
妹達の微笑みを見ていたら僕にだって思う事はある。
僕の選択は半端な心で決めていいものではない事を。
これは兄としての覚悟、いや、男としての覚悟だろう。
「綺麗な夕焼け空だな。明日はきっと晴れだな」
「ですね。ホントに綺麗……こんなにも赤い色の映える夕焼けって久しぶりです」
ふたりで見上げた深紅に染まる空。
心地の良い夏の終わりの風を感じながら、僕達は夕焼け空の下を歩き出した。