第29章:女神と恋愛小説
【SIDE:宝仙蒼空】
不思議な事って言うのは突然、起こるものだ。
例えば、この頃、うちの妹達が不自然な程に仲がよくなっていたりする。
「お姉ちゃん。この間、貸して欲しいって言っていた小説を持ってきたよ。あとでお姉ちゃんに借りていた小説を持ってくるね。アレ、すっごく面白かったよ」
「ありがとう、夢月。この恋愛小説が読みたかったの、助かるわ」
「いえいえ。その代わり……お願い、夏休みの宿題を写させて」
「いいわよ。机の上にあるから持って行きなさい」
……それが今、廊下で僕が見ている光景だったりする。
星歌の部屋での会話を聞いてると、何かがおかしい事に気づく。
そうだ、星歌がそう簡単に夢月に宿題を写させるなどありえない(断言)。
いつもなら「自分でやりなさい」とか「嫌よ、どうして私が?」なんて切り返す。
それを夢月が「うぇーん、お姉ちゃんのケチ。意地悪~っ」と頬を膨らますのが常だ。
いや、今回だけじゃない。
最近のふたりは妙に仲がいい、まるでホントに姉妹みたいだ(注:本物の姉妹です)。
些細な事かもしれないが、僕的には非常に気になるわけで……。
「……何が起きているのだ、マイシスターズ」
僕は疑問に思いつつ、意気揚々とノートを片手に部屋を出て行く夢月と入れ替わるように、星歌の部屋に入る。
「あ、蒼空お兄様?どうしたんですか?」
「いや、どうにもこうにも気になる事があって……」
「気になる事ですか?」
こういう話をするのは星歌の方がいい。
僕は彼女に単刀直入に話をする事にする。
「……最近、夢月と星歌、仲が良すぎじゃないか?」
「え、えっと……そこに疑問を持たれると言うのは姉妹として嘆く所ですよね?」
「だって、僕がキミたち姉妹と兄妹になってから10年、こんなにも仲のよいふたりを見たのは初めてだ。些細な事でいがみ合う、衝突しあうはずの姉妹が仲良くなっているとなると、どうにも違和感がありすぎて……」
「うぅ、そんな風に私たちの事を思っていたんですね。悲しいです」
ぐすんっと涙を拭う素振りの妹、しまった。
「いや、あの……別におかしいと疑問に思っただけで責めてる訳では……」
「冗談です。ふふっ、私も実は違和感があったりするんです。本当に長い間、ふたりはお互いを意識しすぎていましたから。ようやく、理解しあえたんです」
星歌の話ではふたりは見事に和解したらしい。
お互いを認め合うという事、それが双子の姉妹にとって“始まり”だったのだろう。
「よかったじゃないか。うん、そう言う話なら喜ぶべきだと思うよ」
「お兄様にもこれまでたくさん迷惑をかけてきました。それでも、これからは少しずつあの子の事も分かり合っていきたいんです」
近すぎるゆえにすれ違う、か。
無事に解決したならそれでいいさ。
姉妹が仲良くする事に越した事はない。
「ただ、まだあの子に対して優しく接する事には違和感が……」
星歌は恥ずかしそうに照れ笑う。
「それも次第に慣れると思うぞ」
「そうだといいんですけど……」
時間はかかるだろうが、ふたりならきっと大丈夫。
理想的な姉妹の絆を手に入れるに違いない。
「ん、これは……?」
「それはさっき夢月から借りた小説です。今月発売されたばかりのもので、私もファンなので借りたんですよ。とても面白いんです」
「ふーん、小説ねぇ」
僕はあまり小説を読まないけど、こういうのってどんなのだろう。
「星歌は最近、小説を読んでるみたいだけどどういうのが好きなんだ?」
本棚に並ぶ小説の本、以前に比べて冊数もずいぶんと増えてきた。
「恋愛小説が主ですね。ミステリーとか難しいのは読まないです。お兄様は以前、ミステリー小説を読んでませんでした?」
「少し前にハマった本があったくらいさ。元々、活字を読むのは苦手でね」
こういうのは慣れみたいなものだ。
漫画は読んでも小説は読まない僕としてはどうにも大変だったのを覚えている。
「さて、星歌はどういうのを読んでいるんだろうな」
本棚には所狭しと並ぶ本が綺麗に整頓されて置かれている。
試しに目の前にある小説を読んでいく。
『私と彼は星と星の関係。見ている時は近くて、実際はとても遠いの』
『見つけた、私だけの王子様。きゅるーん♪』
以下、同じような文体の文章が並んでいる、意味不明だ。
うーむ……恋愛小説ってこんなのだっけ?
「えっと、星歌?これは恋愛小説なのか?」
「それは……どうでしょう?私も判断しかねます」
苦笑いする星歌、他の本はどうなんだろうか。
気になり、別の本を見開く、今度は普通の文章が並んでいた。
これは期待できるかも……っと、期待してすぐに後悔する。
『……私だって、アンタと別れたくなかったよ。でも、子供ができちゃったからしょうがないわ』
『やっぱり、お前……俺と別れる前からアイツと……?』
『そうよ、もう戻れないの。私はあの人を撰んだの。だから……もう、私の前に姿を見せないで。貴方の存在は私を狂わせるの……。さよなら、大好きな貴方……』
……きゅるーん、の次は修羅場モノでした。
女の子ってこういうの好きだな、泥沼展開の昼ドラとかさ……。
もっと普通で何気ない事に幸せを感じる良い恋をしませんか?
「星歌って、意外に過激な作品も読むんだな」
「あぅ……それは、まぁ……私もお年頃ですから」
彼女はあまり触れて欲しくなさそうな顔をしてる。
分かるよ、僕も何だか妹のいけない一面を見てる気がしてドキドキする。
この気持ち……そう、まさに家族にエッチな本を見つけられた時と同じ、アレは辛い。
いや、それと一緒にされると星歌が可哀想だが……。
「これは、どういうのだ……『教師に悪戯……僕、もう我慢できない』。何だ、これ?」
「ふわぁ、だ、ダメです!?お兄様、その本は……っ!」
何気なく手にした本、その中身を見て呆然とする。
『少年のあどけない顔、その唇を悟志は舐めるようにキスをする』
『だ、ダメ……悟志、こういう事しないで』
『俺はお前が欲しいんだ、彰……いいだろう?』
以下、続く乙女妄想展開……無言で閉じるとその本を元の場所に戻す。
本棚にしまい込んで、記憶の中からも封印する。
見てはいけない世界がそこに……触れちゃイケない妹の秘密に触れたらしい。
「あ、あの……お、お兄様、見ました?」
「僕は何も見ていないよ、星歌。うん、本当に何も見ていないんだ」
極めて自然に星歌に答える、そうだ、ここは下手に意識していけない。
僕の妹がこんな不健全な小説を読んでいるなんて知りたくはなかったよ。
「見たんですね……ぐすんっ」
「……すまん、僕が悪かった。もう見ません」
「そんな可哀想な子を見るような目はやめてください」
「だって、星歌がこんな不健全な小説を読んでいるとは思いもしなくて」
妹だって成長する……そう、僕の知らない世界へ足を踏み入れようとしていたとしても、それは彼女の成長を見守る僕が止められるものではない。
どんな変な趣味があっても、彼女が僕の大事な妹である事に変わりはないのだ。
星歌は顔を真っ赤にさせて、慌てて言葉を連ねる。
「うぅ……違うんです、それは私のじゃなくて、夢月のなんですよ。だ、大体、私はそんな男×男のような恋愛はダメだと思います。私としては可愛い系の男の子同士ならまだ許容範囲内だとしても、そんな年上のお兄さんに悪戯される男の子なんてシチュエーションは苦手ですし。そもそも、教師という設定ならもっとこだわりを見せて……ハッ、ち、違うんです!私にそう言う趣味があるかないかと問われれば、全然、全くないんです!ホントです、信じてください、お兄様っ……」
最後は涙目になって僕に必死に言い分を述べる。
パニックっている星歌を僕は落ち着かせる。
この子も見た目によらず、精神的に追い詰められるとダメなタイプらしい。
「……よかった。星歌がそういう趣味があるなんて、思いたくもないから」
「そ、そうですよ……私は全然、そんなの興味もありませんから……はぁ」
小さく溜息をついてうな垂れる星歌。
……ホントにBL趣味はないんだよな?
そう確認したいのはやまやまだが、妹の態度を見ているとはばかられた。
「そろそろ、おやつにしようか。今日はシュークリームがあるんだ」
僕はそう言って無理やり話題を変える事にする。
「……はい」
落ち着きを取り戻した星歌。
まぁ、誰にも秘密の趣味くらいはあるさ。
椅子から立ち上がり、リビングに行こうとした時、
「お姉ちゃん、借りてた小説持ってきたよ。こういうショタ系のBLモノっていうのもたまにはいいかも。お姉ちゃんの趣味が美少年好きなのは意外だね。私の趣味じゃないけど、可愛い少年同士の絡みっていうのもありかな……って、あれ?蒼空お兄ちゃんもいたんだ?」
「……うぅっ……」
部屋に入ってくる夢月に星歌はもの凄くいやそうな顔をした。
バッドタイミング、夢月が手にしているのは避けておきたかった星歌の秘密。
やっぱり、そっち系の趣味が……。
しかも、可愛い美少年系……お兄ちゃんダブルショック!
「あ、あのですね、お兄様。言い訳になるかもしれないですけど、実は……」
まさかの星歌の裏切り行為に僕はショックを受けながら、震える声で言う。
「……信じたくはなかったよ、星歌」
「はぅっ!いえ、これは……違うんです。ホントに何かの間違いで……」
「うにゅ?何のお話?借りてた小説はここに置いておくね、お姉ちゃん」
空気を読めていない彼女はその本を本棚に無造作に置いた。
肩を震わせる星歌の怒りの矛先は夢月に向けられていた。
「……夢月、貴方のせいで私はっ!!」
「え?え?ちょ、ちょっと、何なの!?ふにゃーっ!?」
星歌の八つ当たり的な怒りの攻撃をくらう夢月、えらいとばっちりだ。
僕は姉妹のその姿に溜息をついて言う。
「僕は妹の教育を間違えたのかな。どうして、ふたりともそっち系の趣味が……」
兄として妹の間違えた方向の趣味に嘆く。
……僕の妹達は健全だって信じていたかったんだ。
「違うんです、本当に私はそう言う趣味じゃないですからっ!」
「いたっ!?痛いって、何で私を攻撃するの?今日は私、何もしてないのに!?」
女の子って本当に不思議な生き物だと思う。
そして、男には一生理解できないものがあるのかもしれない……マジで。