第28章:天使の羽が舞う夜
【SIDE:宝仙夢月】
久しぶりに一緒にお風呂へ入った姉妹。
お姉ちゃんは胸が大きい……っと、話が逸れて肝心な事が話せずにいた。
今回のこの作戦、『姉妹の仲を深めよう作戦』と言う名のとおり、姉妹の親睦が目的なんだ。
私たちって普段からあまり姉妹として仲がよろしくないからね。
そして、お次は一緒のベッドで寝ることになった。
「……こうしてお姉ちゃんと一緒に寝るのって何年ぶり?」
「なぜ……私が妹と一緒に寝なくちゃいけないの」
「うわっ、めっちゃ嫌そうな顔。私でも傷つくんだからね」
無理やりベッドでふたりで寝るのはちょいと狭い。
けど、こうして一緒に寝るのは子供の頃以来。
昔は……ううん、本当はずっとこんな風に仲のいい姉妹でいたかった。
今でこそ私達はこうして軽く言い合える仲だけど、昔はホントに仲がよくなかったから。
姉妹というよりも常にライバル。
お互いにそれぞれ譲れないモノを抱えて、壁を作りあっていたもん。
「お姉ちゃん……電気、消してもいい?」
「私は電気を消したら、眠れないの。いつも付けっぱなしじゃない」
「あぁ、そうだった。よくこれで眠れるよねぇ。私には無理だ」
「どうせ、そのうち寝てるわよ。……はい、おやすみ」
姉は昔から電気を消した真っ暗な所では眠らない。
精神的なものだと思うけど、暗い場所だと眠れないんだって。
「おやすみじゃないよ。たまにはこうして姉妹同士、朝までゆっくりと語りあおう」
「私、そんな面倒なのに付き合っていられないわ」
「うちの姉は妹に対して冷酷です。卑劣な魔女です、性格悪いし」
「……夢月、変な事言うと潰すわよ?」
笑顔で私の肩にもの凄い力で掴むお姉ちゃん。
い、痛い、外れる、肩が外れる~っ。
「ふにゃっ!?ごめんなさい、間違えた。“腹黒”でした、間違えたのは許して」
「それはそれでムカつくわね。やっぱり、潰しておきましょうか」
「うぅ、何なのさ。蒼空お兄ちゃんの前ではお淑やかな妹を演じてるくせに。ホントは強気ッ娘じゃない。裏表あるし、嫌な感じだぁ~」
私の言葉にお姉ちゃんはムスッとして言う。
「ふんっ。別にお兄様の前なら大人しくなれるわ。これが素じゃないもの。ただ……昔から夢月の前だとこうなっちゃうだけよ」
そういうのを裏表があるというの、と声を大にして言いたいけど我慢しておく。
私もそうだけど、素直になれないっていうか、姉妹同士だと反発しあうんだよね。
「私は……お姉ちゃんのことが好きなのになぁ」
同じ布団の中にくるまりながら、私は彼女の手に触れた。
私は人に触れるのが好き。
こうして他人の温もりを感じると心がホッと癒されるっていうか、とても安心できる。
「私は夢月のこと、それほど好きじゃない」
「うわぉ、爆弾発言キター。言うじゃん、やるじゃん。今の一言は妹のガラスの心にぐさっと突き刺さりました。傷ついて動けないわ、ぐすんっ」
「……今さらでしょう?何年、貴方と姉妹やってきてるのよ。私は夢月が好きじゃない」
「ふぇーん。そんなに断言するように何度も言わないでよぅ」
双子……意識していなくても、繋がりのようなモノを感じあう特別な存在。
普通の双子のイメージっていつでも一緒と言うか、依存度が高いって言うか、こうなんていうのかな……特別な存在ゆえに仲がいいのが常じゃない?
それなのに、うちは双子の姉妹なのにシンクロ率が低すぎる。
アレだよ、シンクロ率が低いとエヴァ(以下自主規制)には乗れないんだよ。
「お姉ちゃんと私ってホントに似てないよねぇ」
「それはある意味、幸せと取るべきかしら?」
「ひどっ!でも……私はそれが寂しいな。双子らしくないんだもんっ」
もっと心の奥底で繋がりあうものが欲しい。
「……確かに私達は似ていない。双子なのに、外見も、性格も、好みや特技さえも違うわ。私の方が頭はいいし、胸も大きいし、スタイルもよければ美人系な顔だもの」
「とりあえず、喧嘩を売られているのは理解した。ちくしょー、お姉ちゃんに勝てるものは私にはないの?何か、私に勝てる武器はないの?」
ベッドの中で暴れると「大人しくしなさい」とたしなめられる。
「うぅ……ホント、お姉ちゃんは私にはないものばかり。私はずっとお姉ちゃんが羨ましかった。私と“同じ”はずなのに、どうしてこんなに違うのかって」
「それは私の台詞よ。夢月にはあるじゃない、私にはどんなに欲しくても、望んでも手に入らなかったものを貴方は持っている。それは音楽の才能よ」
天井を見上げて消え入りそうなほど小さな声で彼女は言った。
その視線の先には何を見つめているんだろう。
「……そうだね」
私にはそれしか言えなかった。
今だから思えるし、言える事でもあるけれど。
音楽の才能だけは私の宝物だ、これがなければ私は失敗作のようなものでしかない。
ずっと姉に対して劣等感を抱くだけの存在だったに違いないから。
私は自分で言うのもなんだけど、音楽に関しては天才的なモノを持っている自負がある。
お姉ちゃんは同じように音楽を始めて、何一つ成し遂げられなかった。
心に抱えているのも知ってるし、お互いに“暗黙の了解”的にこれまで触れてくる事はなかった。
「ずっと貴方が羨ましいと思っていた。両親からは期待されているし、愛されている。私なんて頭が良くて、スタイルが良くて、他の事がどれほど夢月より優れていても……お父さんやお母さんに褒められた事なんて1度もないもの」
「……そんな事ないって。パパたちはお姉ちゃんを認めている。逆を言えば私は音楽では褒められるけど、成績はいつもギリギリだから『頼むから最低限、学校だけは出てくれ』と涙目で言われるくらいだよ?」
親に『世間で言うバカキャラにだけはならないで』とお願いされる娘ってとても寂しい。
そう言う意味では学年トップの頭脳を持つお姉ちゃんはすごいって尊敬している。
「どうして、私たちってこんなに極端なのかしら。私と夢月、ふたりがひとつの存在ならきっと、とても優秀な存在だったのに……」
「生まれてきた時にふたつに分かれちゃったんだねぇ。だけど、私は……それでよかったんだと思うよ。きっと何でも出来る子だったら、それはそれでつまらないと思うから。人間は少し何かに欠けていないとダメだと思うの」
私の言葉をお姉ちゃんは不思議そうに、「アンタ、何をいってるの?」と言う感じで見つめてくる。
「完璧な人間を羨むのは当然でしょう?」
「うーん。私が言いたいのは違うの。人間は欠けているところがあるから、欠けていない場所が魅力になるわけだもん。あの子は綺麗だ、あの子は運動神経がいい……人の魅力って、極端に言えばパラメーターのばらつきでしょう?」
「パラメーター?よく分からないけど、つまり……何かに秀でいるという事を目立たせるためには均一ではいけないというの?」
「そんな感じ。結局、人間って長所と短所があるからいいんだよ。良すぎてもダメ、悪すぎてもダメ、偏りも大事なんだと思う」
それに完璧な人間は魅力がありすぎてつまらない。
人間、ひとつやふたつくらいの魅力じゃないと面白みがないでしょ?
「つまり、私が言いたいのは……」
「夢月には音楽という魅力があるように、私にもそれに劣らない魅力がある。そういいたいのね……。他人を羨むより、まず自分のいい所を見つけなさい、か」
何かを思い出すように告げたお姉ちゃん。
「それは誰の言葉?」
「蒼空お兄様の言葉よ。以前、私が悩んでいる時に言ってくれたの。『人には得意、不得意があって当たり前だ。他人の事を羨むよりも、今の自分に何があるのを知る方が大事だよ』って……分かってはいても、そんな風に考えるのは難しい事よ」
私はポジティブ思考なのであまり物事は深く考えない主義だ。
でも、私でもお姉ちゃんの抱える“コンプレックス”とかは分かる。
彼女は彼女なりに悩みがあって、私にも私なりの悩みがある。
「あははっ、何か今すごく親近感が湧いてきた。私、ずっとお姉ちゃんは他の事ができるからいいって思いこんでいたの。音楽だけは私のモノだって。違うんだよね、そういうのじゃないんだ」
私は握り締めていた手に力を込めると、お姉ちゃんはその手を握り返してくれる。
そうだ、私達は……お互いを嫌いになりあう必要なんてないのに。
「姉妹だから余計にお互いを比べてしまう。他人には姉妹として比べられるのが嫌なくせに、自分達の間でもこんなにもお互いを常に比べあっていたんだ。だから、仲良くなれない。やめようよ、そんな風にお互いを“過剰”に意識しあうのは……」
「どちらにもそれぞれの魅力がある。比べてしまうから辛くなる。片方にしかない、片方だけにある。そんな風に私達は思い込んでいたのね……」
人間だから、違って当然なんだ。
才能も持って生まれたモノも、同じではない、ちゃんとした個々がある。
それが、双子の姉妹であったとしても……他の人と何も違う事はない。
「お兄ちゃんって、決して私たちを見比べたり、差別や区別したりする事がなかった。……分かっていたんだよ、ずいぶん前から私達のすれ違いに」
「そして、私たちに乗り越えて欲しいと願っていたの。お兄様はずっと私たちを見守っていたの。……本当になんて優しい人なんだろう」
男嫌いだったお姉ちゃんを魅了したお兄ちゃん。
その優しさ、本物だね……だからこそ、私も好きなわけで……。
「ふわぁ……」
私が欠伸をすると、お姉ちゃんはそっと微笑んだ。
「もう寝ましょうか……。ねぇ、夢月。私はこれからも貴方の姉でいいのかしら」
「何を今さら。私のお姉ちゃんはずっと、一生、星歌お姉ちゃんだよ」
姉妹の確執はこの瞬間に完全に消えた。
長い、本当に長い時をすれ違い続けた姉妹。
今、この瞬間にそのすべてを……解放する。
「……でも、お兄ちゃんは渡さないけどね?」
「そう、私も譲る気はないわよ。お兄様は私のものだもの」
「えーっ。譲るっていう台詞は聞き捨てならないなぁ」
そんな風にいつもと違う明るい感じでお互いの気持ちを言い合える。
ずっと憧れていた、本音で語れる関係……姉妹としての本当のあり方に。
私にとっておねえちゃんは世界で1番近い存在。
これからもそれは変わらないでい続ける。
その夜、私達は本当の意味で仲良く一緒に眠りについた。
私は幼い頃の夢を見ていたの。
『……わたし達は似てない。双子は似ていて当たり前なのに。夢月はどうして私に似ていないの?同じじゃないの?』
『似ていないとダメなのかなぁ。私は……似ていなくてもいいと思うよ』
私とお姉ちゃんは本当に幼い時から変わっていない。
やっと……心も成長したんだね、私たち。
本当の意味で姉妹を受け入れた事はきっと私たちにとって大きな成長だよ。
……でも、ひとつだけ私はその瞬間に忘れていたの。
「……うぐっ、た、助けて。中身が、中身が出るぅ……ぴくぴく(痙攣)」
ハッと気づいたら、姉の強い力で抱きしめられていて目が覚めた。
ぎゅーっと私をその豊満な胸で圧迫する姉、その胸が今は憎い。
「へ、ヘルプミー。お兄ちゃん、助けて……ガクッ」
手足をばたつかせて、うわ言のように私は助けを求め続けていた。
そう、うちのお姉ちゃんは寝起きもそうだけど、寝相がもの凄く悪いのだ。
結局、抱き枕状態でうなされる私は朝を迎えるまで苦しむのでした。
せっかく仲良くなれても根本的なところは変わらないのかも。
……ふみゅーん。