第27章:女神の困惑
【SIDE:宝仙星歌】
……最近の夢月の様子が明らかにおかしい。
いつも変な子だけど、この頃はホントに変だ。
夕食後、リビングでのんびりとしていた私に夢月は言った。
「星歌お姉ちゃん、ピーチゼリー食べる?」
「……食べたいけど、何?」
「え、あ、別に。ついでに買ってきただけだよ」
夢月はそう言って私の前にゼリーを置いた。
私は白桃のゼリーは大好物なので素直にいただく。
しかし、彼女の行動には疑問を持つ。
……怪しい、こういう時には大抵、彼女は私に何か隠している事がある。
「それで、今回は何なの……?何か壊した?それとも……」
「違うって。私はただ、お姉ちゃんにプレゼントしたかっただけ」
「本当に?夢月がこういう事をするときって何かあるのが前提でしょう?」
「姉にそんな風に思われてる事が辛い。ふぇーん」
泣き真似をして拗ねる夢月に私は怪しげな視線を向けた。
この子がホントに下心なしで私に優しくすることなんてあるのかしら?
これまでの経験では、私のお気に入りの物を失くした、テストが補習で大ピンチ、夏休みの宿題が終わらない……など具体的な例をあげても、私に優しくして機嫌を伺うのが常だ。
姉妹とはいえ、特別に仲がいいわけじゃない。
私達の仲の良さはすべてお兄様を中心にしているから。
双子ゆえに絆の深さはライバル心に変わってる。
「さて、それじゃ、たまには一緒にお風呂でも入ろうよ」
「……何で?」
「素で返されると妹は悲しい。お姉ちゃんは私に冷たいね」
まるで私が悪者のような言い方にムスッとする。
「大体、一緒に入る歳でもないでしょう」
「うーん……分かった。それじゃ、お兄ちゃんと一緒に入ってこようっと」
「……ふざけてる?ねぇ、私の妹さん?」
私は綺麗に結ばれているツインテールを引っ張る。
この子の髪って意外に手入れがきちんとされているわね。
「い、痛いっ。か、髪は女の命なんですぅ!引っ張るのはやめてください、お姉さま!?」
「私にゼリーを買ってきてくれたり、お風呂に入りたいって言ってみたり。……何を企んでるの?素直にしゃべったら許してあげてもいいわよ?」
「だ・か・ら~っ、私が何か悪い事をしたという前提でモノを言うのはやめて」
妹の行動は単純なことが多い。
どんな時も難しい事は考えていない。
子供のようにシンプルな思考は彼女の持ち味と言ってもいい。
だからこそ、どんな変な事をしてもしょうがないなって許せるんだ。
夢月は真剣な顔をして私に言う。
「……たまには姉妹のスキンシップ?」
「“?”をつけてる時点でおかしいでしょ」
「とにかく、何でも言いから一緒にお風呂に入りましょう!」
有無を言わさずに私の背中を押してお風呂場へと連れて行こうとする。
「……仕方ないなぁ」
私が渋々に頷いてそう言うと、夢月は嬉しそうに笑う。
何がそんなに嬉しいんだろう?
「やった。久しぶりだねぇ、お姉ちゃんと一緒にお風呂なんて。中学の時に私が怪我してた時以来だっけ?お兄ちゃんとはたまに入るけど……」
「お兄様も夢月には甘いんだから……って、一緒にお風呂に入るのは禁止!!」
「そんなに怒らなくてもいいのにーっ。蒼空お兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたいなら言えばいいじゃん。……あ、もしかして、私が羨ましい?」
「……泣かされたくないなら、それ以上は黙っていなさい」
お口にチャック、と幼稚園児のようにジェスチャーで示してみる。
夢月は「お姉ちゃんが怖いよぅ、ぐすんっ」と黙る。
以前に一緒に入ったのは中学の頃、夢月が足の怪我をした時だ。
階段で転んで足を捻挫した彼女を世話するために入ったのが最後。
姉妹として、ある程度の距離があるのは分かってるはずなのに。
夢月の考える事は本当によく分からないな。
お風呂場に夢月の無邪気な声が響く。
「……お姉ちゃんって、同じ物を食べているはずなのにどうして胸が大きいの?というかスタイルもお姉ちゃんの方がいいのはずるいと思う」
「セクハラ禁止。黙っていなさい」
「セクハラじゃないよ、疑問なの。双子なのになぜ私達はこんなに違うのか気にした事ない?実は私達は双子の姉妹じゃなかった、とか」
湯煙の向こう、彼女は髪を洗いながらおかしな事を言う。
湯船につかる私は妹のスタイルに目を向けた。
胸のサイズは控えめでも悪くないスタイルだとは思うけど。
身長も私の方が少し高いのだから、逆に同じスタイルだったら泣くし。
「……そんなに胸ばっかり気にしてもしょうがないでしょう?」
「分かってないなぁ。お兄ちゃんは女の子にとって大事なのは胸だと名言してるの」
「はいはい。蒼空お兄様がそんなバカな事を言うわけないし」
私のお兄様はとても真面目な人だもの。
胸がどうとか、そんな偏見的な物の見方はしない。
「ふっ、愚かだね。お姉ちゃんは余裕かもしれないけど、私はちゃんと情報として調べてるんだから。そういう地道な努力が恋を制するんだよ。この勝負、私の勝ち?」
「自信満々。そう言うなら、どこからの情報よ?」
「えへへっ。お兄ちゃんのベッド下の怪しげな写真集から判断しました。アレだよ、大人っぽくて綺麗な女の人ばかり写っていたの。男の子って好きだよねぇ」
……まぁ、お兄様も年頃の男の人だから、そんな本を持っていても当然かもしれないけど、何かもやっとした嫌な気持ちを私は抱く……蒼空お兄様のエッチ。
「夢月、人の部屋に勝手に入ったの?」
「相手の好みの情報を手に入れるのは当然だもんっ」
「堂々と言わない。いくらお兄様でもプライバシーくらいは守りなさい」
シャンプーで頭を泡だらけにした夢月は唇を尖らせながら、
「……そういうお姉ちゃんはどうなの?最近、妙にお兄ちゃんにべったりじゃん。この間もラブラブな雰囲気だったし、ずるい~っ。というわけで、私はお兄ちゃんを別方向から攻めることにしたんだよ」
お兄様と私の仲は最近になってよくなってきたと思う。
私自身、彼に甘えるという事にようやく慣れはじめてきたから。
シャワーの流れる音、私はお風呂に肩までつかり天井を見上げた。
「それで、何か成果は出たの?」
「まだキス止まり。やっぱり、積極的に行かないとお兄ちゃんは落とせないね……。お姉ちゃんもキスだけでしょ?」
「さぁ、それはどうでしょう?」
「……え?」
夢月の沈黙に私は微笑を浮かべて答える。
「や、やだなぁ。お姉ちゃん、そんな冗談言わなくてもいいじゃない。お姉ちゃんってそんな風によく言うけど、実際にお兄ちゃんに甘えるのが精一杯でしょ」
「ごめんね、夢月。私、蒼空お兄様と……」
「嘘でしょう?ねぇ、お姉ちゃん……ホントなの?」
低い声で彼女はシャワーを止めてこちらを向いた。
瞳には薄っすらと涙が……そんな目でこちらを見つめないでよ。
「やめてよ、そんな顔をしないで。冗談に決まってるわ」
私の言葉に夢月は小さな声で言ったんだ。
「うぅっ……シャンプーが目に入ったよぅ」
「……ぐっ……!」
……たまに夢月が素でムカつくときがあるんですけど。
一瞬、瞳に見えた涙は私の気のせいだったらしい。
冷水で目を洗うと、きょとんとした表情で夢月は尋ねる。
「あ、ごめん。目が痛くて聞いてなかった。で、どっち?しちゃったの、してないの?」
「ノーコメント。一言で語れる体験ではなかったもの」
「ちょ、ちょっと、何よ、その意味深な発言……むぅ、怪しい」
「はい、ここでその話はお終い。私がシャワー浴びるから代わりなさい」
私がお風呂から出ると、じーっとこちらを凝視してくる。
「な、何なの?そんなに私の身体を見ないでよ」
「……お姉ちゃん。もしかして、太った?」
私は問答無用に妹の頬を引っ張る。
よく伸びる柔らかいほっぺだわ、つねってもいいかしら?
「ふにゃぁ。引っ張らないでよぅ~っ。あぅ、軽い冗談なのに……」
「叩かれなかっただけ優しいでしょう?世の中、言っていい冗談と悪い冗談があるの。覚えておきなさい。ホント、口の悪いの妹ね」
「お姉ちゃんには言われたくないよーだっ」
でも、こんな風に姉妹で話をするのも久しぶり。
お互いの気持ちを知っているから、あまり本音では話さない。
「隙ありっ……ぴたっ」
「ひゃんっ。い、いきなりくっつかないで。そのスキンシップは嫌いよ」
特に今はお互いに裸だけに気恥ずかしい。
夢月は誰彼かまわずくっつく癖がある、相手の体温を感じるのが安心するみたい。
「……やっぱり、お姉ちゃんの方が胸が大きい」
「結局、そっちなの。早く離れて……って、いきなり触らないで!」
ぽにゅんっと私の胸に触れてくる妹の手を払い、私は逃げ出すようにして身体をどける。
ホント、このエッチな妹は油断も隙もないんだから……。
「うぅ、この弾力は卑怯だと思う。いつか私もお姉ちゃんに追いついてみせるからねっ」
「それは無理でしょう?」
「うぐっ……断言されるのは自信?それとも過信?」
「……夢月自身の遺伝子的な物よ。ごめんなさい、貴方の分も私に偏ってるみたい」
夢月はお風呂場に「ふぇーん、お姉ちゃんの×××~っ(伏字)」と叫ぶ。
……夢月に恥じらいを持って欲しいのは私だけ?
やっぱり、この子と一緒にお風呂に入るのは嫌だ……はぁ。