第23章:愛しき人に《後編》
【SIDE:宝仙星歌】
抑えきれない想いがそこにはあるの。
私はリビングで蒼空お兄様に2度目の告白をしていた。
「お兄様の隣で微笑むのは私ではいけないんですか?」
身体から溢れていく彼を好きだという気持ち、もう自分を止められない。
「……私はお兄様の恋人になりたいんです。自分の気持ちに嘘はつけない。つきたくない。お兄様は私の気持ちを告白して、知ってるのに」
せっかく彼がうまくまとめてくれたけれど、私は兄妹では嫌なんだ。
自分が我がままを言ってるのも分かっていて。
それでも、彼の気持ちが知りたくて。
「星歌の気持ちも、夢月の気持ちもちゃんと受け止めている。あとは自分の中でどうするか。それがまだ決まっていないんだ。こんな曖昧な気持ちじゃ、星歌の想いを受け止める資格なんてない」
「きっかけがあればいいんですか?お兄様が私を好きになってもらえるような、そんなきっかけがあれば……」
私はお兄様の手をとると、自分の胸へと押し当てる。
「私を好きになってください」
ドクンッと高まる心臓の鼓動を感じていく。
私にとっての初恋……この想いを受け止めてください。
「愛してるんです、お兄様。私の気持ちを受け止めてください。私、お兄様になら……」
そして、私はそっとお兄様の唇に口付けをかわそうとする。
私の覚悟を込めた想い、お兄様の気持ちは……?
「……ちょっと待ってくれ、星歌。キスはいけない」
そう言って私から距離を取ろうとするお兄様。
その態度に傷つきはするけれど、無理をしているのは私の方だ。
「逃げないでください。お兄様、こんな風にするのは本当にはしたない事だって思います。だけど、私だって女の子なんですよ」
好きな男の子を前にして理性を失う事だってあるの。
「……私のこと、嫌いですか?私じゃお兄様の恋人にはふさわしくない?お兄様の理想はどういう女性なんですか?私、お兄様に気に入られるために頑張ります」
私にとってお兄様は家族として大切でもあり、異性としても憧れている。
「お願いだ、星歌。ボクを困らせないでくれ」
その言葉に私はハッとさせられる。
私は何て自分勝手なんだろう。
私の気持ちを勝手にお兄様に押し付けて、相手の事も考えずに行動している。
「……ごめんなさい、お兄様」
相手の事を考えもせず、自分を省みず、私は一方的に自分の欲望を押し付けた。
それだけじゃない、私はお兄様に対しての自惚れと甘えがあった。
蒼空お兄様なら私のする事を許してくれる、認めてくれると思い込んでいた。
告白したり、キスしたりして……優しい彼を困らせてしまった。
しかも、こんなはしたない誘惑のような手を使ってしまうなんて。
私は自己嫌悪で身体を震わせながら、お兄様に謝罪する。
「私、かなり自分勝手ですよね。すみません。ホントに悪気があったわけじゃないんです。それでも、私のしている事は押し付けでしかなくて、こんなつもりじゃなくて。許してください」
ふと、涙が込み上げてくる……いけない、このままだと泣いちゃいそう。
お兄様に迷惑をかけた自分のふがいなさ、嫌われるんじゃないかと言う恐怖。
これ以上の失態は見せたくないと、私は「すみませんでした」とリビングを出て行こうとする。
お兄様に泣いている姿は見られたくない。
「……待って、星歌。謝るのは僕の方だ」
私を引きとめるとお兄様はそっと私の頭を自分の胸へと押し付ける。
ぎゅっと優しく抱き留められて私は彼の腕の中にいた。
「星歌が悪いわけじゃない。あんな事ぐらいで僕は怒らないし、迷惑だって思ってもいない。中途半端な態度で星歌と接している僕が悪いんだ」
「そんなことないです」
「あと、もうひとつ。星歌が僕を好きだって言ってくれているのは嬉しいんだ。それは夢月の気持ちにしても同じだよ。それだけは言っておきたかった」
私の長髪をそっと撫でて微笑みを見せる。
「……ずるいです」
「ずるい?」
「そうやって、誤魔化しちゃう所ですよ。こんなことされたら、それだけでもいいって思っちゃいます。お兄様のことが本当に好きなんです。だから、お兄様も早く私を好きになってください」
お兄様に対して私は精一杯の言葉を囁いた。
「私を好きになってくれたら、お兄様に私の全てを捧げちゃいます」
大好きな人になら何をされたっていいの。
恥ずかしいけど、お兄様になら私は……。
「……前向きに考えさせてもらうよ」
蒼空お兄様は照れくさそうに私にそう言ったんだ。
私、その言葉を信じて待ってますからね、お兄様。
自室でいつも通り、恋愛小説を読んでいたら私の携帯電話が鳴る。
時間は夜の9時半、相手は夢月からだった。
「……星歌だけど、どうしたの?」
『はーい、星歌お姉ちゃん。貴方の可愛い妹の夢月ちゃんだよ♪』
「そんな事を言わなくても分かるわ。しかも、私に可愛い妹はいないし」
『何よぅ、ホントにお姉ちゃんは口が悪いなぁ……。あのね、駅まで迎えに来てくれない?ほら、外は雨が降って大変なの。迎えに来て~、ヘルプミーっ』
そういえば、いつのまにか窓の外は大雨が降っていた。
さっきまでは雨なんて降っていなかったのに。
「はぁ、折りたたみ傘ぐらい持ちなさい。蒼空お兄様には言ったの?」
『お兄ちゃんに連絡しても出なかったんだもん。あの人、携帯なんてほとんど机の上に置きっぱなしだから。自宅電話もでなくて、しょうがないからお姉ちゃんに電話したんだよ』
「しょうがなく、ねぇ」
私はその発言にムッと唇を尖らせた。
この子は本音をポロリと言うところがありすぎる。
『はぅ。ごめんなさい、口が滑りました。お願いっ。今日は遊びにつかちゃって財布に傘を買うお金も残ってないの。頼りになるのはお姉ちゃんだけ。そうだ、お兄ちゃんに迎えにきてって頼むだけでもいいから』
「蒼空お兄様ならお風呂に行ってるはず。分かりました、私が迎えに行くから待っていなさい。……あまり面倒をかけさせないでよね」
私は電話を切って、支度を始める。
まだお風呂に入る前でよかった、外行きの服に着替えて玄関へと向かう。
すると、廊下でお風呂上りのお兄様とすれ違った。
「ん?これから出かけるのか?」
「あ、はい。夢月が駅まで迎えに来て欲しい、と。外は雨ですから」
「そうか。それなら、僕が代わりに行こうか?」
「いえ、お兄様はお風呂上りで風邪でも引いたら大変でしょう。私だけでも大丈夫ですよ。それじゃ、いって来ます」
お兄様に見送られて私は傘を2本持って歩き出す。
ホントはお兄様と夢月が一緒にいる時間を与えたくないだけ。
些細な事でも嫉妬してしまう私の心の弱さを責めないで。
駅までは徒歩15分、人通りの多い道を通るから夜道でも安心して歩ける。
空から降り注ぐ雨を傘が弾く。
私は雨が好きだけど、こういう風に夜の雨を見つめて歩くのは久しぶり。
駅に着くとすぐに妹の姿を見つけた。
「ありがとう、お姉ちゃん~っ」
いきなり、私に甘えるように抱きつく夢月。
周囲の視線を気にしてすぐに引き離した。
「だから、すぐに人にくっつくのはやめて。その癖、治しなさいよ」
「うぅ、スキンシップなのに。家族愛なのにそんなに怒んなくてもいいじゃん」
「スキンシップなんて私は望んでない。ほら、早く帰りましょう」
夢月とふたり、傘を並べて雨の夜道を進む。
彼女は今日はどこに行ってきたとか、どういう買い物をしてきたとか、そういう些細な話をしていた。
「そういえば、もうすぐ両親が帰ってくるんだって。貴方も聞いた?」
「……う、うん。パパとママでしょ。知ってる、さっき電話で聞いたの」
「大きなコンサートがあるらしいわね。夢月も誘われているんでしょう」
「本格的なオーケストラに参加させてもらえるなんて夢みたいだよ。とても緊張するけど楽しみで仕方ないの。でも……ううん、何でもない」
もう少し、両手ばなしで喜んでると思っていた。
しかし、彼女の様子からはそういう雰囲気は感じ取れない。
やはり、夢月でもオーケストラに参加するという事は大事な機会でもあり、緊張もする。
子供みたいに喜ぶ事はしない、そこはこの子も成長したというところかしら?
「ねぇ、お姉ちゃん……。もしも、私がいなくなったらどうする?」
夢月がそんな事をいうので、私はいつもの冗談だと思って軽い口調で言う。
「……いなくなる?また、変な事を言うわね。今、いなくなったらお兄様は私のモノだから。どうぞ、ご自由にしていいわ。どこにでも行きたければどうぞ」
彼女がいなくなるなんて想像もできないから、その冗談は大して気に留めない。
またそういう映画でも見たんだろう、ホントに夢月は影響を受けやすい。
「双子の妹に対して、ひどいっ!それにお兄ちゃんは私のモノだから……って、その話も関係があるんだよね。そう言う可能性もあるんだ。うぅ……もういいや。うん、決めた。こんな話なんてしない」
ひとりで悩んでひとりで解決してしまったみたい。
私の妹ながらいつも騒がしい子だ。
「何の話なの?……変な夢月、元から変だけど今日はいつもよりも変。普通に変」
「うぅ~っ。変って言わないで。お兄ちゃんの恋人になるのは私なんだからね!」
「そう。まぁ、私達はライバルだから応援はしないけど。お兄様って意外に頑固というか意志の強さはあるわよね。今日だってあんなに迫っても、私を襲いもしなかったし」
普通の男の子ならあの程度の誘惑ならつられちゃうと思う。
肝心な時に流されない所はさすが私のお兄様。
「……ちょっと待て。今、何ていいました?誘惑?襲っちゃう?私が留守の間に何をしていたのよ?また何かしたの?答えてよ、お姉ちゃんっ!」
詰め寄る夢月に私は「愛は難しいわね」とはぐらかしておく。
雨の夜道に妹の無邪気な声が響く。
その声がどことなく寂しそうに聞こえたのは気のせいかな?