第18章:女神の告白
【SIDE:宝仙星歌】
運命の日、早朝から私は何かに導かれるように目覚めた。
「ん……ぅぁっ……今、何時?」
時計を見てびっくりした、現在の時刻、朝の7時。
普段ならこんな時間に起きれることは滅多にない。
「あまり眠れなかったせいかな……ふわぁ」
目覚まし時計が鳴る前に起きる事ができたのは子供の頃以来かもしれない。
洗顔を済まし、自室に戻ろうとすると夢月と廊下ですれ違う。
「おはよう、夢月。今日はお兄様とデートでしょう」
「……そうだよ。今日、告白して恋人にしてもらうの」
「気が早いわね。まだ答えももらっていないのにお兄様の恋人気取り?」
「むっ、悪い?だって、お兄ちゃんは私とキスしたもん。私の事を好きじゃないなんて心配はする必要がない。蒼空お兄ちゃんは私を選ぶよ」
私の言葉に不機嫌そうに言葉を早める夢月。
それは僅かに見え隠れする妹の不安。
「……どうしてそう思うの?すべてはお兄様が決めることじゃない」
「そうだよ、決定権はお兄ちゃんにある。だけど、選択肢は私という“ひとつ”しか提示されていない。だったら、私を選ぶに決まってる」
「蒼空お兄様に別の好きな人がいるとしたら……?そうしたら、告白してもダメかもしれないわ。他人の本当の気持ちなんて分からないわよ」
こんなことばかり妹に告げるなんて。
ただの妬みとひがみ、嫉妬しているだけ。
私には夢月に何かを言う資格なんてない。
この子がどんな想いでお兄様に告白したかを知ってるくせに。
「何なのよ、お姉ちゃん。さっきから聞いていれば“自分”もその中に入ってるって言い方。私は頑張って、怖くても告白したよ。それなのに、告白もしてないお姉ちゃんに偉そうに何かを言われる筋合いなんてない」
「……そうね」
私が自嘲する笑みを浮かべると、夢月は淡々と言葉を告げる。
「私は今ならお姉ちゃんに勝てる。何もしないで逃げたお姉ちゃんとは違うもんっ。……不戦勝でも、お兄ちゃんを恋人にできるならそれでいい」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに私の方を見つめてくる。
私と夢月、双子なのに違う存在に思えてしまう……。
「私は……正直、ホッとしてる。お姉ちゃんがお兄ちゃんに対して告白してなかったこと。同じ立場にいたなら、私は負けてるかもしれないから……」
「同じ立場って告白していたらっていうこと?」
「私はお兄ちゃんの妹でしかない。お姉ちゃんとは違う……。それでも、行動していたらいつかは振り向いてくれるかもしれない。頑張れば努力が報われるかもしれない。何もしないで諦めることなんて私にはできない」
普段、夢月に対して皆が抱くのは無邪気さや幼さだと思う。
それでも、本当の彼女はしっかりとしている。
自分の気持ちさえも向き合って、状況を理解しているの。
「――お兄ちゃんの恋人になるのは私だよ」
そう言い切ると、彼女は身を翻して自室へと入っていった。
……強いんだ、うちの妹は。
心が強いから私と違ってどんな時でも前を向いていける。
「姉妹の勝負……私は戦ってもいない、か」
こんなにも切ない気持ちにさせられたのは生まれて初めて。
それまで自分を支えてくれていた存在が自分だけのものじゃなくなる。
心と身体を引き離されるような想像を絶する痛み。
「私はホントにバカだったのね」
最初から蒼空お兄様を諦める事なんて無理だったの。
夢月を相手にして負けた気持ちでいた。
なぜなら、あの子の方が最初に好きになったから。
私は彼女が好意を抱いた2年後に同じ人を好きになった。
お兄様に惹かれるのが私が少しだけ遅かった。
想いの大きさでは負けていなくても、誰にでもない言い訳を並べてる。
向き合わずに逃げて……言い訳ばかりして、自分が傷つかない方法を探してる。
だけど、私はもう自分の気持ちは捨てたくない。
「傷つけたくない、自分の思い出だけは……」
例え、この恋が叶わなくて、夢幻のように儚く消えてしまっても。
私とお兄様を好きだった想いと記憶、思い出だけは消えない。
……どんなにも辛い気持ちを体験しても、それは消せない思い出になる。
大丈夫、私はその痛みを受け入れる覚悟をしたよ。
ただひとつだけ……私は後悔だけはしたくない。
夢月とお兄様が付き合うことになるとしても、自分の気持ちだけは伝えたい。
私には最後の希望が残ってる……。
「勝負はまだ終わってないわ、夢月……」
そう、夢月はまだ蒼空お兄様の恋人じゃない――。
夕方になって私は家を出て歩き出す。
目的地は展望台公園、そこに夢月とお兄様がいる。
……この時間まで待ったのは彼女が最後に寄ると言っていたから。
あの公園は私たちにとって多くの思い出のある地。
私も彼に告白するならあの場所でしたいと思っていた。
「夢月はまだ告白してないといいけど」
彼女のタイミングが早すぎたら私は負けてしまう。
告白前に私も想いを伝えてお兄様に決めてもらう。
それが私の望むシナリオ。
子供達の遊ぶ姿がちらほらと見えるけど、お兄様たちの姿はない。
アスレチックのあるここじゃなくて、展望台の奥の方かもしれない。
「昔は3人一緒だったのに……」
いつからか私達はそれぞれ別の道を歩み始めていた。
ふたりから離れてしまったのは……私の方なんだ。
高校になってから距離感を抱くようになっていた。
……何が悪かったわけでもない。
ただ、成長すると共に私は自分を抑えこむようになり、素直に生きられなくなった。
控えめな性格、よく言えばそうだけど、悪く言えば消極的なんだ。
私は他人の顔色を伺うように生きるようになってしまった。
すべては私の中にあるコンプレックスが原因。
今さら自分の生き方を悔いても意味はない。
私は決めたの、自分に素直になるって……後悔して泣いてもしょうがないんだ。
大事な時に動けなくちゃ、意味がないんだ。
私はお兄様が好き、大好き……。
優しく微笑んで頭を撫でてくれる。
どんなに我がままを言っても困った顔をせずに甘えさせてくれる。
そんな彼にずっと惹かれていたから、私は……諦められないの。
展望台公園という名前の通り、ここには小さな展望台がある。
私がそこにたどり着くと、ふたりの影が夕焼けに照らされていた。
「私はお兄ちゃんが好きだって前に告白したよね。……あの時は言えなかった。お姉ちゃんの事もあったし、自分が妹以上に見てもらえるか不安もあった」
私は勇気を振り絞り、その場所に足を踏みいれる。
夢月が告白している最中のようで真剣な眼差しを彼に向けている。
妹の事が嫌いなわけじゃない。
私達はライバル、ずっとふたりの間で勝ったり、負けたりを繰り返す。
ただし、蒼空お兄様だけは誰にも譲れない。
「それでも私はもう逃げない。自分の気持ちから逃げたお姉ちゃんとは違う。私は蒼空お兄ちゃんが好き。ねぇ、お兄ちゃん……私をお兄ちゃんの恋人にっ……え?」
夢月が私に気づいて挑発的な視線を向けた。
「……ん?」
お兄様も私の存在に気づいてくれた。
赤く燃えてしまうような太陽の日差し、夕焼けが私たちを包み込む。
「お兄様……待ってください」
私がふたりに近づくとお兄様は驚いた表情を見せる。
「そう……来たんだね、星歌お姉ちゃん」
来たよ、貴方に負けるわけにはいかないから。
「お姉ちゃん、何か用なのかな?私、これからお兄ちゃんに告白するんだよ。今さら余計な邪魔をしないで欲しいんだけど?」
「……私は自分の気持ちから逃げたくない。だから、お兄様に伝える権利はあるはずよ」
想いの強さだけは負けていない。
人生の中で精一杯の勇気を持って私は告白する。
「私もお兄様が好きです。……ずっと貴方を慕って、憧れてきたんです」
その一言で私は悩み抱えていたモノが消えた気がしたの……。
お兄様は私と夢月、ふたりを見比べるようにしてひとつの答えを出した。
「ふたりとも僕を好きと言ってくれて嬉しい。その気持ちはとても嬉しいよ」
静かにお兄様は頷くと、まずは夢月に話しかけた。
「夢月、本当に可愛くて妹として理想だと思う。僕をよく困らせるけれど、甘えてくれるのはとても楽しくて……大切な存在だ。かけがえのない妹だよ」
夢月とお兄様の間にあるのは兄妹という絆、それなら、私とお兄様は……?
次に私の方を向くと、お兄様は私の好きな微笑みを浮かべながら、
「星歌は少し控えめではあるけれど、穏やかで傍にいると安心できる。女の子としても魅力的だよ。告白も嬉しかった。初めて出会った頃は嫌われて、どうにか仲良くなりたいと思っていたから」
お兄様は私と夢月、ふたりをぎゅっと抱きしめて。
「僕はふたりとも好きなんだ。どちらが、なんて選べない。今は選ばない」
「……私達はそんなんて選択肢は望んでないよ。お兄ちゃんに決めて欲しいの。私か星歌お姉ちゃんか……どちらを恋人にしてくれるのか。決めてよ。決断してよ、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんのホントの気持ちが知りたい」
「どちらかを選ばなくちゃいけないのか?今すぐにここで決断しなくちゃいけない……僕にその決断はできないよ」
お兄様の顔は真剣だったので、その様子に夢月も黙り込んでしまう。
「これが僕の決断だ。ずるいと言われるかもしれない。それでも、僕なりに考えたんだ。星歌も夢月も、いいところも悪い所もある。双子だから、とかじゃない。ふたりが本当に好きなんだよ。僕は……二人と一緒にこれからもいたい」
「お兄様が私たちの兄でいる限り、恋人にはしてもらえないのですか?」
兄妹でいる事は居心地がいい、それでも私達はその次を望みたい。
蒼空お兄様は私たちの関係が壊れないように考えてくれている。
「それは分からない。今すぐには無理だ。こんな答えはダメなのか。……って、夢月?」
夢月は予想に反して、くすくすと笑い出すと、私の肩にちょんと手を乗せる。
「あははっ、お兄ちゃん……面白すぎ。予想通りの答えをありがとう」
「……え?予想通りってどういう意味だ?」
「お兄ちゃんならふたりとも愛してくれるって思ってた。私でもなく、お姉ちゃんでもなく、どちらも好きって言われたら選べないって。お姉ちゃんをけしかけて、正解だったかも。私だけ好きって言ってたらフラれてかもね」
彼女はわざと雰囲気を流してしまう。
夢月は小さく舌を出して、お兄様の腕に抱きつく。
「姉妹ハーレムかぁ……。お姉ちゃんも今回の結果には不満足だろうけど、ここからが勝負だよ。これでお兄ちゃんは今後、私とお姉ちゃん、ふたりのどちらかを選ぶことになる。どちらが先にお兄ちゃんの中で1番になれるか」
「そうね。これでお兄様が他の子に振り向く選択はなくなった……ふふっ」
つまり、お互いの想いを告白しあった今こそ本当にふたりだけの争い。
これからが勝負、どちらがお兄様に気に入られるか。
「……なぜだ、なぜか本当に追い込まれた感があるのはなぜなんだ?」
お兄様は嘆きながら、「そろそろ帰ろうか」と私たちを促す。
蝉の鳴き声が聞こえる公園を3人で帰ることになった。
「まさかこういう展開になるとはな……。どちらにしても二人の気持ちは受け止めるさ」
「ふたりともお兄様が好きなんですよ。さすがに私もこれは予想してませんでしたけど」
夢月は初めからこういう展開になる事を狙っていたのかな?
あの子は意外に侮れない、私は苦笑しつつも忘れていた事を思い出す。
「そうだ……お兄様、少しだけかがんでもらえます?」
「こうか……?んっ!?」
私は油断してる蒼空お兄様の唇にちゅっと口付ける。
初めての行為に戸惑いつつも、私なりにキスしてみる。
キスって想像していたよりもドキドキする……嬉しくて溶けるかも。
「キスしちゃいましたね。……大好きですよ、お兄様。セカンドキスは私のモノです」
「なっ!?お姉ちゃん、抜け駆け禁止!!もうっ、ホントに油断できないんだからっ!」
夢月の叫ぶ声にお兄様の唖然とした顔、私はふたりに満面の笑みを見せる。
夏はまだまだ終わらないように、私達の恋もまだ続いていく……。