第17章:姉妹の譲れない想い
【SIDE:宝仙蒼空】
夢なら覚めてほしかった出来事。
……僕は夢月に襲われてキスをしてしまった。
義妹とは言え女の子にキスしたのは初めてだ。
文字通り、寝込みを襲われたあの出来事から数日……。
「蒼空お兄ちゃん、準備はできた?」
今日は夢月のヴァイオリンコンテストの約束であったデートの日。
朝から慌しく準備をする妹を見つめながら僕は歯を磨いていた。
あの夜から数日が経っても、目に見えて夢月に変化はない。
本当に夢だったのじゃないかとさえ思うほどに……。
ただし、僕はそれが夢月なりの配慮だとは気づいていた。
彼女なりに一生懸命なんだという事も。
おぼろげな記憶ながらもひとつだけ僕は気になった台詞があった。
『私……今でも忘れてない。お兄ちゃんが本当に好きなのはお姉ちゃんだって!』
今でも忘れていない……それが何を指すのかは分からない。
それでも、夢月にとっては忘れられない事なんだろう。
僕が星歌を好きだという夢月だけど、それは少し違う。
異性としてふたりをみた時に、星歌の方が妹ではなく女の子として見えるという事だ。
だからと言って、恋人にしたいかと言われるとすぐに頷けない。
僕は夢月も星歌も好きなんだ。
どちらも大切に思うからこそ、ずっと自分の気持ちを曖昧にしてきた。
考えないように、兄妹としてしまいと接してきたつもりだった。
……どちらかを選ばないといけない時が来ているのかもしれない。
「お兄ちゃん?考え事してるの?」
「……あ、いや、ちょっとボーっとしていた」
とっさに誤魔化す僕に夢月はむぅと頬を膨らませながら、
「もうっ。そんなんじゃダメだよ。今日のデートはすっごく楽しみにしてるんだから」
「分かってるよ。そういや、星歌はまだ起きていないのか?」
「お姉ちゃんならまだ寝てる……。今日は1日中、寝てるつもりじゃない?」
「……1日中ねぇ。夢月、星歌を起こして……って、何だ?」
僕が夢月に起こしてきてと頼もうとしたら僕の腕を掴んでくる。
「お姉ちゃんの事はいいの。今日は私とデートする約束じゃない。今日ぐらい私のことだけを考えてよ、お兄ちゃん……」
妹に急かされて僕はデートの準備をすることに。
ファーストキス事件以来、星歌との仲があまりよくないのは僕の気のせいだろうか。
心なしか星歌も夢月を避けているようにさえ見えるのだ。
気のせいだといいんだけど、やっぱり双子の姉妹には仲良くしていて欲しい。
夢月とのデートの行き先はいつも遊んでる繁華街だった。
賑わいを見せる繁華街をふたりで歩きつつ、適当に店を探す。
「こんなところでいいのか?いつもと変わらないぞ」
「分かってないなぁ。お兄ちゃん、デートっていうのは意識したらデートなの。今まではただの遊びでしかなかったのに、デートという名前で呼ぶだけで特別な気持ちになるんだもんっ」
夢月は笑顔で微笑みながら僕の手を掴む。
今日はいつもよりも可愛い服を着ていて、確かにデートという雰囲気もある。
「お兄ちゃんとデート。まずは勝負下着から……定番の黒?それとも純白?」
「どちらかと言えば黒で……って、僕を妙な所に連れて行くのだけは勘弁してくれ」
「あははっ、冗談だよ、冗談。お兄ちゃんってホントに照れ屋だよねぇ」
あの、初デートで女の子の下着を選ぶのもどうかと……黒は好きだけどさ。
結局、無難にウインドウショッピングをする事にした。
「そういや、夢月って星歌とよく買い物に来てるだろ。普段はどういう所を見てるんだ?二人の趣味って微妙に違うじゃないか」
「ふたりの趣味が違うって言っても大きく違うわけじゃないから。同じ店でバラバラに行動する程度だけどね。ファンシーショップとかに行くと、ほとんど一緒に見て回ることはないなぁ……」
「今、何か欲しいのはないのか?」
夢月に尋ねると彼女はくすっと意地悪い顔を浮かべた。
「……お兄ちゃんの溢れるくらいの愛情が欲しいっ」
「悪いな。僕の愛は限定&非売品なんだ」
「つまんない。お兄ちゃんって時々、本当につまんない。通信販売ぐらいしておいてよ」
「通販限定……それはそれで問題だろ」
そんな風にからかわれながらも楽しく買い物を続ける。
次々といろんな店に連れていかれる。
慌しいデート、こういうのもたまには悪くない。
だって、俺の隣で夢月はとても可愛らしく笑顔を見せているのだから。
「買い物の次はカラオケに行こうよ」
「……歌はあまり得意じゃないんだけどな」
「いいから、早く~っ。今日は思いっきり歌うよ」
夢月は音感があるからか歌もとても上手い。
声の通りがいいのもあるし、絶対に音をはずさないので聞いていて安心できる。
カラオケの部屋に通されると、慣れた風に夢月は曲を入れていく。
最近流行の曲くらいなら何とか分かる程度なので、俺も自分の歌えそうな曲を入れた。
曲が始まると夢月はマイクを手に歌を歌い始める。
綺麗な歌声で盛り上がりながら、時間が過ぎていく。
「大好きだよ。今、この瞬間だけはキミと一緒にいたい~♪」
夢月の美声が響く、僕はほとんど聞き手に回っていた。
「世界は回る、キミを中心にして。世界はキミのものだから~♪」
歌う夢月を見ているほうが僕にはあっている気がする。
曲を歌い終わると、ジュースを飲みながら彼女は僕にマイクを渡す。
「お兄ちゃんは歌わないの?渋い演歌とか得意でしょ」
「勝手に得意にするな。そんなの絶対に歌えない」
「そこはノリでも歌ってくれないと面白くないよぅ。あ、次は一緒に歌おうよ」
今回のデートは終始、夢月に翻弄されているなぁ。
なんていうか、夢月に主導権を握られているというのが悲しい。
男としては主導権ぐらい握らせてくれ……こういうのがヘタレと呼ばれるんだろうか。
「ふぅ、満足した。お兄ちゃんもたくさん歌えばいいのに」
カラオケを出た後、彼女は満足そうにそう言った。
アレだけ歌っても元気なのはすごいと思うよ。
「俺は夢月の歌を聴いてる方がいい。お前の声が好きだから」
「ふぇ?……も、もうっ。そういう不意打ちは禁止。ドキドキするじゃない」
夢月でも照れる事ぐらいはあるらしい。
意外に可愛いところもあるじゃないか。
「そろそろ時間も押し迫ってるけど、どうする?」
「最後に一ヶ所だけ行きたい場所があるの」
夢月が俺を連れてきたのは丘の展望台公園だった。
子供の頃、双子の姉妹を連れてよく遊びに来ていた公園。
夕焼けが綺麗に映えている光景をふたりで眺める。
「……この前、ここで星歌と一緒に虹を見たんだ。とても綺麗だったんだ」
「お姉ちゃん、か……」
夢月は唇をキュッと閉じるような反応を示す。
「私はお姉ちゃんとの思い出なんて聞きたくないよ。私を見てよ、お兄ちゃん」
俺の腕にくっついてくる夢月はわざと胸を当ててくる。
「引っ付きすぎです、少し離して下さい。控えめな胸が……こほんっ。それなら夢月との思い出でも語り合うか。子供の頃に夢月とここでよく遊んだよな……」
「お兄ちゃんがはしゃぐなっていうのに、私はいう事も聞かずによく転んでたね」
「泣きそうになっても、頭を撫でてやるとすぐに泣き止んだ。可愛かったな、昔は……」
「昔って今は?今は可愛くないの、お兄ちゃん?」
「……今も夢月は可愛いと思うよ」
夢月と僕はずっと同じ時間を過ごしてきたんだ。
傍にいてお互いを知りつくしている相手。
朱色に染まる街を丘から見下ろす僕たち。
それは子供の頃から変わらない光景だった。
「昔から困らせても、優しくしてくれるお兄ちゃんを好きになるのに時間なんて必要なかった。……今も昔も私はお兄ちゃんだけが私にとっての男の子だったの」
夢月が俺を見つめる瞳にはいつもの愛らしさはなかった。
妹としての無邪気さではなく、女の子としての本気の眼差し。
それに込められているのは決意か、それとも……。
「私はお兄ちゃんが好きだって前に告白したよね。……あの時は言えなかった。お姉ちゃんの事もあったし、自分が妹以上に見てもらえるか不安もあった」
「夢月……」
「それでも私はもう逃げない。自分の気持ちから逃げたお姉ちゃんとは違う。私は蒼空お兄ちゃんが好き。ねぇ、お兄ちゃん……私をお兄ちゃんの恋人にっ……え?」
告白の言葉を途中で止めてしまう。
夢月は驚きを隠せずにいる表情を浮かべていた。
「……ん?」
僕は振り返るとそこにはひとりの女の子がいたんだ。
空を染め上げる夕焼けを背にこちらに向かってくる彼女。
「お兄様……待ってください」
煌く漆黒の長髪をそよ風になびかせる美少女がこちらを見つめている。
「そう……来たんだね、星歌お姉ちゃん。来ないと思ってたよ」
夢月が淡々と言い放つ相手は星歌だった。
どうして彼女がここに?
「お姉ちゃん、何か用なのかな?私、これからお兄ちゃんに告白するんだ。今さら逃げ出した人に余計な邪魔をしないで欲しいんだけど?それとも別の用事でもあるの?」
「……私は自分の気持ちから逃げたくない。だから、お兄様に伝える権利はあるはずよ」
女神と天使、ふたりの姉妹の視線が交差しあう中で、星歌は僕に言い放った。
「私もお兄様が好きです。世界でただひとり、貴方だけを愛してるんです」