第16章:貴方の事が好きでした
【SIDE:宝仙星歌】
私はずっと義兄に片想いをしていた。
……誰にも言えない秘密の恋を胸に秘めて。
お兄様を愛する気持ちは日に日に強くなっていく。
けれど、逆に不安も大きくなっていた。
彼にだけは嫌われたくない……。
お兄様に嫌われるくらいなら私は妹のままでいい。
そんな風に考えてしまう自分がいる。
私は臆病者なのに嫉妬深い性格をしている。
……大好きなくせに素直に言葉に出して、想いを伝える事ができない。
嫌だな、私……。
とても嫌な人間だって自分でも思ってる。
同じようにお兄様に想いを抱く夢月は自分の気持ちを既に伝えてしまっていた。
私にしてみれば一歩出遅れているのに、勇気がなくて立ち止まってしまう。
私には無理……彼に好きですって言えないの。
それでも夢月は己の感情のままに行動を続けている。
いずれは本当にふたりは兄妹ではなく恋人になってしまうかもしれない。
私じゃない誰かとくっつくなんて嫌だけど、夢月ならしょうがないかなって思える。
あの子は私と違って努力をして、行動して、ちゃんと前を向いて歩いている。
私は……いつまで、黙って想いが叶うのを願い続けるの?
行動しなければ何も始まらない、それを知っているのに――。
私の誕生日は8月21日、今年で17歳になる。
双子の妹である夢月も同様に誕生日を迎える。
誕生日があと数週間に迫った8月上旬。
私は予想していながら覚悟のできていなかった出来事に直面する事になった。
その日の夜、私は自室の本棚から寝る前に読む本を選んでいた。
最近、私は恋愛小説を読むのにハマっている。
自分が恋愛が苦手なのもあるけれど、こういうのを読んでいると楽しくなる。
小説を読むことで、ドキドキするような緊張感はまるで私がホントの恋に落ちてしまうようなのが、楽しくてしょうがない。
「この辺は読み終わったし、今日はこれにしようかな?」
まだそれほど本を買い揃えていないので、本棚に並ぶのはほとんど読み終えた本ばかり。
手に取ったのはこれまで何度か読み返したことのあるお気に入りの本だった。
そのラブストーリーはどこか心が癒されるようなお話……。
内容は主人公の女の子が憧れの家庭教師に恋をするという、ありきたりなシチュエーションながらも、女の子として成長していく過程が面白い。
必死になって相手の男の人に振り向いてもらおうとする主人公。
だけど、歳の差もあり中々、振り向いてはもらえない。
そういうじれったい恋は読んでいると、思わず自分自身に当てはめてしまったりする。
その作品は続編も出ているので私は1巻から読み進める事にする。
「夢月からまたいくつか新しい本を借りてこよう」
私はそう思いながらその本を片手にベッドに横になる。
寝る前に本を読む習慣がついてるので、逆に何も読まないと眠れない。
「恋愛なんて実際にこう上手くいくはずないのに」
私は思う、恋愛小説のように自分の思い描いたシナリオ通りに恋愛できればいい。
好きな人に近づくのも、話しかけるタイミングも、自分の思い通りになんて進まない。
「……自分の思う通りに事が進むなら誰も苦労なんてしないわ」
出来る限り、現実を理想に近づける努力は出来るけれど、最終的には運的要素も組み合わさってしまう。
はぁ……私もいい恋愛がしたいなぁ。
ベッドに寝そべりながら、本を読んでいるとドアをノックする音に気づく。
「……何よ、夢月。どうかしたの?」
その叩き方で妹だと判断した私は寝転がる状態で答えた。
「おじゃましまーす。まだ起きていた?」
「起きていたわ。そうだ、また何か面白い本を貸してくれない?手持ちの本だと飽きちゃったから……。お奨めの本とかあればいいんだけど」
「別にいいよ。次はどういうのにしようかな?ちょっと怪しいのもお勧めしようかな……って、そういう話をしにきたんじゃないの。お姉ちゃん、大事な話があるんだけどいいかな?」
夢月が私に大事な話なんて珍しい。
彼女が椅子に座るので私もベッドに座りなおす。
「……貴方がそう言う話をするなんてどうしたの?何か悩み事でも?」
「そうだね。悩みといえば悩みなのかも。私にだって悩むことぐらいあるもんっ」
彼女の悩みといえばこれまで、体重が増えたとか、髪型がうまくまとまらないとか……そう言う類のものばかり。
基本はポジティブ思考だし、私と違って悩みなんて持たないタイプ。
「それで今回はどういう悩みなの?……また、体重でも増えた?」
「ふ、増えてないって、ホントだよ?こほんっ……話を戻して、私……お姉ちゃんに言わなくちゃいけないことがあるの」
私の部屋にあるぬいぐるみを抱きかかえながら夢月は私に語り初めた。
「……私は蒼空お兄ちゃんが好き。本気で好きなんだ」
それは私にとって“楔”となる言葉だった。
「気持ちが強くなって、抑えられなくて、告白もしたよ」
知ってる、私はそのシーンを聞いていた。
夢月がお兄様に大好きなんだと伝えた瞬間に身体が震えた。
……昔からこの子は私と違い、彼に素直に甘えて接してきた。
そんな彼女を羨ましくも思っていた。
私にはあんな風に何も考えずに甘えたりできない。
いつも余計な事を頭で考えてしまい、行動しないから。
「あまり、驚かないんだね?」
「薄々は気づいてたもの。貴方の気持ちも、お兄様の態度も……」
「そうなんだ。告白したっていうけど、答えはもらってないんだ。好きか嫌いか、返事をもらうのが怖かった。ねぇ、私とお兄ちゃん、本当に恋人になれると思う?」
「……二人の気持ち次第でしょう。夢月の好きと言う気持ちが彼に通じていれば恋人になれる。私から見て、ふたりはとても理想的だもの。きっといい答えをくれるはず」
自分の口から出る言葉に私は心の中で失笑を浮かべる。
私は何を言ってるのだろう。
心にもない事を、妹に対して告げている。
彼の恋人になりたい気持ち、それを抑えこんで妹を励ましている。
……それでも、夢月は私よりも自分で前に進む勇気を持っていた。
妹のままでは嫌で関係を変えたいと行動していた。
「私、お姉ちゃんもお兄ちゃんのことが好きだと思ってたのに、意外な反応かも……」
「私の気持ちは純粋な思慕の気持ち、貴方のように愛情ではない」
夢月を応援するなんて自分でも予想外であり、それでもすんなりと受け入れられた。
私はいつのまにか心のどこかで諦めていたのかもしれない。
「ふーん。逃げるんだ?自分の気持ちから、私から、全てから逃げるんだ?」
「逃げる……?」
夢月はくすっと私に微笑むと椅子から立ち上がる。
「私、お姉ちゃんもお兄ちゃんが好きだって知っていた。だから、お姉ちゃんに対して負い目もあったんだ。でも、そう言う事を言うなら、私がお兄ちゃんと恋人になってもいいんだよね?……私、お兄ちゃんとキスしたの」
――夢月と蒼空お兄様がファーストキスをした。
その現実に心臓を掴まれたように私を苦しめていた。
「明日、私とお兄ちゃんはデートの約束をしている。そこでもう1度告白するつもりなの。今度は気持ちを伝えるんじゃない、答えをもらうために告白する。思い出のたくさんある“あの場所”で――」
妹の宣言にも似た言葉……私は身動きできずに立ち尽くす。
怖れていた事が現実に変わろうとする。
「私、お姉ちゃんに失望したよ。逃げずに私と想いを競い合って欲しかったのに。お姉ちゃんって可哀想。本当の自分を受け止めてあげれば楽になれるのに」
そういい残して夢月は私の部屋を出て行ってしまう。
ひとりになってしまった部屋で私は自分の想いと向き合う。
私はお兄様の事が好きだった。
とても大好きで、大切で、愛する人だったから――。
「……お兄様と夢月ならお似合いだもの」
夢月の言う通り、私は逃げてしまった。
自分の気持ちから目を逸らし、逃げてしまったんだ。
「キス……私もしたかったな」
私は唇を押さえてポツリと言葉を零す。
「……ひっく……うぅっ……」
思えば思うほど、考えれば考えるほど……。
私は自分の弱さに涙が溢れていた。
「……お兄様っ……すきっ……」
いらない物を手放すように、想いは捨てられるはずもない。
初恋を……簡単に諦められるわけがない。
どうして、私はこんなにも弱いの?
「……ぅっ……おにいさま……」
こんなにも強い気持ちを持っているはずなのに。
お兄様を誰にも渡したくないって思ってるはずなのに。
羨望と嫉妬……私は何もしない人間で多くを望む人間。
「うぁあっ……あぁあっ……」
夢月に先を越されたのが悔しくて、それを簡単に受け止めてしまう自分が悔しい。
「お兄様、ぐすっ……わたし……私はっ……」
涙、涙、涙……。
冷たい涙が頬を伝っていくのを止められない。
幼い頃に恋して憧れた男の人。
私に恋という感情を教えてくれて、ホントに大好きでした。
噛み締める唇、痛みを伴う心。
「このまま諦めてもいいの?わたしが……望んだ未来は……?」
明日、夢月が告白してしまえば全てが終わる。
この恋の終わりがそんな結末になるなんて。
私の望み、願い、期待……その夜、私は眠れぬ夜を過ごしていた。