第15章:キスを求める天使の唇
【SIDE:宝仙夢月】
私とお姉ちゃんは幼い頃からライバルだった。
双子なのに性格も好きなものも嫌いなものも正反対。
顔つきだって姉妹程度に違うのに、双子だって言われるとそれだけ相手が同じ存在のように思えてしまう。
そんな私達でも……唯一、共通しているのは蒼空お兄ちゃんが大好きだという事。
いつもどちらがお兄ちゃんに甘えさせてもらえるかを競ったりして。
お兄ちゃんを困らせてるのは分かるけど、これだけはお互いに譲れない。
だって、私はお兄ちゃんが好きだもの。
恋人にしたいくらいに愛してるの。
現在時刻、深夜の2時……よい子はぐっすりと寝ている時間。
「お兄ちゃん、寝てるかな……?」
私は寝ているお兄ちゃんの部屋の中に忍び込む。
夏の夜、開けた窓から涼しい風が吹き込んでくる。
電気の消えた室内、ベッドでぐっすりと寝息を立てる蒼空お兄ちゃん。
「……お兄ちゃん、大好き♪」
私の告白からまもなく1ヶ月が経とうとしている。
何かが変わると思って期待していたのに、お兄ちゃんは何もしてくれない。
無防備に甘えても、キスひとつしてくれなくて。
そんなじれったさは私の心をくすぐり続けてる。
私は少しだけでも関係を深めたい。
「天使は堕天使にもなれるんだからね……くすっ」
お兄ちゃんの布団を私はゆっくりとどけた。
パジャマに手をかけて私はそっとボタンをはずしていく。
「はーい、脱ぎ脱ぎしてね。お兄ちゃん」
彼の上着を脱がせても、暑いせいか気がつかない。
それにしても、ホントにいい身体をしているなぁ。
男らしさを感じる筋肉のつき方に見惚れる。
「学校でもお兄ちゃんを狙ってる女の子も何人もいるんだよ」
誰にでも優しいから勘違いさせてしまうことも多い。
私達、姉妹がいるからあまり目立って彼に告白したりする人はいないけど。
だから、いつまでもこのままじゃいられない。
私はこの夏で決めてしまう覚悟をしていた。
夏休み前の告白も、キス疑惑も、私の描いた作戦はことごとく失敗した。
それでも、今度は失敗しない。
今までは関係を壊すのが怖くて、守りすぎていたの。
だ・か・ら、今日は攻めていくことにきめた。
私ははだけた肌に触れながら彼の首筋に唇を当てる。
「……んっ」
もうダメなの、お兄ちゃん。
私はお兄ちゃんが好きで、その笑顔を独り占めしたい。
「ダメな妹でごめん。それでも、私はお兄ちゃんが……」
この衝動を私は抑えることができない。
ベッドの軋む音に緊張しながら私はお兄ちゃんの身体に乗りかかった。
私はそんなに重くないから大丈夫だよね?
反応を見る限り、苦しそうにも見えない。
「眠り王子はお姫さまのキスで目覚めてくれるかな……?」
私がそう囁くと、彼は私が乗った事で何かに気づいたのか。
「……ん?何だ?」
寝ぼけた声と共にお兄ちゃんの目が開いた。
「おはよ、お兄ちゃん。でも、まだ寝ていて欲しいのに」
「……夢月?何で夢月が……ここに……」
頭がはっきりしてないのか、視線をさ迷わせてる。
可愛いよぅ、襲っちゃいたいなぁ。
「お兄ちゃんが妹を誘ったんだよ。……もう止められない、止める事なんてできない」
溢れ出ていく感情を抑えることもできないの。
「お、おい……ちょっと待て。これは夢か?現実か?」
「どうなのかな?お兄ちゃんの好きな方でいいよ」
私の言葉にお兄ちゃんは自分の頬をつねる。
そういえば、前に自分の夢の中で本当に痛くないのか、自分の頬を引っ張ったらホントに痛くなかったのを思い出す。
「痛い……ありきたりだが、現実だっていうのは理解した」
お兄ちゃんは痛む方を押さえながら、
「夢月……お前、何してるんだ?」
「何って見て分からない?お兄ちゃんを襲ってるんだよ」
「襲うって、何で僕のパジャマが脱げてるんだ?夢月、お前が脱がしたのか?」
「正解。今日こそ、お兄ちゃんを私のモノにするって決めたから」
お兄ちゃんはゾクッとした表情をすると身体を動かそうともがく。
「……無駄だよ。だって、今日の私は本気だもんっ」
「なっ、何だ!?身体が動けない?」
手足をベッドに結んであるから身動きが出来ない。
お兄ちゃんは呆れた顔に変えて私に言う。
「……ちなみにドアの鍵は?」
「お姉ちゃんに邪魔が入らないようにしっかりと戸締りしてます♪」
「これはマズイだろ、やめろ……何が望みなんだ?」
「そんな怯えた子犬のような目をしないでよ。私ね、お兄ちゃんが欲しいの」
毎回、お姉ちゃんにいいとこ取りなんてさせない。
あの人はずるくて私からいつもチャンスを奪う。
今日こそは私がお兄ちゃんと結ばれるんだ。
「……お兄ちゃん、私、もう我慢できないよ」
興奮した私の心臓は激しく高鳴る。
「妹に襲われる兄っていうのもどうかと……」
「襲われるだけの油断をしたお兄ちゃんが悪い」
「……本気で僕を押し倒して、こんな事をしてどういうつもりだ?」
お兄ちゃんの言葉が私から理性というなの鍵を壊す。
「……どういうつもり?私は前に言ったよ。お兄ちゃんが大好きだって。愛してるんだって!……愛する相手をどうにかしたいって気持ちは男だって、女の子だって同じでしょ。私はいつまで我慢していればいいの?」
「夢月……」
いつだってそうなんだ。
私のことを子ども扱いして、妹としてしか見てくれなくて。
私の気持ちなんて理解してくれなくて。
これ以上、我慢なんてできない。
「ずっと好きだったの!お兄ちゃんが好き過ぎて、おかしくなる。私を狂わせてるのはお兄ちゃんなんだ。もうっ……ダメ……ぁっ……」
私はお兄ちゃんの顔を手で押さえつける。
「お兄ちゃんのファーストキス、ちょーだいっ♪」
んーっと唇を近づけていくとお兄ちゃんは嫌がる素振りを見せた。
「夢月の気持ちは分かったから!だからと言ってこういうのはマズイんだ。キスっていうのはお互いの気持ちがあってこそだな……」
「何よ、そんなの今さらじゃない。……お兄ちゃん、私のことが嫌いなの?」
じわっと私の瞳に涙が溜まっていく。
私の顔を見て慌てて否定するお兄ちゃん。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「はっきりしてよ。私、お兄ちゃんの優柔不断なところが嫌い」
「……僕は夢月を妹にしかまだ見ていない。この間も言っただろ」
「蒼空お兄ちゃん。私にはお兄ちゃんしか男の子に見えないの。恋する気持ちを否定しないなら私を受け止めて。こんな想いにさせた私に責任をとってよ」
お兄ちゃんがいけないの、私をこんなに好きにさせた。
妹のままでい続けるのが苦しいくらいに大好きなんだよ。
「私をいけない天使にさせたのはお兄ちゃんなんだからね」
甘く囁いて、お兄ちゃんをその気にさせる。
いつまでも子供だなんて思わせさせない。
「……やっぱりダメだ、それだけはダメなんだ」
「何で……?私かお姉ちゃんか、どちらが好きなのか、いい加減に決めてよっ!」
私じゃダメなの……お兄ちゃんの事が好きなのに、こんなにも好きなのに。
「キスぐらいさせてよ……。せめて、お姉ちゃんにひとつくらい勝たせて」
ファーストキスぐらいはお姉ちゃんより先に……。
「私……今でも忘れてない。お兄ちゃんが本当に好きなのはお姉ちゃんだって!」
あぁ、言うつもりなんてなかったのに。
お兄ちゃんは驚いた顔を私に見せる。
「どうしてそう思うんだよ?」
「分かるよ、私はお兄ちゃんの“妹”だから。お姉ちゃんの事は“妹”だって思ってないんでしょう。“女の子”としてみてるじゃない……」
大好きな人に異性としてみてもらえない事が……ずっと不安だった。
……私はゆっくりと身体を起こすと、お兄ちゃんの身体を縛っていた紐をとく。
「もういいよ、ごめんね……蒼空お兄ちゃん。おやすみなさい」
「待てよ、夢月。僕はそんなつもりはない。夢月のことだって女の子だって――」
部屋を出て行こうとする私の手を掴んだと思うと、そのまま、私はお兄ちゃんの腕の中に抱き寄せられていた。
「……これは夢なの、お兄ちゃん。夢はすぐに覚めてしまうんだよ」
私はそっと薄い唇をお兄ちゃんに向けて尖らせる。
「んっ……ぁっ……」
身体を突き抜けていく痺れが私の心を満たしていく。
お兄ちゃんがキスしてくれたのが嬉しくて、泣きそうになるの。
「こ、これでいいのか?」
「……ありがと、お兄ちゃん。夢の時間は終わりだよ、おやすみなさい」
私はお兄ちゃんをベッドに押し戻して、彼から恥ずかしくて視線を逸らした。
これは夢だから、お兄ちゃんは何も言わずに黙って瞳を閉じる。
「今日はこれで我慢してあげるけど、次は……覚悟してよね、お兄ちゃん♪」
お兄ちゃんとキスしちゃったよ……えへへっ。
幸せいっぱい、ドキドキする心臓と唇の感触だけが私を眠れぬ夜へと誘う。
……大好きって気持ちがお兄ちゃんにも伝わってくれていたらいいな。