第11章:女神の甘いスイーツ
【SIDE:宝仙蒼空】
今日は星歌についての話をしよう。
双子の美人姉妹の姉で、僕にとっては義理の妹になる。
歳は来月で17歳を迎えるが、僕と同年代にも思える大人の雰囲気を持っている。
性格は穏やかで優しいのだが、怒らせると誰よりも怖い。
意外と気が強い性格も併せ持っているのかもしれないな。
彼女は学校で“女神”と呼ばれている。
女神と言うイメージは全てのものを包み込むような優しさと笑顔が印象的だからだ。
それに彼女は多くの人間に好かれている。
星歌は学年首位の頭のよさとスポーツ万能であるために夢月とは正反対とも言える。
しかし、自分に音楽の才能がない事を常にコンプレックスとして感じているらしい。
幼い頃に彼女は僕にこういった。
『私、本当に欲しい才能がないんですよ。ホントに欲しいモノが手に入らないなら、それは私には何もないと同じなんです』
どんなに優秀な能力を持っていても、それを持つ本人がその力を不要に感じていれば意味がなくなる……。
でも、僕は星歌には星歌にしか出来ない事を自分で見つけて欲しい。
それができたら、きっと彼女は他の誰にも負けないモノを手に入れられると思うんだ。
自分にもっと自信を持って欲しい女の子、それが星歌だった。
僕の可愛い義妹、今日は女神とのひと時をお見せしよう。
夏休みになってもうちの料理部は部活はある。
ていうか、文科系の部活は体育会系の部活と違い、夏が終わっても部活は続けられる。
……そもそも、文科系ってほとんどが趣味だからな。
大体は3年生は冬頃まで続けているものらしい。
夢月は夏休みに入ってから昼近くまで寝ている事が多い。
星歌も起こすモノがいなければいつまでも寝ている可能性に溢れている。
部活は昼からなので、僕はのんびりとした朝食を楽しんでいた。
本日は久しぶりの洋食中心のメニューだ。
有名パン屋で買ってきたクロワッサンの香ばしい香り、この焼き加減が抜群だ。
僕はコーヒーを飲みながら食事を楽しんでいると、
「おはようございます、お兄様。今日も朝から暑いですね」
星歌がリビングに現れたので僕は思わず時計を見てしまう。
「星歌が自分で起きた?……今日は雨かな」
まだ朝の7時、星歌の行動時間には早すぎる。
何度も言うようだが、星歌は朝が弱く寝起きも悪いために自分で起きる事は滅多にない。
彼女は微苦笑気味に僕に言う。
「お兄様、その態度は少し傷つきますよ。私だってたまに朝早くに自分で起きる事もあるんです。やっぱり、目覚まし時計の音で起きるっていいですね」
「自分で起きることはいいことだ。どうする、朝飯は洋食しか作ってないんだけど?」
「私も同じのでお願いします」
というわけで珍しく、星歌とふたりで朝食をとることに。
こんなにゆったりと食事をするのはマジで久しぶりかもしれない。
「星歌は今日、何か用事でもあるのか?」
「いえ、特に何もないですよ。宿題を片付けてしまおうかな、とは思っています」
この辺が出来る奴と出来ない奴の違いだ。
夢月なんて小学生の頃からずっと8月31日を最終決戦日と称してラストバトルに挑んでいる。
大抵はそれに敗北してしまうのが多いんだけど、ゲームオーバーしてもコンテニューはない。
「今日は水曜日ですね。あ、お兄様は今日は部活ですか?」
「あぁ。昼からだけど。そうだ、星歌も一緒に来ないか?」
「私もですか?部員でもないのにいいんでしょうか?」
「今は夏休み中だし、うちの連中も細かい事を気にするタイプじゃないから問題ないぞ。暇ならたまには部活に遊びに来てくれよ」
……そういえば、部員たちからも前から妹を連れてこいってうるさかったし。
星歌なら料理も好きだから、いい機会だと思うんだ。
「そうですね。せっかく、お兄様が誘ってくれたんですからぜひ行かせてもらいます」
「よし、決まりだな。今日は確かお菓子作りだ。星歌はスイーツ作りは得意だろ?」
「はいっ。お兄様には及びませんが、頑張りますよ」
こうして、僕と星歌は料理部に一緒に行く事になった。
それがあんな出来事を引き起こす事になるなんて……。
昼食を終えて、僕らは学校の家庭調理室にいた。
顧問の先生の許可をもらい、星歌も部活に参加する事になったのだが……。
「ホントに女神を連れてくるなんて、宝仙先輩もやるじゃん!」
「私、間近で見るの初めて~っ。白い肌だよ、本当に綺麗な子だね」
……まぁ、星歌はこの学園でいうアイドル的存在なワケだ。
そんな星歌の参加を快く承諾してくれて、部活内が異様に盛り上がる。
今日まで散々、部活が面倒だと連呼している連中なのに……。
部員のモチベーションをあげる意味では星歌を連れてきたのは成功だ。
「ふふっ。お兄様、何だか照れてしまいますね」
他人に評価されているのに慣れているとはいえ、星歌も恥らいの顔を浮かべる。
「それだけ、星歌の存在は皆に認められているという事さ。ほら、皆、騒ぐのもいいが、今日の課題をこなしてくれよ」
今日はお菓子の定番のケーキを作る事になっている。
あまりそういうのは僕の得意分野ではないが、何事も挑戦しなくては。
うちの部のモットーは明るく、楽しく、元気よく料理を作ろう、という事らしい。
先代から続いたそのモットーは既に部員たちに受け継がれている。
僕らはそれぞれ指示したテーブルで調理を開始する。
基本、僕や副部長が慣れない部員を指導するために直接自分で作る事は最近していない。
今日もまだ入りたてで慣れていない子を教えるのが僕の役目だ。
1年の中でも可愛いと評判のいい、伊上美香(いのうえ みか)という女の子を今日は教える事になっていた。
可愛い子を教える時はテンションがあがるのだ。
星歌も同じテーブルでふたりを教える事にする。
「それじゃ、まずは小麦粉を計測してボールに振るうところから始めてくれ」
「はーい。先輩、こうですかぁ?」
「違うって。小麦粉を振るうときはゆっくりと中心に円を描くようにボールを振るう。粉を細かくするのが目的だから、慌てずにしてごらん」
伊上の横に立ちながら指導しているとどこからともなく、強い視線を感じる。
「……ん?」
周囲はそれぞれ自分の作業をしているだけだ。
隣の星歌も特に変わった様子を見せていない。
「どーしたんです?先輩、次はスポンジケーキの成型ですよね?」
「あ、あぁ。そうだな。この金属の丸型のワクの中に……」
僕は再び、伊上の指示をすることにする。
スポンジケーキを焼いている間に今度は生クリーム作りだ。
今日はフルーツのケーキを作っているのでこの生クリームはかかせない。
市販の液状の生クリームをかき混ぜていく事で、皆の知るあの生クリームに変わる。
「はぅ、先輩……中々、かき混ぜても固まらないんですけど?」
「大丈夫、もう少し力を込めて混ぜてみればいい」
「あ、少しずつ液体が固まってきました。先輩って教え方が上手ですね、えへっ」
伊上は僕に笑いかけてくれる、その笑みに心が和む。
うむ、可愛い子に褒められて嫌な男なんていません。
「……お兄様、私にも教えてもらえませんか?」
低い声で囁かれると怖いんですけど、星歌さん、怒ってませんか?
何やら不機嫌そうに頬をムスッと膨らませている。
「ど、どこを教えればいいんだ……?」
星歌は困った様子はないし、手先も器用なのでここまでは上手くできている。
「そんなの自分で考えてくださいっ!」
「えぇー。それは無茶だよ、星歌。えっと、それじゃ……」
とりあえず、星歌の機嫌が悪いのは理解した、理由は不明だけどな。
戸惑う僕に伊上が星歌の前に立ってにこっと微笑む。
「……星歌先輩。そんな怖い顔してちゃダメです。料理は楽しんでするものだって、宝仙先輩も言ってましたよ」
「別に怖い顔なんてしていません」
「してますよ。あ、もしかして、大好きなお兄さんと私がベタベタ仲良くしているのが嫌なんですか?先輩ってブラコンですからありえます」
「わ、私はそんな心の狭い妹じゃないですから!」
伊上の言葉に星歌の顔色が羞恥で桃色に染まった。
そういや、彼女がブラコンなのは『ダブルキス疑惑』で学校中に知れ渡っている。
「ホントですかぁ?だったら、宝仙先輩。続きを教えてください」
「うぅ……お兄様の浮気モノ」
何やらご不満な義妹に僕はタジタジになりつつも、調理を再開する。
それから後も何度か伊上に噛み付く星歌。
「宝仙先輩~、生クリームが指についちゃいました」
「……自分で舐めてればいいじゃない。いちいち報告する事じゃないと思います」
伊上が僕に近づくと星歌がそれを止めるように邪魔をする。
「星歌先輩が怖いです。宝仙先輩からなんとか言ってくださいよ」
「だから、用もないのにお兄様に抱きつかないでくれません?お兄様も鼻の下をのばさないで、しっかりしてください」
こんな風に夢月以外の他人に自分の感情を見せるのは久しぶりに見たな。
星歌は自分の中に感情を溜め込んでいくタイプだった。
そういえば、この前、自分に素直になりたいって言っていた。
きっと変わろうとしているんだ、それは兄としては嬉しい。
……嫉妬されて毎回、僕に八つ当たりされるのは勘弁だけどね。
焼けたスポンジケーキを取りにオーブンに星歌が行ってる間、伊上は僕に言った。
「星歌先輩って可愛いですね。私、あんな風に感情を表に出すなんて思ってませんでしたよ。なんていういか、女神って言われてるから、もっと大人っぽくて遠い存在にも思えていたんですけどね。私達と変わらないって分かりました」
女神や天使と呼ばれる義妹たちだが、それは壁を作られているようなものでもある。
他人とは違う、それはいい意味でも、特別視される事が必ずしもいいとは限らない。
特に星歌は普段が普段なだけに、自然体でいる事をこれまであまり見せなかった。
「星歌も本当は夢月みたいに明るく無邪気に振る舞いたいのさ。ただ、周りの目や決め付けられたイメージを壊さないために自分を抑えている。これはいい変化だと思う」
「先輩が甘えさせてくれるからでしょう。いいなぁ。これだけ優しいお兄ちゃんがいたらどんな子だって、素直に甘えたくなりますって……。星歌先輩が羨ましいです」
「そうかな?……おっ、伊上のケーキも焼きあがったみたいだ」
ケーキ作りは最後の仕上げで、生クリームをスポンジに塗り、フルーツを飾り付ける。
綺麗に形を整えて、今回のケーキ作りは終了だ。
部員全員のケーキをテーブルに並べて、評価しあう。
味や見た目、どこが良くてどこが悪いのか、これからの課題などを話し合う。
僕は皆のケーキを眺めていると、一際綺麗にできたケーキがあった。
「星歌も上手くケーキができたみたいだな」
「えぇ。お兄様が私に教えてくれたおかげですよ」
そう言うことにしておこう、下手に言うと機嫌を損ねそうだ。
評価を終えると後は試食するだけだ。
僕は伊上と星歌のケーキを試食することになった。
ふたりとも、いい感じなので味に問題はなさそうだ。
「ほら、宝仙先輩。私の自信作なんで食べてください!」
「いただいます。……ん、もう少しスポンジはふんわりと意識して作るといいぞ。ふわっと仕上げるのが難しいが、できたらそれだけで美味しいケーキができる」
「分かりました。努力して、次はもっといいのを作りますよ」
伊上は吸収力がいいので、次回にはこれ以上の出来のモノを製作できるはずだ。
次は星歌のケーキだな、僕はフォークを伸ばそうとすると、
「待ってください、お兄様。はい、あーん」
僕の代わりに星歌が食べさせてくれるつもりらしい。
「星歌、それはマズイよ。ほら、ここではね?」
「ぐすっ、お兄様。私のケーキを食べてくれないんですか?」
美少女に涙目でそんな可愛い事言われて頷かない野郎は男じゃないよ。
皆の前で恥ずかしいじゃないけど、断ることもできずに口を開いて食べる。
甘い生クリームとフルーツの触感、ケーキとしてはかなり美味しい。
「……お見事だな。星歌のケーキ、美味しいぞ。文句はつけようがない」
「ホントですか?ありがとうございますっ」
嬉しそうに微笑む星歌に僕も嬉しくなるんだ。
やはり、こういう可愛い妹っていいよなぁ。
「……女神って意外に独占欲が強い方なんだ。そういうの、いいね」
「うん。何だか私達と同じっていう親近感がわくもん」
部活の皆も本当の星歌を意外そうながらも微笑ましそうに見ていた。
そして、女神の人気はさらに向上していくわけだ……あ、僕、今回は大して活躍してないや。