婚約破棄の理由はどこがいいのかわからないからですって
『お前なんか婚約破棄だ! 長所がない! どこにもいい部分がない!』
「はっ……」
夢で目が覚め、身体を起こしました。
もう二ヶ月も前のことなのですけれどねえ。
ドム様に婚約を破棄されたのは。
ドム様はストレイス子爵家の令息です。
うちホフマン男爵家よりも家格が上ですので、婚約が決まった時はお父様もお母様も喜んでくださったのですが。
残念な結果になってしまいました。
『マリー様は悪くないわ』
『そうよ、いかなる理由があろうとも、レディに恥をかかせるなんて紳士の振舞いじゃないもの』
お友達は庇ってくれました。
でもどうでしょう?
わたしにいい部分がないというのは、ドム様の言う通りのような。
特に秀でたところがあるわけではありませんし、顔立ちだって普通ですし。
いえ、今更考えたってしょうがないですね。
もう終わってしまったことなのですから。
時は戻せません。
婚約が元通りになることはないのです。
……もし婚約破棄が取り消されて、ドム様との婚約が復活したとしたらどうでしょう?
わたしはそれを素直に喜べるでしょうか?
ドム様がわたしに満足しないという状況は変わりませんよね?
では婚約がなくなったことは正解ではありませんか。
以前の婚約はドム様にとってもわたしにとっても不幸なものでした。
そう折り合いをつけたはずですのに、思い出させる夢を見ただけで不安になってしまいます。
こういうところがわたしのよくない部分なのかもしれません。
忘れるべきことは忘れて、ムリならなるべく気にしないようにして。
朝までまだ間がありますね。
もう一度ベッドに身を横たえます。
今度こそいい夢を。
◇
――――――――――リンドン・クリフォード子爵令息視点。
マリー・ホフマン男爵令嬢は、クラスは違うがノーブルカレッジで同年だ。
やはり同年であるドム・ストレイス子爵令息の婚約者だったという認識しかなかった。
パッと見は特徴のない、地味な令嬢に思えたんだ。
『お前なんか婚約破棄だ! 長所がない! どこにもいい部分がない!』
昼休憩の時間だった。
カレッジ中庭で、たまたまドムのやつがマリー嬢を怒鳴りつける場面を見てしまった。
婚約者マリー嬢に対して不満はあったのだろうが、だったら何故穏便に婚約を解消しなかった?
カレッジの中庭でなんて目立つに決まってるんだから、大声で婚約破棄を宣言するなんて可哀そうじゃないか。
意外だったのは、その瞬間から女子生徒が全員ドムを無視し始めたことだった。
確かにドムのしたことはよくない。
紳士にあるまじき行いだ。
しかしドムはストレイス子爵家の嫡男だ。
潔癖というか完全主義的なところがあるから、その辺でマリー嬢に我慢がならなくて婚約破棄してしまったということだと思う。
ただスマートで頭も悪くないし、総合的に見てお買い得な令息だと思うんだ。
婚約者からマリー嬢が外れたのなら、他の女子生徒が群がってもいいようなものだが。
教室にいた少しドムに探りを入れてみた。
「よう、ドム」
「あ? ああ、リンドンか」
「疲れてるじゃないか。どうした?」
「わかるだろう?」
まあ婚約破棄後、令嬢方に白い目で見られるようになってるからだろうな。
「僕はたまたま君が婚約を破棄した現場を見ていたんだ。さすがにマリー嬢に同情せざるを得なかったね」
「やはりそうか。積もり積もった不満が爆発してしまってな。男らしくなかったと反省している」
「原因は何だったんだ?」
「不満のか? 元々俺自身は乗り気の婚約でなかったことがある」
「ふむ?」
つまり家同士の思惑があったか。
ストレイス子爵家とホフマン男爵家では家格差があるのにな?
「父上がマリーを買っていてな」
「ああ、なるほど」
「俺の顔を見るたびマリーと仲良くしろ大事にしろと言ってくるんだ。それがストレスになって……」
「あれ? じゃあマリー嬢が何かしたから不満というわけではなかったのか」
「そうだな。いや、マリーのどこがいいかわからないという思いが根本にあるのだけれども」
ふうん。
マリー嬢はドムの八つ当たりの犠牲になったんじゃないか。
いよいよ不憫だ。
そしてマリー嬢には、ドムには良さがわからなくとも父君の子爵にいいと思わせる何かがあるのだな?
家格差があるのに嫡男ドムとの婚約を決め、大事にしろとしょっちゅう言うくらいなのだから。
少しマリー嬢に興味が沸いた。
「しかしここまで影響が大きいとは……」
「傍から見てもわかるくらい、女子生徒がドムのこと避けてるもんな」
「少々まいっている」
「僕も意外だったよ。マリー嬢って友達が多いの?」
「ああ。しょっちゅうお茶会に呼ばれている」
友達が多いって、人脈が広いということだからな。
ドムの父君が評価しているのはそういうところかもしれない。
僕からは見えないマリー嬢の長所だった。
ドムの肩を叩く。
「元気出せ。時間が解決することだ」
「お、おう」
僕がマリー嬢を明確に意識したのはこの時だった。
それ以降に注目するようになって。
本当に友達が多いんだなとか、誰に対しても丁寧に接するとか、目立たないけれども淑女だとか、いい部分がどんどん見えてくるようになった。
そんな時だ、父上に問われたのは。
「どうだ、リンドン。気になる令嬢はいるか?」
「何ですか、藪から棒に」
「お前も年頃、青春真っ只中ということだ」
父上も母上もニヤニヤしている。
この二人は恋愛結婚だからなあ。
僕にもたまにこう言って、からかってくるのだ。
「リンドンもクリフォード子爵家の跡取りなのですから。そろそろ結婚や婚約を真剣に考えなければいけない年齢ですよ」
「はい、わかっております」
「気になる令嬢はおらんのかと聞いている。いないのなら良さそうな令嬢を見繕うが」
「自分で選んだほうが後悔がないですよ」
「そうですね」
ドムの例を見てしまうと余計にそう思う。
父上と母上の仲がいいという実例が目の前にあるしな。
僕の頭に浮かんだのは……。
「……マリー・ホフマンという男爵令嬢がいます」
「男爵家か。まあいい。美貌の令嬢なのか?」
「というわけではありませんね。可愛らしいことは可愛らしいですけれど、正直僕も外見が好みということではなくて」
「ふむ? 何がいいのだ?」
「一言で表現するのは難しいのですが……」
ドムに婚約破棄されたこと。
そのドムが女子に総スカンを食らっていること。
以来僕はマリー嬢に注目していて、色々美点が見えてきたことを話す。
「いいではないかいいではないか」
「恋愛上級者の愛の深め方ですよ」
全然上級者じゃないよ。
陰からそっと見てるだけ。
「慎ましやかなのに友人の多い令嬢なのですよ。だからドムも予想外の反撃を食らったと思うのです」
「ふうむ? 大人しい令嬢は普通、消極的で付き合いが広くないものなのだがな」
「リンドンの話を聞くと素敵なお嬢さんのように思えます。掘り出し物かもしれませんよ」
「一度連れてこい」
「ええ?」
連れてきて父上母上が気に入ったら、僕とマリー嬢の婚約は決まりじゃないかな。
うちのが家格が上だし。
父上母上も強引なんだから。
しかしマリー嬢が婚約者か……悪くないな。
「わかりました。マリー嬢に声をかけてみます」
◇
――――――――――ホフマン男爵家邸にて。マリー視点。
同学年のリンドン・クリフォード子爵令息と婚約がまとまりました。
お父様もお母様も、傷物のマリーに次があるかと大変心配していらしたので、リンドン様には感謝しかありません。
今日は婚約後初めてのお茶会なのです。
婚約はリンドン様が言い出したことだったそうなのですよ。
わたしとはカレッジで同年ということ以外、接点がないと思うのですけれど?
誤解があると前の婚約みたいになるかもしれませんから、思い切って聞いてみることにしました。
「リンドン様はどうしてわたしに婚約を申し込んでくださったのでしょうか?」
「縁を感じたからかな」
「縁、ですか」
「実はマリーがドムに婚約破棄を言い渡された場面を、たまたま通りかかって見ていたんだ」
「あっ、そうだったのですか」
あの時はいたたまれない気持ちでしたねえ。
結構目立っていたと思うのです。
お友達が皆味方についてくれたので立ち直れたようなものです。
「クラスが違うこともあって、それまでマリーのことは名前と顔がようやく一致するくらいでしかなかったんだよ。ところがあの事件で、ドムのやつもっと他にやりようがあっただろ、令嬢が可哀そうだろって思えて」
「ありがとうございます」
「ところがその後ドムの側がどんどん惨めなことになっていっただろう? どうしたわけだと気になって。マリーを意識し始めたんだよ」
忘れたい過去ですが、リンドン様はあれでわたしを気にしてくださったのですねえ。
なるほど、縁です。
「そうしたら友人が多いとか、目立たないけど淑女とか、徐々にマリーのいいところが見えてきてね」
「恐れ入ります」
「わざわざ休日にカレッジまで来て、花壇に水をやっていたことがあったろう?」
「ありましたね。カンカン照りの日が続いて、花が可哀そうに思ったものですから。見ていらっしゃったのですか」
「これもたまたまなんだけど、あの日は剣術クラブの試合があったんだ。だから僕もカレッジにいてさ」
これも縁なのかもしれませんね。
「水やりをしているマリーは奇麗だったな。どの花よりも」
「まあ、リンドン様ったら」
「おいしいクッキーだね」
「今日はリンドン様がいらっしゃるので、焼いてみたのです。お口に合いますか?」
「マリーが焼いたの? 上手だね」
「趣味なのです。お茶会に誘われる機会が多いものですから、お土産に持っていくことが多いのですよ」
「またマリーのいいところを見つけてしまった」
わたしなんてつまらない女の子だと思います。
でもリンドン様はわたしのいいところを見つけてくださるのです。
素敵な方だなあ。
「あの、リンドン様と婚約できて嬉しいです」
「僕のほうこそだよ」
にこっとするリンドン様。
思えばドム様が微笑みかけてくださったことはなかったですね。
わたしは幸せです。
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