第九話
―――どこの家の回し者っ!?
赤い髪の少女が怒鳴る。
喉が裂けんばかりの怒声を。
未だ地面にへたり込んだオレに向かって浴びせてきた。
……差し金?
なんのことだ?
何がどうなってるんだ。
確かに、オレが勝手に機体に触れようとしたのは悪かった。
けど、いきなり手を出すことはないだろ。
どういう躾をされたら、こんな過激な子に育つんだよ。
と、少々いらついたオレだが冷静に考えてみる。
ふぅ……落ち着けオレ。
この子は何かを酷く誤解しているだけだ。
そんな子にこっちも同じ土俵にあがることはない。
見せてやろうじゃないか。
冷静な大人の対応を……!
そんな思案をめぐらせている間にも、容赦のない追撃が飛んでくる。
「何黙ってるのっ! さぁ、吐きなさい! 誰に頼まれたのっ!?」
……ったく。
ここは冷静に、かつ誠実に対応しなくちゃな。
大人として。
「あなたが、何を勘違いしているのか分かりませんが、わたしはただ、この機体が綺麗だなと思って近寄っただけです。何もしていませんよ。むろん、何かをしようとも思ってもいません……」
できるだけ穏やかに、理路整然と答えたつもりだった。
だが、それが彼女の目に「不気味なほど落ち着いた子供」。
そう映ったらしい。
それが、さらに彼女の怒りに油を注ぎ、彼女の瞳の奥に激しい焦燥が混じった。
「嘘言いなさいっ! 現に何かをしようとしてたでしょっ!? ほんとに油断ならないわねっ!」
くっ……この。
こっちが下手に出ていれば……ふぅふぅ……
まてまて、息を整えろ。
同じ土俵にあがるな、オレ。
気持ちを抑えようとする間にも彼女は捲し立ててくる。
「さぁ、どこの家のもの? あの高慢ちきなラーカイル家の仕業? それとも、あの豚みたいなヴァーゲンザイル家の息子かしら!? さぁ、正直に答えなさいっ!?」
なんだ、この子っ!?
こっちの話を聞く気がないのかっ!
勝手に怒って勝手に罪人に仕立ててくる!
これが、帝国の貴族ってのかっ!?
ホトケのフィル君もそろそろ限界ってのがあるんですけどっ!!
「……あなたが、どう思われているかしれませんが、わたしの真実は一つです。ただ、綺麗だから近寄ってしまった。それだけなんですよ」
オレは声のトーンを一つ落とし、いらだちを隠した。
それでも毅然として「非がない」ことを突きつける。
だが、それが彼女の逆鱗に触れた。
少女の細い肩が、屈辱で小刻みに震えている。
「喋る気はないってことね。大したものだわね。その忠誠心は。けど、それが今の私には一番はらだたしいのよっ!?」
少女が弾かれたように踏み込んでくる。
二度目の平手打ち。
先ほどよりも、はるかに鋭いスイングがオレの頬をめがけて放たれた。
一度目は不意をつかれ、叩かれた。
だが、今回は違う!
はっきりと軌道が見える。
オレはその軌道から外れるように、スッと体を引いた。
あれ?
なんだ、やけに自然に体が動いた。
その感覚に不思議に思ったオレは自分に驚いた。
身を引くと、ブンッと彼女手のひらが空を切る。
「くっ……なに、避けてるのよっ! 腹立たしい!」
いやいや、そんなことに怒られてもなぁ。
先ほどのイラつきと今回避けられた苛立ちに彼女は拳を握り締め、こんどは殴ってくる。
おいおいおい!
マジかよっ!
今後はグーかよっ!
と言いつつもオレはヒョイと避ける。
あ、あれ?
簡単に避けれたぞ。
どういうことだ?
その様子に、信じられないという顔をする彼女。
だが、すぐにカッと頭に血がのぼったように二度、三度、殴り出す。
それも体をひねらず、ただ重心をわずかに横にずらす。
後ろ足で地面を押し、平行移動するように。
……スッ、と彼女の拳が鼻先をかすめていった
あれ? あれ?
これって……
もしかして、今までやってきたトレーニングが役に立っている? とか?
それでも、拳を休めない赤髪の子。
これは……
間違いじゃない。
今までの苦労は間違いじゃなかったんだっ!
そんな喜びにニヤニヤしていると、さらに火をつけたらしい。
「がぁぁぁ!」と、咆哮まで加わった。
だが、オレは全てを避けた。
すると、怒りで我を忘れた彼女が何度も空振りするうちに息が上がり出していた。
そして――ブンッ!
と、大ぶりを放った拳をサッと身をかわした瞬間!
ここだっ!!
反撃するならここだろっ!
と、反撃を試みた!
………だが。
あれ?
ここから、何をすればいいんだ?
パンチか?
キックか?
それともタックル?
あれれ……
もしかして、オレ避けるだけしか分からない? とか?
えっとえっとえっと……
と、考えている間にも態勢を立て直した彼女は渾身のストレートを放たれた。
様々な考えが浮かんでは消え、頭の中でぐるぐる廻り混乱。
そのまま立ちすくしたオレに、それを避ける余裕がなかった。
―――ガスッ! ゴスッ! ガッ!
「グッ……ゲッ……グハッ……」
一発が当たると、そのままボディと止めにはアッパーを食らわせられ、オレはその場に眠るように崩れ落ちていくのだった……
薄れいく意識の中、オレは「ああ、こんどは攻撃を覚えなくちゃな……」。
などと、考えていた……
§§§
―――???
……ここは?
先輩はもっと主体性を持たないと……
(佐原か……)
聴いてるんですか?
(うるさいっ! そんなのはわかってるんだ!)
……なら、いいですけど。
ほんと先輩は優秀ですね。
でも、自分で決めない。
いつも誰かが状況を作るのを待ってますよね?
(だまれ! だまれ! だまれっ!?)
そのままだと、いつか本当に取り返しがつかないことになりますよ。
(だまれって言ってるだろうがっ!!? くそっ!!?)
いつもいつも、そう言ってくる佐原。
もしかしたら、オレの為だったのかも知れない……
けど、オレにはそれがどうにも気に入らなかった。
それが、見たくもない情けないオレの現実をまざまざと思い知らされるのだから……
あれ?
突然、さっきまでの暗い空間から打って変わって真っ白な空間が広がっていた。
オレは、何が何やら訳が分からなかった。
だが、さっきまでの佐原の声も聞こえない。
あの嫌な感覚もなくなった。
………そうか、またオレは死んだのか。
まだ、何も出来ないままに……
……なんなんだ、オレは……
結局、無意味に……無価値に……
何者にもなれず……誰にも知られず……
ただ、生きて死ぬだけなのか……
くそくそくそっ!
くそ……うぅ……
佐原の言葉が呪いのようにオレに突き刺さり、打ちひしがれて泣いているオレ。
それを、ただ眺めている影がそこにあった気がした……
§§§
オレが目を覚ましたのは、見慣れた部屋だった。
……なにか、既視感があるな。
ここは、オレの部屋か……
「………」
あれ?
なんで、オレは部屋で寝てるんだっけ?
さっきまでの、あの感覚は……?
そんなことを思い体を起こそうとする。
「ぶっ………っ!」
そんな時に目の前が真っ黒になる。
な、なんだっ!?
焦ったオレは体をジタバタとさせようとする。
だが、体の痛みに耐えれず、何もできなかった。
そして、その間にも息が上がり吸い込もうとすると、全く吸えない。
ななななんだこれぇぇぇ。
か、顔になにか被さっている。
それは、びちゃびちゃに濡れたタオルだった。
ななな、どういうことだ? これっ!?
死ぬ死ぬ!
死ぬってぇ~のっ!
体が大気を求め、踠くオレ!
だが、まったく動けない。
いやいや……
マジでヤヴァイ……
折角、生きてるって感じられたのに。
これは、ほんとにまずいって!
――ズゴォォォ……ズゴォォ……コォォォ……
必死で口を開け、空気を取り入れようとあがく。
口の中が嫌な湿気が充満する。
だが、多少の空気は取り入れられる。
しかし、全く足りない。
まて……ほんとにまて……
し、死ぬ……まじで……
―――ガチャ。
意識が遠のきかけた時、扉の開く音がした。
「待たせたわね……具合はどうか……しら……って! ちょ、ちょ、ちょっとぉぉ!」
と、誰かがこの状況に驚き、オレの顔から濡れタオルを取ってくれた。
「がはっ……げはっ……ごほっ……すぅぅぅぅ……はぁぁぁ……はぁはぁ」
た、助かった……
「ちょ、ちょっと。何をしてるんですか? ヒュリエさま……」
「え……? だって、うなされてて熱がありそうだったから、冷まそうとしただけよ!」
「だからといって……こんなびちゃびちゃのタオルを顔にかけてはいけません……あやうく、永眠しちゃうところでしたよ……まったく」
「そ、そんなことないわよ……ねぇ、そうでしょっ!?」
と、どこかで聞いた声にその声の主を見る。
すると、その子は赤い髪の、あの格納庫でオレを殴ってきた娘だった。
「………」
状況が飲み込めないオレは呆然としていた。
そんなオレに、彼女はさらに口を開く。
「ねぇ! 黙ってないで、なんとかいいなさいよっ! このわたしが聴いてるのよっ!?」
……こ、こいつぅぅぅ!
いちいち、感にさわるヤツだなっ!
「まぁまぁ、ヒュリエ様。すこしは落ち着いてください。フィル君も起きたばかりで何が起きてるのかわからないのですから」
と、宥めるようにエニィさんが彼女を促した。
けれど……
「情けない。それくらい理解しててよね。ふんっ」
……まじで、なんなのこの子っ!?
ほんとにいらつくなっ!
「ははは……でも、ほんとに大丈夫? フィル君?」
と、ヒュリエの言動に苦笑いをしながらも、エニィさんはオレにやさしく問いかけてくる。
「だ、だいじょうぶたたた(ですよ)」
んっ?
………あれ?
呂律がうまく回らない?
少しの違和感を感じるが、気にせずにさらに口を開く。
「それより、びたびたたたですたた(ビチャビチャなのですが)」
や、やっぱり……
呂律が回っていない……
こ、これって、最後のアッパーの影響かっ!?
くぅぅぅ……
これ、上手く伝わってるのか?
「あ、そうね。ちょっとシーツとか代えないといけないわね」
あ、なんか伝わってた。
よかった。
「あら、元気じゃない。わたしの看病のおかげねっ」
そう自信満々に言い放つヒュリエ。
その言葉にオレは「絶対に違うっ!」。
と、心の中で思っていた。
今の現状を作った張本人だろっ! おまえはっ!
「………」
………ふぅぅぅぅぅ。
……お、おちつけ、オレ。
悋気を抑えるんだ。
「はぁぁぁ……ふぅぅぅ」
よし、落ち着いた。
それよりも――
「そ、その、これはどういう状況なのたた(なんですか)?」
「あ、それはね――」
§§§
エニィさんは今までの経緯を説明してくれた。
どうやら、このヒュリエという貴族の娘がオレをKOした時。
エニィさんが来て、オレがグラン様の側室様の子息だと説明をしたそうだ。
そこで、彼女の誤解が解けたらしい。
詳しく聞くと、どうやら彼女は他家の子弟よりも年下で才能がある。
それだけならいいのだが、どうにも自分の感情を素直に言ってしまう性格で確執を生んでいたらしい。
とくに、カーライル家とヴァーゲンザイル家の子弟とは絶望らしく……
実力や口では勝てず、裏で嫌がらせを受けていたという。
言うなれば、生意気なガキが気に入らない。
けど、表では勝てない。
なら、下駄箱の靴を焼却炉で燃やしてしまえ……
そんな感覚だろう。
と、そんな事があり、オレがどちらかの家のもので嫌がらせをしようとしたと思い込んでいた。
そんなところだったらしい。
はぁ……いい迷惑だよ、ほんと……
誤解が解けてから、エニィさんがオレを部屋に運んでくれた。
この子は、この子で勘違いでオレを打ちのめしたのを気に留めて看病をしていた。
そして、今に至っている。
まぁ、悪いとは思ってはいるんだろう。
そこは、素直で好感は持てるのだが……
「―――ほんとに、勘違いなら勘違いって、ちゃんと説明してよねっ! 紛らわしいのよっ!」
なんだと……
何度も違うってオレは言ってじゃないかっ!
それを、勝手に勘違いして攻撃したのはオマエだろっ!
………って、いいたいっ!
けど……こういう子に言ったところで、やったやってない論争になるだけだ……
不毛すぎる……
くそがぁ!
いらつくなっ!
「でも、あんたも悪いのよっ! 勘違いされるようなことをするから!」
くっそ……
言いたい放題だな!
だが、オレはなんとか冷静を保つために頭を冷ましていく。
ふぅ、ふぅ……
無だ。
無の境地に至るのだ。
そう、まるで聖人のような精神の境地に至るのだ。
「そうですね。わたしも不用意でしたね。はは」
「そうよっ! それなら、わたしも勘違いしないで済んだのよ。分かってるじゃない」
愛想笑いでごまかしている顔の裏でオレは沸々と怒りがこみ上げてくる。
……このやろっ。
ほんとにどうしてやろうかっ!
……ダメだ……
話していると、いちいちムカついてくる。
そら確執が生まれる訳だ……
この子は気づいているのだろうか?
はぁ……めんどくさい。
とっとと、話を終わらそう。
「あなた、ここの子供なんだってね」
「え、ええ、そうですね」
「………そう……わたしはヒュリエ。ヒュリエ・ラ・ブラックバード。ブラックバード家の二女よ。よろしくね。えーと……」
「……フィルディナル・ブッシュボーンです。みんなからはフィルって呼ばれています」
「そう……じゃあ、フィル。これからもよろしくね。ニコッ」
と、満面の笑顔を浮かべてオレに腕を伸ばして握手を求めてきた。
そのまま、促されるままオレは素直に握手をした。
だって、先ほどのケンケンした態度から一転。
その柔らかく春の陽だまりのような満面の笑みに、目を奪われていたのだから。




