第八話
――そろそろ五歳に近づいた。
オレに取っては公開処刑の日が近づいている気分だった。
半年後には、魔力測定の儀式に入る。
そこで、あの機兵たちに順応できるかどうかが測られる。
はぁ……億劫になるよ。
初めてローダーに乗った時のワクワクが懐かしい。
今も、エニィ先生の授業は続いている。
エニィ先生の魔力を通して、オレもそれなりには操作出来るようにはなった。
けれど……
自分自身では機動すら出来ない。
そら、ため息も出るってものですよ……
「はぁ……」
――もぐもぐ。
……それにしても、この野菜おいしいな。
それに、他の食品も悪くはない。
肉も、パンも悪くない。
米は……ないんだよね。
あるにはあるらしい。
……のだが、特別に取り寄せないといけないから割高らしい。
それに、調理が分からない。
とのことで、この屋敷では食べる人も調理する人もいない。
残念。
にしても……
こんな中世欧州。
日本でいうなれば、戦国時代くらいか?
なのに、なんで食事がそう悪くないのだろうか?
現代と比べたらダメだけど。
もっと、腐った緑色の肉とか出てくるかもとか思っていたよ。
匂いがキツイとか。
野菜ももっとしなっていたりとか。
偏見なのかな?
「ねぇ、エニィ先生」
「………」
「……こほん。食事中に言葉を発するのは行儀が悪いですよ、フィル様。エニィ様も困っておいでです」
オレの背後で控えていたエイダさんに、ピシャリと指摘された。
「ご、ごめんなさい。つい気になって」
前世の感覚で、つい「食事中の会話」をしてしまった。
この家の教育は厳しい。
オレは行儀よく最後の一口を飲み込む。
その後、ナプキンで口元を拭く。
そして、改めてエニィ先生に向き直った。
エニィ先生も、上品な手つきでフォークを置いた。
そして、静かに口を開いた。
「ふふ、勉強熱心なのは良いことね。でも、礼儀は守らないとね」
そう、いたずらっぽく微笑むとさらに口を開いた。
「……それで、フィル君。何が不思議なの?」
「この世界の食事のことです。その……もっと保存状態が悪くて、味も落ちているものだと思っていました。でも、肉も魚も新鮮で、嫌な匂いもしない」
エニィは「そんなこと?」と言わんばかりに肩をすくめた。
「それは『魔力』があるからよ。常識よ。鮮度が落ちやすい食材は、魔術師が氷魔法で冷やしながら運ぶし、大きな商会なら『常時発動型の氷魔石』を持ってて、食材を腐らさないように運んでいるわよ」
驚いた。
そんな方法を使っているんだ。
はっきりいって、この世界の技術を舐めていた。
もっと、原始的な……
教科書で学んだ十六世紀くらいの基準だと考えていた。
それが、今までこの世界で感じていた違和感だったのか。
思いのほか、不便でないと感じていたんだよね。
もしかして、それならトイレ事情や飲み水とかもか?
「もしかして、その……こんな場所で聞くのもなんなのですが、トイレとかも?」
何を聞いてきたのか?
そんな顔でキョトンとしたエニィ先生。
だが、一息溜めると答えてくれた。
「ふぅ……何を聞かれるかと思えば……そうね、下水だってローダーで深く掘って、魔力ポンプで街の外に流してる……魔法を『奇跡』だと思ってるのは、よっぽどの田舎者か、古臭い吟遊詩人くらいなものよ」
なるほど。
魔法が「神秘」ではなく「インフラ」。
そういったものとして使われているそうだ。
現代とは少し違うが、それに近いレベルで実用化している。
そういうことかな。
「でも、あくまでもこれは、裕福な都市の話。ちょっと田舎にいけば、こうはいかないわよ。それでも、何百年前よりはましらしいわよ。ふふ。こんな街の改造は帝国が始めて、それが他の国にも伝播して、他国も街が整備されていってるらしいわよ。それでも限定的みたいだけどね」
「へぇ。じゃあ、エニィ先生の故郷も……」
あれ……?
そういや、この二年一緒にいるのにエニィ先生の事を知らない。
年齢も素性も……
ずっと、勉強や魔術の授業にローダーの操作に体つくり。
そんなことばかりに気を取られていた。
そもそも、エニィ先生は人種なのだろうか?
き、きいてみようかな……?
今更? って思われるかな……
「………」
ど、どうしよう……
でも気になるっ!
ああ、もうっ!
「その……今更ですが……先生って人種ですか?」
その言葉に、ぽかんとするエニィ先生。
今更、みたいな顔を浮かべている、
けど、すぐに「ふっ」と笑みをこぼすと答えてくれた。
「ふふ。ほんと今更ね~。んっ、まぁいいわ。残念ながらわたしは人種じゃないわ。ラピス族という……いわゆる魔族ね」
「え? 魔族って……その、あの神話に出てくる……」
オレは2歳頃に読んだ書物を思い出した。
そんな驚くオレを他所にエニィ先生は答えてくれた。
「そう、神話に出てくる魔族の生き残りね。と、言っても、そんなの怖がらなくてもいいわよ。昔はどうだったか知らないけど、今は普通に人と同じようなものだから。けど……それでも、その昔からの因縁にとりつかれている者もいたりするから、一概に全員が友好的ってことでもないかもだけど……それは、人も同じでしょ? 少なくとも、わたしたちの種族はそんなものはないわよ」
と、くすくすと笑いながらオレに説明してくれた。
その時に胸の赤い宝石の光が目に飛び込んだ。
「その、胸に光る宝石みたいなのは?」
「あ。これ? これは、ラピス族の特徴ね。元々、魔族は魔力の親和性が高い種族が多いのだけど、この魔力石があるラピス族は特に魔力の親和性が高いの。だからといって、誰も彼もという訳じゃない。わたしは運良く高い親和性があった。だから、魔術の道を進んだ。そういうことよ」
「そうなんですね……その……触ってみてもいいですか?」
オレは好奇心に負けて、変なことを口走る。
その言葉に、皆、キョトンとする。
そして――
何も知らないであろうオレにエイダさんが口を開いた。
「坊ちゃま、それは……」
と、言いかけたとき、エニィ先生が手でエイダさんを遮った。
そして、くすくすと笑いながら「いいわよ」と言ったあとに言葉を続けた。
「ただし、わたしの伴侶になるというのならね」
と、オレにウィンクをした。
「え……」
何を言われたのかわからないオレにエイダさんが説明してくれた。
なんでも、ラピス族がその胸の宝石を触るという行為。
それは、愛の告白と同じらしい。
生涯、あなたを愛します。
そんな意味らしい。
そのことを聞いて、オレは変な想像をしてしまった……
「あ、あの……その……すいません。変なこと言って」
「ん。いえいえ、分かってくれて良かったわ。でも、残念。折角、逆玉になれそうだったのになぁ」
と、オレをからかうエニィ先生だった。
「ななな何言ってるんですか……こんな子供じゃなくても、先生は若いのだから、きっといい人があらわれるでしょ」
「わかい……? まぁ、若いと言えば若いのかな?」
ん?
なんか、へんな返答だな?
どうみても、十七、八くらいにしかみえない……
いや、下手したら中学生にしか見えないけど?
そういえば、何歳なんだろう?
ついでに、聞いてみるか。
「その、失礼だと思いますが、先生は何歳なのですか?」
「……それ、聞いちゃうの? ……まぁ、いいけど。わたしは四十七歳よ」
「ええええええええっ!」
ちょちょちょ、ちょっとまって……
どういうことっ!
そんな年になんて見えないんですけどぉ!
「結構な年じゃないですかっ!?」
「はっ!? なにそれ! どういう意味かなっ!?」
悪気があって放った言葉じゃない。
ただ単に、動揺して出てきた言葉。
それが、エニィ先生の神経を逆なでしたのか、声を荒らげた先生がいた。
そんな様子を察したエイダさんが咳払いをして、場を沈めようとした。
「……こほん。フィル様、女性に年を聞くのは失礼ですよ。それよりなにより、まだまだお若いエニィ様に向かって、その言葉は受け入れられません」
「え……あ……ご、ごめんなさい」
オレは自分の失言に対して、素直に謝る。
けど……四十七歳って、普通で考えたらいい歳だよね?
もう、人生の半分過ぎてるじゃないか……
それに、エイダさんの言葉。
まだまだ、お若い?
どういうことだ?
オレは失礼ついでに、疑問をエニィ先生に聞いてみることにした。
「その……さらに失礼なことを聞きますがいいでしょうか?」
「……さっきの続きかしら?」
その言葉に、後ろめたいが静かにオレは頷いた。
その様子に、少し怪訝な顔を浮かべるエニィ先生。
それでも「……まぁ、いいわよ」。
と、答えてくれて、オレは言葉を続ける。
「その……先生は若いのですか?」
「……そうね、若い方だと思うわよ。人生の五分の一も過ぎてないですからね」
「え……」
その言葉にオレは驚く。
え? どういうこと?
五分の一?
約五十歳で五分の一?
五倍したら、二百五十年?
えええ……
寿命ながくないっ!?
前世での平均寿命が八十三歳くらいだったから……
それで換算すると――え? あれ!?
オレは衝撃を受けて、間の抜けた顔になっていただろう。
そんなオレに、先生が話しかける。
「あら、そんなに意外だったかしら?」
「あ、いえ……その、ラピス族の寿命がそんなに長いとは……」
「え……? たしかにそうだけど、人族もそう短くはないわよ。ねっ、エイダさん?」
突然に振られたエイダさんだったが、すぐに落ち着いた様子で返答する。
「そうですね。わたしも今年で五十二歳になりますが、まだ三分の一くらいですからね」
「ええっ……」
「くすくす。あら、自分の種族の寿命も知らなかったって顔ですね。フィル君は。ふふ」
と、意地悪な顔で笑った。
「でででも、エイダさんがそんな年には見えませんがっ!」
オレのそんな失礼な言動を聞いても、微動だにせずに冷静に言葉を返した。
「そうですね。わたしたち人族は八十になるまでは、二十歳前後の容貌を保ちます。フィル様が仰る年相応の容貌とはそれ以降の話でしょう」
「えええ……」
と、驚くオレをずっと面白そうにエニィ先生がくすくすと笑っていた。
「さぁ、フィル君の疑問もこれで解決したようですし、食後の楽しいおしゃべりの後のデザートにしませんか?」
いたずらぽい顔のエニィ先生が提案する。
すると「ふっ」と砕けた笑みを浮かべエイダさんが静かに答える。
「では、最近、手に入った『フラグム』があります。それに合う菓子も用意しましょう」
と、そそくさと用意を始めたのだった。
………しかし………
まさか、魔族がそんなに寿命が長いとは……
いや、それよりも人族もだ。
予想外すぎる。
これも、魔力がある世界ならではなのだろうか?
「………」
う~~ん……
まったく、分からない。
けど……これで、なぜ屋敷に若い人ばかりなのかのナゾは解けた。
遅すぎるけどね……
ま、それよりも今はデザートを楽しもう。
――ガラガラガラ。
と、考えていると早速運ばれてきた。
運んできたのは、ミーナさんだった。
どうやら、ミーナさんもデザートにありつきたっかったのだろう。
それをくんで、オレは皆で食べましょうと進めた。
すると、エイダさんは恐縮したように礼を述べた。
ミーナさんは、目を輝かせてラッキーみたいな顔を。
オレとエニィ先生は、その様子を楽しく見ていた。
そして、フラグムの甘酸っぱさが口に広がり、皆楽しく、この時間を過ごしたのだった。
§§§
――食後の休憩もそこそこに、オレたちは格納庫へと向かった。
今日は実地訓練の日。
だが、エニィ先生が「あ、急な用事を思い出したわ。先に行って待ってて」と。
格納庫の入り口でオレを一人残して消えてしまった。
相変わらず、自由な人だ。
一人待つ暇なオレは少し中を散策してみることにした。
静寂に包まれた格納庫の中で精悍な佇まいで整然と並んだローダーたち。
まるで、ひと時の休息を取っているように見えた。
そんな中を、オレはじっくりと眺めながら歩いていた。
……似たり寄ったりだと思っていたが、こうじっくり見ると案外違いがあるんだな。
肩が微妙に違っていたり。
和風の鎧のように大袖がついていたり。
足の形も装甲も様々ある。
重装甲のような者もあれば軽装なものもある。
操縦する人の癖が見えるようだった。
武器もまた様々で、剣や槍。
その形もそれぞれ。
ただ単純に一本槍かと思えば、パイクのような十文字槍などもある。
なかには魔石を束ねたのだろうか?
そんなワンドなどもあった。
変わったところでは、鍬や鋤なんてのもある。
「………」
たしかに、これで畑を耕すとかありな気がする。
相当に捗るだろうし、楽だろうな。
操縦者の魔力しだいだろうけど……
と、見ていると前にみた黒い機体が目に映る。
「これは……」
オレは、その機体に魅入られたように足がそこに向かった。
そして、機体に手を触れるかどうかの時に声が響く。
「わたしのローダーに何をしているのっ!!?」
静寂な空間に怒気が孕んだ怒声が響く。
まるで、憎らしい敵を相手にしたような声だ。
その目にも怒りが浮かんでいるのが分かる。
これは、まずい!
と、思いオレは何もしてないことを話そうとする。
が、その間にもカツカツと怒りを含んだ形相でオレに近づいてくる。
「べ、べつになにも……」
そう言うやいなや――
――パァァァァン!!
え……?
と、思うもなくオレの頬は叩かれ、そのまま吹き飛ばされる。
なにが起こったのか分からないまま呆然とするオレにその子はまくし立ててくる。
「その汚い手で、わたしのローダーに触れないでっ!!」
視界が火花を散す。
頬には焼けるような熱さ。
床に転がったオレの目にその子の姿が飛び込んできた。
燃え盛る真紅の長髪。
革鎧のよう軽装な甲冑に身を包んだシルエット。
細身でありながら、鍛え上げられたしなやかな躍動感。
それが伝わって来るような出で立ちだった。
そして、何より目を引くのはその瞳だ。
黒曜石のように鋭く、深い闇を湛えた瞳。
その奥で、激しい怒りと、それ以上のプライドが渦巻いている。
そんな彼女に叩かれたはずのオレは目が離せなかった。
彼女の名前は『ヒュリエ・ラ・ブラックバード』。
あの時に、目を奪われた黒い機体の操縦者だった。




