第七話
―――カチリ。
「なんですか? これ?」
「これは命綱よ――よし! では、いくわね。しっかり掴まってて」
「え、ええ……」
先生はオレを胸に抱きしめた。
そして、言われるまま先生の服を指でしっかりと掴む。
ん~この人、案外あるな。
結構、着痩せするタイ……
「うわっ!」
なんて考えていると――
いつの間にかローダーの操縦席の開閉ハッチが開く。
その横から、ロープのようなものが垂れ下がっていた。
先生はそれに命綱を引っ掛ける。
すると、すぐさま、引き揚げられていったのだった。
その浮遊感に、オレは情けない声を上げてしまった。
「ふふ。ほんと、いい反応するわね。そんなフィル君もかわいいね。ふふふ」
「む……むぅ」
軽くからかわれたオレ。
気恥ずかしさから頬を赤らめて、顔をそむけたのだった。
「さ、付いたわ。補助席はこっちね」
と、エニィ先生の前のシートに座らされた。
このローダーは練習用らしく複座になっている。
メインの操縦席はオレより一段上の操縦席だ。
そこに、今エニィ先生が腰をおろす。
「よいしょっと。キャッ」
「ど、どうしたのです……かぁぁ!」
背後で上がった短い悲鳴に驚いて振り返る。
そこで目にしたものは――
それは遮るもののない、視界の暴力。
驚きが半分。
そして、逃れようのない期待が半分。
それは、腰を下ろす勢いでスカートが大きくめくれ上がったエニィ先生の姿だった。
「……白……かぁ」
目の前に広がる光景を目の当たりにして、静かに呟く。
いやいやいや……
そうじゃないだろっ!
しっかりしろ二十九歳っ!!
「だ、大丈夫ですかっ?」
「いたた。大丈夫大丈夫。すこし足がもつれただけだから」
たいした問題じゃないことにオレは安堵する。
「……それよりも……みたでしょ?」
「さ、さぁ? なんのことでしょう?」
目をそらし、とぼける。
「ふ~~ん、あやしいっ! フィル君のエッチ……」
「みみみみてないっ! 見てませんよ!」
「ふ~ん。何を見てないのかなぁ~? ん、いってみ?」
「えっ……いや、その……」
オレはドギマギしながら、しどろもどろに答えた。
そんなオレの様子がおかしいらしい。
その証拠にエニィ先生は終始、クスクスと笑っていたのだから。
「冗談よ。ふふ。それじゃあ、また、すこし説明を始めるね」
そこからまた、エニィさんの操縦席の説明が始まる。
「――まずは、そこのゲージです。それは、魔力安定水準器という、魔力が安定しているかどうかを示す装置。そして、そこの赤いメモリのゲージが、魔力残量を示す装置で……」
と、色々と説明をしてくれた。
正直、頭に入ったのは半分くらいだ。
「それから、この操縦桿と足のペダルでローダーを操縦します。しかし、基本的には自身の思念を魔力に乗せて、操縦桿から機体に伝える。そんな感じですね」
「え? じゃあ、この操縦桿もペダルも意味がないってことです?」
「いえ、そんなことはありません。操縦桿もペダルも踏み込む力などで、思念を強く伝える、そんな意味合いもあるのですよ。だから、まったく意味がないわけではないですね」
「そんなものですかね?」
う~ん。
どんな感じなのだろうか?
例えば、もう攻撃を受けるとやられてしまう状況だとする。
その時に誘導攻撃などを受ける。
それを回避をしようとして、目一杯、気合と力をゲームパッドの方向キーを押し込む感じなのか?
避けろ避けろ!!
みたいに思いと願いを込めるみたいに……
そんな思いが、ダイレクトに伝わりやすいとかになるのかな?
そう、まるで某ロボットゲームのツインステックを折りそうになるくらい力を込めるみたいに……
「うう~ん……分かったような、分からないような」
「まぁ、そのあたりは操縦すれば……」
と、いいかけてエニィ先生が言葉を止める。
……たぶん、言葉が詰まったのは。
オレが、動かせる日が来るかどうか分からないからなのだろな。
そんなの気にしなくていいのに。
「先生。いいですよ。分かっていますから」
と、オレが一言告げると先生はバツが悪そうに「そ、そう?」。
とだけ、言うのだった。
「「………」」
しばらく、気まずい空気が流れた。
それを、破るのはやはりエニィ先生だった。
この空気を破るくらいに、いつもより元気に話し出す。
「さ、さて! 話はこれくらいで! 早速動かしていくわよ!」
こういう、賑やかに話し出す先生にオレはすこし救われた気がした。
その後、エニィ先生はキリッとした真剣な眼差しを向ける。
オレはその表情に、不覚にも。
――カッコイイ!
と、思ってしまうのだった。
「モビリオ!」
その声に、赤い単眼の眼が妖しく光る。
そして、続けて先生は叫ぶ。
「エクシオッ!」
その声にガウンッ!
と、エピック・ジェネレーターが唸る。
今まで、石化していた獣の肉にも息吹が宿った。
そして、ゆっくりとローダーは歩き始めたのだった。
上下に揺れる振動が、これが現実だと告げている。
オレは、いまはメカの操縦席でローダーの息吹を感じている。
その高揚感が全身を駆け巡るのが分かった。
目の前に映し出された、倉庫内の視界。
そこから、扉に向かって外に出ようとしている。
一歩ずつ、一歩ずつ。
確実に進んでいた。
その光景に、オレは息を飲んでいる。
ただ座っている。
それが、どうにももどかしくて堪らない。
出来ればオレも……
そう思えるほどに。
「どうですか? フィル君。感想は?」
「あはは。すごいです! なにが、どうすごいかは言葉にできませんが……とにかく、すごいです! あはは」
「ふふふ。それは良かった」
オレの素直に喜ぶ姿に、先生も嬉しそうだった。
§§§
―――ガシュン、ガシュン。
ローダーは重厚な震動を伴い屋敷を練り歩く。
元々、グリムヘッドも通ることを念頭におかれているのか、道を広くとっていた。
その道をローダーで歩いていた。
その外の光景。
それが魔水晶から取り込まれ映像が目の前に映し出されていた。
木々が規則正しく整然と埋められている。
忙しく屋敷の中で仕事をしているのか、人の姿はなかった。
そんな静かな屋敷にローダーの振動だけが響いている。
その映像をオレはローダーの中で目を輝かせていた。
そして、キョロキョロと周りを見回しながら眺めていた。
そんなオレの姿を見て「ふふ」と優しく笑いながら、ゆっくりとエニィ先生の操縦は続いていた。
そんな感じでしばらく歩いていると。
眩いばかりの陽光に照らされた開けた場所が見える。
そこは、ブッシュボーン家の広大な演習場だった。
「わぁ……」
その開放感にオレは感嘆の息を漏らす。
心地よいエピック・ジェネレーターの唸り。
歩く振動さえも、なにか心地いいものに感じられていた。
ふと視線をやると、演習場の中央には十数機ものローダーが整然と並んでいた。
あれはなんだ?
何をやっているんだ?
整然としていたローダーたちは、列を離れる。
そして、それぞれ対面に向き合った。
そこに、ローダーの頭部の横。
そこに、普通のローダーとは違う、長いアンテナのようなものがあった。
どうやら、指揮官機のような出で立ちだ。
その後、その機体の合図が上がる。
すると、他のローダーたちが手にもった槍などで戦闘が始まった。
これ、訓練をしてるのか?
オレは気になり、先生にきいてみることにした。
「先生、あれは何をしてるんですか?」
「ああ、あれは貴族の子弟たちが集まって行っている共同演習よ。ほら、あっちで槍を構えているのはハースリア家の次男坊ね。力任せだけど、あれはあれで様になってるわ」
エニィ先生がモニターの一角を指差す。
よく見ると、ローダーの手に持ったのは本物の槍ではなかった。
どうやら、模擬刀や模擬槍らしい。
その槍などを使い数機のローダーが激しい土煙を上げていた。
金属のぶつかり合う鈍い音と、溢れ出す魔力の光。
前世の重機ではありえない、生物的な「荒々しさ」がそこにはあった。
「へぇ~すごいなぁ。皆、結構動かせてるなぁ」
「そうね。でも、あの子達は10歳くらいの子たちかな」
「えっ! そんな子供に動かせるんですか?」
「子供って……フィル君はもっと小さいでしょうに……」
「えっ……あ……それは、その……」
オレは年端もいかない子供が動かしていることを知りショックを受けていた。
そのために、素で返答して自分がもっと子供だということに気づかなかった……
「まぁ、いいわ。君がすこ~し、変わってて、賢いってのは分かってるから」
「あはは……そ、そうですね……だけど、他の貴族の子弟って、自分の領地でも出来るのではないのですか?」
「それはそうなのだけど……それでも、フィル君の家の実績とその騎士団『Knights of the Obliterating Axe(ナイツ・オブ・ジ・オブリタレイティング・アックス)』――別名『壊滅の斧騎士団』『K.O.A』が有名で、魔物や魔獣の戦闘も少なくなった平穏な貴族たちが、未だに現役で魔物や魔獣と戦っている人に教えを請いたいと子弟を連れてくるのよね。それに、基本的には長男が家で訓練を受けるけど、ほんとに一人を教えるだけで手一杯。そこで、それ以外の子供にこうやって、送られてくるのよ。それは、ただ補佐をさせるだけではなく、その継承した子供が亡くなったとしても代わりになれるようにってね」
「……長男が亡くなった時の代わり、か」
狭い操縦席で槍を合わせる十歳の少年たち。
誰もが必死で、誰もが自分が「予備」だなんて思っていない。
ただ必死に熱い動きをしている。
だが、俺にはわかる。
この熱気の裏側にある、冷徹な貴族社会の論理。
家の存続。
それが、どの世界の貴族も同じ。
魔力があるからこそ、あの機兵たちを操れる。
魔力がないオレはそんな「部品」としてさえ数えられないのかもしれない……
オレはこのままなら、どうなるのだろう?
家の存続に必要ないと思われるのだろうか?
「………」
そんな落ち込みそうなオレに黒い機体が目に映った。
――無数にあるその中の一機だけ。
目がどうしても離せない機体がいた。
「……っ」
他の機体がドスドスと重い足取りで戦っているローダーたち。
その中で、その一機だけが異彩を放っていた。
まるで重力がないかのように軽やかに舞っている。
相手の突きを、最小限の荷重移動だけで、文字通り「紙一重」でかわす。
そして、一瞬の隙を突いて、槍の石突きで相手の関節を正確に叩いた。
「先生、あの……一際黒い機体は?」
「あら、お目が高いわね、フィル君。あの子は……そうね、機体の紋章からして、おそらく『ブラックバード家』の子弟だわ」
エニィ先生が感心したように声を弾ませる。
「あの一族は代々、魔力を『風』の性質に変換して、機体の慣性を制御するのが得意なのよ。でも、あそこまで使いこなしているのは、きっと相当なセンスの持ち主ね。……名前はたしか、ヒュリエ様だったかしら? まだ、十歳にも満たないはずよ。たしか……あなたより二つか三つ上だと聞いているわ?」
「ヒュリエ……」
俺はその名前を反芻する。
洗練された、無駄のない動き。
それは、俺が屋根裏で求めていた「効率の極致」に近いものに見えた。
魔力がある奴の中にも、あんな風に「理」で戦う奴がいるんだ。
もどかしさが、胸の奥で熱い火種に変わる。
いつか、俺もあそこに立ちたい。
補助席ではなく、自分自身の「意思」で。
この鉄の巨人を動かしてみたい。
「……すごいや」
オレの言葉に、エニィ先生は少しだけ切なそうな。
それでいて期待を込めたような眼差しを俺に向けた気がした。
「……ええ、そうね。でも、フィル君。あなたのその『目』も、なかなかのものよ。あんな一瞬の動き、普通の三歳児には追えないもの」
エニィ先生はそう言うと、再び前を向いた。
「さあ、負けてられないわね! 先生の『華麗なステップ』も、しっかり目に焼き付けておきなさい!」
――その時っ!
ガウンッ! と一段と大きくエピック・ジェネレーターが吠えた。
オレの乗ったローダーが青空の下へと力強く踏み出した。




