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第五話

 ―――三才になった。


 オレは毎日の日課になったナンバ走り。

 そこに加えて、バルクアップをはじめた。


 まず、プランク。

 その姿勢から片足を上げるレッグプランク。

 そのあとに、スクワットなどなど。


 前世で見て覚えていたトレーニング方法だ。

 と、昔みた筋肉アニメを思い出した。

 そこで、うろ覚えながら始めることにした。


 そのアニメの説明では、筋力が増えるだけでない。

 成長期の体にも負担が少ないらしい。

 それに体幹を鍛えられる。

 それなら、やらない手はない。

 とはいえ、まだ三歳の幼体だ。

 無理はせずに、ゆっくりと回数をこなしていく。


 ……が、思いのほかきつい。

 見た目はあんなに楽そうに見えるのに。

 

 ……8……9……


「くはぁぁ。はぁはぁ……ふぅぅぅ。うんうん。キレてるよ。キレてるよぉ」


 と、勝手に自画自賛しながらやっていた。


 そんな中、突然に父から呼び出しがあった。


 なんのようなのだろうか?

 まさか……オレのへんなトレーニングのことか?

 お気に召さなかったのだろうか……?


 ――一時間前、執務室で。


「エ、エニィ・ミニィと申します。この度は……」


 自己紹介を始めるエニィ。

 それを、グランは言葉を遮った。


「挨拶はいい。フロイライン……失礼、そう呼んでも?」

「大丈夫です。どうぞどうぞ」

「結構。では、フロイライン。貴君の噂は聞いている。報告書も目を通した。冒険者からは『迷宮の探求者ダンジョンエクスプローラー』などと呼ばれ、数々の迷宮を踏破している……と、賞賛に値する実績だな」

「い、いえ、それほどでもエヘヘ」

「さらに、どのような攻撃も魔力でいなし『虚ろの魔術師(ウィローソーサラー)』とも」

「きょ、恐縮です。あはは」

「さすが、アストライエ魔術大学の主席……になりそこねた卒業者。相違ないか?」

「あ、あの、それって褒めてるんでしょうか?」

「当然だ」

「そ、そうですか? はは」


 誰でも、褒められれば悪い気はしない。

 それはエニィも同じだった。

 そんなエニィは顔が綻び、得意満面な表情を浮かべた。


「……『破滅者(ルインズ)』。そう呼ばれていることも聞いている」

「ぐっ……」


 その言葉に得意満面な顔から、一気に顔が引きつる。

 それは、ギャンブルにのめり込み破滅する。

 そんな、見境がないところから付けられたあだ名だからだった。


「それが、主席になりそこねた原因の一つであろうな」

「え、あの……はい」


 ああ、これはダメかもしれない。

 はぁぁぁ……

 心の中で溜息を吐き、そうエニィは思っていた。


「まぁ、そんなものはどうでもいい」


 ――びりびり。


 部屋に紙が引き裂かれる音が響く。

 グランが報告書を引き裂いたのだった。

 その後、ゆっくりと黒い重厚な椅子の背もたれに体を預け、腹の前で指を組む。


 そして、落ち着いた口調で話を続けた。


 その様子にエニィは喉を鳴らし、その言葉を待った。

 

「フロイライン。貴君はローダーの操縦も出来るそうだな」


 その口から出てきた言葉は意外な言葉だった。

 緊張して身構えたエニィは何を聞かれたのか理解しがたい口調で受け応える。


「え? あ……はい。大学でも専攻してましたし、工作用なら操縦出来ます」

「よし。ならば、フィルの教師としてフロイラインを任用しよう」

「えっ!?」


 思いがけない言葉に、エニィの思考が停止する。


「え、え? よ、よろしいのですか?」

「なんだ? 引受を拒否したいのか?」

「いえいえいえ! 喜んで……っ!」


 思わず出かけた俗な返声。

 それを、自身の両頬をパシッ!

 と叩いて、強引に呑み込む。

 震える呼気をゆっくりと一度吐き出す。

 その後、エリート卒業生としての背筋を正した。


「謹んで、申し出を拝命いたします」


 深く、淀みのない礼。

 そして、はっきりと受託の意思を示したのだった。


「うむ。では、実務の詳細は侍従長のエイダから説明させる……既に呼んである。そこのソファに腰を下ろし、しばし控えているがいい」


「きょ、恐縮です……」


 そう言いながら、ソファーへと足を向ける。

 だが、エニィはその場でふと立ち止まり、おずおずと口を開く。


「あ、あの……すこし、お聞きしてもよろしいですか?」

「………どうぞ」


 喉を鳴らし、固唾を飲み、おそるおそる口を開く。


「その……なぜ、わたしを登用なされたのですか? 辺境伯様であれば、わたしよりも優秀な……」


 と、言いかけたとき、グランは手で言葉を遮った。


「そうだな。まずは、フィルに付ける教師がいない。我には、正妻の子が二人おり、それぞれ、教育係をつけておる。だが、フィルはあやつの子ではない。わかるか?」

「その……失礼ですが、正妻の子と同じには扱えないと?」

「………そこで、家のものではなく、外の者をつけようと思ったのだ」


 グランは全ては語らない。

 いや、語れないのだ。

 そのことにエニィは意図を汲んだ。


「なるほど……そこは、納得しました。ですが、わたしは魔術師です。フィル様に魔術の才能があるのでしょうか?」


 その言葉に、グランは顔をしかめた。

 ゆっくりと、息を吸い、静かに話し出す。


「………いや、あれに才はなさそうだ。しかし、突然に力を享受するやもしれぬ」

「その時のために……と?」

「いや……フロイライン。失礼なことを口ずさむかも知れぬが、許して欲しい。よいか?」

「お気になさらずに」

「そうか……では、フロイラインはこの世の酸いも甘いも知り尽くしておるのであろう? とくにギャンブルなどと身を滅ぼしかねないものに手を出している、そなたなら酸い方が多いかも知れぬが」

「むぐっ……はい、おっしゃる通りです……」

「そこで、あれには生き抜く知恵を与えて貰いたい。そういうことだ。このまま、魔力がなく何もできないのであれば……あれは十五歳の成人の儀には家から追放となるであろう……その時に、路頭に迷わぬように……」


「………」


 エニィは何も言えなかった。

 これも親が子に向ける愛情……

 そう感じたのかもしれない。


「分かりました……ですが、わたしは魔術師です。魔術がメインになりますがよろしいですか?」

「ああ、それで構わない。魔術というものがどのようなものかを知る、いい機会だ」


 いい機会?

 あっ……


「もしかして、ヘッドローダーの操縦が出来るのも聞いたのも……」

「フロイラインは感が良いな。その通りだ。グリムヘッドまでとはいかないが、ローダがどのようなものであるかも教えてやってほしい」

「……理解しました。グラン様のご要望、改めてお受けします」

「うむ。よろしく頼む。長くなったが、侍女長がくるまでそこでくつろいでくれ」

「はい……では、遠慮なく」


 

 エニィはグランの思いを馳せながら、吸い込まれるようソファーへ身を沈めた。


 黒檀の重厚なソファ。

 驚くほど上質な革の感触が体を包み込む。

 しかし、それがかえって彼女の場違い感を際立たせる。

 歴史の重みを感じさせる執務室の空気。

 針の落ちる音さえ許さぬほどに鋭く、重い。


 贅沢な座り心地とは裏腹な心持ち。

 エニィは審判を待つ罪人のような心地を味わっている。

 ……ただ膝の上で指をこねながら。


 §§§


 ――コンコン。


 オレは一抹の不安を抱きながらエイダさんに連れられ執務室についた。

 

「エイダです。フィル様をお連れしました」


 まだ肌寒い廊下によく通る声でお伺いを立てる。 

 すると、部屋の中から「入れ」と一言、返事があった。


 その後、一通り侍女長らしい礼を尽くしオレを連れ部屋へ入る。

 オレも、エイダさんなどに教わった礼儀をとる。

 この礼儀作法。

 前世のオレにはむず痒く、面倒なものとしか見えない。

 だが、この世界で貴族となった以上必要となる。

 なら、生き抜くには覚えるしかない。

 そう思い、普段から意識することにしていた。


 そして――「エイダ、紹介しよう――」


 §§§


 ――俺の知らないところで。

 いつの間にか胡散臭い魔術師がオレの家庭教師となっていた。


「………」


 たしかにこの世界には魔術がある。

 前世にはなかった力だ。

 そら、心が踊らないわけがない。


 が、オレにはその片鱗すら見当たらない。

 

 なのに何故、魔術師が家庭教師なのか?

 それに……なんか、子供にしか見えない……

 大丈夫なのだろうか?


 §§§


 ―――いつもの庭先で。


「では、早速初めて行きましょう。今日は、まず今から魔術とはどういったものかを体験していただきます」

「あ、はい……」


 魔力がないオレに魔術から練習とか……

 意味があるのか?


 ………まぁ、いいか。

 オレも興味はあるしな。

 折角なら、見せてもらおうかな。


 と、考えている時もエニィ先生の話は続いていた。


「――魔術は魔力の流れの制御にあります。これは基本であり、奥義です。持論ですがっ! 間違ってないと思いますよ」

「………」


 保険かけてきたよ……この人。


「まぁ、言葉よりも実践でしょう。今から、手本をお見せします」

「えっ!? いきなりですか?」

「なに、その反応。疑っているのですね。まぁ、いいです。今からお見せするので、しっかりとその可愛いお目目に焼き付けなさい。目標は……そうですね。あの木がいいかしら。いきますよっ!」

 

 そういと、自慢のクラスター・アマリリスを目標に照準を定める。

 一転して、空気が変わる。

 ふざけた態度は消える。

 エニィの眼鏡の奥の瞳が、狩猟者(ハンター)の如く鋭く細められた。


 そして――


 えっ! ちょっ!

 うわっ、何かブツブツ言ってるよ!


「其は聖なる水の導き手、集い集いてふるへ。ユラユラ、ユラユラとふるへ……」


 それは、この世界の物理法則を書き換えるための『コード』。

 杖の先、空間の解像度が歪む。

 何もないはずの空気中から水滴が沸き出してきた。

 

 杖の先に、直径十センチほどの青白い水。

 それが空中で球体の形で留まる。

 それは生き物のように高速で回転。

 周囲の空気を震わせていた。

 前世で見てきたどんなCGよりも美しかった。

 オレは心の中で感動すら沸いた。

 

「今、そのくびきから解き放たれん! 『ウォーター・バレット(水の弾丸)!』」


 ――ドンッ!

 

 そんな、空気を弾くような低い衝撃音。

 目標に放たれた水の弾丸。

 それは、文字通りライフル弾丸のような速度で空間を裂いた。


 ――バキィィィィン!

 

 数メートル先の標的――太い幹を持つ庭木に直撃――

 

 は、せずに……

 その隣にあった石像の首を吹っ飛ばした……

 一瞬にして、騎士(ナイト)から首なし騎士(デュラハン)の石像へと変貌した。


「「あっ……」」


 二人共、その結果に唖然とする。


「あ、あはは……すこ~し、目標がずれましたが、これが魔術というものですよ。あはは」


 ギギギっと首をオレに向けて話し出す。

 平静を装うとしているが、その言動はぎこちなかった。

 そして顔も青ざめ、唇を震わせながら話していた。


「………」


 たしかに魔術の腕前はありそうだ。

 しかし、どう言えばいいのだろうか?

 ポンコツ? なのかもしれない……

 天才肌は、こういった人が多いと聞いたことはあるが……

 正直、分からない。

 けれど、どこか憎めない。

 

 それに、完全完璧な家庭教師。

 それより、こういった欠点がある方が親しみやすい。

 そう思うことにした。


「……そ、それより……これ、いきなり解雇になるのでは? ……え、じゃあ、そうなるとわたしは……っ!?」


 何かぶつぶつと呟いていた。

 と、思っていると次の瞬間。

 その場に目に涙を貯めてへたり込む。


「あは、あはは……おわった。見える。見えるわ。わたしの未来が……

 路地裏の安酒場で、酔客の機嫌を取りながら薄汚れたウッドカップを磨く日々が……

 毎晩、裏で泣きながら、男性を慰めて……

 顔で笑って、心で泣いて、最後には魔力も誇りも枯れ果てて、どぶ川に捨てられる私の姿が……

 うぅ、ひっ、ふぇぇ……」

 

「うっ……」


 ……なんか、ちょっと不憫に思えてきた。

 

 彼女の予見している未来。

 それが、あまりに生々しすぎる。

 借金取りに追われている。

 そんな話はどうやら比喩でもなんでもないらしい。

 

 オレは、彼女の細く震える肩をそっと触れた。


「先生……まだ、父には見つかってません」

「……え?」

「その……先生の魔術で回復とか修復出来る魔術はないのですか?」

「ひっく、回復……ひっく、修復……はっ!? そ、そうよっ! 直せばいいのよっ!」

「え? できるんですか?」

「当然よっ! 任せなさい!」


 オレの一言で、いきなり立ち直るエニィ先生。

 スクッと立ち上がった。

 そして、一目散に破壊された石像へと走る。


 そして――


 吹き飛んだ石像の首を持ち、呪文を唱え始める。


「慈悲深きルミテーリアの賢人たちよ。我は平穏を請う。傷つき倒れしものには安らぎを、壊れしものには繕いを願い請う。我はエニィ。願い請い求めるものなり。『ライトヒーリング』!」


「お、おおおっ!」


 オレはその光景に感嘆の声を出してしまった。


 杖から淡く揺らめく光が集まる。

 すると、それはどんどんと壊れたところを復元していく。

 まるで生き物のように足りない部品を作り出し、繋がっていく。

 

 それから数分立つと、元通りになっていた。


「ふぅ! 終わった」


 と、腕の袖で額を拭いて、ひと仕事した感を醸し出していた。


「おお……すごい」

「ん~ふふ。そうでしょう。そうでしょうとも、もっと崇めてくれていいのよ。御子息様」


 すごいドヤ顔を決めてきた。

 たしかに、凄い。

 魔術なんて胡散臭いと思っていた。

 けど、今回のことで、ほんとに異世界に来たんだなと実感が沸いた。

 そのことをまざまざと思い知った。

 と、同時にこの世界は前世の世界よりも……

 もっと危うい世界だと認識させられた。

 

 魔術師としての実力は比べるものがいないため、オレには分からない。

 けれど、目の前で繰り出した魔術は本物だ。

 攻撃も回復も出来る。

 それに、かなり場馴れしている凄みがあった。

 それだけでも、この人を認めてもいいのかも。

 それに、こんな面白そうな人、他にはいなさそうだしね。


 だから、今はこの調子のいい人を先生と思ってもいいかな?

 と、思ってしまったオレがいた。


「ほらほら、もっと褒めて褒めて」


 ちょっとめんどくさそうだけど……


「元はと言えば、自分で蒔いた種ですけどね」

「うぐっ……それは、その……」


 核心を突かれて、言いよどむエニィ。

 その姿も、どこか憎めない。


「冗談ですよ。これからもよろしく指導お願いします。エニィ先生」


 と、先生への礼を尽くす言葉をかけた。

 突然の返答に、すこし、照れくさいのか頬を染めていた。


「はい。御子息様」

「フィルでいいですよ」

「はい。では、フィル様。わたしにお任せあれ。はは」

「調子がいいですね。はは」

「そうではなければ、生きていけませんからね。ふふ」


「「ぷっ。あははは」」


 ま、これから先はどうなるかわからない。

 けど、この先生と居れば、少なくとも退屈はしない。

 どうせ、やり直せた人生なんだ。

 楽しく生きていかないとな。

 オレは心から、そう思えていた。

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