第三話
―――一才になった。
オレは成長が早いらしい。
2ヶ月過ぎたあたりからハイハイを卒業。
それに言葉……というか、この世界の言語。
これも、前世の語学学習の経験をフル活用。
すると、日常会話レベルなら聞き取れるようになっていた。
それに、簡単な会話のやり取りも出来ていた。
もっと出来るだろうが、これ以上はまずいと自重した。
ただでさえ、受け答えして皆が驚いてたしね。
中には神童とか呼ばれる始末。
こうなると流石に……ね。
だが、成長が早いのも考えものだ。
おかげで、乳離れも早かった。
「……」
はじめは、流石に抵抗があった。
けど、自分にこれは生きるため……
生きるために必要なことだ……
と言い聞かせ、気恥ずかしくも申し訳なかった。
中身が『こんなおっさんでごめんなさい』。
そう何度も、心の中で謝っていた。
しかし、それとは相反する気持ちもあった。
だって……どストライクだったのだから……
「坊っちゃま? どうかなさいましたか?」
「え……い、いや。なんでもないですよ。はは」
突然、背後から声をかけられる。
例の猫耳エルフことミーナだ。
彼女が首を傾げる。
そのたび、長い耳がピコピコと揺れた。
程よい胸が制服を押し上げる。
……目の前に「極上」がある。
なのに……もう手が届かない。
そう考えると、ひどく虚しくなった。
そんな様子を「?」と首をかしげるミーナさん。
さすがに尻尾はないが、珍しい組み合わせだ。
森のエルフに森の獣人とのハーフ。
ありえる……? のか?
個別種で猫耳エルフと呼ばれているらしい。
この帝国の前身は国が十数国ほど乱立していたと言う。
その中でも、この帝国を興した国。
『ヨーグ国』は最貧国だった。
乾いた大地。
そのように呼ばれる程に何もない土地だったらしい。
土地が痩せて作物も育たない。
そのため、人々は遊牧で生計を立てていた。
だが、荒れた大地に家畜のエサ場も少ない。
そのため、国民は貧しかった。
水源も乏しく、乾きと飢えに放牧民たちは苦しまされていた。
だが、そんな土地でも安定した水源があった。
そこは『地の裂け目』。
そう呼ばれる地の裂け目の下に流れていた。
誰もが水を求めて地の底へ通う。
そんな中、足を滑らせた一人の少年。
その時、偶然『それ』を見つけた。
それは後に――『グリムヘッド』。
そう呼ばれる魔装機兵のプロトタイプがそこにあった。
その後の発展の速さは、狂気じみていた。
初期こそ、一国の手に余る技術だった。
しかし、初代皇帝は思い切った賭けに出た。
――「独占」を捨て、「共有」を選んだのだ。
外部から技術者や資金を募る。
人種を問わず受け入れた。
エルフ、ドワーフ、魔族などなど。
様々な種族が、地の底の遺産を求めて集まった。
その為、みすぼらしかった研究施設は都市となり。
最新鋭のインフラを備えた巨大国家へと膨れ上がった。
最貧国から、世界最先端へ。
その豹変ぶりに周辺国は脅威を抱いた。
中には戦い奪い取ろうと他国に不穏な空気が流れだした。
この頃にはヨーグ国は帝国へと変貌していた。
だが、初代ヨーグ皇帝の手腕はさらにその先を行っていた。
彼は決して、剣を抜かなかった。
周辺国の自治を認め、技術を供与する。
しかも、後継者争いが起きれば帝国寄りの派閥を全力で支援した。
そうして恩を売り、利権で縛り「帝国貴族」という甘い蜜を与えていったのだ。
周辺の王たちは、自国の王冠を捨ててでも帝国の公爵位を欲しがるようになった。
自治は守られ、技術は手に入る。
しかも、帝国という巨大な後ろ盾も得られる。
気づいたときには、十数もの小国は戦うことなく一つの『帝国』へと溶けていたのだ。
血を流さず、欲望と利便性で世界を塗り替えた。
それが、この『ヨーグ帝国』の正体だ。
「……だから、こんなに多種多様な人がいるわけか」
オレは、頭を撫でてくれているミーナを見上げた。
エルフと獣人の混血である彼女のような存在。
それが当たり前のように侍女として雇われている理由。
それは、この帝国の成り立ちに関わってたからなのだろう。
―――「混成軍」。
そう設計されているからなのかもしれない。
そして。
そんな多様な才能の一つが「グリムヘッド」。
その核を磨き続けた結果。
あの白い化け物――父さんの乗る鉄騎兵なのだ。
「坊っちゃま、難しいお顔をして。やっぱりお腹が空いたんですか?」
「……ミーナ。この国、こわいね」
「あらあら、賢いこと。でも大丈夫ですよ、閣下が守ってくださいますから」
ミーナは笑うが、オレは背筋に冷たいものを感じていた。
平和的に世界を飲み込んだ帝国のシステム。
その一員として生まれた。
それ故にオレもまた、この巨大な歯車を回す側の人間。
そんな期待をされているのかもしれない。
―――二歳になった。
相変わらず俺は「言葉の遅い、けれど聞き分けのいい子供」を演じている。
この小さな体は記憶力がいい。
そういえば、小さい頃は言葉などを覚えようと柔軟な脳になっているとか、ないとか聞いたことがある。
それも関係あるのだろうか?
とにかく、この子は物覚えがいい。
それなら、それでいろいろ詰め込む時だろう。
知識は、生きていく上での武器になるのだから。
そう思いながら、屋敷の図書室に入り浸った。
そこにある地図や歴史書を読み漁るためだ。
うう~ん……思っていた以上にさまざまな国があるな。
………ま、それは前世の世界も同じか。
唸りながら、オレは本と格闘をする。
§§§
この星には、遥か古の時代――『降臨戦争』。
――と呼ばれる神話がある。
かつて妖精王が率いる連合軍(人種、魔族、獣人、エルフ、ドワーフ)。
その各々が、空から現れた鉄の怪物『魔神』。
と呼ばれる勢力と星を二分する戦いを繰り広げたという。
結局、魔神たちは空の彼方へと消え去った。
だが、妖精王もまた深い眠りに落ち、世界は指導者を失った。
その後、残された種族たちは妖精王の跡目を巡って争い出した。
愛想を尽かしたエルフや獣人は森や山へと隠れ住んだ。
残った人種は、魔族の強大な魔術に押し込まれ、一度は大陸の端。
――『ガリア』へと追い詰められたらしい。
絶望の中、現れたのが伝説の聖女『ルミテーリア』だ。
彼女は巨大な白銀の鎧(グリムヘッドの原典か?)。
その機体を操り、魔族を蹴散らしたという。
彼女は強かったが、それ以上に慈悲深かった。
敗れた者をも許すその愛の精神。
それは、人々の心に『ルミナ教』という深い信仰を植え付けた。
それから、現在。
海を挟んだ向こう側。
そこには、峻険な山の頂に豊富な水と緑を湛えた聖都。
――『ルミテーリア』。
その名を冠する『ルミナリア神聖国』が君臨し、多くの信者が暮らしている。
対して、俺がいるのは東のヨーグ帝国。
西には高く険しい岩山。
―――ドラゴネス連峰。
その山が大陸を縦に蹂躙している。
まるで、生物の侵入を拒絶しているようだった。
そこはドラゴンやワイバーンが跳梁跋扈している。
そんな危険な山脈だ。
そんな山脈には峡谷がある。
それは西への地の唯一の交路。
その険しい峡谷に存在する『エスヴァール公国』が存在している。
その先には、海運で栄える『ザナドゥ商業連合』がある。
また南に目を向ける。
すると、大河イス川がある。
それを挟んで小国が乱立していた。
そして、絶え間なく小規模な戦闘は繰り返されていた。
しかし、どの国も戦いに疲弊していた。
そこで、同盟という形を取って今は平和らしい。
だが、そんな仮初の平和がいつまで続くか?
そう、書かれていた。
その中でも飛び抜けて力を持った国。
それが『ナバル国』。
その自国の力を過信したナバル国。
勢い勇み。
調子に乗り。
イス川を渡りヨーグ帝国に侵攻したことがあった。
だが、それをナバル国は後悔することになった。
どの戦場でも、グリムヘッドに為すすべもなく敗北したからだ。
慌てふためき、自国へと敗走した結果。
ナバル国でも、グリムヘッドの研究が始まったらしい。
だが、一から始めるには何もかも足りない。
そのせいか、今もなお四苦八苦しているという。
「ふぅ……」
パタン。
一息ついて、本を閉じた。
中々に読み疲れたな……
久々に受験勉強をしている気分を味わったよ。
「受験……かぁ……」
あの頃は勉強として覚えるのが面倒だと感じていた。
けど、知ろうと思い、自ら進んで学ぶのは面白いな。
この差はなんだろう?
やはり、人から言われてやるのと。
自分から進んでやるのでは違うということなのだろうか?
それとも、この子が知識を求めているのだろうか?
まぁ、なんでもいい。
とにかく、ある程度は把握できた。
それでよしとしよう。
北には追い詰められた魔族の影。
西には竜の巣。
南には野心的な小国軍。
そして東には、巨大な鎧の伝説を背負った神聖国。
そのど真ん中で、ハイブリッドな混成軍と、地の底から掘り出した『魔神』のコピーを振り回して覇を唱えるヨーグ帝国。
他にも、獣人やエルフ、ドワーフ、ホビット、マール、リザードマンなど。
多種多様な種族の集団が暮らす村などがある。
そこには、それぞれのしきたりなんかもあるのだろう。
う~む……そんな世界で、オレはやっていけるのだろうか?
「………」
しばらく考え込んだが、答えは見つからなかった。
そして、自分の腕や足などを見て触れる。
「………」
ぷにぷにだった……
よ、よし……まずは体を鍛えてみよう。
話はそれからだ。




