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第二話

 次にオレが目を覚ましたのは、見慣れない部屋だった。


 ここ……は、病院か?


 オレは騒がしい周りの人の声に目を覚ます。


 何語だこれ?

 というか、ここ日本の病院か?


 いや、それより、オレ助かったのか?

 もうダメだと思っていたのに、よく助かったな。


「………」


 まぁ、なんでもいい。

 こんなオレを助けてくれたお礼を言わないとな。


 そうして、体を動かそうとする。

 だが、動かない。


 なんだこれ?

 動かない。

 何度か、動こうと体をうぞうぞと動かすが動けない。


 仕方なくオレはなんとか動かせそうな顔を動かしてみる。


 よし、これなら……

 

 と、思っていると何かがおかしい。

 周りの景色が病院とは思えないのだ。


 オレは、さらにざわつき出す声をよそに観察してみることにした。

 

 周囲は無機質な白ではない。

 視界を埋めたのは高く、白い漆喰(しっくい)の天井。

 そこに、繊細なリーフ模様の彫刻。

 どこか時代かかっている。

 

 かと言って、ただ古臭いだけじゃない。

 どこか品格が漂っている。

 

 窓から差し込む柔らかな光。

 風に揺れる薄いレースを透かす。

 それが、淡い藤色の影を床に落としていた。


 重厚な木の家具も部屋に溶け込んでいる。

 そのどれもが品がいい。

 そして、部屋の隅には可憐な小花が活けてある。


 それに病院なら、独特の薬品の匂いがあるはず。

 だが、鼻をくすぐるのはそんなものじゃない。


 乾いた日差しと名前も知らない花の甘く懐かしい香りだった。


 と、とにかく、体が動かないなら腕を……


 オレは、とりあえず腕を伸ばす。


 え? なにこれ?


 違和感があった。


 視界に入った手は驚くほど小さい。

 そして、赤みを帯びたふっくらとした「手」だった。


 は? ……なんだ、これ?


 自分の手じゃないみたいだ。

 慌てたオレはさらに体を起こそうとした。

 が、腹に力が入らない。


 やっぱり、動けない……


 首を動かすことがやっと。


 そんなオレを他所に周囲では、幾人もの声が響いている。

 すすり泣く声。

 声をあげて泣くもの。

 何人かの泣きながら話す声も聞こえる。


 だが、その言葉の意味が、やはり理解出来ない。

 そんな中、必死に首を横に向ける。

 すると、すぐ隣に一人の女性が横たわっている。

 透き通るほど白い肌に、乱れた髪。

 彼女は、俺を見つめていた。

 その瞳には、新しい命を祝福するような「喜び」。

 それに、何かを諦めたような深い「悲しみ」が同居していた。

 そんな彼女が、震える手を俺の方へと伸ばしてくる。

 何かを、必死に伝えようとしているようだった。

 

 その指先が俺の頬に触れた。

 オレもまた、本能的にその手に触れた。

 驚くほど熱く、けれど壊れそうなほど繊細な指。

 

 彼女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

「……スーラ、イッタ……」


 掠れた声で、彼女はそう呟いた。

 何度も、何度も。噛み締めるように。

 今の俺には、その音の意味はわからない。


 ただ、彼女の掌から伝わってくる。

 胸が締め付けられるような愛おしさ。

 それが、痛いほどにわかった。


 ――これが、オレが後で知ることになる、母さんの最初で最後の言葉。

 

 「愛している」という名の呪いよりも強い、俺へのギフトだったんだ。


 その後、オレは眠りに就いた………

 

 ―――

 

 次に目を覚ましたのは、一日後のことだった。


 オレは侍女たちの断片的な会話に耳を傾けた。

 そこから自分の置かれた状況を把握していった。


 どうやら、俺は『ヨーグ帝国』の『ブッシュボーン家』に生まれたらしい。

 いわゆる、貴族の家だ。

 だが、ただの貴族じゃない。

 帝国の辺境を守護する、武門の家柄だ。


 その他にも多少なりとも分かった。


 この帝国には、同じように四つの守護家がある。

 けれど、そこまでだった。

 今の俺には他の家の名前までは分からない。


 それよりも、この家が今、ひどく慌ただしいということだけだ。


「準備は出来たの?」

「はい、ただいま終わりました」


 周りの侍女たちが、せわしなく動き回る。


「では、早く行くわよ……ライラ様も、待っていらっしゃるわ」


 そう言いつつ、侍女長らしき女性がオレを抱き上げる。

 所作には年季を感じさせる落ち着きがある。

 それに、言葉の端々に重みがあった。

 

 なのに――


 見た目は、どう見ても二十代半ば。

 いっても三十前後(アラサー)にしか見えない。

 他の侍女も観察してみた。

 けど、やはり全員が同じくらいの年齢に見える。

 ベテランと呼ばれそうな、五十代以上に見える人がいない。

 

 ……若作りな人が多い世界なのか?  それとも……


 そんな疑問を抱きつつ、オレは彼女の腕に抱かれ、部屋を後にした。


 ―――

 

 部屋を出ると、廊下の向こうから重厚な地響きが聞こえてくる。

 何の音が分からず、その音に不安を覚える。


 そして――


 その音の犯人が分かった。


 それは、前の世界にはない物。

 いや、あったとしてもこんな形ではない。

 AI学習で急速に発展してるとは言え、ここまでの完成度はないだろう。


 オレは目を疑った。

 この世界が中世のどの時代あたりかは分からないが昔……

 の、いわゆる幻想(ファンタジー)世界のようだとは思っていた。


 しかし、この目の前に広がる二足のメカらしきものはなんだ?


 こんなものがある世界なのか?

 オレはその景色に圧倒され、目をキョトンとしていた。


 目の前に広がるメカ? 兵器?

 しかも、二種類が存在していた。


 まず、三メートル……

 もないくらいの、丸みの帯びた二足歩行メカ。

 それが、数十騎程が整列している。

 その真ん中には五メートル程あるだろうか?

 かなりの威圧感がある騎士風のフォルムの兵器。

 鉄騎兵と呼んでも遜色がない。


 白い機体が光を反射してキラキラと輝いている。

 左側の腰には剣。

 すこし湾曲しているだろうか?

 そんな感じだ。

 そして。左腕に盾を装備していた。

 全体を覆い隠すほどではないが、それなりな大きさだった。


 肩には紋章が刻まれていた。

 何かの生き物を鎖で絡め取られている。

 そして、斜めに剣が右から左にかけて貫いている。

 そんな感じの紋章だった。


 いかにも武名の家という感じだ。


 その異様な雰囲気を感じたオレ息を飲んだ。


 けれど、それ以上にオレは――


 綺麗だ……


 そう思ったのだった。


 その時、


「構え!」


 白い機体から大きな声が響く。

 スピーカーに似たものでもあるのだろうか?

 それほどの音量だった。


 だが、その言葉で兵器たちが剣を抜く。

 そして、そのまま機体の前に剣を捧げる。


 その統率の取れた動きが練兵の高さが伺える。

 そして、そのまま暫く静寂が続く。

 葬列に訪れ、すすり泣いていた人たちの声も消える。


 ただ、吹き抜ける風の音しかない世界。

 その風が、ここにいる全員の……

 兵器たちの横をすり抜ける。


 その後、白い機体の号令で剣を十字に切った。

 どうやら、この世界での弔いのようだ。


 そこでも、一糸乱れぬ動きにオレは感嘆の吐息を吐いた。


 その後、白い機体だけが残る。

 他の機体は整然と最後まで一糸乱さず、その場を去った。


 それを、見届けると白い機体から誰かが降りてくる。

 膝を折り、前傾姿勢を保つ。

 そして、腰部分にある搭乗口からトントンと駆け下って来た。


 オレの父だった。


 一度、母の死に際でも会ったことはある。

 厳格な雰囲気を醸し出す威厳のある風格。

 それだけでも、凄みを感じる。

 それ以上に驚いたのは……


 若い。

 若すぎる。


 そんな感想だった。


 前に侍女たちが話しているの聞いた。

 父はまだ二十二歳だという。

 

 その年齢にオレの感想は「マジかよ」――という言葉だけだった。


 二十二歳で領地の城主?

 一族の当主?


 たしかに前世の歴史でも、若い城主などいくらでもいた。


 紐解けば、織田信長も同じくらいの若さ。

 それで家督を継ぎ、家中が敵だらけの中で城主。

 その中でも城主として戦っていたはずだ。

 だが、それは歴史の教科書に載るような「超人」の話だ。


 ……二十二歳……

 その時、オレは何をしてた?


 必死にスーツを着て、行きたくもない会社の面接。

 自分の不甲斐なさに逃げ道を探し、もがいていた「就活生」じゃなかったか。

 

 だが――


 目の前の男は、五メートルの巨体を操っている。

 しかも、それだけじゃない。

 来るべき時のための練兵も欠かさない。

 それは、さっきの動きを見ていれば分かる。


 それは信長と同じ。

 いや、それ以上の責任と重圧。

 それを、この若さで背負っている。


 それだけでも、完璧超人。

 

「………」


 それに比べてオレは……


 残酷なまでに開きすぎている差にオレは項垂れた……


 比較するのも憚られる。

 けれども、どうしても比較してしまう。

 そして、その格の違いをまざまざと見せられる。

 今の自分が赤ん坊であることを差し引いても……

 どうしようもなく凹んでしまう。


 オレが二十九年かけても……


 いや、永遠にこの差が埋まることがは……ない。

 それだけの差をまざまざと魅せられた。

 

 そんな男にオレを抱えた「エイダ」と呼ばれる侍女長が声をかける。

 声を掛けられた父はわずかに焦燥の入り混じった匂いがした。


「……グラン様」


 エイダが、震える声で呼びかける。

 その瞳には涙が溜まっていた。


「グラン様……この子は、ライラ様の……うっ……」


 彼女の目には溢れそうになる涙。

 それをこらえるように、言葉が途切れる。

 母を失った悲しみ。

 それだけで、如何に皆に慕われていたのかが分かった。

 そして、この場にいる誰もが共有していた。

 

 そんな中父――グランは、無言でオレを見つめた。

 その瞳は、既に指揮官としての厳格な色を失っていた。

 代わりに、深くて複雑な色を湛えている。


「……そうか。聡そうな子だ。ライラに……あいつに、よく似ているな」


 大きな、温かい掌がオレの頭にそっと置かれた。

 武人の手だ。

 指先には硬いタコがあった。

 その指先で、壊れ物に触れるような優しさでオレの髪を撫でる。

 

 その瞬間、オレの胸の奥がツンと痛んだ。

 この男は、オレをどう思っているのだろうか?

 母を殺した子供と捉えているのではないか?

 むしろ、憎しみがあるのでは?

 そんな、不安な思いが湧き上がった。


 だが、そんなことはなさそうだ。

 父の目が違うと言っている。

 むしろ、どこか期待をしているように思える。


 親とはこんなものなのだろうか?


 前世での父や母も、同じようにどちらかとなくしたとしても……

 この父と同じなのだろうか?


 その問は永遠に分からない。


 ……が、そうだとオレは信じたい。

 そう思ったのだ。


「エイダ」


 そんな事を考えていると、父が静かに告げる。


「しばらくは、お前にこの子を任せる。三歳になるまでは、お前が母親代わりだ。それ以降は、相応の教育係を付けることにしよう」


「……はい。命に代えましても」

「頼むぞ……ではな」


 静かに父はそれだけ言う。

 その後は、一度も振り返ることなく背を向けた。


 カチリ、カチリと静寂とむせび泣く侍女たちの声の中に軍靴の音を響く。


 そして、再びあの白い機体へと歩いていく。

 

 その孤独で、けれど揺るぎない背中。

 オレはただ呆然と見送ることしかできなかった。


 ――父の名は、グラン・ブッシュボーン。

 

 それが、この世界でのオレの父親だった――

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