第一話 プロローグ
これは、旧作の書き直しです。
旧作の中で試し投稿で書いていたものをそのまま転載しております。
「私は第四十二星雲 第十二兵団所属 対銀河連邦次世代決戦兵器『XP-07 CODE:STRIKER』」
――別名『タクティカルストライカー』――
「キミは?」
「……は?」
突然の事態に「フィルディナル・ブッシュボーン」は、只々息を呑む。
目の前の異様な存在を理解できなかった。
――これが、生体AI搭載型人型兵器『タクティカル・ストライカー』との出会いだった。
この出会いが、自分の運命に深く関わることになる。
そのことをフィルはまだ知らなかった――
§§§
―――回想。
「先輩は、もっと主体性をもって行動したほうがいいですよ」
淡々と、だが的確に言葉を刺してくる後輩――
佐原彩花、22歳は、オレの机の前で腕を組んでいた。
スリムなスーツに、さりげなく整ったメイク。
言ってることも正論だ。
悪気なんてないのもわかっている。
ただ――
それが余計にムカついた。
言われなくてもわかってる。
わざわざ言葉にして再確認しなくてもいい。
毎朝、鏡を見るたびに思い知らされてるんだ。
「指摘される」という行為が、こんなにも惨めな気分になるとはな……
「……そうだな。その通りだよ。はは……」
ぎこちない笑いで返す自分に反吐が出る。
――情けない。
本音も言わず、自分が傷つきたくない。
そのためにいい人という仮面を付け生きてきた結果だった。
けど……オマエも一言多いんだよっ!
だから陰で『氷の鉄面皮』なんて笑われてるんだ。
他人の厚意を『邪魔』と切り捨てる。
効率という信仰に全てを捧げている。
誰にも頼らず、誰からも頼られない。
そんな乾いた生き方をして、お前は満足なのか?
喉まで出かかった言葉を、泥水と一緒に飲み込む。
言い返せば波風が立つ。反論すれば自分が傷つく。
よそう……
どうでもいい。
オレには関係ないことだ
そうやって世界を冷笑し、自分を安全圏に置く。
二十九年間、オレが繰り返してきた「正解」が、今のこの惨めな結末だ。
§§§
いま、ここはとある中小企業の事務所ビル、五階の端っこ。
無機質な天井照明の下、落ちる蛍光灯の白。
乾いた報告書の束を照らしていた。
周囲は残業の静けさに満ちている。
彼女が置いていったのは、
オレが処理したつもりだった報告書ファイル。
「入力とロジック、三箇所ミスがありました」と。
赤字でしっかり指摘が入っていた。
しかも彼女――後輩であるはずの佐原。
それをオレに確認する前に自力で発見し、すでに修正版も出力済みだった。
……なにしてんだよ、オレ。
「はぁ……まぁ、先輩がそれでいいと言うなら別にいいんですけどね。けど、ほんとに少しは将来のことを考えて行動したほうがいいですよ」
「……ああ、ありがとう。助かるよ」
情けない。
言い返す言葉もない。
なのに、口をついて出た嘘くさい感謝のセリフ。
「じゃあ、わたしは帰りますね。お疲れ様でした」
「……おつかれさま」
パタン、とドアが閉まる。
――気がつけば、オレは一人だった。
散らかったデスク、ぬるくなった缶コーヒー。
モニターに映る文書ファイル。
そのフォントサイズが、妙に目に刺さる。
こんな日々を、オレは何年繰り返してきた?
気づけば、もう二十九歳だ。
子どもの頃に夢見てた未来とは、何もかもが違う。
「何者かになる」と思っていたのに、
気づけば、ただ「誰でもいい誰か」になっていた。
……オレは――いったい、どこで間違えたんだ?
いつから、こうして色々なものを手放すようになった?
挑戦することも。
主張することも。
感情を出すことさえも。
……ただ、波風を立てないように、
静かに、空気のように生きてるだけだ。
オレにとっては、触れてほしくなかった藪。
そこをつつかれて、意気消沈する。
そして、そのまま仕事を終わらせ、夜の街へと歩き出していた。
§§§
ビルの谷間を抜ける風が、少しだけ肌寒い。
行き交う車のライトが、通りのアスファルトを白く照らしていた。
オレは、考えていた。
――考えたくなんてなかった。
けれど、胸に突き刺さったまま抜けない棘のような言葉が、ずっと疼いていた。
だから、無理やり思考が引き戻される。
そして、いつも同じ結論に辿り着くのだ。
「これでいい」
「このままで構わない」
「今までも、ずっとそうだったじゃないか」
大丈夫。
慣れているから。
感情を押し殺すのは得意だ。自分を諦めることにも、慣れてる。
でも――
本当に、これでいいのか?
ふと、心の奥底から、そんな声が聞こえてきた。
今の現実を、変えたいんじゃないのか?
今の自分が、嫌いなんじゃないのか――と。
わかってる。
ずっと、そう思ってきた。
でも、何もできなかった。
「何かきっかけがあれば……」
そんな言い訳じみた願いだけが、ずっと残っていた。
でも、そう思ってる自分が、一番嫌いだった。
結局は、変わる勇気もないままだ。
何かに縋って、逃げているだけじゃないかって。
「はは……こんなんじゃ、変われるはずもないな……だから、いつもオレは……」
――思えば、オレは昔から、こうだった。
小さい頃、オレは何にでもなれると思っていた。
きっと、どこかで自分を認めてくれる人が現れるって、そんなふうに信じていた。
けど、そんなものはどこにもなかった。
野球をやった。
サッカーにも挑戦した。
剣道だって、少しかじった。
でも、全部すぐに辞めた。
やってみて、思い知った。
「オレには才能がない」
「そして、根性もなかった」
見た目がかっこよくて、実際にやってみた。
けれど、練習の厳しさにすぐ音を上げてしまった。
そのたびに言われた言葉――
「お前はもっと根性をつけろ」
何度聞いたかわからない。
でも、オレは疲れたら、すぐに諦めてしまう。
そういう奴だった。
次に興味を持ったのは、漫画や小説。
これなら、きっと大丈夫だと思った。
だって、ゲームやマンガが好きだったから。
世界に没頭するのも得意だったし。
だけど、これもダメだった。
どうやって描けばいいのか、書けばいいのか。
最初の一歩すら、踏み出せなかった。
何も調べず、誰にも聞かず。
自己流で始めたけど、上手くいかなくて、すぐ諦めた。
本を買って読んでみたけど、抽象的な内容ばかりだ。
結局何も身につかず、諦めた。
そしてまた逃げた。
――楽しいゲームの世界に。
じゃあ、ゲーマーになればいいのか?
そうも思ったけど、それも無理だった。
上には上がいすぎる。
オレなんて、せいぜい「下の中」ってところだ。
結局、オレが何かを頑張っても、どれも一番には慣れない……
この冷酷な現実は、そう告げていた。
だったらせめて、楽しんで遊べばいい。
……そう思って、自分をごまかした。
諦めて、逃げて、気づいたら、こんな歳になっていた。
なんとか大学には入った。
でも、とくにやりたいことなんてなかった。
勉強も並以下。運よく入ったんだと思う。
もしかしたら、あの年、大学の定員が足りなかったんじゃないかって、今でも思ってるくらいだ。
気づけば、オレの人生は、「途中で辞めたもの」ばかりが積み重なっていた。
やりたいことも、できることも、わからないまま。
目の前のことを、ただ「それなりに」こなして、ここまで来た。
そして今、残ったのは――
中途半端な仕事と、なにひとつ胸を張れないオレ自身だけ。
オレは、考えた。
考えたくはなかったが、胸の中に突き刺さった剣のようなものが取れず、気持ちが悪かった。
だからこそ、考えざるを得なかった。
けれど、いつも結論は決まっていた。
これでいい。
このままでオレは構わない。
今までずっと、そうだったじゃないか。
大丈夫だ。
オレは大丈夫だ。
慣れているのだから……
でも……本当にこれでいいのか?
ふと思った。
みんなも、こうやって何かを呑み込んで生きてるんだろうか?
他人の前では笑って、何もなかったような顔して。
本当は、何かを諦めたまま、それでも前に進んでるんだろうか?
オレは今の自分を肯定したくて、そう思いたかった。
しかし――
肯定したくない自分もいた。
今の現実を、変えたいんじゃないのか?
今の自分が、嫌いじゃないのか……と。
それは分かっている。
でも、何か……
何かきっかけさえあれば、オレは変われるはずなんだ……
変われると、そう思っている自分が、また嫌だった。
結局、何かに縋って、依存しているだけじゃないかって。
そんな思いが湧いてきて、ますます自分が嫌になった。
今までも何度も自分に問いかけた。
何度も結論を出そうとしても、同じことが頭の中でぐるぐると回る。
しかし、結局答えは出ないまま、オレは静かな帰り道を歩いていた。
そして、その途中で、僅かな変化が現れ始める。
だが、その変化はオレが期待していたものとは違っていた。
まるで神がオレに試練を与えるかのような、分岐点が目の前に現れた。
その選択肢は、無視して通り過ぎるのか。
それとも痛みを伴いながらも、オレが望んでいる自分に変わるかという辛辣な問いだった。
いつものオレなら、間違いなく無視して通り過ぎただろう。
「あぁ、他の誰かが助けるだろう」と、いつも人頼みにしていた。
通りすがりのただの一瞬だ。
そう、誰かがきっと助けてくれるだろうと思っていた。
他人事だ。
見て見ぬふりすれば、それで済む話。
いつものオレなら、間違いなく――そうしていたはずだった。
でも――
ふと、足が止まった。
女子高生が、向こうで数人の男に囲まれている。
何かが、ズレている空気だった。
その女子高生は、少し前にすれ違ったときに見かけた。
――見覚えがあった。
いや、「見覚えがあるような気がした」だけかもしれない。
あの女子高生は――オレが、たまに夢に見る「理想の子」に、どこか似ていた。
夢の中でだけ会える、あの子。
すべてを受け入れてくれて、何も言わずに隣にいてくれる。
オレのしょうもなさも、臆病さも、くだらない冗談も、全部笑ってくれる。
そんな夢を見るたびに、目が覚めると決まって胸が締めつけられる。
「……夢だったのか」って。
あのときの、取り残されたような、どうしようもない虚しさ――
あれは、ほんとうにキツい。
本当にあの子がいたら、どんなに救われただろう。
そんなことを、何度も思った。
そんなことばかり思ってきた。
オレは、心のどこかでずっと――
「誰かに許されたい」
「どこかで救われたい」
「安心できる場所がほしい」
……そう、思っていたんだと思う。
いま、目の前のあの女子高生は、夢の中の彼女とは違う。
現実だ。
でも――オレの中で、何かが重なって見えた。
だからかもしれない。
だから、オレは足を止めたんだ。
周りにはオレしかいない。
オレが見たのは、一人の女子高生が何か分からない言語。
多分、外国人。
しかも東洋系の。
その人たちに詰め寄られている光景だった。
女子高生は、相手が何を言っているのか理解できていない。
それでも、碌でもないことを言われているのは分かるのだろう。
目に浮かぶのは、明らかな恐怖。
それは、オレも同じだった。
そして、そのうちの一人が、女子高生の手を無理やり掴み、連れ去ろうとした。
――決断を迫られた。
「見ないふりをしろ」とオレの本能が囁く。
だが、それと同時に、心の奥底から別の声が聞こえた気がした。
――ほんとにこのままでいいのか?
――あとで後悔しないのか?
――傷ついても助けたいんじゃないのか?
――これがオレの本性で、いいのか?
背を向け、震えるオレに、最後の問いが突き刺さる。
―――お前は、変わりたいんじゃなかったのか?―――
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
気づけば、オレは女子高生と男たちの間に立っていた。
「――やめろ」
何を言っているか分からない。だが、そんなのはどうでもよかった。
拳が飛んできた。
咄嗟に避けようとするも、頬に衝撃が走る。
次の瞬間、蹴りが脇腹に突き刺さった。
息が詰まり、視界が揺れる。
それでも、膝をつきながら相手の足に噛みついた。
無我夢中だった。
何がどうなっているのか分からない。
だが、いつの間にか騒ぎは大きくなり、周囲に人が集まりだした。
その後、やがてサイレンの音が響いた。
すると、男たちは悔しそうな表情を浮かべながら逃げようとした。
その時――
一人が逆上し、オレの頭に棒のようなものを振り下ろした。
衝撃が走る。
意識が飛びそうになる。
それでも、膝をつきながら、なんとか耐えた。
次に顔を上げたとき、もう男たちはいなかった。
その様子にオレは安堵の声を上げた。
「……助かった」と。
その後、女子高生が泣きじゃくりながらも、震える声で言った。
「ありがとう……」
その言葉に、オレは救われた気がした。
駆けつけた人たちが彼女を介抱するのを見届ける。
その後、オレは静かに立ち去ろうとした。
「待って!」
女子高生に呼び止められる。
「名前……教えてください」
オレは少し考え――
「……そんなの、誰でもいいだろ」
そうだけ言い残し、歩き去った。
全身、打撲や切り傷だらけだった。
だけど――
気分は、晴れやかだった。
初めて、自分が「なりたかったオレ」になれた気がした。
涙があふれるほど、嬉しかった。
――そして、オレは死んだ。
家に帰り、汚れた服を脱ぎ、身体を休めようとしたとき、めまいが襲ってきた。
異変を感じ、誰かに電話をしようとする。
だが、もう指一本すら動かない。
徐々に視界が狭まっていく。
体が冷えていくのがわかる。
「……ああ、これはもうダメだな」
けれど、不思議と後悔はなかった。
「……まぁ、いいさ」
オレは最後に、オレになれたのだから。
それでも、ほんの少しだけ思ってしまう。
「……くやしいな」
――これからだったのにな……
そういえば、昔、誰かが言っていた気がする。
「頭にダメージを受けたら、命に関わるかもしれない」って。
はは……本当に、指一本動かせないや。
このまま、誰にも気づかれずに死んでいくのかな。
……でも、いいや。
最後に、誰かにとっての「何か」になれたのなら――
それだけでいい。
くだらなかったオレの人生。
それにも、少しは意味があったって思えるのなら――それだけで、いい。
他の誰かが聞いたら、「バカじゃないの?」って笑うかもしれない。
でも、それでもいい。
オレは、そう感じてるから。
そう感じていたいし、そう信じていたい。
「間違ってなかった」って。
……だから。
――でも。
ほんと……これからだったのにな。
もう、遅いかもしれない……
けど――
もし、神というものがいるのなら。
今度こそ、最初から「そうあれかし」と思える自分。
そんな自分で、生まれるなら――それは、すごく嬉しい。
もう誰にも頼らない。
今度は、自分の足で立って、
誰かのために動けるような、
そんな自分になりたいから。
……なんて、
死にかけの人間の戯言だよな。
それでも、信じたいんだ。
あの一瞬だけでも、
オレは、オレでいられたから――
でも……
意識が薄れていく中、父と母の顔が浮かんだ。
これといった目標もない。
ただ「普通」にしていれば入れる大学。
そこをだらだらと卒業し、惰性で生きてきたオレ。
もう何年も会ってはいない。
最後に見た母さんの顔は、どこか心配そうだった。
何も言わず、ただ仏頂面でオレを見ていた父さん。
あの時、二人はなんて言おうとしていたんだろうな。
今のオレを見たら、二人はどう思うだろうか。
「バカなことをした」って怒るのかな。
それとも――泣かせてしまうのかな。
……泣くんだろうな。
最後まで、迷惑しかかけていない……
「……ほんと、ごめん」
声にはならなかった。
ただ、胸の奥でその言葉だけが溢れた。
はは……なにやってんだろうな、オレ。
最後の最後で、出てくる言葉が謝罪だけなんて。
急速に、視界が暗くなっていく。
「………」
このまま死んだら、誰かに後始末をされるんだろう。
「なんでこんなとこで死ぬんだよ」とか言われるのだろう。
「別の場所で死んでくれよ」とか、思われるのかもしれない。
――その想像が、妙に可笑しくて。
オレは、最後に笑ってしまった。
――そして。
次に意識を取り戻したとき、オレの視界に映ったのは、見上げるほどに大きな人の顔だった。
オレは声にならない声を上げた。
手を伸ばそうとして――自分の腕が、異様に小さいことに気づいた。
そして、赤ん坊になっていたことに気づいたのは、このときだった――




