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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第4章 美術館編

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第51話 美術館の異変

 テレビの画面に、京都の映像が流れていた。


 とある山の奥。竹林を抜けた先にある、広大な私有地。カメラが映し出すのは、苔むした石畳と、その先に続く古い蔵の群れだ。



──その映像と共にアナウンサーの声が続く。



『京都・洛北に広大な私有地を持つ美術収集家、吉井達也氏。長年にわたり、京都近郊の古い土地から発掘された骨董品を独自に収集してきた同氏が、今回、その全貌を初めて一般公開することを発表しました』




 画面が切り替わる。白髪交じりの黒髪を七三に撫でつけた老人が、記者に囲まれている。着流し姿で、首元には翡翠の根付け。口元は薄く、滅多に笑わない顔だが、今だけは意外に人懐っこい笑みを浮かべていた。



『長年、個人で保管してきたものを、今回ようやく皆さんにお見せできる機会が来ました。平安から江戸にかけての道具、絵画、刀剣類など、歴史的に価値のあるものが多数含まれております』



 インタビューに答える吉井の後ろに、蔵の扉が映った。



 薄暗い内部に、無数の壺と刀が並んでいる。どれも年季が入っており、表面には何かが刻まれている。


 画面を見ていた殆どの視聴者には、ただの古道具に見えるだろう。ただ、古いだけの道具とも思えるがそれに価値を感じる人間もいるのだ。



『日本歴史展は東京、千葉、埼玉の三か所で同時開催。来月より一般公開が始まります。私以外にも骨董品を寄贈しているそうなので、ぜひ足を運んでください』




──吉井達也が最後にそう語り、ニュースは次の話題に切り替わる。





 そして、一か月後。




 【日本歴史展】が行われる箇所は東京、千葉、埼玉の三か所。それぞれで違った展示物が見られる。


 その中の東京・上野の美術館は、開館前から長い列ができていた。


 家族連れ、カップル、年配の夫婦、学生のグループ。思い思いの服装で、皆が列に並んでいる。晴れた空の下、笑い声が溢れていた。



 ──そして、開館のアナウンスが流れる。



 館内の扉が開いた瞬間、人の波が館内に流れ込んだ。中には数多の展示があり、全て丁寧に並べられている。


 平安時代の装飾品、江戸時代の刀剣、室町期の陶磁器。それぞれに解説のパネルが添えられており、子供でも楽しめるような工夫がされている。



「へー、変わった刀だね」

「この壺とかただ汚れてて汚いのにしか見えないね」

「それが価値あるんだよ」



 

 人々は展示を眺めながら、思い思いの感想を口にする。全てが現代ではもう見れない珍しい代物。

 

 だからこそ、全部の展示を食い入るように観客は眺めていた。


 しかし、その中でも注目を集めていたのは、一枚の絵画だった。


 縦二メートルを超える大きな額縁の中に、一人の人物が描かれている。白い狩衣をまとい、目を閉じた姿。黒髪で、表情は静かだ。


 添えられたパネルには、こう書かれていた。





『安倍晴明 平安時代中期の陰陽師。占術を得意とし、朝廷に仕えた人物。様々な伝説が残されており、現代でも陰陽師の象徴として語り継がれる』




「あ、安倍晴明だって。知ってる、教科書とかで少し見たことある」

「占いが出来るんだー。でも占いとかって基本インチキだよね」

「なんか怖そうな男の人だよね。陰陽師とかって昔は本当にいたのかな」




 来場者たちがそれぞれの感想を言いながら通り過ぎていく。


 誰も知らない。現代でも陰陽師が存在することを。




 そして、館内の時間は何事もないようにすぎていく。だが、その平穏な時間は唐突に終わりを告げた。



 ──その異変は、開館から三時間後に起こり始める。最初に気づいたのは、二階の展示室にいた中年の女性だった。



「あれ、さっきここ通ったよね?」

 


 彼女は一緒に来ていた夫に話しかけるが、夫も首を傾げている。




「通ったっけ?」

「通ったよ、絶対。さっきこの壺を見たもの。最初は気のせいと思ったけど、絶対三回は見てる」





 同じ展示室を、三度通っていた。出口の方向に進んでいるはずなのに、なぜか同じ場所に戻ってくる。



 壺の縁の欠けた部分、それを何度も何度も目撃していた。同じ場所を何度も歩いて、かなり歩いていたはずなのに、廊下はどこまでも続いているように見える。




 同じ頃、別のフロアでは。





「あれ、さっきまであそこに扉があったよな?」




 男性が壁を指差した。確かにそこには、さっきまで非常口の扉があったはずだ。しかし、今は、ただの壁になっている。触れてみると、冷たい。石のような壁が、扉があったはずの場所を塞いでいた。





「気のせいじゃない?」

「気のせいじゃないって。おい、なんか変だぞここ。こんな、石の壁があるのって絶対おかしい」



 異変は、次々と起こり始めた。



・廊下の長さが変わっていた。

・来た時は十メートルほどだったはずの廊下が、どこまでも続いている。

・天井が高くなったり、壁の色が、くすんだ灰色に変わる。

・空調が止まっているのか、それとも何か別の理由なのか、館内の温度が急激に下がり始める。

・それにより吐く息が白くなる。




 挙げればキリがない、次々と起こり始める異変。





 この美術館は何かがおかしい。その事実に来場者の数人が気づき始めた頃、照明が揺れた。


 ぶ、っと音を立てて、一つの電球が落ちた。続いて、もう一つ。また一つ。



 廊下の照明が、端から順番に消えていく。その速さが、段々と早くなる。暗闇が廊下を呑み込むように迫ってくる。足元が見えなくなり、隣にいる人間の顔すら判別できなくなった。






「え、なに、停電?」

「ちょっと、暗い、怖い」





 子供が泣き声を上げる。その瞬間、展示室の壺が一つ、割れた。



 乾いた破裂音が全員に響く。耳の奥に残るような、嫌な音だった。その割れた壺にその場にいた全員が注目する。



 割れた壺の中から、黒い霧のようなものが滲み出る。



 それは床を這い、壁を這い、天井に向かって広がっていく。鼻の奥をつくような、土と腐臭が混ざり合ったにおいが漂った。




「なんだ、あれ……?」

「ねぇ、なんなの。ここ! 絶対やばいって」

「な、何かのドッキリだろ?」





 恐怖に全員が支配されつつあった。






 その恐怖に反応するように、煙は人間へ伸びていく。そして、来場者の一人がそれに触れた。




「お、おい、なんだこの…け、むり……」







 その瞬間、来場者の声が、止まった。




──次の瞬間、その人間は全身が固まり、【銅像】のようになった。




 人間の肌も全てが石のようになり、ぴくりとも動かない。美術館に飾られる展示物のように、その場に佇んでいた。




「は?」





 その光景を見て、誰かが声を上げた。まるで脳が理解を拒んでいるかのような、間の抜けた声。



 だが、次第にその煙に当たるとどうなるのか理解し始める。



 それから先は、早かった。







「あああああああああああああ!!!!!」

「やばいやばいやばいやばい、なんだよあれ!!!」

「逃げろ逃げろ、どけ!!」



 全員が恐怖に溺れて、絶叫がこだまする。それに呼応するように異変も大きくなり始める。



 美術館全体が、何かに飲み込まれるように変貌する。廊下は迷路になり、扉は消え、窓の外の景色はもう東京ではなかった。


 灰色の霧だけが広がり、外の光が完全に遮断される。館内に残った空気が、重く、湿った何かに変わっていく。息を吸うたびに、胸の奥に冷たいものが入り込んでくるような感覚があった。




 展示品から溢れ出した霧が、来場者を次々と飲み込んでいく。




 それに触れた人間は動かなくなった。そのままゆっくりと、全身が灰色に変わっていく。まるで展示品の一部になるように、その場に固まって、銅像になっていく。




 家族連れの父親が、子供を抱きしめようとした姿のまま固まった。カップルの女性が、男性の腕を掴もうとした姿の銅像になる。



 年配の女性が、壁に手をついて逃げようとした姿のまま固まり、二度と動かない。


 そして、どの顔にも、恐怖の表情が刻まれたままだ。最初は笑顔で来館した人間が、恐怖のまま石になっていく。



 




 ──観客達は只管に逃げ惑う。その恐怖が、美術館に溢れ、さらに異変は進んでいく。








◾️◾️


 美術館の外では、まだ誰も気づいていなかった。




 入口の扉は閉じており、中の様子は見えない。大きな悲鳴が出たかと思ったら、すぐに静かになった。その様子に係員が不審に感じ、無線で呼びかけているが応答がなく、警備員が扉を開けようとするが、びくともしない。



 しかし、一部の観客がSNSで館内の様子を流していた。それにより、




 陰陽庁に連絡が入ることになる。





 陰陽庁の一室で、電話が鳴った。受話器を取った職員が、報告を聞きながら顔色を変える。異変が起きたのは東京だけではない。千葉、埼玉でも同時に同じ報告が入っていた。




 三か所同時での異変。





 確認のため、開催中の美術館に問い合わせたが、一切の連絡が取れない。すぐさま陰陽庁の職員が報告を上げ、数分後、陰陽師の派遣が決定した。




 東京の美術館に向かわせる陰陽師として、名が挙がったのは二名だった。





 朝霧辻谷。朝霧宵花。





 朝霧辻谷は朝霧家の宗家の人間で、年は二十八歳。物腰が柔らかそうな顔と高身長、爽やかな美青年というのが客観的な印象になるだろう。



 一方の朝霧宵花は朝霧家の分家の子供だ。顔立ちは同じように整っているが、彼女の顔色は悪く、常に咳をこぼしている。年もまだ十二歳であるため身長も低く、どこか虚弱な印象を受ける。



 出発前、二人は陰陽庁の廊下にいた。辻谷は書類に目を通しながら、その隣を歩く宵花をちらりと見た。





「今日も咳が止まらないね、宵花」




 穏やかな声だった。外から見れば、年上の陰陽師が後輩を気遣っているように見えるだろう。しかし宵花は何も答えず、ただ前を見て歩いていた。




「でも、体が弱いからといって調査は休めないよ。しっかりね」




 辻谷の口元に、薄い笑みが浮かんだ。




「それと怪異の前で咳をするとかだけはやめてくれよ。それで気づかれたら元も子もない」





 廊下の角を曲がった瞬間、辻谷の足が宵花の足に引っかかった。宵花がよろめく。咄嗟に壁に手をつく。書類が床に散らばった。




「あ、ごめん。段差があったようだね」





 床に散らばった書類を拾おうともせず、辻谷は歩き続けた。宵花は一枚一枚拾いながら、ゆっくりと立ち上がった。咳が出た。胸が痛んだ。それでも、歩いた。









 一方、その陰陽師二名の派遣が決まる少し前。



 東京の美術館から数百メートル離れた場所で、三台の自転車が止まった。


 降りたのは三人の高校生。彼らは不思議なことを研究している、いわゆるオカルト部の面々だ。


 先頭に立ったのは飯島将吾。二年生で、自称オカルト部の部長である。彼は美術館を見上げ、口角を上げた。




「やっぱここじゃん、SNSで見たやつ」




 その隣で、斉藤真由香が腕を抱えた。まだ昼だというのに館全体が暗く、外壁の照明も消えている。立っているだけで、何かに見られているような感じがした。




「絶対ヤバいって。SNSで全然連絡取れなくなったって書き込みあったじゃん。なんか、館内で変な動画が撮られてそれがネットに出てたりしてるとかもあるし」

「だから面白いんだろ。オカルト部じゃん、俺ら」

「でも……ねぇ、本田、この感じ本当にやばくない?」




 最後尾にいた本田悟は、美術館の入口を黙って見ていた。扉が、少しだけ開いている。



 中から音はしない。明かりもない。ただ、黒い空気だけが静かに漏れ出していた。路上の空気より明らかに冷たく、鼻をつく土っぽい臭いが、そこだけ漂っていた。




「……入ってみようぜ」




 将吾が歩き出した。真由香が小さく悲鳴を上げながらも、ついていく。



 本田は一瞬だけ立ち止まった。




     なぜなら、その美術館に誘い込まれている気がしたから。



 何かが、おかしい。そう感じた。しかし、言葉には出なかった。先に二人とも行ってしまっており、自分だけ行かないわけにもいかない。


 三人は暗い美術館の中へと足を踏み入れる。




  

     彼らが入ると……扉が、音もなく閉じた。

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