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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
幕章

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幕章5 有名配信者と死にかけの社畜

天羽ルナ(あまはるな)》は、その日もいつも通り夜配信をしていた。

 所属しているのは、《ステラライブ》。歌配信と雑談を中心に人気を集める大手V事務所であり、その中でもルナは看板級の存在だった。


 登録者数は百五十万人超え。


 ふわふわした声と距離感の近い雑談スタイルで人気を集め、【彼女感最強V】などとも呼ばれている。


 その日もルナは、自室風の背景を映しながらリスナーと雑談をしていた。



「えへへ〜、今日ね、新作アイス買ったんだけど、めちゃくちゃ当たりだったの!」

『かわいい』

『今日も癒やし』

『ルナちゃんの雑談たすかる』



 コメント欄は穏やかだった。

 いつもの夜。

 いつもの空気。


 しかし、その流れが少し変わったのは、一つのコメントが流れてきた瞬間だった。



『スザク配信始まった』

『炎魔導士きた』

『シマちゃんと同時配信してる』

『ルナちゃん、スザク知ってる?』

「あっ……スザクさん?」



 ルナが少し反応する。


 最近、やたら名前を聞くVだった。黒魔導士シマというVチューバーと一緒に活動している、占いが出来る配信者。


 もちろんルナも知っていた。というより、業界内で今かなり話題になっている。

 切り抜きが異常に伸びているのだ。


 しかも、再生数だけじゃない。コメント欄の熱量が妙だった。



『人生変わった』

『この人だけは本物』

『怖いくらい当たる』


 ただの占い師ではない。何十回に一回が当たるとか、そういうレベルではなかった。




            百発百中。




 少なくとも、ネットではそんな扱いになっている。だからこそ、普通のV界隈とは違う空気が漂っていた。




「んー……あの人って、なんか凄いよね」



 ルナは苦笑しながら言う。



「ああいう雰囲気の人、配信者にいない感じするっていうか」

『分かる』

『なんかガチ感ある』

『逆に怖い』

『でも面白い』



 コメント欄もざわついていた。ルナは少し迷ったあと、スマホでスザクの配信を開く。




「ちょっとだけ見てみよっかな」




 そして。画面に映った瞬間、少しだけ目を丸くした。




「……あ、この人、思ったよりやる気ないタイプなんだ」



 画面の先――スザクの声は、いかにも面倒臭いという感情が滲んでいた。しかも、それを隠そうともしていない。




『どうも〜、炎魔導士のスザクでーす』




 声もゆるい。テンションも低い。だが逆に、その自然体が妙に目を引いた。一方、コメント欄の熱量は異常だった。





『炎魔導士様!』

『待ってた!』

『スザク様ああああ』



 スザクの方の配信は大きく盛り上がる。コメントも増えて、一気に流れ始める。




「えぇ……人気すご……この人、最近出てきた人なんだよね?」

『最近来た人らしいよ』

『人気爆発具合がやばい』





 自身の視聴者に質問をしながら、ルナが少し引いたような表情になる。同業だからこそ分かる。


 これは普通の盛り上がり方じゃない。なぜなら、スザクは最近急に現れた配信初心者だからだ。



 しかも、そこまで配信に熱量もない。人気になりたい野心も見えない。



 ──彼女には一つの持論がある。



 それは、配信者に一番必要なのは愛嬌。



 相手を楽しませる。

 リアクションを大きくする。

 空気を作る。


 そういう配信者力が重要になる。だが、スザクにはそれがほとんどない。なのに、異常な速度で人気を集めている。




 理由は一つ。占いが、当たりすぎるからだった。その時だった。




『そういえば、前にスザクさんに占ってもらった者です』



 一つのコメントが流れる。スザクが気怠そうに視線を向けた。




「……誰よ」

『夜空の星です。保険営業の』

「あー、いたわね」




 以前の相談者を覚えている。意外と親身な所もあるのかとルナは感心をした。





──結果だけ見れば、保険営業の相談者は大型契約を取ることができ、以前よりも良い人生を送っているようだ。





「……えー? ま、まじ?」



 ルナが小さく呟く。だが、もっと驚いたのはスザク本人の反応だった。



「ふーん。良かったじゃない」




 軽い。あまりにも軽い。人生が変わったと言われているのに、まるで他人事だった。




『反応うっす』

『でも逆に本物感ある』



 さらにコメントが流れる。



『語彙力ないタニシです』

「あー、奥さんに隠し事してた人ね」




──彼も、スザクに相談をして、奥さんとの関係修復が出来たことをお礼に来ているようだった。しかし、スザクは、またしても興味なさそうだった。





「そう。良かったわね」

『薄っ!?』

『この人ずっと温度低いな』




 次のコメント。



『給料日前の震える財布です』

「あー、肝臓終わってた人間ね」




──この視聴者も、スザクのおかげで体の調子が良くなりそうであり、それについて礼を述べに来たようだった。



 それを聞いてルナの背筋に、ぞわりと鳥肌が走った。いくらなんでも、当たりすぎている。



「え、ちょ……ほ、本当に当たってるの?」

『しかも複数人なんだよな』

『ジャンル違うのが怖い』




 恋愛。

 仕事。

 健康。

 全部違う。



 なのに全部好転している。偶然。そう言い切るには、多すぎた。





『モロボシショウです』

「あー、メール放置してた人間」




──この視聴者は一歩間違えば、大きな損害を被っていた人間だ。



 コメント欄が加速していく。最初はネタ半分だった空気が、徐々に変わっていく。



 そして。



『月光です!』

「あー、告白できない人間ね」




──告白が成功したと報告が来て、配信の空気が一気に明るくなる。



 まるで配信全体が祝福ムードに包まれていた。しかし。




「そう。良かったじゃない」




 やはり、スザクだけは変わらない。淡々とした対応だった。そして、さらに次なるコメントがやってくる。


 『終わってる社畜』と言うリスナーからのコメントだ。





『スザクさんに言われた通り、会社に向かう時間を少し変えました。そしたら、いつも待ってる停留所の近くに、ビルの看板が落ちてきてました』

「ふーん」

『普段通りなら、自分はそこにいました。本当にありがとうございました』




 死の運命を回避した、視聴者からのお礼のコメントだった。赤いスーパーチャットが一緒についている。



 しかし、それに対してもスザクは






『あー、アレね。助かったなら良かったんじゃない?』

「……いや、何この人」





 ルナが思わず苦笑する。だが同時に、少しだけ寒気がした。




 これほど大きく相手の人生を変えてあげた。好転させ、その相手からのお礼をされたのに反応が乏しすぎる。





 まるで、全部、どうなってもいい他人としてみてるような。助かろうが。恋が叶おうが。本当にどうでもいい。


 そんな距離感。




『いやこれ、本物じゃね?』

『もう偶然じゃ説明できなくない?』

『怖い』

『なんなんだこの炎魔導士』



 コメント欄の熱量が、一段階変わる。恐怖が思わず湧いてしまったが……ルナは、それを見て理解した。




 ──この人、絶対に伸びる。



 

 スザクは配信者として完成されてるわけじゃない。



 愛嬌も薄い。

 トークも雑。

 なのに。

 



 視聴を辞める気には一切ならない。そこに偽りはなく、一切の不安もない。万が一にも外れてしまう、そんなことを考えていないような傲慢とも言える態度。




 だから見てしまう。そして何より。本物感があった。




「……これ、絶対トップ層来るじゃん」



 ルナがぽつりと呟く。



「なんか怖いけど……でも、コラボはしてみたいかも。この人と配信したら、絶対空気変わるもん」



 配信者としての勘が告げていた。この炎魔導士は。今までの配信者とは、根本から違う。彼女はすぐにマネージャーに、彼女とコラボできないか、相談するのだった。







◾️◾️






 前日の夜、俺はスザクという占い師に相談をした。


 相談内容は、仕事を辞めたいというものだった。


 上司の顔色を見て、客のクレームに頭を下げて、毎朝胃が痛くなりながら会社へ向かう。そんな生活を、もう何年も続けていた。


 正直、占いに期待なんてしていなかった。配信で話題になっているから、少しだけ聞いてもらえればいい。その程度の気持ちだった。




 だが、スザクは俺の生年月日を聞いたあと、少しだけ気だるそうな感じで答えた。







『例えば、普段と違うことをするとかね。出発を早めたり、遅くしたりとか。やっておきなさい。それと、会社辞めたくても辞められないみたいね。それもさっさと退職届を出しなさい。《《死にたくなければね》》』







 俺が辞めたくても辞められないことも見抜いていた。そして、体の不調も既にわかっているようだ。





『心身の不具合も見えるわ。無理しすぎないことね』




 コメント欄が少しざわついた。流石にそこまで見抜かれているのかと、少し怖かった。




 しかし、何よりも怖かったのは……彼女がさっき話した言葉。





『死にたくなければね』





 その声は軽かった。軽すぎた。だからこそ、妙に怖かった。




 冗談で言っているようにも聞こえるのに、冗談ではないと分かる。画面越しなのに、首筋に冷たい指を添えられたような感覚がした。




 配信が終わったあとも、その言葉は頭から離れなかった。







        死にたくなければ。








 たったそれだけの言葉が、ずっと耳の奥に残っていた。








 翌朝。


 俺はいつも通り六時半に目を覚ました。


 カーテンの隙間から、薄い朝日が入っている。スマホのアラームを止めて、ベッドの上でしばらく天井を見つめた。仕事に行きたくない。



 いつものことだ。けれど、その日は違った。昨日のスザクの声が、頭の中で繰り返されていた。





『例えば、普段と違うことをするとかね。出発を早めたり、遅くしたりとか。やっておきなさい』





 馬鹿馬鹿しい。そんなこと、従う必要はない。たかがVチューバーの知り合いの占い師なんだ。



 従う必要も理由もない。あれは、ただ気分で相談をしただけなんだ。そうは思いながら、それでも俺は、いつもより少しゆっくり歯を磨いた。


 ネクタイを結ぶ手も、わざと遅くした。玄関で靴を履く時、心臓が変に鳴っていた。



 いつもと、少し時間をずらすだけ。



 それだけなのに、まるで何かの儀式みたいだった。そして俺は、鞄の中に一枚の封筒を入れた。





 退職届。ずっと出せずにいた。





 昨夜、眠れないまま書いたものだった。それをもう一度眺めて、家を出る。駅へ向かう道は、いつもと同じだった。



 通学中の学生。

 犬の散歩をする老人。

 開店準備をするコンビニ。




 何も変わらない。変わらなさすぎて、逆に自分が馬鹿みたいに思えた。





 占い師に言われたから出勤時間を変える会社員。そんなの、笑い話にもならない。俺は自嘲しながら、いつもの停留所へ向かった。







 だが、角を曲がった瞬間。






 足が止まった。





 人だかりができていた。

 赤いカラーコーン。

 規制線。



 慌ただしく動く警察官と、スマホを向ける通行人たち。その向こうに、何か大きなものが落ちていた。








 ビルの看板だった。








 金属の枠がひしゃげ、白い板面が割れている。周囲には細かい破片が散らばり、歩道の一部がぐしゃぐしゃに潰れていた。







 そこは、俺がいつも立っている場所だった。









 毎朝、スマホを見ながらバスを待っている場所。俺がいつも、何も考えずに立っている場所。


 背中に、冷たいものが走った。




「危なかったねぇ。十分くらい前かな、すごい音したの」




 近くにいたおばさんが、誰に言うでもなく呟いた。十分前。その言葉を聞いた瞬間、耳鳴りがした。



 もし、いつも通り家を出ていたら。

 もし、昨日の言葉を無視していたら。





 俺は今、あの下にいた。想像してしまった。看板の影が頭上に落ちる瞬間。



 金属の軋む音。誰かの悲鳴。そして、自分の体がそこにあったかもしれないという事実。





 急に膝から力が抜けた。近くの電柱に手をついて、なんとか立っていた。




 怖い。ただ、それだけだった。スザクが凄いとか、本物だとか、そういう感想すら出てこない。




 怖かった。



 あの人は何を見ていたのだろう。




 俺の未来か。

 死ぬ瞬間か。

 それとも、俺がそこに立って潰れる姿まで見えていたのか。

 考えたくないのに、考えてしまう。







 あの気怠そうな声が、頭の中でまた響いた。






       『死にたくなければね』






 俺はスマホを取り出した。指が震えていて、画面をうまく操作できない。ニュースを検索すると、すぐに出てきた。



 ビル看板落下。

 通行人に怪我なし。

 原因調査中。



 文字だけなら、ただの事故だった。けれど俺にとっては違う。それは、自分の墓標になるはずだったものだ。


 俺はその場で、しばらく動けなかった。会社から電話が来た。画面には上司の名前。



 いつもなら心臓が縮む。

 だが、その日は違った。

 電話に出る前に、鞄の中の封筒を思い出した。

 退職届。



 スザクは、いつもと違う時間に行け。そして、退職届を出せとも言った。



 死にたくなければ。




 それは、看板のことだけだったのだろうか。それとも。この会社で働き続けることも含めて、そう言ったのだろうか。



 分からない。けれど、その時初めて思った。



 俺は本当に、このままじゃ駄目なのかもしれない。



 会社には向かった。遅刻した理由を聞かれ、事故があったと説明した。


 上司は不機嫌そうに眉をひそめたが、ニュースを見せると黙った。その後、仕事をしながらも、ずっと手が震えていた。



 メールの文章が頭に入らない。電話の声が遠い。何をしていても、あの潰れた看板が頭から離れなかった。



 昼休み。



 俺はビルの非常階段に出た。誰もいない場所で、鞄から封筒を取り出す。



 白い封筒。



 たったそれだけなのに、鉛みたいに重く感じた。色々迷ったが、その日すぐに退職届は出すことはできた。




       死にたくなければね。




 そんな彼女の声が、不安や恐怖となって俺を突き動かした。退職届は上司はあっさりと受け取ってくれた。



 拍子抜けしてしまうほど、あっさりだった。あとから聞いたが、


 もし居残ってたら、とんでもない量の仕事が割り振られる予定だったらしい。

 そして俺はそれを、内心で文句を思いつつも、バカ正直にこなしてたんだろう。

 心身を顧みず、会社命令だからやらなきゃと、結局考えて。

 

 その結果は……考えるだに恐ろしい。



 ちなみに、これも後から知ったが……



 上司は、退職届は最初はガン拒否するつもりだったが。


 俺のあまりの、生き死にがかかったかのような、鬼気迫る表情にビビっていたらしい。


 「受け取らなきゃ殺す」というような、無言の殺意すら感じたといってたそうだ。







 ちょっとだけ、スカッとした。




◾️◾️





 家に帰ってから、俺はスザクの配信を開いた。


 コメント欄は相変わらず早い。その中で、俺は震える指でコメントを打った。





『スザクさんに言われた通り、会社に向かう時間を少し変えました。そしたら、いつも待ってる停留所の近くに、ビルの看板が落ちてきてました』

「ふーん」

『普段通りなら、自分はそこにいました。本当にありがとうございました』






 送信したあと、胸が詰まった。怖い。今でも怖い。



 スザクという存在が、少し怖い。こいつは、本当に人間なのか? 人にはこんなことができるのか?



 昔、おばあちゃんが言っていた。世の中には、絶対に触れてはいけない化け物がいるって。




『いいかい。暗い場所には行っては行けない。不思議な力を持つ人は近づいては行けない。なぜなら、そう言う人は特異なものを引き寄せるから、またはその人が特異な存在かもしれないからね』





 もしかして……彼女は、そんな予感が俺の背筋を凍させる。





 恐怖、恐怖、恐怖。




 けれど、それ以上に。助けられた。俺は生きている。


 今日、あの場所に立たずに済んだ。


 その事実だけは、何よりも重かった。画面の向こうで、スザクが俺のコメントに気づく。






『あー、アレね。助かったなら良かったんじゃない?』






 軽い声だった。やっぱり、怖いくらい軽かった。まるで、人間一個の命など、どうでもいいとすら思っているように見える。



 いや、きっとそう思っているんだろう。人間の尺度ではない、多分、この人は本当に人間じゃ……。



 コメント欄が騒がしくなる中、俺はしばらく画面を見つめていた。

 


 ただ、スザクの正体がなんであれ俺は感謝するしかない。俺は助けられたのだから。





「次の転職場所、相談してみるかな」



 だから俺は、次の配信でまた相談してみようと思った。今度は、転職について。どこへ行けばいいのか。なにが自分に合っているのか。


 

 



 まるで、賽銭箱に入れて神に祈るように俺はスパチャを飛ばすことを決めた。


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