第5話 陰陽術ではなく、魔法
斬首婆は霊格の中では【穢れ】である。下から数えたら二番目、人間の一個上程度であるが……
しかし、その程度でも、人間では絶対に敵わないと言われている。
大きな鉈を振り回し、近くの民家を斬首婆は破壊した。
「ほぉ、結構攻撃力ありそうだな……まぁ、だからといってそんな強そうじゃないし。見た目だけが派手な雑魚モンスターだな」
黎明は斬首婆の動きと、攻撃を確認して、そう分析をした。
「和風デュラハンと似たような攻撃だな。あいつは刀持ってたけど……」
──首なし徘徊者。そう言われる怪異がいる。元は武士の怨念から生まれたとされる怪異であり、ボロボロの和服と刀と赤く燃える提灯を持っている。
以前、黎明はその首なし徘徊者と戦い、勝利をしている。
その際、見た目がなんとなく、RPGで見た首がない騎士のモンスターに似ていた。
なので、【和風デュラハン】と呼んでいる。
「れ、黎明ちゃん、逃げな!! これは今の黎明ちゃんでも無理だよ!! 【霊格】の【穢れ】の中には、さらに細かく区分があって──」
祖母である恵美子は黎明を案じて、逃げるように促す。しかし、黎明には全く聞こえていない。
「クビ、ササゲ……ササゲル」
斬首婆はうわ言のように呟き、再び鉈を振り上げる。そのまま、空気が裂けるような勢いで振り抜き、辺り一面を破壊した。
黎明の祖父である、玄蔵が住む山。そこを降りると、多少の民家が立ち並んでいる。
そこに並ぶ家の壁を鉈一撃で、全て分断する。
「……? なんか、胴体を狙ってきてるのか?」
斬首婆の攻撃に違和感を持ちながらも、黎明は攻撃を避ける。そして、斬首婆を倒そうと思ったが、近くにいる祖母が危ないと判断して、一旦祖母を背負った。
「ばーちゃん、一旦離れよ」
「そ、そうだとも、これは人間には」
「他にもモンスターがいる。囲まれると戦いづらいんだ」
祖母を背負い、黎明は暗い真夜中を疾走する。その姿を見て、斬首婆も黎明を追うために走り出した。
土の地面を、黎明は走り出す。
「黎明ちゃん……足速い! それに……軽やかな足運び……」
祖母は黎明が自身を背負って、走る姿に驚愕した。自分の老いた体では有り得ない程に景色の切り替わりが早すぎる。
まるで、ビデオを数段飛ばしで見ているように光景が次から次へと、変わる。そして、その黎明についてくる怪異もまた規格外でもあった。
(黎明ちゃん、私を背負ってるのにこの速さで走れるなんて。しかも、一歩一歩の伸びが桁違い。もっと言えば逃げるのではなく、斬首婆と他の怪異との位置どりを気にしてる……ッ)
(私には他の怪異の気配がわからないけど、黎明ちゃんには分かってるみたいだね……)
黎明は数百メートル走り、タイミングを測ると祖母を背中から下ろした。そして、再び刀を抜いた。
「ばーちゃん。見てて。ちょうど、新技を思いついた……《《イグニス・セイバー》》」
黎明は小さな掌を柄に添えると、静かに息を吸った。
その瞬間、刀身に赤い火が走り、まるで燃え盛る焔が鉄を喰らうかのように刃全体を覆った。夜の闇を裂く炎の光は、ただの子供が扱える代物ではなく、神降ろしの秘儀にも等しい。
炎を纏った刀を振り上げる黎明の姿に、祖母は息を呑んだ。
「……ありえぬ。人の子が、しかも幼子が……刀に火を宿すなど……」
(しかも、今、言霊を省きおった。有り得ぬ。陰陽術の全ては【神秘の劣化】神々の技術の模倣。使用する際は神に伝え、補助を受けるために正しい手順が必要であるはずッ!!)
(玄蔵さんや、私は狩衣姿を着て、ようやく使える程度。いや、この世の全ての術師がそうであるはず……っ! 言霊を省き、神に許可もなく、手順も吹き飛ばし、神秘を表現するなど、正気の沙汰ではないッ)
(稀に神に愛され、通常の術師よりも高出力を叩き出す才ある者がいると聞くが……そうであったとしても言霊を省く事など聞いたことがない……)
(黎明ちゃんは……どこまで大きな才を保有してるというか……ッ)
──その声は震え、長年の経験で培った理性すら揺さぶられていた。
刃に宿る焔は生き物のように揺らめき、黎明の瞳を紅に照らした。その異様な光景に、祖母はただ、感嘆することしかできなかった。
闇の中、斬首婆がその巨体を揺らしながら迫ってきた。まるで電気に群がる虫のように。
身の丈二メートルを超える異形、その手に握られた鉈は人を両断するどころか、岩さえ容易く割れる凶器。それを振り上げながら彼に迫る。
だが、その前に立つ黎明は一歩も退かぬ。
炎を纏った刀が「ゴウ」と唸り、焔は刀身を燃やし、辺りを照らす。
次の瞬間、炎の刃が弧を描いた。
「イグニッション・カット」
──まるで夜空に流れる紅蓮の流星。
斬首婆が鉈を振り下ろす、それと同時に黎明も刀を振り上げる。
「……ッ!」
祖母は目を見開いた。
鉈と刀が交差したのはわずか、一時。しかし、その後、鉈は刀によって両断された。
(あんな刀で、巨大な鉈を切断。しかも、切断面が溶岩で溶かされたように歪んでる……。なんて術の強さ……)
炎を纏った刃が斬首婆の首を貫き、焔は体内を駆け抜ける。化け物の巨体は悲鳴を上げる間もなく、灼け裂け、黒煙となって夜闇に散った。
残されたのは、刀を静かに下ろす少年の姿。炎が消えた刃には、ただ月光だけが映っていた。
夢よりも現実味がない光景だった。怪異を人間が圧倒するなど、有り得ない話だったからだ。
その姿を見て、ふと祖母は我に帰った。
「いや……強すぎでは……?」
冷静に考えたら、黎明は強すぎた。
◾️◾️
その後、数体ほど他の怪異を倒し、黎明は祖母と一緒に家へと帰った。祖母は白米と味噌汁、魚や煮物などを用意して、黎明に振る舞った。
祖母は普段夜に火を使わない。なぜなら、怪異が寄ってくるからである。しかし、それは黎明が祓ってしまったので気にせず、豪勢に料理を作った。
それを黎明は美味しそうに食べていた。彼の前世の両親は宗教の考えから、食事量や食事の種類、などが制限されていため、あまり多く食べられなかった。そして、美味しいご飯も食べれなかった。
だから、そんな美味しい料理をいつもくれる祖母に、黎明は懐いていた。
「美味しいなー。MP回復しそう」
「ほら、もっと食べな」
「食べるー」
「黎明ちゃんはよく食べるんだね」
「じーちゃんもびっくりする。よく食べるなーって」
もぐもぐ美味しそうに食べる黎明を見て、祖母は微笑む。そして、意を決したように、真実を話した。
「黎明ちゃん。貴方は実は……私達の本当の孫ではないの」
「あ、そうなんだ。それなのに育ててくれて、ありがとうございます」
「あぁ、うん。もうちょっとしんみりすると思ったんだけどね……黎明ちゃんは本当なら山に留まらないといけない運命。でも、私も玄蔵さんと同じで黎明ちゃんは外に出るべきと思ったわ」
「おおー、確かに俺も自由の方がいいな」
「それで、私はこれから外に居る人に手紙を書くわ。黎明ちゃんは十五歳になった時のためにね」
朝霧黎明には面倒を見てくれる人が、居ない。厳密に言えば外に居ないのだ。だから、祖母は外に手紙を出し、黎明が外で生きていけるようにするのだ。
まぁ、そんな事をしなくても、何もしなくても黎明は生きていけるだろう……、と思っていた祖母であった。
「ばーちゃん、ありがとねー。俺も強くなって、この山に住んでる伝説のモンスター倒せるようにするから」
「あら、嬉しいねぇ。でも黎明ちゃんなら出来ちゃうだろうね」
「じーちゃんが言ってた。山人喰いって名前らしい。でも、名前は仮だから、俺が好きに名付けていいとか言ってた」
「そうねぇ、そもそも、怪異……ではなく、モンスターの名前なんて正解はないわね。勇者である黎明ちゃんが名付けた方がきっと正解だろうねぇ」
ほくほく顔で、黎明はニンマリと笑った。やはり俺は特別な存在なんだなと確信をした。
それと同時に、モンスターの名前とか全部自分が決めていいんだ! と何だかワクワクしていた様子だった。
「モンスター図鑑とか作ろうかなー」
「作るべきだねぇ」
「おお。やっぱりか」
「黎明ちゃんは今までたくさんモンスターを倒してきたんだねぇ。だから、あんなに戦い慣れていたんだねぇ。一体、どれだけの数を倒したんだい?」
「……うーん、数えてない。雑魚モンスターとかは、記憶にそんな残らないし。まぁ、一日三十体くらいは」
「……何歳から夜に外に出ていたんだい」
「六歳から、毎日かな」
(ざっくり数えたとしても……三百六十に三十をかけて、更に三年。軽く四万体……平安の世から今にかけて最も強い陰陽師と言われている【安倍晴明】。彼でも、生涯で百体倒して、天才と言われてた)
(現代だと、一体倒せただけで天才と言われるレベル。そもそも陰陽師は怪異を倒す事を想定していない)
(黎明ちゃんは絶対に嘘を言っていない。先ほどの強さを見てわかるけど、だとしても、これは……)
祖母はあまりに桁違いすぎる孫を見て、もう何もいうまいと思った。朝霧の封印の使命も何もかも、この子には関係なく、そんな些細なことは切り伏せてしまうほどであると感じたからだ。
「もっとご飯食べなさい」
「食べるー」
こんな夜更けに起きていたことなんて、いつぶりだろうかと祖母は感じながら、白米を新たによそった。
──そして、そこから数年の時が経った。
◾️◾️【ある少女の回想】
──誰かに見られてる。
いつもいつも、私は誰かに見られている。私がいく場所ではいつも、不可思議な現象が起こる。
小学一年生の時から、怪事件が多くなった。だから、私の前からは友達が居なくなってしまった。学校でも孤立して、小学2年生になった時、不登校になった。
──志乃は呪われている。
お姉ちゃんが私にそう言った。
──だから、私は山に行ってくる。山神様にお願いしたら、呪いを解いてくれるかもしれないんだって。それに、お父さんも探さないといけない。
そう言って、二週間前にお姉ちゃんは失踪をしてしまった。山の神様は朝ではなく、夜しか出ないらしく、夜に外に出たお姉ちゃんは戻ってこなかった。
私のせいで、お姉ちゃんが消えてしまった。お母さんもお父さんも私のことで争って喧嘩して、小学二年生の時にお母さんは離婚して、他の男の人と結婚して、お父さんは私とお姉ちゃんの面倒を見てくれたけど……
そんなお父さんも、一ヶ月前に、どこかに出かけると言って消えてしまった。
「わ、私、私なんか、生きてたら……だ、だめ、ダメだよね……怖い、夜に、外に出たくない……」
でも、お姉ちゃんを、お父さんも、きっと夜に出て今もどこかに居る。見つけてあげないと……。
外に出たら、きっと、私を見ている何かが……
──ピンポーン
「……」
誰かが来た。お昼の十四時ごろ、誰かが私の家のインターホンを鳴らした。私は基本的には昼に寝て、夜に起きる。夜はお父さんが買ってきた大量のお札が貼ってある押入れで過ごすだけ。
昼は基本的に寝てるけど、その日は偶々起きていた。
二階の自室から降りて、玄関の扉を開けた。すると……
「あ、どうも。隣に引っ越してきた朝霧黎明といいます。年は十六歳、どうぞよろしくお願いしますー」
「……え、あ、えと、あ、えと、は、はい」
ずっと引きこもりだったから話なんてもう出来るはずない。小学一年生から、現在中学二年までずっと引きこもりだし。
えっと、隣に引っ越してきた男の人は……十六歳、なんだ。高校一年生なのかな?
私は中学二年で、十四歳だから、二個上の人……。一応同年代くらいなんだろうけど、話すのに緊張する。だって、小学二年生から引きこもりのわけだし。
「これ、つまらないものですがお饅頭です」
「あ、えと、あ、ど、どうも」
「それでは」
黎明さんだっけ?
彼はそう言って、帰って行った。なんだか雰囲気が変わっているような、変に安心感のあるような……
いや、全然わからない。まぁ、どうせ……私なんて、そんなのが分かったところで……どうせ……。
──その時、また、視線を感じた。刺すようなこちらを狙うような……
「ん? これは、モンスターの気配?」
そう思ったら、さっき帰って行った黎明さんはまたやってきた。しかし、彼がくると視線が消えた。
「あれ? モンスターの気配がしたんだけど……」
「……あ、えと」
「あ、どうもー、それではー」
また視線が交差した。彼はにこやかな笑顔を向けて、再び去って行った。お隣さんか……前に隣にいた人も私を嫌ってたな。
まぁ、私のせいだから仕方ないけど……
──その日、夢を見た。
暗闇の中で、お姉ちゃんとお父さんが私に助けを求める夢だった。助けて、助けて、苦しい、早くきて、お願い、お願い。お願いお願い。
と私をずっと呼んでいる。
──山の神様にお願いして、私たちを救うようにお願いして
そう、お姉ちゃんが言ってる気がした。山の神様……私は……私は。そこで目が覚めた。
起きると、びっしょりと汗をかいていた。
「お姉ちゃん、お父さん……私が、私が……行かないといけないのかな」
夜に山の神様にお願いをすると、なんでも願いを叶えてくれる。
前にお姉ちゃんがそう言っていた。それが本当なら、お姉ちゃんとお父さんは戻ってくるのかな。
──夜になんて、外に出たくない。
私の直感が言っている。外にだけは出てはいけない。夜はお札が貼ってある押入れでずっと独りで居ないといけない。
そうしないと……そうしないと……そうしないと……
死んでしまう。
「でも、行かないとね……」
夜になって、玄関を開けた。薄暗く、街灯だけがかすかに灯る夜の街。また、何かが起こるかもしれない恐怖の中……
──何かが居る。この街にはきっと……直感で、私はそう悟った。
ここから先には絶対に行ってはいけない。絶対に、絶対に。そう思ったけど、私はお姉ちゃんとお父さんを探しに……
「さーてと、モンスターはどこかなー。ばーちゃんが、この街はモンスターが多いって言ってたし、楽しみだなー」
隣から何か声が聞こえた気がしたけど。多分、気のせいだろう。お化けとか出ませんように……
「モンスターとたくさん出会えますように」
何か、また声が聞こえた気がしたけど。多分気のせい。この街は夜になると大人でも外に出ない。
「──山の神様のところに行かないと……」
私は夜の街に足を踏み入れた。




