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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第3章 離島編

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第49話 二つ目の太陽

──喰鹿が動いた。


「さて、全員殺しますよッ」


 喰鹿の声は尋常ではない狂気が宿っていた。黒く濁った目が詩たちを捉える。


 次の瞬間、喰鹿の全身から霊力が噴き出した。全身にみなぎる霊力により、身体能力が向上。一撃で致命打を与えるべく動き出す。



「くっ──」



 詩は刀を構えた。しかし、あまりの凄みに僅かに体が動揺する。だが、そこへ喰鹿に向かい炎が放たれる。



「経験値、よこせッ!」



 蓮の攻撃は命中こそするが、それは一切のダメージを与えていない。霊力により身体能力が上がってるという事は、防御も上がっているということ。


 相手も死に物狂い、後先を考えずに攻めに転じてきたと詩は考えていた。



(このままでは……黎明に情報が届かない)



 詩の頭の中で、焦りが渦巻く。戦闘の経験数、単純な身体機能などはあちらが上である。


 そして、やはり厄介なのが復活能力である。




(こちらが全力で迎撃しても復活される。それより前に黎明に情報を伝えたいが隙がない。どうする……志乃、蓮、紅、私でなんとか抑え込めていた。四人がかりでだ。祈を動かすのも難しいだろう。黎明がほぼ祓っているとはいえ、手下の怪異、操られた人間も船の付近などに集めているはず)


(祈にその突破は無理だろう。怪異も倒せていたわけではなく、倒させられていたわけだしな。結局のところ、戦闘の経験はゼロに等しいわけだ。無理だな)


(双子は陰陽師としての在り方を捨てている。式神を作る道具も持ってきていないし、修練も今はしていない。なにより、喰鹿の相手はあの二人でなくては無理だ。前線から離れてもらうわけにはいかん)


(志乃も陰陽師として式神を作る術は学んでないし、今この場では黎明に次ぐ霊力の持ち主。この場を離れてもらっても困る)


(──やはり、私が式神を作って供島まで飛ばす。それしかないが……だが、今式神を作る隙がない。あの怪異がその隙を許すはずもないだろう、どうする……)



 だが、その時だった。唐突として、別の存在の気配を全員が感じ取る。そこに目を向けると、一人の男が立っていた。


「……間に合ったか。まだ終わってないようだな」


 その声は、低く、しかし力強かった。



「……誰だ!」


「誰だと聞かされちゃあ名乗らざるを得ねえな。天才陰陽師の、九条透とは俺のことよ」


「【天才】九条……透……だと!? そうか、九条とは、どこかで聞いたことある名前とは思ったが」



 詩が驚愕の声を上げた。


 そこには、かつて天才と言われていた陰陽師、九条透が立っていた。



(そうか、瞳月の父親は陰陽師だとは聞いていたが。消えた天才だったか。黎明に救われた後、てっきり家に引きこもっていると思っていたが……)


「勇者の坊やに好きにしろと言われたんでな。


《《好きにしにきたぜ》》……状況は?」


 透が短く聞いた。それに対し、詩が答える。



「黎明からは休んでいると聞いたが、大丈夫なのか」


「問題ない。あいつにそもそも回復の術をもらっていたんでな」


「なら、頼むとする。目の前の怪異、喰鹿には二つの心臓がある。両方を同時に倒さないと死なない」


 詩は素早く説明した。


 こうして話しながらも、喰鹿からの遠距離攻撃がところどころ脇をかすめていく。


 


 今、透と会話が成り立ってるのは、双子や志乃が喰鹿を止めているからにすぎない。 


 


 いまだ激戦の最中なのだ。


「その情報を黎明は知らない。結界で通信が遮断されており、沖などの船も使えない状況だろう」


「なるほどな。黎明に情報を届けたいわけだ」


「そうだ。それと目の前の怪異、そして、恐らく、供島の両方に心臓が一つずつある。供島ではどのように心臓があるのかは知らん。だが、とにかく現在供島に行っている黎明に情報を伝えたい。それだけだ」




 


──そして、それを伝えるとすぐに透は符を取り出す。



「なら、式神を飛ばす」


「……術の発動までどれくらいかかる」


 詩が鋭く聞いた。戦場では一秒が命取りになる。特に供島よりも弱い個体とはいえ、目の前の怪異は神格に分類されているのだ。


 


「すぐ行ける。数十秒だけかかるから時間を稼げ」



 透の言葉に詩は頷いた。



「分かった。全員、透を守れ!」



 詩の号令と共に、三人が喰鹿の前に立ちはだかった。その際、蓮は透を見ながら微かに生意気な笑みを向ける。



「……オレ達は捨てた職業だが、隣の島まで飛ばす式神を数十秒で用意できるとは、元天才は伊達じゃないな」


「元じゃねえ。今も天才だ」



 そして、透は式神の準備に取り掛かる。だが。それを邪魔するべく敵も動き出していた。


「させませんよ!」


 喰鹿が黒い影を放った。それは、まるで槍のように鋭く、透に向かって飛んでいく。


炎宝(フレアボム)ッ!」


(バインド)ッ!」


 蓮が炎を放った。炎が、黒い槍を焼き払う。紅が術を発動させた。見えない鎖が喰鹿の動きを封じる。


 その隙に、透は符に霊力を込め始めた。


 だが、喰鹿は諦めなかった。全身に霊力を漲らせ、鎖を引きちぎる。その反動で紅の体が揺れるが、彼女は歯を食いしばって耐えた。


 そして、喰鹿は再び黒い影を放つ。今度は、数十本の槍となって四方八方から襲いかかってくる。


「危ないっ」


 志乃が咄嗟に炎の壁を作り出した。黒い槍が、炎の壁に激突する。だが、影槍は炎を貫通し、志乃に向かってきた。


「志乃ッ!」


 詩が刀で黒い槍を切り払った。刀が一閃するたびに、槍が霧散していく。だが、その数は多すぎた。一本の槍が彼女の肩に刺さる。



「くっ」


「詩さんッ!」


 志乃が詩に駆け寄ろうとした。その時、その微かに出来た隙に対し、喰鹿が志乃に向かって突進してきた。その速度はこれまでで最速と言えるだろう。



「死ねッ!」


 喰鹿の腕が、まるで巨木のように太く膨れ上がり、志乃に向かって振り下ろされる。


 だが、その瞬間──


「させるかよッ! 火神刀(イグニス・セイバー)ッ!」


 蓮の叫びと共に、彼の刀が紅蓮の炎に包まれた。


 それは、もはや刀というよりも炎そのものだった。刀身が見えないほどの炎が、刀を覆い尽くしている。


 蓮はその炎の刀で喰鹿の腕を斬り上げた。炎が喰鹿の腕を焼き切る。黒い血が噴き出し、喰鹿が苛立ちの声を上げる。


 未だに人間一人も倒せていない事実。そして、自分をあっさりと切り刻める刀を人間が術で作り込める現実。


 


「邪魔ですよ!!」



 まだ切られていないもう片方の手で、蓮を潰そうとする。しかし、その片方にまた炎の刃が迫っていた。


火神刀(イグニス・セイバー)ッ!」


 紅も同じように刀に炎を纏わせた。刀に炎を纏わせる技術は、高等な術と分類されることが多い。


 詩も炎の刃を使ってはいるが、それはあらかじめ黎明が炎を纏わせている刀である。


 だが、双子は使うことができた。これは二人の才能もあるが、黎明との鍛錬が実を結んだ一例とも言えるだろう。


 紅は喰鹿の腕を斬りつける。斬ることは叶わなかったが傷は確かに与えることができた。さらに、そこから足元へと攻撃を移した。


 炎の剣が喰鹿の足を焼き払う。腕とは違い、致命的な斬撃を与えることに成功し、喰鹿の体がバランスを崩して傾いた。



「早く!!」


「分かってる!」



 透は符に霊力を込め続けた。そして、符が光り始める。淡い青白い光が、符から溢れ出した。まるで、生命が宿ったかのように。


 深く練り込んだ霊力が紙へと満ちていく。そして、符は鳥の形へと変わり始めた。



「もう少し……!」


 透の額に汗が浮かぶ。霊力を込めるたびに体が軋む。これは今までにない程に強力な式神だった。


(ここから一瞬で離脱でき、黎明に届く式神。生半可な式神ではこの領域から飛ばすことはできないだろうからな。ここまで霊力を込めたことはねぇ。そもそも式神は術者の身代わりに壊されるのが主な役割)



(だが、今回はそうじゃねぇ。式神に求められるのはこれまでの比ではない性能。だが、無理に性能を上げようとすると紙に術が付与できずに、失敗する。かと言って量は少ないなら鳥以下になる)




 透はこれまでの人生で、最も高い集中状態になっていた。強く練り上げ、それを紙に均等に大量に付与していく。自分の体の中に霊力を循環させるのも難しい。


 だとするなら、紙に付与するのは高い技術力が要求される。だが、天才として帰ってきた彼にはそれが可能となっていた。


 そして、喰鹿は透の様子を見て、焦りを露わにした。




「何をしている……情報は送らせないと言ってるでしょうが!」




 喰鹿が透に向かって走り出した。その目は、完全に透を殺すことだけに集中していた。この怪異が何よりも恐れているのは黎明へと情報が渡ること。


 これが為されてしまえば、文字通り試合終了になる。



「させない!」


 紅が再び術を発動させた。



(バインド)ッ!」



 見えない鎖が、喰鹿の全身を縛る。だが再び、喰鹿は力任せに引きちぎろうとする。


 


 しかし、負けじと紅も無理に霊力で押さえ込む。



「くっ……!」


「紅ッ!」


 蓮は炎の刃にて再び喰鹿に対し、体を切り裂く。再生しつつある体であったが再び腕を飛ばしたのだ。



(この二人、あの忌々しい安倍晴明の子孫だけはあるッ、悉くこちらの動きを封じ、わたしを動けなくさせるッ)



「──来た」



 ──術が完成する。



 透が符を空に向かって投げた。


 符が眩い光を放ちながら舞い上がる。そして、小さな鳥の形をした式神が生まれた。


 それは、透明な翼を持つ、美しい鳥だった。まるで、生きているかのように羽ばたいている。


 透はその式神に小さな紙片を持たせた。そこには、喰鹿の秘密が書かれている。


『喰鹿には二つの心臓がある。両方の島にそれぞれ心臓を持つ個体がいる』


「行け、行ってくれッ」


 透の言葉と共に式神が飛び立った。


 その速度は、まるで光のように速かった。風を切り裂き、結界をすり抜け、供島へと一直線に向かっていく。


「くっ……させるかッ!」


 喰鹿が全身の霊力を爆発させた。鎖が音を立てて砕け散る。


 そのまま、喰鹿は黒い影を放った。それは、巨大な槍となって式神に向かって飛んでいく。


 だが、式神は躱した。まるで、意思を持っているかのように、黒い槍を避け続ける。


 そして、式神は供島へと消えていった。


「……くはは、我ながら随分な式神を作ったな」




 透はその場に膝をついた。霊力を使い果たしたのだ。体が重く、立っているのがやっとだった。




──しかし、まだ目の前には怪異が居る。




 残りは詩や志乃、安倍の家の双子に引き継がれるかに見えた。だが、式神を逃した瞬間、喰鹿は四人の元から全力で離脱をした。



 文字通り、このままでは両方の心臓を潰されて死んでしまう。そのための離脱である。つまり、一度、饗島の戦いは終わったのだ。




 そして、式神は確かに供島へと向かっていった。




 後は、黎明を信じるだけだった。



◾️◾️



 一方、供島では。


 黎明は喰鹿との戦いを続けていた。五回目、六回目。何度倒しても、喰鹿は復活する。



(やっぱり、埒が明かないな)



 黎明は何度も復活する敵に対し、打つ手を失っていた。無論、負けることはない。単純な実力は黎明の方が遥かに上であるだろう。


 しかし、何度も倒しても復活される。勝ちきれていない事実。詩同様、黎明も条件付きの復活であるとは予想がついていたが、その条件については分かっていない。


 この先どうするか、そう思っていた時だった。


 ──その時、空から何かが降ってきた。それは、小さな鳥のような形をしている式神。




「お、なんだこれ? ふむ、込められてるMPはおっさんみたいだけど」




 そして、その口には紙片が咥えられている。黎明は式神を捕まえた。そして、紙片を読む。


 そこには、こう書かれていた。



『喰鹿には二つの心臓がある。本体と分体。両方を同時に倒せ』



 黎明の目がさらさらと文に通る。そして、その一文を読み込み、頭の中では目の前の復活能力について予想が終わっていた。



「……なるほどね。だから、何度倒しても復活するわけか。両方同時に倒さないといけないわけね。ええー、俺攻略本読まない主義なんだけど……ネタバラシされた。いや、でも、これってイベントで手に入った情報ともとれるか?」



 黎明は色々と余計なことを考えながらも、霊力を最大まで高めた。どうすればいいのか、彼の中で選択肢がようやく定まったようであった。



「まぁ、どっちにしろ。経験値が入るなら構わないよね。さて、ちょっと派手にやるか」


 黎明の体から凄まじい霊力が溢れ出す。島全体が震え、空気が歪む。喰鹿はその霊力を感じて、戦慄した。




「な、何を……わ、わたしの数倍、いや、数十倍……? だとまだ、上があると言うのか……?」


「よし、行こうか」


 黎明は驚く喰鹿の体を掴んだ。そして、全力で喰鹿を真上へと投げ飛ばす。


 ズゾォンッ、と轟音が響いた。喰鹿の巨体がまるでボールのように真っ直ぐ上空へと打ち上げられていく。


 音速を超える速度で、空へと喰鹿は上昇していく。周囲の空気が圧縮され、衝撃波が発生する。


「な、何をする気だッ!」


 喰鹿の叫びが遠くから聞こえた。


「魔法だよ。ただ、調子が良くないと使えなくてさ。それと調子が良くても、威力が高すぎて普段は使えない事が多いんだよね。人がいる場所だと、巻き込まれちゃうから」



 黎明はそう言って、片手を天に向かって掲げる。その手の間に、小さな炎が生まれた。それは最初はフレアボムに酷似していた。


 しかし、それは最初だけ。




「──擬似・太陽(ライジング・サン)





 その炎は瞬く間に膨れ上がっていく。


 一メートル、五メートル、十メートル。そして、炎は巨大な球体となった。


 それは、まるで太陽そのものだった。直径三十メートルを超える、巨大な炎の球体。


 その熱量は凄まじかった。周囲の空気が蒸発し、雲が消えていく。そして、黎明はその太陽を喰鹿に向かって投げた。




「行け」



 太陽が喰鹿に向かって飛んでいく。擬似的であるが、それは太陽と見間違うほどのエネルギーを持っていた。



「あ、ああああああッ!」



 次の瞬間、太陽が喰鹿を飲み込んだ。


 灼熱が、全てを覆う。


 そして喰鹿は死んだ。


 ──だが、すぐに復活した。


「やめ──」


 焼かれた。死んだ。復活した。


「熱い、熱い熱い熱──」


 焼かれた。死んだ。復活した。


「助け──」


 焼かれた。死んだ。復活した。


 やがて、言葉にすらならなくなった。ただ、絶叫だけが太陽の中で生まれ、そして焼き尽くされ続けた。


 一度目の死は、苦痛だった。二度目の死は、恐怖だった。三度目の死は、絶望だった。しかし、それ以降はもはや数える意味すらなかった。百度目も、千度目も、一万度目も、等しく同じ灼熱が喰鹿を飲み込んだ。


 復活するたびに焼かれる。焼かれるたびに復活する。


 生きることが苦痛で、死ぬことが救いのはずだった。だが、この太陽はその救いすら奪った。死の瞬間すら、次の灼熱への入り口に過ぎない。


 神格の怪異が誇った不死の力が、今や自身を縛る最大の呪いへと成り果てていた。


 何度生き返っても、何度死んでも──ただ、焼かれ続ける。


 炎の中で、喰鹿は永遠に死に続けた。




◾️◾️






 ──饗島。




 志乃達と戦っていた、もう一体の喰鹿は島の奥深くへと身を潜めていた。


 喰鹿は、式神を逃したとわかった時点で、戦闘を切り上げ、逃げの一手を放ったのである。


(あのままやっていれば、何回かやられようとも、最後には十分殺し切ることはできた。贄どもは霊力が尽きかけていたはずです。だが、仕留めるのに時間が掛かる可能性があったのもまた確かですし、その一回やられた瞬間に、たまたま本体の死が重ならないとも限らない。ましてや、あの化け物が再びこちらに来る可能性すらある……)


 そんな思考で逃走した喰鹿は木々の間を這うように進み、岩陰に身を滑り込ませる。呼吸を殺し、霊力の流れすらも最小限に抑える。かつて、自身が殺そうとした人間達のように。


 木々の間を這うように進み、岩陰に身を滑り込ませる。呼吸を殺し、霊力の流れすらも最小限に抑える。かつて、自身が殺そうとした人間達のように。



(逃げなければ……このままでは、死ぬ。心臓の真実が銀髪の少年にバレれば……だが、二つあるならば私が延々と身を潜めれば死ぬことはない。同時にさえ潰されなければまだ……)



 喰鹿の思考は恐怖という一色に染まっていた。だが、まだ負けてはいないと細い糸のような、希望を抱く。



 その時──全身を、氷よりも冷たい悪寒が貫いた。



(……ッ!?)



 痛みではなかった。だが、確かに何かが失われた。自分という存在の一部が、まるで引き千切られたかのように。



(《《心臓が消えた……っ》》)



 いや、それは違かった。厳密には心臓は何度も復活をしている。だが、刹那の間もなく、失われ続けている。



(いや違う、常に、常に死に続け──)



──確信をした瞬間、空に二つ目の太陽が浮かぶ。



(あれは、太陽!? いや、今は雲で空は覆ったはず。人間の恐怖を増やすためにわたしが空を暗雲でおおったはず……まさか、二つ目の太陽だと……バカな、太陽を術で作り出すなど人間にできるはずがない。あれは絶対に人間ではない)




(──文字通り、神の如き、御技)




(クソが、信仰によって生まれ得た怪異が人間の味方をする事があるとは聞いたことがある。安倍晴明はそれを狙い、神社などを乱立させたからだ。もしや、あれもその類か)



(安倍家の双子が来ていた……安倍晴明の子孫であれば力を貸す神であった可能性も──いや、それは今はいい!! 問題なのは……)




(我が心臓が……あの太陽の中で、焼かれ続けている!?)



 喰鹿は戦慄した。死んでは蘇り、蘇っては焼かれ、また死ぬ。ギリシャ神話のプロメテウスのように、永劫続く苦痛。



(このままわたしが、殺されれば……)



 喰鹿はさらに奥へと逃げ込んだ。木の根を踏み、茂みを掻き分け、必死に距離を稼ぐ。



 だが──背後に、何かの気配が生まれた。




 喰鹿は反射的に振り返る。誰もいない。木々が風に揺れているだけだった。ただの、気のせい……。




(……気のせいか)



 喰鹿は自分に言い聞かせる。そして、再び前を向いた。しかし、またも背後に気配が現れた。今度は、さっきよりも近い。



 喰鹿は振り返る。やはり、誰もいない。





(何だ……この感覚は)




 喰鹿の背筋を、冷や汗が伝い落ちる。




 それは、まるで見えない捕食者に追われているような感覚。獲物が猟師に狙われているような、本能が警鐘を鳴らし続ける感覚。



 喰鹿は走り出した。枝が顔を引っ掻き、足が石に躓く。だが、止まるわけにはいかなかった。



 しかし、どこまで逃げても気配は消えない。それどころか、じわじわと、確実に距離を詰めてくる。




(まさか、あの少年がここまで。だが、なぜピンポイントで分かる……? 感知阻害の結界を張っているはず……なのに、なぜ!?)




 喰鹿は必死に走った。だが、気配は容赦なく近づいてくる。そして──喰鹿は悟った。



 気配は、もう目の前にある。喰鹿の足が止まった。恐怖で体が動かない。ゆっくりと、まるで錆びついた機械のように、首を回す。



 そこには──黎明が立っていた。




「よっ、久しぶり」



 黎明はまるで友人に会ったかのように、軽い挨拶を行う。



「……ッ!?」



 喰鹿の喉から、悲鳴にならない悲鳴が漏れた。



「探したよ」


「なぜ……感知阻害の結界を張っているはず……!」


「ああ、阻害の魔法のことか。それはね」



 黎明はまるで昨日の夕飯について語るかのように軽く答えた。いつものような表情で淡々と告げる。



「最初は確かに効いてたよ。でも、ここで過ごすうちに慣れてきた」



 黎明は、一歩前に出た。その一歩が、喰鹿には巨大な獣の足音のように聞こえた。



「それに、さっきの戦いで調子が上がってきたんだ。スロースターターだからね、俺。今はもう、そっちのMPが手に取るように分かる」



 黎明の瞳が喰鹿を捉える。その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。



「大分逃げるモンスターだったけど。ここまでだよ。流石は言語を話すモンスター、随分手こずった感じだ」



 その言葉に、喰鹿の全身が震えた。彼から立ち昇る霊力を見て自身とは次元が違うと悟った。



(逃げられない……どこに行っても、追ってくる)



 喰鹿は本能のままに走り出した。



 だが、黎明は追ってこなかった。ただ、歩いているだけだった。


 ただ、ゆっくりと、しかし確実に、喰鹿を追っている。


 喰鹿は木々の間を縫うように走った。根を飛び越え、茂みを突き抜け、全力で逃げる。


 だが、背後から黎明の足音が聞こえる。



 ザッ、ザッ、ザッ──



 ゆっくりとした、しかし確実に近づいてくる足音。




(やめろ……来るな……!)




 喰鹿は岩陰に身を潜めた。息を殺し、霊力を完全に遮断する。足音が、近づいてくる。



 ザッ、ザッ──



 そして、足音が止まった。



 喰鹿は息を飲む。残り一つの心臓が、破裂しそうなほど激しく脈打つ。


 沈黙。長い、長い沈黙。


 次の瞬間──岩の上から、黎明の顔が逆さまに覗き込んできた。



「見つけた」



 黎明は、笑った。



「ひっ……!」



 喰鹿は悲鳴を上げた。


 そして、這うように走り出す。もはや神格の怪異としての誇りなど、どこにもなかった。


 喰鹿の心は既に完全に折れていた。


 平安の世から生きてきた、神を名乗る怪異。数多の人間を食らい、恐れられてきた存在。


 だが、今、喰鹿は恐怖していた。


 黎明という人間に。だが、喰鹿は黎明を人間と思うことは出来なかった。


(紛れも無いこいつは怪異だ……! 人間ではない……)


 喰鹿の思考が悲鳴のように響いた。そして、喰鹿は海岸に辿り着いた。目の前には海。背後には森。



 もう、逃げ場はなかった。喰鹿は、ゆっくりと振り返った。そこには、黎明が立っている。



 空に浮かぶ太陽から降り注ぐ、光を受けて彼は神々しい存在へと見えた。抗えないほどの圧倒的な存在がゆっくりと近づく。



「そろそろ終わりにしようか」



 黎明の声は穏やかだった。



「待て……待ってくれ……!」



 喰鹿は懇願をする。神が人間に命乞いをした。だが、黎明は止まらなかった。


 一歩、また一歩と近づいてくる。



「わたしは……わたしは、ただ食べたかっただけだ……!」


「俺は経験値が欲しいだけかな。まぁ、そっちは結構人間殺してるし、もう今更かな」




 次の瞬間、黎明の姿が掻き消えた。喰鹿が反応する間もなく、黎明は喰鹿の背後に回り込んでいた。



「じゃあね」



 黎明の拳が喰鹿の背中を貫いた。霊力を込めた一撃が、喰鹿の体を突き抜け、心臓を掴む。


 そして──握り潰した。


 グシャリという、生々しい音が響いた。同時に、供島の太陽の中で、本体の心臓も砕け散った。



 二つの心臓が同時に破壊された。そして、喰鹿の体から力が抜ける。



「……ああ」



 喰鹿は最期に呟いた。徐々に体が黒い霧へと変わる。しかし、今までとは違い、ゆっくりと燃え尽きた灰のようにすら見えた。



「わたしは……平安の世から生きてきた。数多の人間を食らい、力をつけてきた。神格にまで至った。安倍晴明の封印を破き、島の人間を喰らい、信仰させ、霊力を集め、数多の対策を用意してきた」



 ──喰鹿はそう言って、遠くにいる黎明を見た。


「しかし、あなたには敵わなかった。あなたは……一体、何者なのか。神格、の怪異、なのでしょうが……どうやってこんな異次元の存在が生まれたというのか」




 喰鹿は小さく笑った。それは、皮肉とも、諦めとも取れる笑いだった。



「あれほどの力を持つのに、人を名乗る存在、ですか。最後まで、わたしはあなたを人間だと思えない。人間が、神格の怪異を超えるなど……」



 そして、喰鹿の体が完全に崩れ落ちた。



「……あり、えない、人間、ではない、ばけ、もの」



 その言葉を最期に喰鹿は消えた。最後まで黎明が人間であると言う事実を認めないまま絶命する。



 そして、それと同時に擬似的な空の太陽もゆっくりと小さくなり、やがて消えていった。


 その後、暗雲が消え、本物の太陽が空に顔を出した。



 ようやく、島は本物の光で満たされた。


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ザッ、ザッ、ザッ──  ゆっくりとした、しかし確実に近づいてくる足音 どっちが怪異やら
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