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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第3章 離島編

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第47話 黎明VS喰鹿

 透と瞳月を安全な場所に避難させた後、黎明の意識は饗島の沖に浮かぶ小さな島へと向いていた。


 そこには、立ち入り禁止とされている小さな島がある。供島(くしま)。島民たちが決して近づかなく、よそ者も絶対に近づいてはならないとされる、禁忌の場所。


 そして、黎明の直感が告げていた。あそこに怪異の本体がいると。ただ、単純な勘というわけではない。黎明は饗島を走り回り、隅々まで調査をしていた。



 だが、何も見つからなかった。端から端まで走り回ったと言うのに、あの黎明が見つけることが出来なかった。


 つまり、それはどういうことか。



 そもそもこの島に居ないのではないか。そう黎明は結論づけた。この島をほぼ調べ尽くしていた黎明がそう考えるのも当然だった。



 そうなると、残りは付近の島で調べていない場所が候補となる。それが島の人間が立ち寄らず、立ち入りが禁忌とされている



 ──供島(くしま)である。



「じゃあ、行こうかな。蓮と紅も来たわけだし、こっちの島は大丈夫でしょ」



 黎明は瞳月と透の二人を、安全な場所に移した後、蓮と紅とも再会をしていた。更にそこには詩もいたので情報を共有することにした。



 そこで


 ・なんか急に大量の島民がMPごと変になって暴れ出したこと

 ・でも全員もとにもどしたこと

 ・鹿の人型モンスター、ボスっぽいのと出会ったけど、何度倒しても復活すること

 ・瞳月と、その父親を助けたこと。父親は陰陽師だったこと

  

 など、様々な情報をサクッと伝えた。


 そこで軽い相談の結果。


 三人は島で残り、他の怪異を討伐する事が決定した。そうはいっても、すでに黎明により、九割九分倒されているのだが。


 しかし、黎明は残りは任せると言って本体がいるであろう場所へと向かおうとしていたのだ。



「よし、行こう」


 誰に言うでもなく呟いた。そして、地面を蹴った。


 次の瞬間、黎明の体が宙を舞った。正確に言えば、思いっきり地面を蹴って、飛んだのだ。まるでロケットのように、供島へと一直線に飛んでいく。



 海を越え、風を切り裂き、黎明は供島へと跳躍する。





◾️◾️




 ──供島は静かだった。


 だが、飛んできた黎明が地面へと激突し、爆弾が落ちたような轟音が鳴り響く。しかし、その後にはまた静けさが訪れた。その静けさは不自然だった。


 まるで、この島だけは世界から切り離されたかのような、異質な静寂。



 島の大きさは饗島の十分の一ほど。それだけ狭い空間に異様なほどに霊力が凝縮されていた。


 この島の不気味さは、その密度から来ていた。この島は饗島と違い、桁違いに霊力に満ちていたからだ。


 と、通常の人間であれば不気味と思うが、黎明の場合はむしろワクワクする材料になっている。




「MPに満ちてるね、テンション上がるなー。それにやっぱり、ここが感知阻害魔法の拠点だったわけね」



 黎明が島を歩くと、所々に古びた札が落ちていた。それは封印の札だった。文字は褪せ、紙は朽ち果てているが、かつてここが封印の場所であったことを示していた。



「これ、何て読むんだろう? 封印、かな? 読みづらい」



 昔の書道家、平安時代に書かれた文字は少しクセがあり、時間が経ったことで廃れてもいる。それ故に読みづらかった。



 さらに、木々の間には縄が張り巡らされていた。だが、その縄は切れており、地面に落ちていた。



「おー、ただの縄かな。若干MPがあるけど、こんなの何も使えないな」



 そして、神殿の前には砕けた鎖があった。それは、巨大な鎖だった。まるで、何か大きなものを封じ込めるために使われていたかのような。



「……ふーん、鎖」



 実はこの鎖は高価で、土御門家では【天ノ鎖(あまのくさり)】と呼ばれており、怪異を一時的に縛れる霊具である。


 しかし、黎明には特に魅力的に思えず、適当に捨てておいた。




「さて、それよりも……この島のMP。すごいな、これ。島全体がMPで溢れてる。相当なモンスターがいるね」



 黎明が注目したのは島全体から溢れ出す霊力だった。それに対し、黎明は感心したように呟いた。


 そして、その霊力を辿るように島の中心へと歩き出した。


 供島は禁足地、と言うこともあり殺風景な場所だった。基本的にはどこまでも続くような平面と言えばいいだろうか。


 一箇所を除き、特徴的な建物があるわけでもない。



「すごいな、これほどのMPが感知できないほどに阻害魔法が働いてたのか」



 黎明は小さく感嘆の声を漏らした。


 そのまま島の中央へと足を進める。


 そこには古びた神殿があった。だが、その神殿は朽ち果てており、まるで廃墟のようだった。



 そして、神殿の前に影が立っていた。



 人型の影。だが、その影からは凄まじい霊力が溢れ出していた。



「……ようこそ。歓迎はしませんが」



 昨日の夜にも遭遇をした、人形の鹿の頭部を持つ怪異。その影が口を開いた。


 その声は穏やかだった。しかし、その穏やかさの奥には、底知れぬ恐ろしさが潜んでいた。


 ただ、それを恐ろしいと感じるのは一般的な感性を持つ人間である場合である。故に、もっと正確に表現をするなら黎明を除く人間が恐ろしさを感じるような声である。



「まさか、ここまで本当に来るとは。この島には入れないように防護結界もあったのですが、それすらも当然のように無下にし入ってくるとは」

「そりゃ、モンスターがいるからね。来ないなんて選択肢はないね」

「……わたしは、喰鹿(ばみじか)。この島を守る神です」

「またまた、守るなんて嘘でしょ? MPが悪そうだもん。邪悪な感じがするね」

「……」

「まぁ、守るとか言っておいて、人間を食べるモンスターはよくあるよね。まぁ、無駄話はいいからさっさと戦おう」

「……随分と凶暴な人間です」


 


 喰鹿はすぐさま臨戦態勢に入る黎明を見た。その瞳はまるで宇宙人でも見るような、奇怪な視線である。



「……しかし、驚きました。あなた本当に人間ですか?」



 喰鹿は静かに言った。一方で黎明はさっさと戦いたいのに、会話が始まったのでムッとした顔をする。



「──まさか、こんなに早く辿り着くとは。いえ、それ以上に驚いたのは、あなたの成したことです」



 喰鹿の声には、明らかな動揺が含まれていた。ここが未だ現実であると認識できないかのように戸惑いが声音に宿っている。



「この島の、《《人口九割以上には事前に呪いをかけてました》》」

「あぁ、確かに状態異常だった」

「しかし、それを貴方はほぼ数時間で全て解いてしまった」

「あー、でも操られた方の人間があんまり強くなかったからね」

「……あれは一定以下の霊力を持つ人間に強制的に呪いをかけて使役する御技。この島の人間、約7000人の呪いを、ほぼ全員を数時間で解くですと……? あり得ない」




 この島の人口は7000人を超える。そして、喰鹿はこの島に住む人間に呪いをかけて支配する状態にしていたのだ。


 ただ、祈や瞳月は呪いにかかってはいなかった。これは一定量以上の霊力がある人間は呪いがかからないようになっているからである。


 だが、強力な呪いであることは変わりない。一度かかれば、身体能力が向上し、無制限に襲い掛かられる。その呪いにかかった人間が壊れるまで……。


 7000人の人間が襲いかかる。それはまさに死を手繰り寄せる軍隊のようなものだ。


 普通の陰陽師であれば、島民一人すら呪いを解けぬうちに、死んでしまうだろう。


 しかし、それを黎明が壊してしまった。まるで砂の城を壊すように、あっさりと薙ぎ払ってしまった。



 それが、あまりに怪異からすれば理不尽に見えた。





「あれは人間だしね、モンスターでもないし。それほどだと思うよ。それより戦おうよ」

「……あれが、それほどではない、ですか。見たところ、霊力もまるで底なし。僅かにも減っているようにも見えません。島全員を総動員して動かしたのは、貴方を僅かでも消耗させるため。あるいは、あなたに殺させることで精神的負担とさせるつもりだったのですが。どうやら無駄のようでしたね」

「あぁ、消耗が狙いだったんだ。てっきり、俺以外を倒すためかと思った」

「無論、それもありました。しかし、問題なのは貴方一人、貴方だけが異次元の強さを誇っていましたからね」

「まぁ、あれじゃ意味がないね。それじゃ戦おうか」





 一晩明け、いきなり島民が襲い掛かり始めたのは黎明を明確に殺すことを決めたからだった。


 


(──まさか、島民如きでやられるはずはないとは思っていた。だが……消耗すらさせられないとは。あちらが私の本体にたどり着くのも時間の問題と思っていた。だからこそ、日が明けた瞬間に、太陽を隠す御技を使い、島民を操り攻撃をさせた)




(だが、それが悉く無下にされる。昨日の戦闘であちらも霊力がある程度減っていたはず。だからこそ、あまり時間を空けずに油断をする朝を狙ったが……所詮小細工、私と同格の強者には通用しないようですね)





(ならば。もう、この場で殺すしかない。幸い、あちらはわたしの復活の秘密には辿り着いてないようですし。勝機は十分にある)



 ──喰鹿は霊力を昂らせる。今度こそ、本体にて黎明を殺すために。




(お、ようやくあっちも殺る気になったかな? MPに表れてる。さっきから話をするから待ってしまうんだよね。ゲームでも何だかんだでボスがめっちゃ話して、話し終わってから戦うから、その癖みたいなのが出てるのかな?)



 さっさと戦いたいんだけど、と黎明は思った。しかし、相手も語るので最後まで聞いてやるかと彼は刀を納めている。


 RPGで、ボスが話すので戦闘に移行できないみたいなものだ。



 なので、黎明はそれをずっとウズウズしながら聞いてる。



「まさか、消耗も出来ずにここまで辿り着かれるとは。しかも、僅か数刻……」


 

 信じられないと言いながら、怪異は事実を述べていく。言いながらも怪異も真と思えていないようだ。



「同じく大量に影を落とし、あなたを排除させるべく、差し向けた。だが、それすらもッ」



 全て、消された。全てを捩じ伏せてしまった。神格を持つ怪異の、配下と呪いを無力化させてしまった。



 この事実は、人間にできるはずがない、そう怪異は考えていた。



「──気づけば、全て消えている。これが人間の力だと? 馬鹿馬鹿しい、そろそろ正体を明かせ、お前は怪異だろう」

(まだ、話してる、長いな。さっきはそろそろ戦うかと思ったんだけど)



 とうとう核心を突くように、早口で怪異は告げる。



「それとも、何らかの信仰の集合体の神か? そろそろ正体を明かせ」



 そう言われた。だが、黎明は全然納得が行ってない顔をしていた。え? と疑問の顔をしているのだ。



「俺は人間だよ。正体も何もない、強いていうなら、職業が勇者なだけ。それとそろそろ話長くない?」

「……人間の枠に収まってなどいないくせに、人を名乗るとは。これも一種の傲慢か、謙虚というべきですか」

「そろそろ長話もいいよね。やろう」

「……信仰によって生まれた、いや、生み出された怪異が人を守るとは聞きますが。それに近いというわけなのでしょうか?」



──ようやく、怪異は黎明を打破するために意識を切り替えた。



 頭のどこかでは、自分と同じ怪異であれば説得ができるかもしれない。そんな淡い期待は、あまりに話が通じないので、砕かれていた。




──これは、話が通じない獣であり、化け物。



「そうですね。話し合いが通じないようだ。わたくしが育て上げた配下の怪異たちを、ほぼ全滅させた。まるで隕石のように降ってきた」



 喰鹿の声が震えた。まだまだ怪異は語り続ける。どうやら相当に言いたいことが溜まっているようだった。



「平安の世から生きてきましたが、こんな存在は初めてでした。安倍晴明に封印された時以来、いやそれよりも大きい衝撃──しかし、いつまでも驚いてる場合ではないでしょう。さっさと貴方を殺し、この驚愕さえも過去にしなければ」



 ──黎明はにこにこと笑った。ようやく戦闘が始まるという、嬉しさが全面に溢れていた。



「そろそろ、戦う準備ができたみたいだねー」

「えぇ、いいでしょう。怪異と怪異、互いに神格に至っている者同士。どちらが勝つかはわたしもわかりません」

「怪異と怪異? 勘違いしてるようだけど、俺はモンスターじゃないけどね」



 その瞬間、喰鹿の体が震えた。それは恐怖だった。だが、同時に喜びでもあった。



「……ああ、素晴らしい」



 喰鹿は震える声で言った。



「クク、これは歓喜か。わたしは今まで、人間しか頂いて来ませんでしたが……自らと同格を喰らった時、どうなるのか」



 喰鹿の影が膨れ上がり始めた。まるで空気を入れた風船のように、影がどこまでも大きくなっていく。




「楽しみで仕方がない。どんな味がするのか。楽しみで仕方がありませんよ」





◾️◾️


 喰鹿の影が膨張する。最初は人型だった影が、急速に膨れ上がっていく。そして、形が変わっていく。


 巨大な鹿。


 いや、鹿と呼ぶにはあまりにも歪んでいた。


 身長は十メートルを超え、体は異様に膨らんでいる。腹部は巨大化し、まるで妊婦のように膨れ上がっていた。


 そして、足が数十本生えていた。


 全ての足が違う方向を向いている。あるものは前に、あるものは後ろに、あるものは横に。


 まるで、蜘蛛のように。


 頭部には白い鹿の角。だが、その角は異様に枝分かれし、まるで人の腕や指の骨のようだった。


 顔は鹿のものだった。だが、その顔は耳元まで裂けた口を持ち、常に薄く笑っていた。


 ただ、目は黒く濁っていた。



「……おー、でっかいねー」


 黎明は呟いた。だが、その声には恐怖はなかった。むしろ、興味深そうだった。かなり大きいので見上げながら、じっと見つめる。



「これが、わたしの真の姿です」



 黎明を見下しながら、喰鹿はそう言った。その声は巨大化した体から響く。それを改めて見た彼は獰猛に微笑んだ。



「いいね、第二形態になってからが本番だよ」



 黎明は地面を蹴る。ようやく、彼が求める戦闘がやってきた。





◾️◾️



 最初の攻撃は、黎明から仕掛けた。


 地面を蹴ると同時に、その姿が掻き消える。人間の動体視力では捉えきれない速度で、一瞬のうちに喰鹿の懐へと潜り込んだ。


 そして、かなりの霊力を込めた拳を叩き込む。


 だが──


 喰鹿の体は、想像以上に硬かった。


 拳が当たった瞬間、まるで巨大な岩盤を殴りつけたかのような、鈍く重い感触が黎明の腕に伝わる。衝撃が拳から腕へと逆流し、骨が軋む音すら聞こえた。


 それでも、喰鹿は微動だにしない。


「無駄です」


 喰鹿はそう言って、数十本の足の一本を振り下ろした。その一撃は、まるで巨木が倒れるかのような速さと重さを感じさせる。


 黎明は、咄嗟に飛び退く。だが、足が地面に激突した瞬間、轟音が響いた。


 地面が砕け、クレーターのような穴が生まれる。その衝撃で島全体が揺れ、木々が激しく震えた。


「速いですね。しかし、わたしも負けていません」


 喰鹿の声には余裕が滲んでいた。


 次の瞬間、喰鹿は複数の足を同時に振り下ろした。それは、まるで無数の槍が降り注ぐかのような光景だった。


 黎明はそれを紙一重で避けながら、喰鹿の体を観察していた。その瞳は、獲物を分析する猛禽のように鋭い。


(この膨れ上がった異形な体。それのせいなのか、通常ではあり得ないMPの流れ方が体に満ちている。多分、内側の構造はもっとむちゃくちゃ、だからMPの流れが複雑だ。どこが弱点か分からない)



 黎明は喰鹿の腹部に向かって炎を放った。五行の術、炎宝を手に濃縮させて弾丸のように放つ。



「フレアボム」


 炎が喰鹿の腹部に命中する。しかし、喰鹿は平然としていた。


「その程度の炎は効きませんね」


 喰鹿はそう言うと同時に、口を大きく開いた。


 次の瞬間、黒い弾丸が喰鹿の喉奥から発射された。それは弾丸というよりも、凝縮された呪詛の塊だった。


「おっと」


 黎明は咄嗟に体を捻ってそれを避ける。


 だが、弾丸は黎明の背後にあった木々へと一直線に飛んでいった。太い幹を貫通し、その先の木も、さらにその先の木も次々と貫いていく。


 そして──爆発した。


 轟音と共に炎と黒い煙が立ち上る。木々が根元から吹き飛び、破片が四方八方に飛び散った。



「……へぇ、結構威力がある」



 それを見ていた黎明は呟いた。喰鹿は霊格が神格。その強さは伊達ではなかった。



 しかし、黎明は笑っていた。



「いいねぇ。あげてくれるじゃん」




◾️◾️




 戦いが続くにつれて、黎明の動きが変わっていった。


 最初は喰鹿の攻撃を避けるのに精一杯だったが、まるで体が戦闘に適応していくかのように、徐々に反応が鋭くなっていく。


 喰鹿の足が再び振り下ろされた。先ほどと同じ速度、同じ軌道。


 だが、今度は違った。


 黎明はそれを紙一重で避けると同時に、避けた勢いを利用して体を回転させた。そして、その遠心力を乗せたまま、喰鹿の足へと拳を叩き込む。



「よいしょ」

「──◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️っ」


 霊力を込めた一撃が、喰鹿の足に炸裂した。声にならない、大絶叫が島中に響き渡る。その絶叫を切り裂くように


──ゴキリという音が響いた


 足が砕けた。骨が折れ、黒い血が飛び散る。



「……ッ、くっ……ぐがか……さ、さっきまでは、わたしの体を傷つけられなかったはず」

「体が暖まって来たんだよね」



 黎明はそう言って、再び地面を蹴った。


 今度の跳躍は、先ほどよりも遥かに高い。まるで重力を無視したかのように、黎明の体が宙を舞った。


 そして、喰鹿の頭部に向かって一直線に飛んだ。喰鹿が反応する間もなく、黎明はその白い鹿の角を両手で掴んだ。



「落ちろ」


 黎明の声は静かだった。だが、その言葉と共に、全身の霊力を腕に集中させる。


 そして、角を思いっきり引っ張り、地面に向かって力任せに叩きつける。


 十メートルを超える巨体が、まるで玩具のように傾いた。バランスを失った喰鹿の体が、重力に引かれて地面へと倒れていく。


 ドォンという轟音が響いた。


 その衝撃で島全体が大きく揺れた。地面に亀裂が走り、木々が激しく震え、遠くの海面すら波立った。




「……ああああああ!!!? か、怪力にも程があるだろうッ!!」


 

 叩き落とされた喰鹿。しかし、このままでは追撃をくらうだけと判断し、すぐさま立ち上がろうとした。


 だが、黎明は既に次の攻撃を仕掛けていた。その速度は、もはや常軌を逸していた。



 まるで一人だけ重力がないかのように、縦横無尽に動き回る。まるで疾風のように移動していく。そして、喰鹿の体の各所に攻撃を叩き込んでいく。



 腹部に蹴り──鈍い音が響き、喰鹿の体が僅かに浮いた。


 背中に拳──黒い血が飛び散る。


 足に肘打ち──骨が軋む音が聞こえた。


 黎明の動きは、まるで舞のようだった。無駄がなく、美しく、そして圧倒的に速い。一つ一つの攻撃が、正確に急所を捉えていく。



「くっ……」


 喰鹿は必死に黎明を捉えようとした。数十本の足を振り回し、黎明のいた場所を叩き潰す。


 だが、黎明は既に別の場所にいた。喰鹿の視界から消え、次の瞬間には死角から攻撃を叩き込んでくる。


 そして、黎明は喰鹿の首に飛び乗った。


「ここが弱点かな? まぁ、大体の生物は首が弱点だよね」



 黎明の言葉は軽かったが、その体から溢れ出す霊力は、これまでで最大だった。空気が震え、周囲の木々が激しく揺れる。



 黎明は霊力を更に高めた。そして、腰から刀を抜き、喰鹿の首に突きつけた。



 次の瞬間、刀が閃いた。



 それは、一条の光のようだった。まるで豆腐を切るように、喰鹿の首が抵抗なく切り裂かれていく。


 だが、黎明は止まらなかった。


 そのまま刀を縦に一閃させた。喰鹿の巨体を、頭部から足先まで真っ二つに切り裂く軌道。


 巨大な体が、ゆっくりと真っ二つに裂けていく。頭部から胴体へ、胴体から腹部へ、腹部から足へ。


 三階建てを超える巨体が、まるで紙のように、一刀のもとに両断された。切断面からは、黒い血が噴き出す。それはもはや黒い奔流だった。



 そして、巨体が左右に分かれて倒れた。


 ドガァンという轟音が、島全体に響き渡った。


 地面が激しく揺れ、木々が根元から倒れ、島全体が震えた。まるで、地震が起きたかのように。


 轟音が響き渡る中、黎明は宙で体を回転させ、優雅に地面へと降り立った。


 そして、刀を一振りし、黒い血を払った。


 血が、弧を描いて地面に落ちる。


 それと同時に、喰鹿の巨体が崩れ落ちた。肉が溶けるように形を失い、やがて黒い霧となって空気に溶けていく。




「……ん。やけにあっさりだな」





 黎明は呟いた。



 だが、その瞬間──



 黎明の背後に、気配が現れた。


 それは、まるで空間から滲み出るかのように、突如として現れた存在感。霊力の波動が黎明の肌を刺す。


 振り返ると、そこには最初と同じように……人型の喰鹿が立っていた。白い鹿の角。鹿の頭骨を思わせる顔。耳元まで裂けた口。黒く濁った目。


 傷一つない、完全な状態で。


 まるで、時間が巻き戻ったようだった。先ほど倒したものが、何事もなかったかのように再生したのだ。



「……まだ、終わりませんよ」


 喰鹿の声は静かだった。しかし、その声にはどこか怯えが宿っているようにも見える。だが、それで戦闘が終わるわけがなかった。


「わたしは、そう簡単には倒れません」


 黎明は喰鹿を見つめた。そして、まるで難解なパズルの答えが見えてきた子供のように、小さく笑った。


 どうやら、今回の敵は単純ではないと分かったからだ。どこかミステリーのようで、ワクワクが止まらない。


「へぇ、紛れもなく倒したと思ったんだけど。倒しても復活した……昨日もそうだったよね。何か種があるのかな?」


 黎明の言葉は軽かったが、その瞳は鋭く喰鹿を分析していた。


 喰鹿は答えなかった。ただ、静かに黎明を見つめていた。その黒く濁った目には、僅かな恐怖が宿り始める。




「──ふむ、もしかしたら、十回倒したら倒せるとか、そんな感じなのかな? 色々試してみようか」




 しかし、黎明にはワクワクしか残っていない。戦いはここから加速する。


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― 新着の感想 ―
これはいい中ボスだぁ… 力押し一辺倒でクリアできないのはポイント高い! 特定の手順を踏まなきゃ倒せないとか、勇者的にも初めての経験だろうしね
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