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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第3章 離島編

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第42話 逃亡と謎の井戸

──倒したと思った怪異は、再び現れた。


 月明かりの下、白い鹿の角を持つ人型の怪物が、まるで何事もなかったかのように立っている。先ほどと全く同じ姿勢で、黒く濁った目が六人を見据えていた。


 その怪異に向かって黎明は、再び動いた。


 地面を蹴る音すらしない。風すら切らない。ただ、そこにいた黎明の姿が掻き消え、次の瞬間には怪異の懐へと入り込んでいた。


 人間の動体視力では捉えきれない速度。それは、もはや瞬間移動にすら見える。


 そして、掌に爆炎を作り出し、怪異の胸へと叩き込んだ。


 轟炎。


 爆発するように炎が広がり、怪異を包み込む。夜の闇を切り裂く紅蓮の光。周囲の木々が揺れ、熱波が五人の顔を照らす。土煙が舞い上がり、地面が焦げた匂いが漂う。


 今行ったのは【五行術】炎宝(えんほう)である。陰陽師が扱う基礎的な術の一つ。しかし、詩や安倍家の双子が使う術とは全く別次元の代物となっていた。


 何をするよりも、誰がするのか。


 使用者によって術の精度は桁違いに変わる。それは、同じ筆を持っても書家と素人では全く異なる字が生まれるのと同じ理屈だ。


 黎明が放った炎宝は、まるで小さな太陽が炸裂したかのような威力を誇っていた。


 ──炎が収まった後、怪異の姿は消えた。


 見ていた者達は、ようやく黎明が打破したと思った。志乃は息を飲み、詩は警戒を解こうとし、祈は小さく息をついた。


 だが、三秒と経たないうちに、また現れた。


 白い鹿の角。鹿の頭骨を思わせる顔。裂けた口。黒く濁った目。全く同じ姿で、全く同じ場所に、怪異は再び立っていた。


「……また、か」


 黎明がポツリと呟く。


 その後、黎明は自らの手を何度も握って、感触を確かめるような行動をする。拳を開き、閉じ、また開く。掌の感覚を丁寧に確認しているようだった。


「うん、やっぱり倒した感触がない」


 そして、黎明は首を傾げながら言った。しかし、その表情は困惑ではなく、むしろ楽しそうだ。子供が新しいパズルを見つけたような、純粋な好奇心に満ちた表情。


 三度目。


 黎明は今度は別のアプローチを試みた。


 すぐさま、超高速で怪異の角を掴む。その白く鋭利な角は、本来なら触れただけで手が裂けるほどの鋭さを持っているはずだ。


 しかし、黎明の手には傷一つつかない。


 そのまま、地面に叩きつける。


 ドンッという鈍い音が響き、地面が割れた。亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、土煙が舞い上がる。


 そして、そのまま霊力を込めた蹴りを胴体に叩き込む。


 ゴッという重い音と共に、怪異の巨体が宙を舞った。


 二十メートル以上、木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。その軌道上にあった松の木が、根元から折れた。幹が裂ける音が夜の静寂に響く。


 そして、また消えた。まるで祓われたように、怪異の姿が薄れ、空気に溶けるように消失した。


「うーん」


 黎明の疑問の声に呼応するように、また、現れた。


 まるで時間が巻き戻ったように、怪異は元の場所に立っている。傷一つなく、ダメージの痕跡すらない。完全な状態で、そこに在る。


(……面白い。単純じゃないね、これ)


 黎明は、戦いながら思考を巡らせていた。彼の脳内では、高速で情報が処理されている。怪異の霊力の流れ、消失と再出現のタイミング、周囲の霊力の変動。あらゆるデータが瞬時に分析され、仮説が組み立てられていく。



(倒しても倒しても復活する。でも、ダメージは入ってる気がする。いや、違う。MPの総量が徐々に、微々たる分だけど削がれる感じだね。つまりは完全無敵じゃない。このまま永遠に倒し続ければいつかは倒せるかもだけど)


 そのまま、注意深く黎明は怪異を見つめた。その瞳は、まるで獲物を観察する猛禽のように鋭い。


 だが、同時に、新しい玩具を見つけた子供のように輝いてもいた。


(MPの流れが、おかしい。倒した後、またMPが補充されてる感じがする。どこかから流れてきてる。でも、どこから? このモンスターの体の中から湧いてるわけじゃない。外から来てる感じだね)


 黎明は、怪異に攻撃を仕掛けながら、周囲の霊力の流れを感知しようとした。


 この島全体に張り巡らされた感知阻害の魔法。それが、黎明の索敵能力を大幅に制限している。普段なら島全体の霊力の流れを一瞬で把握できるはずだが、今はまるで濃霧の中を手探りで進むようなものだ。


(……感知が阻害されてるから、正確に出所を掴めないけど。この島の魔法の中心はこいつかな)


 頭を回しながら、四度目の攻撃。


 ただ、今度は、あえて軽く当てた。


 黎明の拳が、怪異の腹部に触れる。力の入れ具合を精密に調整し、致命傷を与えない程度のダメージに留める。


 怪異は消えず、ダメージを受けながらも立っている。


 血を吐き、クラクラと千鳥足のようにその場に佇む。その様子は、まるで酔っ払いのようだ。


(……なるほど。ある程度のダメージでは消えない。それでいて、先ほどのようにMPが流れてる感じもしない。倒した瞬間に、どこからかMPが来てるなら、流れてる大元を先に叩くべきかな?)


 鹿の頭部を持ち、外見は人間のような怪異。それは、血反吐を吐きながらも、黎明を睨みつけていた。


 その黒く濁った目に、初めて明確な感情が宿っていた。


 憤怒だ。そして、僅かな恐怖。


「……これが、人であると。人がこの私に傷をつけるだと……信じられませんね。こんな人間がいるとは聞いたことがありませんが。歴史上で最も稀有な例でしょうか。でも、倒すには至らないようです」


 怪異の声は、掠れていた。だが、その奥には誇りと、そして揺らぎが混在していた。


「ちょっと待って。攻略法を探してるから」


 黎明は、まるで友人との会話のように軽く答えた。


「そんなのはありません。私は……神です」

「神とか名前についてても、案外倒せるんだよ」


 黎明の言葉は、軽い。しかし、その目は真剣そのものだった。


 霊力を昂らせていた黎明。だが、ここで敢えて彼は霊力の出力を大幅に落とした。


 体を包んでいた淡い光が、消えていく。まるで、エンジンの回転数を落とすように、黎明は自らの力を制御した。


(MPの総量があっちは徐々に減ってる。なら、そこまで高出力にする必要もない。倒せる加減で効率的に何度も倒した方がいいかな。大元から流れるMPを掴みたいし。この目の前の個体を通じて、元のMPを探知する。探知阻害も島に入った時から、分かっていた)


 黎明の思考は、まるで熟練の棋士のように数手先を読んでいた。


 目の前の怪異は、駒の一つに過ぎない。真に倒すべきは、その背後にある本体。それを見つけ出すために、黎明は敢えて戦いを長引かせている。


(徐々に慣れは来ている。それに、MPはこの島のどこかから流れている。そうでなきゃ、感知阻害の魔法をこの島だけで展開する意味もない)


 そして、黎明の瞳が、鋭く光った。


(それに、かなり高度なMPのやりとりが見えるし。島の外からMPを流してるわけじゃないだろうし。そこまではこいつには無理そうだし)


 周囲の霊力の流れを、黎明は丁寧に読み取っていた。


 まるで、濁流の中からわずかな水流の変化を感じ取るように、複雑に絡み合った霊力の中から、怪異へと流れ込む一筋の流れを探している。


(色々分からないことが多いけど……面白い。これは、単純な殴り合いじゃ終わらない。これこれ、こういうレアなモンスターを狩るためにこの島に来たんだよね)


 まるで、充足感が溢れるように黎明の口元に、笑みが浮かんだ。


 それは、純粋な喜びに満ちた笑顔だった。困難であればあるほど、複雑であればあるほど、黎明の好奇心は燃え上がる。


 まるで、難解なダンジョンに挑む冒険者のように。


 まるで、新たなる伝説に挑む勇者のように。


 黎明は、この戦いを心の底から楽しんでいた。




(あー、この島に来てよかった)














◾️◾️


 一方、その様子を遠くから見ていた透は、完全に言葉を失っていた。


 何度攻撃しても復活する怪異。常識では考えられない、異常な再生能力。普通の陰陽師なら絶望し、逃走を選ぶだろう。


 しかし、黎明はその状況を楽しんでいる。


 焦りも、恐怖も、疲労の色もない。


 ただ、純粋に戦いを楽しんでいる。まるで、難解なパズルに挑む少年のように。


「……信じられない」


 そう呟いた透の【霊眼】が、黎明を捉えていた。


霊力:0043

剛:983

迅:891

堅:671


 その数値は変わらない。そもそもこの時点で凄まじいことは明白であった。


 しかし、今の黎明の動きを見て、透はこの数値などは当てにならないと確信した。


(この数値は、ほぼ当てにならない。黎明とやらは霊力により、自身の身体能力を向上させている。だからこそ、剛、迅、堅はほぼ無制限に上がっていく。こんなの三桁の数値で収まるわけがない)


 透の背中に、また冷や汗が流れた。それは黎明が味方であったことの安堵でもあった。あの化け物が人間側にいることに、心底安心していた。


(……しかも、案外何も考えてないようなふりをして、試すような戦い方もしているようにも見える。無鉄砲さもあり、同時に冷静に分析も行える頭もあるか)


 黎明の戦いを見ながら、透はかつて陰陽師として活動していた頃を思い出した。


 怪異と対峙した時の、あの絶望的な恐怖。封印するしかない、倒すなど不可能という諦め。それは、陰陽師の世界では常識だった。


 それが、今、目の前で覆されていた。


(ここまで人間がやれるのか。しかも、あの怪異は通常のとは訳が違う強さを持っている)


 透は、震える手を押さえるように深く握った。それは単純な恐怖であるのか、あまりに非現実的な様子に興奮をしているのか。自分でも判別がつかなかった。


 そして、同じように祈も、黎明の戦いを見つめていた。


(……速い。速すぎる。あの速さは、ボクでも目で追うのが精一杯だ。それに、何度倒しても消えない怪異に対して、焦る様子が全くない)


 祈は、あれほどの戦いはどう足掻いても再現ができない。どうやったとしても、あの領域に入れない。


(ボクは、あの怪異を見た時、勝てないと思った。直感的に、絶対に勝てないと。でも、黎明は楽しそうに戦っている。あれは……別次元だ)


 同じように瞳月も、呆然としたまま黎明を見ていた。


(……043。あーしの測定では、霊力は043。でも、今見てるのは……どう見ても桁が違う。パパが化け物と言ったのは、これか)


 瞳月は再び、黎明の様子を見る。そこには最初と同じように043という数値が表示されている。


 だが、今の黎明の動きを見れば、その数値がどれほど的外れなものかは明らかだった。


 さらに言えば、黎明の霊力は急激に上がったりすることもある。一時的に出力を上げたりして身体能力を強化する際に大きく霊力が出るため、急に数値が上がることもあるのだ。


 だからこそ、彼女の瞳には043から999、003といったように、常に異なる数値が浮かび始めていた。


(……あーしの測定が、追いついてない。それだけのことなんだ)


 ──ようやく彼女は、黎明の真価に気づき始めた。



◾️◾️

 五度目の攻撃。


 黎明は、今度は全力に近い一撃を放った。


 紅く輝く炎が、夜の闇を切り裂いた。その熱量は、遠くにいる五人の顔を照らすほどだった。


「……ッ」


 怪異が、初めて声を上げた。そして、黎明を見つめた。その黒く濁った目に、初めて明確な感情が宿っていた。


 恐怖だ。


(……人間如きに、恐怖を感じている? 私が?)


 その事実に怪異は、内心で憤怒した。


(あり得ない。人間など、所詮は肉だ。しかし、この男は……この男だけは、違う。私の霊力を超える何かを持っている)


 怪異は、一瞬だけ黎明を見た。


(このまま戦うのは不利。まさか、私が人間相手に引くはめになるだと……この恨み忘れぬぞ)


 そして、決断した。次の瞬間、怪異の体が揺らいだ。空間が歪み、怪異の姿が薄れていく。


「あ、逃げる気だ」


 黎明は、そう言って、追いかけようとした。だが、一瞬で怪異は消えた。限定的だが、瞬間移動ができる御技のようだった。


「……あ、逃げた」


 ふと黎明が、呟いた。


「ああ、逃げちゃった。感知が難しいから追えないかな。逃げるってことはメタル系みたいに経験値多いかもしれないのに。でも、きっとこの島にはいる。もう一回エンカウントできるように探索するか」


 黎明は、そう言って、周囲を見渡した。


「それにしても、人語を話せるモンスターって、珍しい。かなり知能が高い。強いし、賢い。久しぶりにワクワクするモンスターに会った気がするね」


 黎明は、にこにこと笑った。一方で透は、その背中を見つめながら、ようやく声を絞り出した。


「……今の、怪異を。お前は、怪異を本当に倒せると思っているのか」

「うん。行けると思う」

「あんなふうに何度も復活をするのにか」

「そうだね、倒せないモンスターなんてきっといないよ」


 当然のように話す黎明を見て、透は絶句した。


(陰陽師として十五年活動してきた。怪異と戦ってきた。そして、怪異には勝てないと諦めた。だが、この少年は、怪異の構造を見抜き、本体の存在まで推測している。戦いながら、だ)


(……化け物め。でも……なぜ、オレはこいつを羨んでいるんだ)


 透は、震える声でそう思った。しかし、その言葉には、もはや恐怖だけではなく、別の感情が混じっていた。


◾️◾️



 その後、黎明たちは島中を探索した。


 山の中、海岸沿い、廃屋が並ぶ地区。しかし、怪異の気配は掴めなかった。


「うーん、やっぱりこの島の感知阻害魔法が邪魔だなあ」


 そこで黎明は、歩きながら呟いた。


「黎明、感知阻害はそこまでなのか」


 少し驚く顔つきで詩が、聞いた。


「うん、慣れては来てるんだけどね。阻害に加えて、気配とかも消されて隠れられると見つけるのは難しい。でも、島全体見たけど、これって場所はないんだよね。だから、まだ調べてない場所」

「……供島(くしま)だったか? 立入が禁止されている場所はどうだ」

「あー、立ち入り禁止だって島の人が言ってたからまだ入ってないんだよね。入ろうとしたら止められたし、勝手に入ったらダメかなと思って」

「そうか、意外と律儀なんだな。そういうところは美徳だな」


 ふっと笑いながら詩が、呟いた。その後も、黎明は島を探したが鹿の怪異は見つけることができなかった。



「うーん、他にどこかないかな」



 黎明が他の探し場所を考え始める。すると、そのタイミングで瞳月が思い出したかのように軽く手を上げた。



「あ、一応怪しそうな場所はあるよ」

「え、どこ?」

「えっと、ここも供島と同じで立ち入り禁止なんだけど……常闇の井戸(とこやみのいど)って場所なんだ」

「ほほう?」

「島民の皆は、なんか見るのも近寄るのも物凄く嫌がるんだ。だから埋め立てもできないらしくて。ワタシはなぜか近寄っても平気だけど」

「あ、そうなんだ。立ち入り禁止かー、それなら入っちゃダメかな」

「たまに肝試しで外の島民が近寄ることあるけど、信じられないぐらい激怒した皆に、ボコボコにされるって話だよ。そして、事件扱いもされないって。実際にみたことはないけど、そういう噂」

「あ、入ってる人がいるなら……いいか」

「軽いね。念押しで言うけど、ガチで激怒する島民もいるらしいよ。スコップとか片手に持って追いかけてくる人もいるとか」

「あ、そうなんだ。まぁ、それくらいはね」




──覚悟があるなら行っていいんだ!



 そう考えた黎明はその禁足地に行くことになった。何か新たなる発見があると思うと彼は気分が高揚して笑みが溢れる。




「じゃあ、行ってみよっか」



 瞳月の案内で歩くこと数分。常闇の井戸は、思いのほかすぐに見つかった。


 錆びついた金属の柵が、周囲をぐるりと囲んでいる。立入禁止の看板が、柵の至る所に括りつけられていた。それだけだ。大げさな封印も、特別な結界も、何もない。


 黎明は柵を軽々と乗り越えた。


「……ここが禁忌の場所なの? 本当に?」



 中に入った瞬間、黎明はぽつりと呟いた。



「変?」


 と瞳月が柵の外から聞いた。


「うん。何も感じない。と言うか、若干、心地良さすらあるかも」


 月明かりがほとんど届かない薄暗い空間の中心に、古びた石造りの井戸がある。蓋もなく、ただ静かに口を開けていた。黎明はゆっくりと近づき、縁に手をついて覗き込む。底は見えない。懐中電灯を向けても、光が飲まれるように消えていく。



「……深いな」



 石を一つ拾って落としてみた。音がしない。



「怖くない?」



 と瞳月が、少し不思議そうに聞いた。また、志乃や詩も黎明と共に井戸を眺めたりしているが何も感じてはいなそうだった。



「全然。むしろ……なんか、静かな感じがする。嫌なMPも感じないし」


 黎明は首を傾げながら井戸の周囲をゆっくりと歩いた。霊力の流れを探るように、手のひらを空気に向ける。何もない。異様なほど、何もない。



「あのさ、この井戸って何か逸話とかある? 隠し扉とか、珍しいモンスターとか」



 黎明の問いに、瞳月は少し間を置いてから口を開いた。



「……一応はある」

「聞かせて」

「この井戸は、沢山死んだ人が投げ込まれた井戸なんだって。だから、この井戸の奥にはその怨念が固まった怪異が住んでるって。普段は死んだ人間の魂はおとなしいけど、刺激をしたり、近く人間がいると井戸の下から這い出てくるって」

「モンスターがいるんだ。の割には何も感じないけど」

「このお話はずっと昔からあるみたいで、だから島の人間もここをずっと禁足地にしてるみたい。供島と井戸、この二つが禁足地なんだ」


 黎明はもう一度、井戸を見つめた。静かだ。風もない。声も聞こえない。ただ、暗い穴がそこにある。



「……何も見当たらないし、何も感じない、かな?」



 それだけ言って、黎明は少し考え込んだ。嫌な感じがしない。それがむしろ引っかかっていた。怪異がいる場所なら、何かしらの霊力の揺らぎがあるはずだ。しかしここは、まるで霊力ごと塗りつぶされたように、静まり返っている。



(……うーん。何も感じない、寧ろ心地よいような。それ以上でもそれ以下でもないって感じ、モンスターはいなさそうかな)


「それで、どう? 何かあった?」

「ううん、何もなかった」



 黎明は柵を乗り越えて戻りながら、もう一度だけ振り返った。井戸は、変わらずそこにある。ただ静かに、暗い口を開けたまま。




(……でも、なんか気になるな、ここ)



 結局、その日は何も見つからなかった。そして、この井戸を最後に祈や瞳月に疲労が見え始めたため、次の日に探そうということになり、その日は終わった。


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