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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第3章 離島編

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第41話 鹿のモンスター

 夕方。


 志乃と別れた祈は、実家の大事な会合があるため、白守家本家へとやってきていた。


 白守家の本邸は、島の中でも一際大きな屋敷だった。


 その家は古い木造建築で、手入れの行き届いた庭には松の木が立ち並び、石灯籠が並んでいる。まさに、島の神社を管理する一族に相応しい、格式ある佇まいだ。


 そして、祈は、その屋敷の広間に座っていた。


 彼女は正座。正直に言えば、窮屈だった。ただ、それを顔に出すことはしない。


 また、隣には従姉妹の美奈が座っており、向かいには当主であり、美奈の父親でもある伯父、白守当一(しろもりとういち)が座っている。


 広間には、白守一族の主だった面々が集まっていた。当一の妻であり、美奈の母親である明子。その他に親戚の男女数人。それから、島の有力者と思しき老人たちも数名が顔を揃えている。


「祈、怒った顔してたら、空気悪くなっちゃうよ」


 隣に座っている美奈が、小声で囁いた。


「……怒ってない」


 そう祈は、短く答えた。


 美奈は、ため息をついた。こんな無愛想な従姉妹を持ったことを、彼女は何度後悔したか分からない。



(無愛想なくせに、顔だけはいいからチヤホヤされてる女。こんなのが高貴くん、良いんだから……でもまぁいいか)



 しかも、美奈が憧れる高貴は祈ばかり見ている。幼馴染であり、一緒に夜に怪異と戦うメンバーの美奈。



 ただ、彼女は祈が心配だから、一緒にいるわけではない。その理由は、祈を気にかける高貴に好意を持っているだけだった。


 だから、自分が好きな相手が、嫌いな相手に好意を持っている。それがどうしようもなく嫌い、嫌いで、嫌いで仕方ない。


 それは単なる悪感情とは言えないほどに、憎悪とも言える感情に育っていたのかもしれない。





(──だって祈はもうすぐ……)




 冷たい目線、いや、そもそも温度がないような瞳だった。そんな瞳に祈は気づくことはなかった。



(本当に理解ができない。なんで、こんなに何もしなくてもみんな振り向くんだろう)


 再び、美奈は、祈を横目に見た。白い髪、黄金の瞳、整いすぎた顔。ただ座っているだけで、広間の視線が集まる。


(……顔がいいだけね。祈の母親も顔がよかったらしいけど。お母さんが言ってたなぁ、本当にあの女に似て、大嫌いだって。まぁ、死んでせいせいしたらしいけど)




 そんな美奈の内心など知らず、当主であり彼女の父親である、当一が口を開いた。



「では、本日も無事に皆が集まれたことを喜ばしく思う。まず、島の祭典について——」


 定例の会合が始まった。


 祈は、話を聞きながら、周囲を観察していた。


 島守様への奉納、来月の祭典の段取り、神社の修繕費用。毎回同じような話が続く。嫌いな場だが、白守の一族として出席しないわけにはいかなかった。


 そして、会合が一段落したころ。


 ──広間の入り口が、静かに開いた。


 そこに立っていたのは、異様な男だった。


 黒いスーツ。両手には黒い手袋。そして、頭部には大量の包帯が巻かれており、辛うじて目だけがわずかに覗いている。


 包帯の隙間から見える瞳は、暗く、深く、まるで底のない井戸のようだった。

 男は、ゆっくりと広間へと入ってきた。


 その瞬間、場の空気が変わった。


(……なんだ、あの人)


 祈は、男を見つめた。


 不思議なことに、当一をはじめとする一族の重役たちが、さっと居住まいを正した。あの当一が、である。普段は傲慢ともとれる態度を崩さない男が、まるで目上の者を迎えるように、表情を改めている。


「これはこれは、白守縁(しろもりゆかり)様。ようこそお越しくださいました」


 当一が深く頭を下げた。


 白守縁。


 その名前を祈は初めて聞いた。


 縁は広間を見渡した。そして、その視線が、祈のところで止まった。


「……ああ」


 縁は、包帯に包まれた顔のまま、静かに言った。


「おや……大きくなったね。祈」

「……え、知ってるんですか、わたしを」


 急に話しかけられた祈は、反射的に答えた。ただ、彼女は不可思議な感覚を覚える。



(この人、どっかで会ったことがある?)



 しかし、そんな疑問に答えなどなく。ただ、不思議な感覚に支配されるだけだった。



 そして、彼女は同時に不快な感情も湧いていた。




(それに、この人、なんだ、すごく嫌な感じがするな)



 

 だが、いきなり敵対行動をするわけにもいかない。一族の大事な会合、そこにやってきた白守縁はかなり重要な人物であることも容易に、彼女は想像がついた。


 だから、何もできずに目線を合わせるだけとなる。


「知っているとも。有紗さんによく似た」


 そう語る白守縁。彼の口から出た有紗という名前。それは、祈の母親の名前だった。


「……母を、知ってるんですか」

「昔ね。美しい人だった。君も同じように美しく育ったね」


 まるで本当に、嬉しそうな声音で彼はそう言った。そして、縁は、それだけ言って、当一の方へと視線を移した。


「では、当一さん。続きを聞かせてもらいましょうか」

「は、はい。もちろんです」


 当一は、まるで別人のように恭しく答えた。祈は、縁の背中を見つめながら、僅かに眉をひそめた。



(……なんだ、あの男)



 母の知り合い。それだけは分かった。しかし、それ以上の情報がない。そして、何より気になるのは、あの当一が頭を下げているという事実だ。



 祈の中では当一は非常に偉そうな傲慢な男という印象だ。だというのに、まるで怯えたウサギのような言動を彼はしていた。


 この島で白守の当主に頭を下げさせる人間が、果たして何者なのか。そんな疑問が彼女に浮かぶ。



(こんなやつ、白守にいたか? ボクは基本会合はサボるが、偶には出てる。でも、見たことないし、名前も知らない)



(だけど、全員が恐れている。いや、美奈は、あんまり恐れない、と言うか知らないって顔してる。一族の一部と、重役しか知らない存在なのか?)




 ふと、再び白守縁が祈を見た。包帯に包まれた顔から微かに見える瞳、獰猛な獣のような視線に思わず彼女は視線を逸らす。




──まるで、生きた心地がしない。



 急に極寒の中に放り込まれたような恐怖が彼女を包んだ。そのまま、彼女は時間が過ぎるのを待つしかなかった。



◾️◾️


 会合はその後も続いた。


 縁は当一たちと談笑をしながら、島の祭典や奉納の細かな段取りについて話し合っていた。美奈はその様子を、不思議そうに見ていた。


「ねえ、祈。あの人、誰なの? 私、ちょっと分からないんだけど」


 美奈が小声で聞いた。


「……知らない」

「知らないの? でも、名前は白守だし、一族の人なのかな。お父さんも凄い気を遣ってるし」

「……さぁ」




 祈は、短く答えた。


 食事が運ばれてきた。島の食材を使った料理が並び、縁も当一たちと共に箸を取る。


 祈も、黙って食事をした。そして、縁が一度だけ、祈の方を見た。


 その視線には、何か含みがあるように思えたが、縁はすぐに当一との会話に戻った。


(……やっぱりどっかで会ったことが)


 祈は、そう感じた。会合が終わり、縁は静かに屋敷を後にした。その後ろ姿を見送りながら、祈は、冷たい夜風の中に立っていた。


 だが、彼が去ると恐怖感が消え、そして、その心はもう、夜の島の方を向いていた。




◾️◾️


 そして、夜。


 祈は屋敷を出てすぐに足を速めた。なぜなら、彼女には約束がある。志乃たちと、合流する約束だ。


 島の市街地を抜け、山寄りの場所へ。月明かりの下、祈は走った。


 やがて、志乃の顔が見えてきた。それだけでなく、横にはさらに二人の男女の影がある。


 それは黎明、志乃、白妙詩の三人だ。



「……遅くなった」


 祈は、三人に近づきながら言った。


「あ、祈さん。ぜ、全然大丈夫ですよ」

「お、きたね」


 志乃が小さく頭を下げた。そして、次に黎明は、にこにこと笑った。また、詩は、短く頷いた。



「わざわざすまないな」

「……いえ、ボクも聞きたいことがあったので」


 祈は、それだけ言った。詩は、それ以上は聞かなかった。その時、遠くから足音が聞こえた。



「祈ーっ!」


 そんな声と共に走ってきたのは、瞳月だった。


「あーし、ちょっと遅れちゃった?」

「いや、ボクも今来たところだ」


 少し、ぶっきらぼうだが祈は、短く答えた。そして、五人が揃ったところで、黎明が口を開いた。


「じゃあ、行こうか。今夜も経験値稼ぎに。今のところ、珍しいモンスターとかもいないし、今日こそレアモンスターに出会いたいね」


 にこにこと笑いながら歩き出す黎明の後ろを、四人が続こうとした。


 その時。



「──でも、もう一人こっちに来てる人がいるけど。その人はどうしようか」




 ふと、黎明は足を止める。


 五人が振り返ると、そこに一人の男が立っていた。


 ぼさぼさの長い黒髪。深い目の隈。中年ほどの年齢であり、顔色も悪い。いかにも不健康そうな外見だ。


 しかし、その目は鋭く、五人を見渡している。あれ、この人どっかで見たなと思う黎明。


 誰であったか。と思い出す前に──


「パパ!?」


 瞳月が、驚いたように声を上げた。


 そう、彼女の父親である九条透(くじょうとおる)


 彼は、娘が夜に出かけたことに気づき、追いかけてきたのだった。その経緯は彼女が出た直後、娘がいないことに気づき、急いで島を走り回り彼女を見つけたのだ。


 また、黎明が見覚えがあった理由。それは朝ランニング中に黎明もすれ違っていたため、どこかで会った気がしていたのだ。


「……瞳月、夜に出るなと言っただろ」


 透は低い声で言った。しかし、その声はどこか震えている。なぜなら、目の前には化け物とすら評した、【黎明】が立っているからだ。



 なぜ、娘と一緒に? そして、何が目的なのか? 色々と疑問が尽きないが、彼は父親。


 一度、それらを横に置いて娘を見据える。


「で、でも、パパ……」

「それに……なんで、その化け物と一緒なんだ、早く、離れろッ」


 透はそう言って、瞳月の腕を掴もうとした。その時、黎明の視線が、透に向いた。


 一瞬、透の全身が固まった。まさに蛇に睨まれた蛙のように。無論だが、黎明は威嚇的な行動は何もしてない。


 いつものように、普通の目線を向けているだけである。


 朝のランニングで出会った、あの化け物。今、目の前に立っている。



「あ、朝の人だ。こんばんは」




 軽く、知り合いに声をかけるように。ただ単に挨拶をしただけであった。だが、しかし、黎明の潜在能力の一端を見てしまった彼には、それだけでも恐怖を感じる。


(……また、こいつだ)


 透の背筋に、氷のような悪寒が走った。心臓が、嫌な音を立てて脈打つ。手の中には汗が溢れ出し、地震が起きてるかのように震えた。


(落ち着け。落ち着け、オレ。こいつは今のところ、何もしていない)


 震えながらも透は、必死に自分を制御した。そして、震えながらも必死に声を捻り出す。



「……ああ」


 目線を落とし、透は、掠れた声で答えた。その様子を見ながら瞳月は、父親と黎明を交互に見た。


「パパ、黎明くんのこと知ってるの?」

「……朝に会った。それだけだ」

「……あ、やっぱりさっき言ってた化け物って、黎明さんのことなんだ」



 透は、努めて冷静に答えた。だが、彼の異様な怯えようから、娘である瞳月は気づいた。


 黎明こそが、父が恐れていた存在なのだと。このような父を彼女は見たことがない。


 いつも、家の中に閉じ籠り仕事もしない。しかし、彼女にとっては身近な大人であり、父親であったがゆえに大きな存在として見えていた。


 だが、まるで小動物のように縮こまっている。それが衝撃的だった。


 


(……【霊眼】)



 一方で、そんな娘の事情など考えられない状態の透。そんな彼の能力が、再び発動する。


 現れるのは黎明の強さの数値。


霊力:0043

剛:983

迅:891

堅:671


 あれは決して間違いなどではなかったと改めて戦慄をする。朝と変わらない数値。この絶対なる化け物が、今、目の前にいる。


(——どうやっても、これは倒せるわけがない。今生きていることさえ奇跡。こいつが少しでも気が変わればこっちは死ぬ)


「パパ、黎明さんは大丈夫だよ? それとこっちの詩さんと志乃さんも、最近知り合った人で安全な人達みたい……だから、そんな怖がらなくて大丈夫だと思う」


 瞳月が透にそう語りかける。確かにと、彼は僅かに納得した。なぜなら、黎明には本当に一切の敵意がない。


 もちろん、嵐のような自然災害同様、人間にはどうしようもないほど強いのは事実。しかし、それを無闇に扱うようには見えない。


 だからこそ、僅かに彼は安堵をした。



「えっと、これから、怪異を倒しに行くんだよ。一緒に来る? パパ、前に人間は怪異は倒せないって言ってたけど、黎明さん達は倒せるんだって」

「いや、馬鹿を言うな。人間が怪異を倒せるはずが——待て、そもそもこの男は、人間、なのか?」



 それは当然の疑問だった。志乃も異様な霊力をしているが、何よりも目を引くのは黎明という存在。


 その強さは、人の枠組みを超えている。表すなら、神域、神の領域に足を踏み入れているような強さだ。


 これを人間と言うにはあまりに不可思議であると彼は考えた。




「人間だよ。俺は」

「……ただの、人間、だと言うのか?」

「まぁ、職業は勇者だけど」

「……勇者? 英雄のような存在ということか?」

「あー、いや、あり方っていうより、職業的な意味かな。俺は別に世界平和とかは考えてない」

「……職業的な意味か。まるで、RPGのような」

「あぁ、そうそう。俺はそんな感じ。ほらモンスターも倒したら、経験値入って強くなるじゃん? RPGみたいだし、職業も勇者的なのがある感じかなって」




 その場で色々と話を聞いた透。そして、黎明の話を頭で考え、理解をする。しかし、彼の頭は理解を拒んでしまった。



(え、何言ってるんだ。言ってることはわかるが、共感ができない。怪異をモンスターとも呼ぶし、そもそも、こいつはまるで……生まれ落ちた瞬間から、怪異を倒すのが当たり前のようだった言い方だ)



(……人間に、怪異が倒せる。しかも、当然のように……そんなことが?)


 戸惑いながらも、透は黎明を見据える。そして、彼だけでなく、改めて五人を見た。


 娘の話では、祈も倒せていたと聞かされていた。しかし、それは彼自身が眉唾だと否定をしてしまっている。


 でも、それは当然だった。彼は陰陽師として生きてきて、怪異を倒せるわけではないと、そう信じて生きてきた。


 だが、あの時、間違っていたのは……




(……ありえない。だが、この化け物が一緒にいるなら)


 

 透は、葛藤した。


 ただ、目の前には圧倒的な力を有する人間がいる。しかも、彼だけではなく、他にも異様な霊力を保有する少女までもが。



 それらの事実が徐々に、透の考えを変えていた。



「……もし、本当に倒せるなら、見せてくれ」

「いいよ。ただ、この辺あんまり強いのがいないから、見てて退屈かもね」




 まるで余裕綽々。近所に遊びに行くかの如く、歩き出した黎明。その後を透は、ゆっくりと追いかけ始めた。





◾️◾️



 六人は島の山寄りの道を歩いていた。


 透は黎明から少し距離を置きながら歩いている。隣にいたいわけでは断じてないが、目が離せないという複雑な心境だった。


(人間が怪異を倒す。ありえない話だ。しかし、この化け物——黎明がいるなら、何かが起きても対処できるのか……?)



 透は複雑な思いで歩き続けた。その時だった。空気が、変わった。


 ぞわり、と。


 全員の肌が、同時に粟立った。


「……なんだ、これ」


 透が、低い声で言った。その声に呼応するように、志乃は、黎明の袖を思わず掴んだ。


「黎明さん……これ、今までとは」

「うん、そうだね」


 黎明は嬉しそうに短く答えた。その後、瞳月は、異様な気配の場所に向かい、無意識に霊力測定を発動した。そして、視界に映った数値を見て、息を飲んだ。



「459……?」


 それは、志乃を除けば今まで見たことのない数値だった。祈の数値すら遥かに超える、圧倒的な霊力量。


「瞳月……見えたか?」


 そう言って透が娘を見た。彼もまた、その異様な数値を見て、額に汗をかいている。


「パパ、459って……志乃よりは少ないけど、ものすごく不気味で気持ち悪い感じ」

「あぁ……邪悪。人とは違うと一瞬でわかるほどだ」


 既に透も【霊眼】を発動していた。


霊力:459

剛:318

迅:302

堅:344


 全項目が、三桁。ここまでの数値の怪異となると、霊格的には穢れを超える強さであることは明確。


(……怪異か。そして、この数値は)


 透は思考を巡らせた。


(黎明の数値と比べれば、霊力は遥かに下。だが、剛・迅・堅は、黎明よりも——)


 その時、透は気づいた。黎明の剛は983、迅は891、堅は671。どの数値も、目の前の存在を上回っている。



(……このバケモノより、黎明の方が強い。それが事実なのか……人間の方が恐ろしいと思うだと? それと、こっちの女の子も700オーバーだと? どうなってやがる。黎明ほどじゃないだろうが、この子も異次元だ)


 黎明は言わずもがなだが、その横にいる女の子。志乃も霊力が高い。二人を見て透の背中にまた冷や汗が流れる。


 そして、暗闇の中から、それは現れた。


 白い鹿の角を持つ、人型の怪物。


 身長は二メートルを超え、二本の脚で直立して歩いている。体つきは鹿に近いが、骨ばって痩せ細り、人が鹿の皮を無理やり被ったような歪さがある。


 顔は、鹿のようだが口だけは人間のように裂けている


 動物の顔だが、愛くるしさは一切なく、瞳には明確な殺意が宿っている。常に薄く笑っている口は、耳元まで裂けており、奥には人の歯と鹿の歯が混ざって生えている。


 黒く濁った目が、六人を見渡した。


「……ッ」


 透が、息を呑んだ。


「あ、あれ……」


 瞳月が震える声で言った。


 志乃も、全身が凍りついたように動けない。詩は、無言で符を構えた。


 祈は、その怪異を見て、眉をひそめた。


(……やばい、これには絶対に勝てないッ どうやっても、勝てるイメージが湧いてこない……だけど、なんだ、どこかで、会ったことがある気がするのは気のせいか?)


 そんな既視感が祈の胸の中に広がっていた。いつ、どこで。それが思い出せない。ただ、確かに知っているという感覚だけがある。


 一方、黎明は。


「お、でかいね。角がかっこいい」


 そんな感想を抱きながら、黎明はにこにこと笑っていた。そして、目の前の怪異は、六人を見渡した後、ゆっくりと口を開いた。



「……最近、怪異の減るのがあまりに早いと思っていたら、まさか、人間の仕業とは」

「お、話せるんだ。こりゃ、レアモンスターなわけだ。人語を話せるモンスターが強いのはあるある、ちょっとワクワクしてきたね」

「……人間にしては、随分と好戦的だ」




 次の瞬間、黎明は動いた。


 いや、正確には、動いたと気づいた時には、既に黎明は怪異の懐に入り込んでいた。



「——ッ」



 鹿の怪異が、反応しようとした。


 だが、それは黎明という規格外の前では余りにも遅い反応だった。


 黎明の拳が、怪異の胴体に叩き込まれた。その衝撃波が、周囲の木々を揺らした。葉が舞い散り、地面が小さく揺れる。


 次の瞬間には怪異は、吹き飛んだ。


 二十メートル以上、木々をなぎ倒しながら、その巨体が吹き飛んでいく。


「……え」


 透が呆然と言った。瞳月も、口を開けたまま固まっている。


 だが、黎明は止まらなかった。


 吹き飛んだ怪異に向かって、再び走る。怪異は、四足に切り替えて立ち上がろうとした。だが、その動作が完了するより前に、黎明はもう目の前にいた。


「速い……何かが動いてるとしか分からん」


 透が、掠れた声で言った。


(迅が891。オレがおかしいわけじゃない。寧ろ正解だったか。能力が誤作動を起こした可能性も考えていたが……その通りだった。人間の動体視力では、追いきれない速さッ)


 黎明は怪異の角を掴んだ。


 そして、そのまま地面に叩きつけた。


 轟音。地面が割れ、土煙が舞い上がった。


「すごい……」


 志乃が息を飲んだ。


 怪異はそれでも立ち上がろうとする。霊力の高さが、尋常でない耐久力を生んでいるのだろう。


 だが、黎明は掌に炎を作り出した。それは、志乃の炎とも、祈の炎とも違った。小さいが異様な存在を感じさせる。


 遠くにいる五人にも、その熱量が、肌を刺す。


 そして、黎明はその炎を、怪異の胸へと叩き込んだ。



「──フレアボム」


 轟炎。爆発するように炎が広がり、怪異を包み込んだ。その後、紅い光が、夜の闇を切り裂いた。



「……」


 透は声が出なかった。だが、心の中では必死に彼の強さに驚愕をしている。


(今初めて理解した。こいつは、紛れもなく……どうしようもないほどに強い。文字通りの桁違いの強さだッ)



 炎が収まった後、怪異の姿は消えていた。六人の間に、静寂が流れた。黎明は、掌を見つめた。



「……うーん」


 すると、黎明は、少し首を傾げた。なぜか、倒したはずなのに、達成感がないような顔つきだ。


「どうしました?」


 志乃が、恐る恐る聞いた。


「なんか、倒した感触がないんだよね。ちゃんと当たったはずなんだけど」

「倒した感触が……ない?」


 詩が、眉をひそめた。これまでの経験から、黎明の言ってることは意味があると分かっている彼女はすぐさま、思考を回す。


「うん。なんか、違和感がある。もぬけの殻みたいな感じ?」


 黎明は、そう言いながら、周囲を見渡した。


 その時。


 後ろから、気配がした。


 全員が振り返った。


 そこにはまた同じ怪異が立っていた。


 その容姿も全く同じで、白い鹿の角と顔。裂けた口。黒く濁った目。


 さっきと全く同じ姿で、静かに立っている。


「ほーう」


 黎明は、目を輝かせた。そして、口元に笑みを浮かべた。



「面白くなってきた。さっきのは分身か何かかな。こっちが本番ってこと?」

「……さぁ、どうでしょうか」

「いいね。ネタバラシされても、面白くない。攻略本は読まない主義なんだ」


 そう言って、黎明は怪異を見つめながら、にやりと笑った。


「倒し方はこっちで考えるから、わざわざ言わないでね」

「……狂人。こんな人間が存在するのか? あり得ぬ、だが、野放しにするのは非常に危険ですね」


 静かに黎明を見つめ返しながら、怪異が言葉を紡ぐ。 


「あなたを、食材にしてさしあげましょう」

「こっちは、経験値にしてやる」


 夜の饗島に、輝くような黎明の笑顔が浮かんだ。ようやく、彼が楽しくなるような展開になってきていた。




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― 新着の感想 ―
最高の食材がどうとか、味は善悪が〜とか言ってたのに急に格上とのバトルを要求される感じ。 昔はバリバリだった上司が今は管理職で偉ぶってたのに急に昔の上司来て仕事の内容質問されたから「(現場のやり方今もう…
パパさん心折れてるけど意外と娘は大事にしてるようなので立ち直って欲しいね。
こんにちは。 なるほどこれがいわゆるヤムチ○視点ってやつですか…。ガンダ○シリーズならプチモビに乗った一般兵が、Hi-○のアム○とナイチンゲールのシャ○の戦いを間近で見てる感じというか。
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