第40話 志乃、コミュ力爆発!
志乃と瞳月は島を歩き回る。
しかし、すぐに見つかることはなかった。ただ、瞳月は祈がよく行く場所をいくつか知っていた。だから、そこを順番に回っていくことにしている。
「祈、どこにいるかなー」
そう言って瞳月は周囲を見回す。
「あ、あの……祈さんって、どういう場所が好きなんですか?」
同じく、一緒に探していた志乃が小さく聞いた。
「んー、海が見える場所とか、静かな場所が好きかな。あと、走ってることも多い感じ?」
「そ、そうなんですか……」
「だから、これって場所はないんだよねー。ずっと移動してる時あるし」
「運動が好きな方なんですか?」
「うーん。運動が好きってより、余計なことを考えたくないんだって。走って疲れてる時は、考えが巡らないからって言っていた」
どうやら、色々と悩みがあるのだなぁと志乃は思った。そして、そんな彼女と話をすることに、緊張も持っているようだ。
そんな様子の志乃を見て、瞳月はにこにこと笑った。
「志乃ちゃん、緊張してる?」
「は、はい……わたし、コミュ力まだ発展途上なので……う、上手く話せるか不安で……」
「大丈夫だよ。祈、優しいから。無口だけど。だから、嫌われてるかもとか思わないで大丈夫」
「そ、そうなんですか……で、ではわたしから沢山話しかけます!」
「志乃ちゃんって、意外と積極的だよね」
「れ、黎明さんのおかげです」
志乃が何度も黎明のおかげというので、瞳月は少し気になったようだ。彼女の中では黎明の霊力は【43】という低い数値である。なので、シノの方が強いのではないか? と考えているのだ。
「さっきも言ってたよね? 黎明くんのおかげ? でも、志乃ちゃんの方が霊力も大きいし強いんだよね」
「え、えっと前も言いましたけど、それは多分間違いだと、思います。れ、黎明さんって超すごいんですよ」
「そう、なの? ふーん、そもそもどこで出会ったの?」
「え、えっと、その、私、影森町って所で黎明さんと初めて会いました。私がもともと住んでた所に、黎明さんが引っ越してきた形です」
「影森、どこ? ちょっと待って検索するねー。遠野市の奥、岩手県なんだ。結構遠いじゃん」
そう言って、瞳月はスマホを取り出し、影森町について検索をした。
思っていたより遠くて、彼女は少し驚きつつ、志乃が言ったことが気になっていた。
──黎明の方が強い。
まさか、自分の霊力測定が間違っているとは思っていない。
だが、志乃がここまで黎明はすごいと語るので、色々と聞いてみようと瞳月は考えていた。
「……ふーん、こんな遠いところからね。そういえば、黎明さんが凄いっていうけど。そんなになの?」
「それで、そこに山神っていうヤバい怪異が封印されてたんです」
「へー強いの?」
「……もう強いなんてレベルじゃないです。封印が解けちゃったんですけど、黎明さんがいなかったら日本壊滅してました」
「ええ!? 日本壊滅? ほ、本当? 話盛ってない?」
まさかの日本が壊滅する。そんな発言に瞳月も疑ってしまった。そこまで大きな状況を想像できるわけもないのだ。
しかし、これは実際にあった話なのである。そして、志乃は当事者の一人だ。
「も、盛ってないです。本当にやばかったんですから!」
「へー、そんな神様の封印が解けちゃったんだ。なんで?」
「え、それは黎明さんが封印を破壊したからですけど」
「え、なんで? 自分で解いて、自分で倒したの? マッチポンプじゃない?」
「い、いや、そ、それは、違わないですけど。で、でも、黎明さんが解かなくても、あと数年で封印が解けちゃったみたいですし……」
志乃は黎明を庇っているわけではない。なぜなら、本当に黎明のおかげで日本は救われたと思っているからである。
しかし、日本壊滅、そんなスケールがあまりに大きい話を聞いてしまうと、実感が瞳月には湧かない。
だからこそ、ストレートに信じることができないのだ。さらに、それを聞いた瞳月は別の可能性を邪推していた。
「もしかして、好きな人だから庇いたい系?」
「……え、い、いや、その、感謝はしてますけど、す、好きとか、そ、そういうのじゃ」
「え、嫌いなの?」
「そ、そんなことないです! た、ただ、わたしは本当に黎明さんはすごい人だと言いたいだけです!」
「へー」
瞳月は……あぁ、好きな人を庇いたいだけの女の子か。好きになったらとことん庇うタイプか、という視線を志乃に送った。
「ほ、本当に感謝してます。わたしは、ずっと一人ぼっちだったから……。心配してくれる家族は居たんですけど。でも、それは家族だから一緒にいてくれるだけなのかなとか、ずっと引きこもりでいいのかなとか、化け物が寄ってきちゃう体質だから、いつか死んじゃうのかなとか」
「……そっか」
「でも、黎明さんが急に現れて助けてくれました。それに本当に感謝してます……わたしはその時、何も出来なかったから。だから、黎明さんに助けられたから、せめて、成長をしないと」
「……」
グッと拳を握って、志乃は意気込みを語った。表情は怯えたり、強張ることが多いが瞳は強い意志を宿していた。
「わ、わたし、ゆ、夢があって」
「なになに?」
「黎明さん、ほどは無理とは思うけど。でも、強くなって、コミュ力もガンガン上げて……今度はわたしが助けたい。まぁ、黎明さん、わたしなんて必要ないくらい強いと思うんですけど」
「……そんなに黎明さんが好きなんだ。ふーん、志乃ちゃんがそこまで言うってことは本当に強い……?」
志乃がここまで語るので、黎明には本当に何かあるのかと瞳月が思い始めていた。
それに思えば、黎明を見た時、霊力の数値が一瞬おかしくなる時もあったことも思い出す。
(もしかして、本当に……?)
──瞳月の疑問は少しずつ大きくなっていた。
◾️
祈を探す二人は島の海岸沿いを歩いていた。色んな話をしながらも、時間がどんどん過ぎていく。
そろそろ見つからないだろうか、そう二人が思い始めた──
その時、遠くに白い髪の少女が見えた。
──祈だ。
彼女は海岸沿いの岩場に座り、海を見つめていた。風が彼女の白い髪を揺らし、セーラー服の裾を揺らしている。
「あ、祈ー!」
瞳月が手を振りながら叫んだ。
祈は二人に気づいたが、特に何も言わなかった。ただ、静かにこちらを見ているだけだ。
「祈、いたいた。実は紹介したい子がいてね……志乃ちゃんなんだ」
そう言って、瞳月は志乃を前に出した。
「え、あ、あの……」
そして、志乃は戸惑いながらも祈に近づいた。オドオドしながらも、志乃は祈を見つめる。
その視線の先、祈の瞳は黄金のように輝くが、感情が読み取りにくい。
「……何?」
「あ、あの……わ、わたし、志乃です……昨日、お会いしましたけど……」
「……覚えてるけど」
「あ、あの……祈さんは、いつもここにいるんですか?」
「……たまに」
「そ、そうなんですか……」
ぶっきらぼうの祈。話し慣れてない志乃は少し緊張しながら、頭をフル回転して言葉を考える。
(えっとえっと、何を言えばいいんだろう!? あっちから話題を振ってくれないかな! あ、いやいや、そんな逃げの姿勢でどうするんだ、わたし!)
(黎明さんの役に立ちたいなら、逃げるなんて……あり得ない)
(自分から、自分から、わたしから、話しかけるんだ。これを、会話をして、経験値にするんだ)
「と、ととと、隣、座っても?」
「……いいけど」
こうして、志乃は祈の隣に座った。そして瞳月も、その隣に座る。そのまま三人は、しばらく黙って海を見つめていた。
波の音が静かに響いている。志乃は、勇気を出して言った。
「あ、あの……祈さんは、その、好きな歌手とかいますか?」
「……いない」
この質問は志乃がとりあえず、仲良くなるために投げた質問である。そして、その質問に短く祈は答えた。
「あ、わ、わたしも、あんまり音楽とか分からなくて……。あ、えと、学校とかって、友達とどんな話とか、しますか?」
「……最近話題の、スイーツとか。まぁ、瞳月とかしか話さない。ボク、一人が好きだから」
その時、志乃の頭に電流が走った。
(こ、この人も学校でぼっち! わ、わたしは最近は話しかけてくれる人がいるけど、気持ちはすごくわかる! 共感をすれば会話は大丈夫って、コミュ力の本で読んだ!!)
「あ、わ、わたしもぼっち気味で!」
「……別にボクはぼっちじゃないけど」
「あ、えと」
「……猫とか犬とか、友達いるんだけど」
「あ、えと、なんか、同じ匂いがするとか思ってすいません」
志乃は取り敢えず共感をしておけば大丈夫だろ。と思っていたが、それは見事に玉砕した。
もうそろそろ、帰った方がいいか。
そう思いかけた志乃……しかし、彼女は諦めなかった。
(いや、まだだ。わたし、わたしは、まだ行ける!)
志乃は再度、心を切り替えて祈との会話に臨もうとする。一方で、なんでこんなに話しかけてくるんだ? と祈は疑問的な顔になっていた。
「わ、わたし、と、友達を新しく作りたくて……」
「……」
「い、いつも、来てくれた人に何かしてもらったばっかりだから、その……友達を自分から作ったことがなくて。だから」
「……」
「友達に、な、なってくれませんか!」
そのまっすぐな言葉聞いて、祈は志乃を見た。
怯えながらであるが、志乃がまっすぐな瞳を自分に向けていることが分かったようだった。
「……まぁ、いいけど」
「ど、どうも! あ、ありがとうございます!」
「……なんか、アンタみたいな人に会ったのは初めてだな」
「そ、そうですか?」
「……うん、凄く強い。霊力とかじゃなくて、心が強いって感じ。話すのあんまり好きじゃないでしょ」
「は、はい」
それならば、尚のこと自分に話しかけてきたことを彼女は凄いと感心をした。祈もあまり人と好んで話すタイプではない。
どちらかというと大人しく、個人で動くタイプである。
だからこそ、志乃の一生懸命な姿に何処か自分を重ねていた。
「そっか。分かった。ボクも友達、少なくてな。多分、瞳月がそうかなって感じというか。それ以外はいないんだ」
「あ、な、なるほど。以前、その、一緒にいた二人は?」
「……高貴と美奈は友達、とは思いたいけど。なんか、違う気がするんだよな」
「ふ、複雑なんですか」
「……まぁ」
志乃はこれ以上は踏み込まないようにした。初めて自分から作った友達でもあるし、下手に地雷を踏んで複雑な関係になることを避けたのである。
「いやー、志乃ちゃんやるね。祈とすぐ友達になるなんて。コミュ力お化けじゃん」
「へ、へへ、そ、そうですか? へへ、で、でも祈さんも友達になってくれたから」
「……まぁ、一生懸命さは伝わるし、悪い子じゃないとはすぐ分かったから」
こうして、友達になった二人だがここで話が終わるわけがなかった。
「祈さんも、一人で戦ってるんですよね……」
「……ああ」
「す、凄いですね。何か陰陽師に関係する一族とかなんですか?」
怪異を倒せる人間。そんなのは通常あり得ない。今でこそ、志乃は怪異を倒せるが、最初からそうであったわけではない。
だが、祈は最初から倒せる。どうしてそうなのか、それが疑問であった。
「ボクは、陰陽師に関係あるのかは知らないが……白守家の人間だ。この島の、古い家柄の」
「白守家……」
「ああ。白守家は、この島の神社を守る家柄だ。島守様に仕える一族。祭りとかも仕切っている」
「……祈さん以外に倒せる人は」
「いない」
祈は静かに言った。つまりは黎明と同じような唐突に現れた異端な存在の可能性が出てきた。
「だから、家柄が怪異を倒せる理由かは分からないな」
「なるほど。じゃあ、黎明さんと一緒の可能性があります」
「……黎明、あの白髪の男か」
「はい」
「……あいつと志乃、どっちが強い」
「黎明さんです。というか、黎明さんに勝てる存在をわたしは見たことがありません」
最強。
そんな二文字が志乃の頭の中にはあった。どう足掻いても黎明が負ける姿は思い付かない。
そして、黎明をここまで肯定する志乃の姿に、祈は僅かながらに同意を見せる。
「確かにな。あいつは……かなり強いだろうな」
「え? そうなの? あーしの霊力測定だと」
「その測定だけが全部じゃないんじゃないか?」
やはり、瞳月は僅かな疑問があったが、祈までもそう語るのであれば流石に自分を疑い始める。
「あーしの測定が間違ってた可能性もあるのかな? それともやっぱり正解? 間違ったことない訳だし」
「どっちもありえる。それだけなんじゃない? 両方とも正しい可能性もある」
「え? 結局どっち?」
祈と瞳月、結局どっちが正しいのか分からず。そして、結論は出さず、祈は再び志乃の方に向き直った。
「まぁ、黎明を志乃が深く信じてるんだな。ボクもあいつは普通じゃないとは思う」
「そ、そうですね。黎明さんは凄まじいです」
「そうか。あんたの話具合でなんとなく分かった。それで、その黎明とあんたはなんでこの島に来たんだ?」
「あ、そうでした。その、怪異を倒せる人間がこの島に、居るって聞いて……」
再び、志乃が話を戻す。そもそも、この島には黎明と同じく、怪異を倒せる存在の調査を目的でやってきている。
そして、目の前には怪異を倒せる存在。詳しく話を聞くべきと志乃は考えた。
「あの、祈さんも怪異を倒せるんですよね。いったい、いつから?」
「……倒せるようになったのは、三ヶ月まえからだ」
「三ヶ月前、ですか」
「……唐突に見えるようになったんだ。島のあちこちに化物がいて、それが人を襲おうとしてたから、戦い始めた。それだけだ」
ぽつりと、思い出すように祈は語り始めた。僅かに辛そうに見えるのは彼女が良い思い出と思っていないからだろうか。
「そ、その、すいません。嫌な思いででしたか?」
「……いや、気にするな。ボクのことが知りたいんだろう?」
「ま、まぁ、そうですけど。でも、辛い思い出なら。無理にでも……」
「……いや、別に構わないが」
志乃は優しい性格なので、少しでも悲しそうな顔をされると、遠慮してしまう。
ただ、このままではいけないと彼女は考える。
「あの、わたしの話も聞いてもらえないでしょうか。祈さんが話してくれるなら、わたしも話します」
「……それで、志乃が話しやすいならいいんじゃないか」
「祈さんだけ、辛い思い出をお話しをさせるのはスッキリしなくて」
──そう言って、志乃は自らの過去について語り始めた。
物心ついた時から、自分には怪異が寄ってきてしまうこと。
そして、そのせいで引きこもりになり、両親も離婚し、父は死んで、姉は自分を救おうとして山神に誘われてしまったこと。
それは、全てが自分のせいであったこと。
それを彼女は話した。
相手だけに話をさせるのも申し訳ないという思いもあるが、それ以上に彼女は、相手と分かち合いをしたかったのかもしれない。
相手を知って、自分を知って欲しい。
そうすることで、友達にもなれる気がしていたからだ。
(こいつ、思っていたより本当に勇気があるんだな。オドオドしてるが、相手と話して、つながろうとする意志を感じる)
そんな志乃の意志を、祈も感じていた。だからこそ、彼女も自分の話をしようと思った。
「そうか。志乃も色々あったんだな。怪異が寄ってくる体質か。ボクも似たような体質なのかな?」
「あ、祈さんも天賦者なんですね」
「天賦者……?」
天賦者という聞き慣れない言葉を聞いて、祈は首を傾げた。
「あ、天賦者というのは特別な霊力を持つ人間のことのようです。詩さん、わたしと一緒にいた女性の方に教えてもらいました」
「そうか」
「わたしの場合は怪異が寄ってきてしまう霊力を持つ、天賦者ということになるらしいんです」
「ボクも同じなのか?」
「それは、まだ完全にそうとは言い切れないかもしれないです。ただ、怪異って生きてて何度も沢山遭遇するものではない。と言われているので何度も倒している祈さんは何かがあるのかもしれないとは思います」
志乃に説明を受けて、祈は自らの手を何度も感触を確かめるように握った。その時、疑問が彼女に溢れた。
今でこそ、彼女は怪異を倒すのが当たり前と認識している。
しかし、思えばそうなったのは三ヶ月前からだった。そう、唐突に倒せるようになり、それが当たり前となっている。
それより前はそんなことなんて、無かったはずなのに。
「ボク、怪異が見えるようになったのも三ヶ月前からなんだ」
「あ、そ、そうなんですか?」
「志乃は? いつからだっけ?」
「物心ついた時にはもう……両親は初めて異変があったのは、生まれて二ヶ月してからって」
祈はその話を聞いて、自らと志乃の違いに強烈な違和感を持つ。
「ボクは、唐突なんだ。三ヶ月前くらいに、本当に急に怪異が周りに溢れ出した。これって、志乃とは違うような」
「……確かに天賦者は固有の生まれ持った才能とも言われますけど。後天的に授かる人間もいると聞きます」
「……じゃ、ボクは後天的に怪異が寄ってくる体質ってことか」
天賦者、その概念に自分が当てはまるのか。その事実に少し、彼女は違和感を持ってしまっていた。
「三ヶ月前か……志乃、ボクの話を聞いてくれないか。何か、今の自分に強烈な違和感が湧いた気がしたんだ」
「わ、わたしでよければ」
「三ヶ月前……【美色】とか言われ始めた時からか、急に怪異が見えるようになったんだ」
──【美色】と云われる聞きなれない単語に、志乃は首を傾げる。
「……美色?」
「この島で、十年に一回くらい、勝手に選ばれる称号だ。美しいと思われる人間はそう言われて、皆んなから羨ましがられたり、嫉妬されたりする」
確かに祈は異様に整っている顔の造形をしている。だからこそ、美の色、美色と呼ばれるのも納得だなと志乃は考えていた。
「その【美色】と言われてから、怪異が見られるように?」
「あぁ……ただ、すぐって訳じゃないか。同性からは嫉妬。異性からは憧れ。そういう感情を向けられて、複雑な感情が渦巻いてて……色々とイライラしてて」
「……そうですか」
「だから、ムシャクシャもしてたんだったかな。怪異に襲われてる人がいて、イライラをぶつけるように落ちてた鉄パイプで殴って倒した」
「……そ、それはすごいですね」
まさかの、落ちていた鉄パイプで倒したという事実に志乃は驚きを隠せない。そんなやり方で、怪異を初見で倒すとは黎明に通じるものもある気がしていた。
「……まぁ、そんな感じかな。ここまでで気になる点はあったか?」
「その、急に怪異に狙われるようになった理由は分かりませんでした。ただ、詩さんに話を聞いて貰えば何か他にわかることがあるかもしれません」
「そうか」
「あ、でも、詩さんは霊力と感情はリンクしてるとも言ってました。だから、感情が動いて才能が目覚めたとか……」
「感情か」
どこか似ている二人。ただ、似ているだけで何かが違うと祈は感じていた。どうして、志乃と同じように周りに怪異が溢れるようになったのか。
その疑問の回答が出ることはなかった。
だからこそ、釈然としない気分になっているのだろう。
「美色に選ばれたからか」
「……その、美色って、島で一番美しい人に送られる称号なんですよね?」
「あぁ」
「これは、怪異とか関係ない素朴な疑問なのですが、人気投票とかしてるんですか?」
「さぁ、知らないな。勝手に決められるから。誰が決めたとか、そんなの知らない。でも、気づいたら勝手に言われてた」
誰が決めたのか、分からない。だというのに、それを島中が共有している事実。
そんな、気づいたら見せ物のようになってしまった状況。これは感情が大きく動き、霊力が変質してもおかしくはないと志乃は思っていた。
「……確かに、その美色と言われ始めて環境が変化したのが原因とも取れますね」
「……そうなのか」
「す、すいません。わたし専門家ではないので、確定的なのはやはり詩さんに聞いた方がいいかもです」
「そうか」
「あ、それと、詩さんは本当にベテランの凄腕陰陽師さんなので、ちょっとの情報からも推測とかが得意なんです。だから、何か少しでも気になることがあれば、言ってもらえると、今思い出したこととか、話してる途中で思い出したことでも!」
何か、言い忘れていること、何か、気になること。そんなことはあったか。そう彼女は自分の心に問いかける。
今までの過去の中に、記憶を振り返りながら彼女は再び過去を語った。
「志乃、もう少し、話を聞いてくれ」
「はい、わたしよければいくらでも
「──これは、怪異と関係はないと思うけど……十年前、ボクの両親が離婚したんだ。離婚と言っても母親が急に失踪したんだけど」
母親が急に消えた。
その事実に自分の過去を自然と志乃は照らし合わせる。そして、祈はゆっくりと自分の過去に語る。
「母と父は、仲が良かった。本当に愛し合ってたし、互いに想いも大きかった。でも、急に母親が消えてしまったんだ」
「……」
「母が消えたことが相当ショックだったんだろう。そのまま自殺して死んだ」
「……っ」
母と父、それを一度に失った彼女の心境は計り知れない。
だからこそ、安易に志乃は何も言えなかった。
自分はまだ、姉がいてくれている、それは当たり前じゃなく、すごく幸福なのだと改めて彼女は噛み締める。
「今思えば……その時のストレスは常軌を逸していたと思う」
スッと、流れるように彼女は右腕の服の裾を捲った。そこには、何重にも重ねられた傷跡が存在していた。
まるで、何度も何度も包丁で切り刻んだみたいに。傷が塞がってなお、その傷跡は痛々しく残り続けていた。
「そ、れは……」
「なんで、だったか。あぁ、痛い時は感情を忘れられた」
当然のように語る彼女の顔は、腕の傷に反して涼しげだった。
そのまま、裾を捲ったまま、彼女は海を眺めて、感情のない瞳で過去を振り返った。
「あの時、本当に気が狂いそうだった。母親は、気づいたら消えて、島の人は自分の美貌に自惚れて外に男と出ていったって言ってた」
「……」
「誰かが言ってた、でも、その誰かも分からない。気づいたら皆んなが、母親が他の男と一緒に島の外に行くのを見たって。でも、ボクは信じられなかった。父親だって、信じてなかった、と思う。そのまま父親も自殺してた」
僅かに彼女から漏れているのは怒りの感情に近かった。顔は無表情なのに、その瞳の圧が明確な怒りを醸し出していた。
「母親、父親、両方が消えた。両方とも、勝手だ、ボクを残して、勝手に消えた。だから、両方嫌いだ。でも、大好きだった」
「……」
「だから、自分でも自分の感情が理解出来なかった。愛と憎しみと怒りと、後悔と、感情が交錯して、自分が自分でなくなっちゃうところだったから。だから、痛みで全部誤魔化した」
「……」
「気づいたら、血を流しすぎて気絶して、病院にいたんだ」
そう言って彼女は裾を下ろして、傷跡をしまった。これ以上は、この傷は関係ないと言わんばかりに。
「そこからは冷静だった気がする」
「……そう、ですか」
祈の怒りは話が終わると同時に、消えた。ただ、志乃は彼女の怒りを感じ、悲しみを抱いた。
なんて言っていいのか、分からないほどに彼女の人生は悲惨だった。
「……あぁ、そういえば、病院の見舞いに来てくれた人の中に変な人がいた」
「変な、人?」
「顔はよく覚えてないけど……いや、マスクしてたんだったかな。その人、《《すごく嫌な感じがした》》」
どうして、今まで忘れていたんだろう、そんな少し驚く表情で彼女は話した。
「なんか、体が大きくて。声はすごく穏やかなのに、近づくと——」
彼女は鼻をわずかに動かした。記憶の中の匂いを、今嗅いでいるような顔で。
「獣、みたいな匂いがして。森の、奥の方の。腐葉土と、血と、なんか……生きてる何かが、すぐそこにいるときの匂い」
男の声は優しかったと、彼女は言った。ゆっくりと、低く、まるで獲物を刺激しないように。それなのに、体が勝手に強張ったと。
「あと……目だけ、なんか覚えてる。マスクしてたから、目しか見えなくて。なのに、その目が——笑ってなかった。声はずっと優しいのに、目が、ぜんぜん、人間のそれじゃなかった」
彼女は自分の腕を、無意識に擦った。鳥肌が、まだそこに残っているかのように。
「誰だったのか、分からなくて。病院の人に誰が来たのか聞いたけど」
「……」
「──誰も、そんな人は見てないって」
あの時、来たのは誰だったのか。そして、そもそもどうして、自分の元に来たのか。
そんな疑問が彼女にはあった。
「だから、悪い夢でも見てたのかなって思ってる。あの時は、冷静って思ってたけど、本当は混乱してたのかもしれないし」
「……そう、ですか」
「うん。あぁ、それと【美色】に関してだけど……」
先ほどとは打って変わり、彼女は冷静に新たな事実を告げた。
「──ボクの母親もそうだったらしい」
「……祈さんの母親も」
「あぁ、いつからか、言われたらしいな。だから、同性からの嫉妬とかが大変だったらしい」
微かな苛立ちを滲ませながら語る祈、ここまでの話で彼女は相当大変な人生を歩んできたと、志乃は理解した。
(美色、そして、両親のことも本当に辛くて大変だったんだろうなぁ。迂闊に共感とかできない……)
(わたしよりもずっと……それなのに一人で真っ直ぐ走り続けるなんて。凄い人だなぁ)
志乃の中には彼女に対して尊敬の念が溢れていた。自分のように辛い境遇でも、いや、遥かに辛い境遇でも、それでも前に進んでいる彼女は気高く見えたのだろう。
「あの、祈さんって本当にすごいんですね。わたしなら、そんなふうに強く生きれないです」
「強くない。ボクは本当に強くないんだ。ただ、痛みを気づかないふりをして、誤魔化して、紛い物のように生きてるだけ」
「いえ、すごいですよ。わたしは、そう思いました」
「そうか、なら、ありがとう」
この尊敬の言葉に嘘がないと、祈は悟っていた。だからこそ、素直に受け止められたのだろう。
「それと、色々お話ありがとうございました。ただ、やっぱり詩さんに聞くのが一番だと思います」
「そうか、ボクも気になる。聞いてみるか……黎明ではダメなのか? 最強なんだろ?」
「え、えと黎明さんは独自の世界観があって、解釈が難しい時があって。天賦者をスキルとか呼ぶ時もありますし」
「……ふーん、詩の方が座学が上って感じか」
──志乃と祈は疑問解消のため、詩に話を聞こうと決めた。
「ただ、悪いな。今日はボクは用事がある。今日の夜でもいいか?」
「あ、それは大丈夫です」
「なら、夜に頼む。これから、一族の会合なんだ」
「一族の会合?」
「あぁ、定期的にやる、いつもならサボるんだが……今日は島のお偉いさん。それと、白守家として大事な客がくる日なんだ。だから、絶対にこれだけは出なくちゃいけない」
「それでしたら、また夜に」
「あぁ、それじゃ」
白守祈は軽く挨拶をして、志乃と瞳月の元をさっていった。志乃はだいぶ話したなと思い、その様子を見ていた瞳月は二人が仲良くなり、安堵と嬉しさを感じていた。
(いやー、祈に友達が出来てよかった)
◾️◾️
夕方。
志乃と別れた瞳月は、家に帰っていた。夜にはもう一度、外に出るので一時的な帰宅である。
彼女が住むのは、二階建ての一軒家。少し古いが、手入れはされている。玄関を開けると、リビングにソファがあり、そこに一人の男が座っていた。
九条透。瞳月の父親だ。
彼はソファに座り、テレビを見ていた。だが、顔色は悪く、どこか疲れた様子だった。
「パパ、ただいま」
瞳月が声をかけた。
「……あぁ」
透は小さく答えた。
「パパ、大丈夫? 顔色悪いよ。まだ熱下がらないの」
「……あぁ」
ずっと生返事で、心ここに在らずの父親。そんな様子を見て瞳月は、心配そうに父親に駆け寄った。
「大丈夫?」
「……問題ない」
ずっと、小さな声で思い詰めたような父親。何かあったのか? と疑問に思いながらも、台所の掃除などを始める。
「ご飯食べた?」
「いや、まだだ」
「そうなんだ。じゃあ、夕飯の準備もしないとね」
瞳月はそう言って、手際よく料理を始めた。透は、娘の背中を見ながら、少し複雑な表情をした。
今日の朝、ランニング中の黎明を見た時から生きた心地がしないからだ。
今目の前にいる娘も、あまりに命が軽く見えてしまった。
「パパ、今日、何かあった?」
「……ああ」
生返事をしながら透は、お粥を食べながら言った。よく見ると持っているスプーンは震えている。
「ほ、本当に大丈夫?」
「……朝、とんでもない化け物に会った」
「え、化け物?」
瞳月は驚いたように聞いた。
「……化け物なんて次元じゃない。あれは、人の皮を被った、異次元の神と言えるものだ。あんな存在を許されるのか……」
「そ、そんなに? って言うか、すごい汗なんだけど? ほら、タオル……」
「……あぁ」
「……それは、どんな姿だったの?」
「……白髪に黒目の少年だった。パーカーを着ていた」
そう言って、透は遠くを見つめた。そして、瞳月は、その言葉を聞いて、黎明の姿を思い浮かべた。
(……白髪に黒目の少年……パーカー……まさか、黎明くん?)
瞳月は少し考えた。その後、やはりそれは黎明だと思い至った。今までの志乃の強者の発言、祈が気にかけていたこともあったのが原因である。
(……でも、黎明くんは043しかなかったし。でも、ここまでパパが困惑して焦っているなんて……)
もしかして、黎明は異端な存在であるかもしれない。そこで彼女はようやく気づいた。
「その人、悪そうな人だった?」
「……いや、そこまではわからん。ただ、化け物だったことには違いない。怪異、神格レベルであるのは間違いない。あれだけは関わってはいけない。嵐が過ぎるように家にいるしかない」
「そう、なんだ」
「だから、しばらく家から出るな」
透はそう言って、お粥を食べ続けた。自分の父親がそこまで、評する存在だからこそ、彼女は余計に黎明が気になった。
(……黎明さん、か。そんなに、凄まじいのかな)
彼女が真の意味で、黎明の凄さを知るのはまだ先。そして、彼女の父親もまだ黎明の真の力を目の当たりにしていない。
故に、黎明の真価をいずれ知ることになる。




