第4話 祖母
黎明は祖父に怪異を倒す姿を見せた。
そして、一晩明けた。黎明は祖父に山下までのおつかいを、頼まれていた。
「じーちゃん、山降りてばーちゃんの所まで行けばいいの?」
「恵美子に会ってこい」
「分かった」
黎明はいつも通り、和服に着替えて護身用の刀を持った。そんな黎明に祖父は一通の手紙を手渡す。
「……こりゃ、恵美子に渡しておけ」
「はーい。ラブレター?」
「余計な詮索はするな」
「──黎明は【祖父のラブレター】を手に入れた!」
「ラブレターじゃねぇ……さっさと持っていけ」
「はーい」
黎明はすぐさま手紙をしまって、家を飛び出した。軽快なリズムで走っていく彼の姿を見て、祖父はふと微笑んだ。
──その日の、朝日はいつも以上に眩しいなと感じるのだった。
◾️◾️
「ばーちゃん」
「あら、黎明ちゃん。どうしたんだい」
黎明は数十分で山を下りた。常人であれば、1時間以上はかかる山なのだが、黎明に常識は通用しないのである。
「これ、じーちゃんから手紙ね」
「あら、玄蔵さんから? 珍しいわね」
今更であるが、黎明の祖父の名前は玄蔵、朝霧玄蔵である。
祖母は手紙を封から取り出し、玄蔵からの手紙を眺めた。
「……?」
「ばーちゃん。どう? ラブレター?」
「……いや、違うようだね。ラブレターではないんだけど……そのこれは、黎明ちゃんのいたずらの手紙?」
「いや、違う」
「そうかい。筆跡から黎明ちゃんではないのは分かるけど。随分と荒唐無稽だったものだから」
手紙の内容……
・先ずは玄蔵からの挨拶。最近暑いから熱中症には気をつけてほしいという内容。
・その後、黎明が怪異をあっさりと倒すほどの天才。類稀なる才能を保有している事
・朝霧の使命に反するが、黎明を結界の柱として育てず、15歳になったら外に出すという事。
・また、黎明は怪異をモンスター、霊力をMPと呼んだりする。これは本人の天才性故の独自の解釈であると考えられるので、否定せず肯定したいという事。
・最後に、黎明はこのままいけば二十歳には山人喰いを倒せるほどになり、使命から解放される可能性がある。
・最後に、熱中症には気をつけてくれと改めて書き、また黎明にもたらふく美味しいご飯などを振る舞ってあげてほしい。そして、
──黎明の実力をその目で見てほしい。
そう書いてあった。
「怪異……それを倒すだなんて」
「モンスターじゃなかった? じーちゃんが、モンスターを怪異って、言い間違う人が多いって言ってた」
「そう、モンスターね。わ、分かったけど……」
祖母はなんとも言えない顔をしながらも、モンスターと言い直した。手紙にもそういうように書いてあったからだ。
「ただ、にわかには信じられないねぇ。怪異、ではなくモンスターは人間では絶対に敵わない存在だから」
「じーちゃんもそんなこと言ってた。だから、俺が特別で勇者だって」
「……ゆ、勇者? そう、特別なんだね……。ただ、私としては少し疑ってしまうねぇ」
「それなら見てくれ。じーちゃんも実際に見てもらえって言ってたー」
そう言われて祖母は悩んだ。確かに筆跡から祖父である玄蔵が書いた内容である、というのは疑いようのない。
しかし、自身とこの世界の常識に照らし合わせた場合
──怪異を人間が倒せるなど聞いたことがない。
「それじゃ、今日の夜来るから」
「……それはいけないね。せめて、ずっとここにいなさい。そして、夜になったら私と外に出ることにしようねぇ」
「分かった、じいちゃんもばーちゃんが、きっと夜まで居ろって言うと思うって言ってたし」
「そうかい……あの人は私のことは分かっているからね。それじゃあ、黎明ちゃん。ゆっくりしていきなさい」
「はーい」
──黎明は祖母の料理を食べて、夜になるのを待った。
◾️◾️
「ばーちゃん、行こう」
「…………そうね」
「大丈夫、顔が青いけど」
「…………夜に外出るなんて、今までなかったもんだからね」
「ばーちゃんもじーちゃんと同じ装備してるんだね。狩衣装備だ」
「狩衣は神への信仰、媚びでもあるからね。少しでも、補助を受けるときには絶対に必要なのさ」
「……? あぁ、そういう設定ってことか。フレーバーテキスト的な」
黎明は一人で納得をして、出かける準備を整える。祖母の家から外に出る。すると、外は真っ暗で夜空には星が一つも浮かんでいなかった。
「…………まるで、魔界だね」
祖母は夜の不気味さに、体を震わせた。季節は夏だというのに、恐怖で体の震えが止まっていなかった。
しかし、反対に黎明はあっけらかん、といった感じだ。
「あ、ばーちゃん。年だから夜見えづらいし、心配だよね。俺、夜でも見れるから安心して」
「……心配はそんなことではないんだけどね。いや、なんでもないさ」
祖母が暮らしているのは岩手県、早池峰山周辺。多少の民家があるが、祖母以外は誰も住んでいない。
──そもそも、早池峰山は禁足地とされており、本来なら人が入ることすら禁じられている場所である。
だからこそ、一切の人の気配はない。
月も雲に隠れた夜更け、山の禁足地はしんと静まり返っている。虫の声さえ途絶え、ただ風が木々の葉を揺らすざわめきだけが響く。
(……一応、隠形符を持っているけども……これは家の中で息を殺すからこそ作用する。外で堂々と歩いて意味がある代物ではない……)
そんな祖母の緊張感など知らず、黎明はゆるりと歩いていた。
「ばーちゃん、モンスターはね。あっちから襲ってくるんだ」
「そうだろうね。黎明ちゃんは本当にモンスターを……倒したのかい?」
「うん。毎日倒してるよー。三十体は倒してるかな」
「……それは、本当なのかねぇ……?」
祖母はまだ、信用しきれてはいないようだ。あの恐ろしく、人間には絶対敵わない化け物である怪異を倒せるなんて。
そんなことがあり得るのか?
とずっと考え込んでいた。玄蔵の手紙を疑うわけでもないが、目の前の幼い子供が怪異を倒したのも信じがたい、半信半疑という感じだ。
──そのタイミングで黎明が振り返った。
「ばーちゃん、なんか足音聞こえない?」
「……ッ! さ、下がりな!!」
咄嗟に黎明を庇うように祖母は彼の前に立った。
誰も寄りつかぬはずのこの家の周りに、謎の足音だけが響く。
ぎしり、ぎしりと音が徐々に近づく、見えぬ眼差しが背をなぞるような気配が漂う。
何かが……居る。
背後から迫る音……夜の暗闇から、現れたのは奇妙な人影だった。
髪がボサボサで目がよく見えないが女性のような風貌だ。ごきり、ごきりと変わった足音がする。何より、不穏な空気が急にあたり一面強くなったことから、目の前の存在が人間ではない事を物語っていた。
(ここは禁足地、黎明ちゃんと私以外は誰もいないはず……)
人型の怪異。そう思った次の瞬間、ぞっとする音が夜気を裂いた。
──ゴキリ。
その人影の首が、不自然にねじれた。顔だけがぐるりとこちらを向いている。
蒼白な顔に、ぎょろりと濡れた眼が二つ。視線が絡んだ瞬間、祖母の膝が笑い、元々震えていた手が更に震え出した。
まるで大地震に晒されたように、祖母は立っていることすらままならない。だがしかし、背中の黎明だけは守らんと、彼の前に立ち続けた。
「……おそろいに、しよ……おそろい、にしようよぉ」
黎明と一緒に逃げねば、と心で叫ぶのに、足は鉛のように地面に縫いつけられて動かない。
逆首の足音は聞こえない。ただ、首の骨がさらにねじれる音だけが響く。黎明が足音と思っていたのは、
──ゴキリ、ゴキリ。
怪異の首が回る音だった。
「ばーちゃん、これって……なんてモンスター?」
「逆首、私も実際に見たのは初めてになるね……」
「逆首が現れた! って、感じで戦闘開始だ」
黎明はモンスターとエンカウントしたという事で、臨戦体勢に入る。しかし、祖母は戦う気力などなく、ただ、肝を冷やしていた。
怪異との距離が縮む。祖母は必死に目を逸らさないようにしているが、本当は今すぐにでも逃げたい。
「それじゃ、俺が戦うから、見ててー」
「ま、待ち──」
──勝てるはずがない。この怪異だけは、人の理では決して抗えない。
自身の人生を、怪異の封印として全て使ってきた彼女だからこそ、それは理解していた。
止めなければ。止めねば、この子まで喰われる。やはり手紙の内容は何かの間違いだったのだ。
人間が怪異に勝てるわけがない。だから、止めなければ……
だが、その声が届くよりも早く──。
黎明の小さな手が刀を抜いた。月明かりが鋼に触れた刹那、世界が一変する。
──ゴキリ。
逆首の首が音を立ててねじれ、蒼白の顔がぎょろりと少年を睨む。視線が絡めば最後、そのまま死ぬはずだった。
しかし、祖母は目撃した。
──人の身で怪異を切断する、理を超えた瞬間を
人智を超えた化け物を黎明は一歩踏み込み、刀で切り裂いた。
その一刀のみで、怪異はあっさりと割れてしまった。まるで箸で豆腐を切るようにあっさりと。
ただの一閃。
その僅か数秒に祖母は息を呑み、膝が崩れそうになった。
(な、なんという……こと……っ! あの逆首を、一太刀で……? れ、黎明ちゃん……手紙の内容は嘘ではない……)
(私もこの場所でしか生きてない、常識知らず。だとしても、これはあり得ないッ、そのはず、だけど、この目の前の光景は……)
(どういうこと……理解が追いつかない。人間では……霊格が圧倒的に下のはず……)
霊格。それは全ての、生と死に干渉できる存在の格付けと言われている。また、陰陽師が単純な強さの序列としても使われる言葉でもある。
序列は神格、荒神、怨霊、穢れ、人間となっている。
無論、人間が最下層である。人間より上の霊格を……人は怪異と呼ぶのだ。
だからこそ、怪異には人間は敵わない。陰陽師と呼ばれる存在ですら、そもそも倒す事をしないのだ。
陰陽師の実力とは、封印の手際、逃亡の成功率、陽動の術の手札の多さ、等と言われている。
つまり、そもそも怪異を倒すという事が陰陽師の世界でも当たり前ではないのだ。
それ故に黎明の祖父や祖母が、封印の人柱として、封印場所に定住している。
その人柱として生きてる祖母からすると、倒す、祓うという行為が常識から外れている。
「おっし、他のモンスターも探そう」
「……あ、あぁ、黎明ちゃん、あんた一体……」
「多分、最強職だから、強いのかな? あ、職業は勇者みたいな感じ?」
「勇者……そんな霊格あったかね……?」
(確か、怪異は人間の霊力が塊となった存在。死んでしまった者達の霊力が暴走し、霊格が上がったと言われてる)
(怪異の出現には他にも理由がある場合もあるが……死者などから怪異が生まれるケースが多い。だが、それをなぜ、ただの人間である黎明ちゃんが倒せるんだろうかねぇ……?)
(黎明ちゃんは朝霧の分家……だけど、それなら私も同じさ。こんなのは理由にもならない……)
祖母が黎明の強さの理由を考えていたとき、
──がりがりがり
と、何かをひきずる音が聞こえる。まるで巨大な鉄の塊を擦り付けるような音が……
「……これは、まさか……」
「ばーちゃん?」
「斬首婆だよ、これは……ッ」
「……ばーちゃんのあだ名?」
「違う。モンスターの名前さッ。まずいことになった……」
斬首婆
身の丈二メートルを超える異形の老婆。骨ばった腕に、体の半分ほどもある巨大な鉈を持ち歩く。
白髪は泥にまみれ、ぼさぼさに垂れ下がり、顔は青白く頬が削げている。口は耳元まで裂け、牙のような歯をのぞかせて笑う怪異である。
(霊格は……穢れであるが、その中でも上位に近いッ。普通は封印対象で、封印の中に入れて、他の怪異と共食いとかしなければ対処できないクラスなんだがッ)
(結界の外に出られたか、それとも他の怪異の気配を辿って、たまたまこのタイミングで外から来たか……どちらにしても逆首とは桁違いッ)
(確かに玄蔵さんの言うとおり、この子は天才なんだろうさ。だから、この子はここで失えない)
(あの一刀で分かった、この子はまさに世界の光。救世主とすら……だから、ここは私の命に代えても逃さなくてはッ)
「黎明ちゃん、逃げて──」
「──斬首婆が現れた! よし、いくぞ」
祖母の声など聞かず、黎明はがりがりと音が鳴る方に走り出した。
「なっ!!! ちょ、ちょと、れ、黎明ちゃん!! し、死んでしまう!!」
祖母は焦った。なぜなら、黎明という逸材がこのまま無惨に死んでしまう可能性があったからだ。
(あの子は、まだ、怪異の恐ろしさが分かっていないッ!! 人間の埒外の存在がまだまだ、更なる理不尽の塊がわんさかといる!!)
──しかし、分かっていないのは祖母の方であった。
霊格。それは全ての、生と死に干渉できる存在の格付けと言われている。
怪異の中には元人間が居る。それは死んでしまったが故に、化物となり霊格が高くなってしまった。
それなら、黎明はどうか。
彼もまた、一度死んでしまっている。死んでから、彼はなんの因果か生き返り、再び生を受けた。
一度死んでいる。それ故に彼は霊格が高く、生まれつき霊力も多かった。その彼は毎日毎日、六歳の頃から十歳になるまで、毎日のように怪異や穢れを祓い続けている。
封印となっている山には沢山の怪異がいる、また、その怪異に誘われて別の怪異も来るのだ。
封印は外には出にくいが、外から来る怪異は拒まない。
それが功をなしたのか、黎明は毎日、怪異と戦い続けた。
無論、黎明はモンスターはリポップして当たり前であると思っているので、特に考えず祓っている。
この封印は封印内で怪異同士を共食い、争わせる事も目的として作られている。
それにより、怪異の数を減らすことが出来るのだ。
しかし、怪異は互いに共食いをした場合、霊力を吸収して強い個体へとなってしまう怪異もいるのだ。
そう、それは……人間も例外ではないのではないか。
毎日、怪異を倒し、霊力を吸収している黎明。彼が経験値と思っているそれは……
──他の怪異の霊力
それを吸収している黎明の強さは……祖母は再び目撃して、悟ることになる。
──朝霧黎明という、異端の存在を。




