第38話 四人組
夜の饗島。
そこで黎明と彼女は出会った。
彼女の名前は白守祈。彼女と黎明の目線が交差する。数秒経ち、祈が目線を外して、立ち去ろうとした。
去り際に彼女は口を開く。
「あまり、夜に出ないほうがいい。この島には化け物が出るんだ」
「それなら知ってるよ、むしろそれを求めてる」
「ふざけているのは分かった。いいからさっさと帰ったほうがいい」
祈は一度背を向けていたが振り返った。そこで黎明達は初めて彼女の顔をちゃんと見つめた。
よく見ると凄まじいほどに顔が整っている。これほどの造形だと一般的な人間ならば緊張をしてしまうだろう。ただ、黎明は特に無反応であった。一方、志乃と詩は人形のような人だなと感じる。
彼女の顔立ちは、人形のように左右対称と言えるだろうか。あまりに整いすぎて、どこか近づきがたいと感じるような雰囲気もある。そして、右目に涙ぼくろがあり、どこか色気も感じさせた。
ただ、年齢は高校生ほど。特徴的な白い髪はおでこが隠れて、耳たぶにかかるほどに長い。さらに黄色の瞳は夜でも輝き宝石のようにも見えた。
「ふざけてはないんだけどさ」
「……あれは怪異と呼ばれる化け物だ。人間では絶対に勝てないとされている。ボクを除いてだが」
「あ、怪異って呼ぶタイプね。俺はモンスターって呼ぶんだけど、俺も勝てるよ。それと俺の知り合いの双子とか、俺の後ろにいる、詩と志乃も勝てる」
「……やっぱりふざけてるだろ、それとボクを馬鹿にもしてるだろ」
どうやら、黎明の少しマイペースな雰囲気、それを見て祈はふざけている勘違いをした。無論、黎明はふざけている雰囲気は出るが、本人はそんな気などさらさらないのだ。
その時、遠くから声がした。
「祈ー! どこ行ったんだー!」
そこへ聞こえたのは若い男性の声だった。
ただ、詩と志乃にはコンクリートの歩道は夜で先が見えない。だから、どんな人物が声をかけたのかはまだ判断はできない。
まぁ、黎明は夜でも目が利くので既にこちらへ向かってきている人物を視認している。
ただ、詩と詩乃は未だわかっていない。そんな黎明達の元に徐々に足音が複数迫ってきている。ようやく近づいて見えるようになった。どうやら、制服を着ている男女合わせて三人が目に入る。
最初の声の主であろう一人は、金髪のセンターパートの男子。身長は183センチほどで、細身。イケメンだ。誰にでも優しそうな雰囲気を持っている
もう一人は、白いポニーテールの少女。身長は169センチ。美人な感じだが、祈ほどの美しさはない感じだ。
そして最後の一人は、セミロングのゆるウェーブの髪をした少女。ダークブラウンの髪が、光の当たり方でほんのり紫がかって見える。切れ長で印象的な瞳は、黒に近いダークグレー。ギャルメイクだが派手すぎず、どこか冷めた雰囲気がある。
三人は、息を切らしながら祈に駆け寄った。
「祈、急に走り出すなしー。追いつけないって」
その中のギャル少女が、軽く息を乱しながら文句を言った。
「……怪異がいた」
淡々とであるが僅かに申し訳なさそうに祈は、短く答えた。
「あ、また出たの? で、倒したの?」
それを聞いたギャルの少女は、周囲を見回した。怪異の姿はもうない。
「……ああ」
「やっぱパネー。あーしのパパ、怪異倒せる人間はこの世にはいないって言ってたんだけど」
「ボクは倒せる、それだけでしょ」
「ぱねー」
ギャルは祈の肩を叩きながら、にこやかに笑う。そして、一緒にやってきた男女二人も祈に駆け寄った。
「本当に良かった。祈が無事で。オレ心配したんだぜ」
「あぁ、悪かった」
「お前が無事ならいいけどさ」
「そうか」
そんな熱い言葉をかけるのは橘高貴。彼は祈とは幼い時から、周知の間柄である。
祈としては、ここにいる全員が友人、もしくはそれに近いような感情だったが、橘高貴が向ける熱い視線はわずかに違うようだった。
「もう、高貴くん。そんな言い方すると、勘違いされちゃうよ。それに祈はしっかり者だし、心配なんていらないよ」
そして、そんな高貴に熱い視線を向けているのが、白守美奈。祈と同じ苗字であり、彼女の従姉妹である。
何やら、面倒そうな関係だなと詩と志乃は思った。
あの感じはどう考えても、三角関係のようだったからだ。
祈の従姉妹である白守美奈は、イケメンである橘高貴が好きで、
そんなイケメンな橘高貴は、怪異を倒した人形のように美しい白守祈が好きで、
そして、白守祈はそんなことなど知らない。
そのように二人からは見えていた。
それと、この三角関係には入ってないギャル、九条瞳月。彼女だけは単純に、白守祈が真の意味で心配で友人だから、きているという希少な存在であるようだった。
それで、パッと見て、複雑そう……と二人は感じたのだった。
「あれ? あんた達は、誰?」
「あ、どうも。今日この島に来たよそ者かな」
そんな面倒そうな雰囲気に気づかない黎明は、いつも通り淡々と会話を行う。
それを横目で見ていた志乃と詩は、あの複雑そうな関係を見て、全く動じてない黎明は流石だと思ってたりしている。
「本土から? てゆーか、こんな夜更けに何してるの的な?」
「経験値稼ぎ的な?」
「どういう意味的な?」
「そのまんまの意味的な?」
「……あの、あーしの話し方真似しなくていいから」
「あ、そう」
黎明はギャルの子の話し方がなんか面白いから、真似したい。そう思っていたので真似をしていたが、それは気に入られなかったようだ。
彼に悪気はない。
しかし、一瞬だけ険しい顔になったギャル。馬鹿にされたと勘違いしてなければいいなと詩は考えていた。
(この四人、特に最初に炎の刃を飛ばした女子高生。こいつ……狩衣の姿でないのに、術を行使していた。出力は黎明に全く及ばないが)
(だとしても、信じられないな。野良で狩衣を着ずに術を行使とは。最近、安倍家の双子が怪異を倒せるようになっているが……それは黎明の修行があってこそ)
(だが、この子は独学で倒せるになったということになる。凄まじいと評する他ない。どうやら、この子がネットで話があった子だろう。情報が欲しい、だからこそ、不快に思われて遮断されるのだけは避けたい)
だが、そんな詩の考えは杞憂に終わる。九条瞳月はすぐに目を見開き、大きな声をあげて
──志乃に注目をしたからだ。
「……んん!? そっちの女の子!」
「え、わ、わたし……?」
九条瞳月は、驚いたように言った。志乃は急に話が振られて驚いたように体を震わせる。
「──あんた、すっごい《《霊力量》》してるね!? 761って!? いや、761っ!? 祈でも211なのに!? 3倍以上あるじゃん!? え!? に、人間!?」
「あ、えと、に、人間だとは。で、でも、ずっと引きこもりで、人間なんて烏滸がましいかなって思ってた時もあって……」
「いや、落ち込まないでよ。あーしも虐めたいわけじゃなくて、本当にすごいから声出しちゃっただけで……なんかごめん」
「い、いえ。わたしもすぐに落ち込んですいません」
そう言い、志乃の霊力量を761と評する。九条瞳月、そして、彼女の言葉に祈、高貴、美奈も驚いてる様子だった。
「ボクより、多い……」
「マジか。祈より多い子ってるのか?」
「祈よりって……本当に化け物なんじゃ」
急に四つの視線が向いて、志乃も混乱して黎明に後ろに隠れた。最近、彼女は学校に行けるようにはなったが、まだ完全に人と話すのに慣れたわけではない。
そもそも彼女は自分自身で、根っこが陰キャであると自認している。だから、大人数は疲れるし、一人とか、家族とか、黎明とかと一緒にいるほうが気が楽だし、夜の方が最近は落ち着くような子なのだ。
だが、それではいけないと思い学校に行っている。それにより、コミュニケーション能力が上がってはいるが完璧にはなっていないのだ。
「あ、急にごめんね。あーしはさ霊力測定の才能があるんだ。見た人間の霊力を測れる」
霊力測定の話を聞きながら、詩は彼女のことをジッと観ながら、気づいたことを頭の中に叩き込んでいた。
(霊力を数値で観れるか。これは術というより、生まれ持った本人の特性に近いな。そういう能力を持つ人間は稀にいるとは聞くが……黎明も凄まじい才能を持っている。ベクトルは違うが、この子も才能を持っている側というわけか)
そして、詩と同じように、黎明も情報を頭の中に叩き込んでいた。
(ステータス機能が常備されてるのか、羨ましいな)
かなり淡白な感想だが、黎明は至って真面目なのだ。
そして、ずっと注目されている志乃は、そろそろ恥ずかしがマックスになってきたので黎明の後ろに完全に隠れた。
「え、ええと、その、わたしの霊力、はすごいんですか? で、でも、きっと黎明さんの方が……」
「え? そっちの男? うーん……」
どうやら、志乃は自分でこんな騒ぎになるなら、黎明ならどうなってしまうんだろう、と、純粋な疑問を持った。
「……43、いや《《043》》……? 頭に0が入ったことあったかな? でもまぁ、43ねー」
そして、志乃の疑問に答えるため彼女は黎明のを観て、少しだけ懐疑的な視線になったが、すぐに納得したように視線を戻す。
「普通の人間が大体10から20だから、043ってことは……まぁ、普通よりちょっと高いくらいだね」
そう言って、瞳月は詩の方を向いた。
「そっちの後ろの目つきが悪い、お姉さんは……お! 123! すごーい! 祈の次にすごい!」
「……私で123? それで黎明は43のわけがないと思うが」
「いや、あーしの瞳に狂いはないわけよ」
(随分と自信があるんだな。自信に裏付けられる実績がある感じか。ただ、黎明の数が低いのが気になる。単純に能力の精度が悪いか。黎明がバグすぎて能力が通じないかの二択だろう。それで多分、後者だと思う……)
そんな思案をする詩の視線の先では、九条瞳月が志乃に何度もジッと瞳を向けていた。しかし、志乃は恥ずかしくて視線から外れようとしている。
「何度見ても761、いや、ぱねー」
「あ、えと。どうも」
「いやいや、761ってヤバいって。あーしの測定だと、普通の陰陽師でも50から80くらいなのに。てゆーか、あーしのパパでも79くらいだったし」
ここまでの数値を見たことがなため、九条瞳月は興奮したように言った。これは、流石に間違いなのか? と疑問に思ったのか、何度も目を閉じたり開いたりして、志乃を見ているが結果は変わらないようだ。
「すげー、ダントツの最強じゃん」
「え、いや、わたしは……黎明さんの方が……」
「いやいや、数字が全てだって。43じゃ、一般平均より高いだけだよ。一般よりはすごいけど」
「れ、黎明さんが一般人なわけがないと思うっていうか。れ、黎明さんも納得いかないですよね?」
「──そもそも、俺は霊力じゃなくてMPだし。ただ、数字にしたら、もうちょっと高いとは思うけど」
どうやら黎明はあんまり気にしてないようだ。なぜなら、彼は自分が天才であると自認をしている。
ただ、九条瞳月は自分の測定に絶対の自信があるため、志乃が最強という結果を疑っていないようだ。
「あ、そうだ。自己紹介してなかったね。あーし、九条瞳月。こっちが橘高貴、こっちが白守美奈。そんで、このお人形さんみたいに綺麗なのが、白守祈」
「よろしく」
そう言われた高貴は、爽やかに笑った。次いで紹介を受けた美奈は、少し不機嫌そうに頷いた。
「俺は東雲黎明。こっちが篝火志乃と、白妙詩」
「よろしくー」
対して行われた自己紹介、九条瞳月は、にこにこと笑った。色々、場が盛り上がる中、再度、高貴が、祈に話しかけた。
「祈、さっき怪異を倒したんだよね。大丈夫だったか?」
「……さっきも大丈夫って言っただろ。大丈夫だ」
そう、祈は、短く答えた。ただ、それでは満足をしない高貴は、祈を心配そうになそぶりを見せる。
「無理しないでくれよ。一人で戦うのは危ないから」
「……大丈夫だから」
だが、祈は、素っ気なく答えた。そんな二人の雰囲気が気に入らないのか。美奈は、祈を見て、少し皮肉っぽく言った。
「祈は、相変わらず、すごいわね。やっぱり人間とは思えないくらい」
その言葉には、どこか嫉妬が滲んでいた。それに祈は、何も答えなかった。彼女も自分が他とは違うと分かってはいたからだ。この島で、怪異を倒せるのは
──彼女たった一人である。
「おい、そんな言い方はないだろ」
この言い方に高貴が美奈を咎めるような発言をしようとした、その時、黎明は急に全く別の方向を向いた。木々の間、そこに何かの気配を感じたからだ。
「──お、いるね」
ふと、黎明が呟いた、その直後、祈も黎明と同じ方向を向いた。
「……確かにな」
ただ、祈は顔には出してないが、内心では驚いていた。なぜなら、自分よりも早くに黎明が怪異の出現に気づいていたからだ。
(ボクより早く気づいた……志乃とかいう子も気づいている様子はなかったし。なんだ? 言動とかもそうだけど、得体の知れない感じは)
月明かりも届かない夜道で、何かが這いずる音がした。ギギ、ギギギ――闇の中から、三つの白い顔が浮かび上がる。
それは人の形をしているが、肘や膝が反対側に曲がり、まるで壊れた人形のように不自然だ。黒く濁った目がこちらを見つめ、三つの体が同時に這い寄ってくる。
白面喰、と呼ばれる怪異だ。霊格としては穢れである。
すぐさま祈は、手に炎の刃を作り出した。狩衣を纏わず、言霊も介さない、にも関わらず炎の刃を作り出すのは凄まじい霊力の制御である。
「炎刃」
そう言って、彼女は炎の刃を飛ばす。
そして、その刃が怪異に当たる直前だった。その瞬間に怪異は、既に消滅していた。
「……え?」
その時、祈は驚いたように目を見開いた。刃が怪異に当たる直前、全く別の──
──炎の刃が出現し、怪異を倒した。
本当にわずかだが、彼女にはそれが見えていた。そして、その刃はどこから飛んできたのか。
【自分の真横からだ】。
そして、横には……黎明がいた。何食わぬ顔で片手をあげて、彼女に声をかける黎明の姿──
「あ、ごめん、その技かっこよかったから。真似させてもらった」
「あ……あ、うん」
そんな辿々しい話し方しか彼女はできなかった。そして、その二人のやりとりは他の面々に聞こえておらず、
だから、黎明が倒したとわかるのも詩と、志乃、祈だけだろう。
だが、更に違和感を持った存在がいる。それは霊力を自身の瞳で測定をした、九条瞳月である。
黎明の霊力を43と認識し、そこそこ、と言う見当違いの評価を下した彼女であったが、ここで違和感を持った。
(何、今の……? 黎明だっけ? 霊力の数字が、急に043から、999、そして、000ってなったような? あれ、でも今は043に戻ってる?)
(気のせい、かな?)
しかし、やはり自分の瞳を信じたのか、これ以上は深く追及するつもりもなかった。
「祈、大丈夫か?」
「あ、あぁ」
「高貴くん、心配しすぎ」
「だって、あんな大きな炎の刃出すなんて絶対疲れるだろ。それに怪異も島の平和のために倒してくれたわけだし」
「……いや、ボクは」
そう褒められ、彼女は自分が倒したわけじゃないと言いかけた。しかし、倒した本人は特に驕るわけもなく、スタスタ歩き出した。
「……うん、この島の感知阻害魔法にも慣れてきたね。徐々に感知が生きてきてる気がする。志乃、詩、もうちょっと先に行こ。あっちにいそうが気がするんだよねー」
「あ、はい」
「分かった。黎明、一応聞きたいが、あそこの祈という少女がこの島の感知阻害の原因だったりするか?」
「うーん、多分違うかな。流石にこの距離なら気配とか、規模が大きい魔法を発動してたら分かる気がするし。多分、単純にモンスターを倒せるタイプじゃない?」
「そうか」
「……あ、でも」
急に黎明は何かを言いたげに、口を閉ざした。そして、少しだけ考えるそぶりをしてから、再び口を開く。
「今のモンスター、さっきのもだけど、なんか動きがないんだよね」
「動きがない……?」
「うん、いつもなら、もうちょっと縦横無尽に動いたりして襲ってきたり、魔法から逃れようと必死になる印象なんだよね。ほら、一応モンスターも生きてるわけだし、死にたくはないんじゃない?」
「そう、かもしれないな」
「ただ、この島のモンスターって……いや、あの祈が戦おうしてたモンスター今の所、動きがない。まぁ、まだ二回しか見てないからなんともだけど。さっき志乃に寄ってきたモンスターは割と殺して喰ってやるって意識は感じられたんだ。でも、あの祈が出てきたら、急に動きが鈍くなった」
どうやら、黎明は祈の目の前に出てきたモンスターに対して、不可思議だと感じる点があったらしい。それを聞いた詩も、黎明がそういうなら何か意味があるのかと思い、考えをめぐらせる。
(動きが鈍くなった? どういうことだ……志乃に寄ってきたモンスターはそういう感じがしないということは。この島の怪異は全部が鈍いわけじゃない)
(なのに、あの祈に対してだけは、動くようなことはしない? 祈だけ……?)
(祈とやらの特殊能力かなにかか……?)
(分からない。ただ、この島の結界は祈がしたわけじゃない……。やはり、怪異がこの島の結界を張ってはいるか……だが、なんだ、この島の全体像が掴めない)
(黎明の反応からして、この四人の学生も特段変わった点はないのだろう。あるなら、黎明はすぐに動いてる。この島の人間にもおかしな感じはしない。だが、感知阻害の結界、怪異を倒す少女、ただ、それは的のように動かない怪異だけを倒している……?)
(──ダメだ、全く分からない)
これ以上、情報がない段階で考えても何も分からない。そう思った詩は、考えることを中断する。
「祈さんと瞳月さんに連絡先を交換しておきたい」
このままでは埒が明かないので、詩は情報確保として、二人と連絡先を交換することにした。
そして、情報について明日以降に再び聞こうと決めた。
最初は黎明と同じように怪異を倒せる存在を見つける、その目的だった。
そして、それは見つかった。しかし、同時に新たな謎が噴き出していた。ただ、それについて詩は一度、考えることをやめた。これ以上は時間の無駄になるからだ。
(分からない事については明日聞くとして……ただ、この二人、祈と瞳月に関しては、陰陽師、いや、怪異と戦う才能があるかもしれない)
(全てが解決したら……人材確保として、島の外に連れて行くべきか? 黎明を守るためにも他にも仲間がいた方が良い気がするしな)
(まぁ、黎明を守る必要はほぼない気もするが……念には念を入れておきたいしな)
そんなことを考えつつ、詩は二人と連絡先を交換する。
「……余計なお世話かもしれないが、四人共、あまり夜に外に出ない方がいい。怪異について知っているようだし、慣れているんだろが、怪異は危険だ。あまりおすすめはしない」
それだけ言って、詩は黎明と共に夜の島の探索を始めた。
◾️◾️
深夜。
瞳月は、静かに家の玄関を開けた。そして、音を立てないように、靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
リビングのソファには、父親の姿はなかった。どうやら、既に寝室に入ったようだ。
瞳月は、小さく息をついた。
(……良かった。パパ、起きてなかったみたい)
彼女は、誰にも内緒で夜に出かけていた。というのも、父親には、夜に出ることを禁じられているからだ。
だが、それでも、彼女は、祈のことが心配だった。だから、内緒で祈たちと一緒に夜の島を歩いていた。
瞳月は、自分の部屋へと向かおうとした。
その時、彼女の脳裏に、ある記憶が蘇った。
◾️◾️
――それは、数ヶ月前のこと。
その時、瞳月はリビングで父親と話をしていた。
父親は、ソファに座り、缶ビールを飲んでいた。目の隈が深く、疲れた様子だった。
「パパ、あのね」
瞳月は、少し緊張しながら言った。
「何だ?」
その声に透は、缶ビールを傾けながら答えた。
「あーしの同級生にさ、祈っていう子がいるんだけど」
「……ああ」
「その子、怪異を倒せるんだ」
そう瞳月は言った。すると、透は、缶ビールを持つ手を止めた。
「……何?」
「祈、怪異を倒せるんだよ。あーし、実際に見たんだ。前にパパは怪異は倒せないって言ってたよね? 怪異は封印するしかないって」
「……そうだ。怪異は倒せない。オレは天才と昔言われてたが、オレでも封印するしかなかったんだ。無論、他の陰陽師も同様だ。今はもう陰陽師は引退したが、今も昔も変わらないだろう」
瞳月の父親、九条透は元陰陽師であった。今は引退はしているが、嘗ては【天才】とすら評されるほどの実力者である。
「でも、祈が倒してるの。すごいでしょ?」
しかし、透は、娘を見つめた。その目は、鋭く、どこか冷たかった。
「……嘘をつくな」
「え?」
「人間が、怪異を倒せるはずがない」
透は、低い声で言った。
「でも、あーし、実際に見たんだって。祈が炎の刃を出して――」
「嘘をつくな」
全く、信じていない透は、強い口調で言った。瞳月は、驚いたように父親を見た。
「パパ……」
「いいか、瞳月。怪異は、人間には倒せない。封印するのが精一杯だ。それが、この世界の法則だ」
そう言って、缶ビールを一気に飲み干した。そして、おそれを思い出したように、微かに腕を震わせる。
「でも――」
「何かの間違いだ。怪異の中には、やられたふりをして人間を襲うのもいる。これまでの長い歴史、陰陽の祖であったとしても30が限度なんだ。ただのお前の友達如きが倒せるわけがないだろう」
そう言いながら、恐怖を打ち消すため、新しい缶ビールを開けた。
「……パパは、昔、陰陽師で、怪異に詳しいのは知ってる。でも、もしかしたら、急に怪異を倒せる人間が生まれて……」
「黙れ」
もはや聞くに堪えない、そう言いたげに彼は声を発す。その声に瞳月は、びくりと体を震わせた。
「いいか、瞳月。お前は、もう夜に出るな」
「え……」
「怪異は危険だ。お前が、夜に出歩いて、怪異に襲われたらどうする?」
「でも、あーし、祈と一緒なら――」
「夜に出るな」
だが、彼女の話を聞かず、九条透は、強い口調で言った。
「怪異を倒せるなんて、馬鹿げた話を信じるな。そんなことは、不可能だ。お前が、そんな危険なことに関わる必要はない」
そして、透は立ち上がった。
「余計なことはするな。夜は、家にいろ」
そう言い残して、透は寝室へと向かった。そして、瞳月は、リビングに一人残された。
彼女は、父親の背中を見つめながら、小さく唇を噛んだ。
(……パパは、分かってくれない)
瞳月はそう思った。だが、それでも、彼女は祈のことが心配だった。これまでも、これからも祈は、一人で怪異と戦っている。
そんな祈を、一人にしておけなかった。だから、瞳月は決めた。
父親には内緒で、祈たちと一緒に夜の島を歩こう、と。
◾️◾️
――現在。
瞳月は、その記憶を思い出しながら、自分の部屋へと向かった。あの日から、彼女は父親に内緒で、夜に出かけていた。
もっとも、父親は娘が夜に出ていることに気づいていないようだった。それとも、気づいていても、何も言わないのかもしれない。
瞳月は、自分の部屋に入り、ベッドに横になった。
(……パパは、きっと、怖いんだ)
瞳月はそう思った。というのも、父親は元陰陽師だった。だが、何かがあって、陰陽師をやめた。
その理由を、瞳月は知らない。しかし、父親が怪異を恐れていることは、分かっていた。
(……でも、あーしは、祈を一人にしたくない)
瞳月はそう思いながら、目を閉じた。
──ただ、この次の日、彼女の父親は黎明という化け物と邂逅することになる。
そこから、九条透の人生も大きく変わることになるのだが、それはまだ誰も知らない。




