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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第2章 双子編

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第31話 VSクラミツハノオロチ【後編】

 泉は黎明の霊力によって、満たされていた。


 黎明の周囲に膨れ上がった霊力が熱量を帯び、空気そのものの層を押し退ける。冷たいはずの泉付近だが、彼の呼吸だけが夏のように熱かった。


 クラミツハノオロチの三つの頭が、同時に止まる。


 ――理解したのだ。


 この少年は、他の人間のような餌ではない。この泉の支配を壊しうる、異物だと。


 その様子を見ていた紅と蓮は驚愕をするしかない。



「……なんて、霊力なのッ、これ、人の皮を被った神とでも言えるじゃない!」

「あぁ。雰囲気が変わった! あ、あいつ、《《まだ上があるのか!?》》」




 ──今までのは、本気ではない。



 その事実に、二人は信じられない表情を浮かべ見守るしかなかった。



 そして、二人の視線の先で、黎明とオロチの対決が再開する。


 先ず、オロチの首が三方向へ開いた。


 右の頭は濁水を槍へ。左の頭は霊力を刃へ。


 同時に中央の頭は霊力の砲撃を――先ほどよりも強力な光線にまで圧縮する。


 先に、左右の頭からの攻撃を開始する。しかし、それは敢えて黎明に直接当てずに、彼の周りに放つ。


 逃げ道を潰し、回避行動を誘導し、そこを狙い撃つ。



「お、逃げられないように牽制かな?」



 意思のある戦術。怪異が、狩りをする。その殺意の組み立てに、蓮と紅の背筋が粟立つ。



 黎明の真横には、常に攻撃が行われている。もし、黎明が横に逃げれば攻撃を喰らうだろう。


 ただ、今の黎明ならそれを受けたところで大して意味がない。壊れた瞬間から、治していけばいいのだから。


 しかし、黎明は敢えて逃げず真っ向から勝負をすることを決めた。


 だが、双子にそれがわかるはずもなく。それゆえに黎明は牽制された攻撃があるから動けないと思っている。



「……こいつ、学習してやがる」

「ええ。さっきの攻撃で、黎明くんが死なないことに苛立ってる。だから、確実に仕留める動きを取ってる」



 二人とは違い――黎明は焦りも、恐怖も感じていない。




「いいね。これぐらい、逃げ道は封じてもらわないと面白くない。まぁ、食らっても大丈夫な気がするけど。でも、ようやく、ボス戦っぽくなってきた」




 その言葉を吐くと、彼は刀を抜く。その刃先に、炎が灯った。言霊もなく、狩衣を纏ってもない。


 しかし、それら全て省いても彼の刀は誰よりも輝く。


 刀身をなぞるように炎が絡み、刃が赤に染まる。熱で空間が歪んだようにすら見える。


 その瞬間、刀から溢れる異様な殺傷能力。



 それは安倍紅、安倍蓮、オロチ、その場にいる全ての生き物が全て伝わった。


 全員が、息を呑む。それほど彼の刀には死が内包されている。




「イグニス・セイバー」


 黎明がそう呼ぶが、実は陰陽術【五行術】火神刀(ひかみかたな)、と呼ばれる術である。


 しかし、元の原型とは比べ物にならない威力であるため、名前を変えるのは正解かも知れない。




「【五行術】火神刀(ひかみかたな)か」

「そ、そうね。ワタシ達は成功も出来ない術だけど、ここまで刀の圧が伝わってくる……これほどの術なのね」

「成功したとしても、ここまでにはならないだろうがな……」




 黎明のポテンシャルが高まりきった際の、陰陽術【五行術】火神刀(ひかみかたな)は凄まじい威力と化す。




「……でも、毎回これじゃ、味気ないか。山神もこれだったしな……」




 ただ、黎明は少しだけ不満だった。山神の時も、その炎刃にて決着を終えている。


 だからこそ、新たなる可能性も探りたいと思っていた。


 ──刀を一度、収める。




「今、体も調子良いしな。もっと新しいことを試したいなぁ。何かないかなぁ」





 ――考えている彼の元に、オロチが霊力の光線を放つ。






「あ、それ、さっきも思ったけど、かっこよくていいな」





 先ほど以上の光線が黎明の目の前に迫る。その瞬間、彼は《《あることを思い出した》》。



──黎明はオロチを見て、それを真似したいと思った。



 右手を上に、左手を下に。二つの掌を向かい合わせ、まるで龍の口を象るような形を作った。


 そして、その口の内側へと、自らの霊力を集中させる。圧縮されていく力は、わずか一瞬のうちに膨れ上がり、凄まじい量と圧力を生み出した。


 黎明は、両手を一度、力を溜めるように閉じる。


 霊力を限界まで押し込み、束ね、抑え込む。


 そして、次の瞬間、両手を大きく、解き放った。


 オロチが口から吐き出した光線のように、否、それ以上の霊力と制御を込めて――


「──名付けて《《ドラゴンブレス》》」


 黎明の両手から、光線が迸る。その威力は、オロチの放ったものを遥かに凌駕していた。


 オロチの場合は、あくまでも人を滅ぼし、人の骨すらも残さないほどの威力と言えるだろう。



 しかし、黎明の場合は【世界を滅ぼすほどの大怪獣】の【破壊光線】である。



 水神クラミツハ、その依代から生まれた怪異。それが【クラミツハノオロチ】である。


 依代がナギサマと呼ばれる神の呪い、それにより満たされたことが怪異の生まれた原因である。



 言ってしまえば神の分身、それが別の神の呪いで邪悪になってしまった存在。



 にも関わらず、




 それよりも、黎明の方が霊力の強さが上──

 




「吹っ飛べ」



 ──互いの光線は放たれ、激突する。


 互いの霊力の砲撃は拮抗すらせず、黎明の勝ちで終わった。彼の破壊光線はオロチの体全てを飲み込んだ。







 黎明の破壊光線が通り過ぎた後、泉は一瞬――音を失った。


 驚く二人、そして、光線で満たされたオロチの体。それぞれは音を発しない。前者は驚きすぎて、オロチは話すことすらできない。



 黎明の光線は霧を全て消し飛ばし、空にすら届いていた。曇りだった空は、雲に覆われていたがそれも光線で吹き飛ばされ、



 空には太陽が浮かんでいた。




 目の前で起こっている全ての事象が、二人には信じられなかった。これが人間の力であるとは到底思えないからだ。



 最早、神の所業。




 次の瞬間。



 静寂の中、それを割くように事態が急激に動き出す。


 泉の水が裏返り、柱のように立ち上がる。岩盤が軋み、地鳴りが腹の奥まで響いた。



 その中心で――クラミツハノオロチは、再び立ち上がった。だが、もはや形を保っていなかった。


 三つあったはずの首は、二つが根元から消失している。噛み砕かれたように、ではない。


 そもそも、かき消えているようだった。これは、咄嗟に二つの首で中心の首を守った証拠である。


 だとしても、これほどのダメージを受けている。黎明の攻撃がどれほどであったかを物語っている。





 胴体も大きく傷が見える。鱗は炭化し、溶け、黒い泥のように崩れ落ちている。赤い泉に触れた瞬間、それらは泡となって溶け、元が肉だったのか、霊力だったのかすら分からなくなっていく。




 残った中央の首も、喉元から先が歪に焦げていた。最早、首だけで顔は残っていた。


 それでも――生きている。かろうじてだが。

 




「お、結構MP消費したから、かなりの威力になると思ったけど。生きてるのか? なかなかやるね、流石はボス。回復するなら待つよー」





 黎明はまだまだ余力があった。大きなダメージも多大なる霊力を持っている黎明からすれば、回復が可能だった。



 しかし、霊力があれば回復ができるわけではない。修練と経験によってそれは達成される。


 

 オロチの場合、ずっと村の奥で人間を食うだけの存在だった。今まで自分よりも強い存在と戦ったことなどない。回復を必要としない人生だったとも言えるだろう。



 ただ、黙って呪いにかかった人間を待つだけ。働かずにタダ飯が出てくるだけだ。


 いわば、ニートのようなものだ。



 それに比べ、黎明は幼い時から毎日、戦いに身を投じている。



 地力の差が大きく出ていた。




「あれ、回復しないの?」

「……◾️◾️」




 外来から現れた存在に、オロチは戦慄をしていた。まさか、ここまでの存在が現れるとは思ってもみなかったからだ。



 ──まさか、こんな化け物が世界に存在するとは……ッ



 それが、クラミツハノオロチの心を支配していた。



 驚きと絶望、それが入り混じり、抵抗する気力も起きないほどだ。



──こんな例外に遭遇しないために、オロチはこの地でひっそりと暮らしていたというのに。



 そもそも、このクラミツハノオロチが村から出なかった理由はナギサマの呪いのせいでもある。



 かつて、安倍晴明に封印をされたナギサマ。まさか下等な人間に封印をされるとはこの神は思っても見なかった。しかし、だからこそ、油断を恥じた。


 そのナギサマの呪いを受けている、クラミツハノオロチも無意識のうちに人間に対し、多少ではあるが警戒心を持っていた。



 だからこそ、村から出ずに、更に呪いにかけた人間もゆっくりと少しずつ集める方法をとっていた。



 だったというのに……現れてしまった。理不尽が。どう足掻いても勝てない、絶対的な力を持つ存在が来てしまった。



 もはや、絶望するしかない。



 そして、全てを見ていた双子は、その決着に驚愕をするしかない。一体、何度驚けばいいのか、分からないほどにそれは衝撃的だった。



「……な、に……あれ……」


 かすれた声で、蓮が呟く。


 膝が震え、足に力が入らない。今、自分が立っている場所が現実なのかどうかすら怪しかった。


「……クラミツハノオロチ、だよな……? あれ……死に、かけて……」

「何が、何だか。黎明くんから、光線が放たれて。もう、怪異と人間というよりも、怪異と大怪獣の戦いみたいな」

「あいつ、生まれる世界間違えてるだろ。なんだよ、今の」




 

 同じ人間であるはずだが、もう、二人には小さい怪獣にすら黎明が見えていた。



 



「まぁ、終わりなら終わりで。詩が待ってるからね」





 黎明は持っていた刀を振り上げる。最早、刀というよりも爆炎を刀にしたかのような熱量と輝き。



 それを、彼は振り下ろした。



 神の依代から生まれた存在。神の呪いを受け、歪み、暴走した怪異。

 


 それがあっさりと




 燃えた。それだけではない、その爆炎は紅い泉も燃やしていく。爆炎は猛々しく燃えて、天へ、太陽へ伸びていく、




「……天に昇る爆炎か」

「これ、全部、現実よね?」




 互いに頬をつねる双子。



 



 一方で爆炎は、静かに、しかし確実に広がっていった。


 黎明の振り下ろした一太刀から生まれた炎は、刃の形を失い、獣のように泉へと喰らいつく。紅い水面が一瞬、抵抗するかのように泡立ったが、それも束の間だった。炎に触れた水は蒸発では済まず、呪いごと焼かれて消えていく。


 じゅ、と音を立てることすらない。燃えているのは、水ではない。


 泉に溜まり続けていた怨嗟と呪詛、その概念そのものだった。


 中心に残されたクラミツハノオロチは、もはや逃げようともしなかった。


 首だけになったその姿は、炎に包まれながら、ただじっと動かずにいる。暴れない。吠えない。抗わない。


 ――勝てないと、理解してしまったのだ。


 神の依代として生まれ、神の呪いを受け、長い時間を支配者として過ごしてきた怪異。その存在が、今はただ燃料の一部として、炎に溶かされていく。


 鱗が崩れ、霊力が霧となり、最後に残った核のような光も、ぱちりと音を立てて弾けた。


 それで終わりだった。オロチは、消えた。


 だが炎は止まらない。


 泉全体が巨大な炉となり、紅い水は黄金色の光へと変わる。地に染みついていた呪いが引き剥がされ、村全体から黒い靄が立ち上っては、爆炎に巻き込まれて消えていく。


 家々の影、道の隅、木々の根元――


 そこに縋りついていた、無数の呪われた存在もまた、声を上げることなく消滅していった。


 

 もしかしたら、それは救済だったのかもしれない。呪われ、人であることも忘れて怪異になってしまった怨念は、今解放された。


 ただ、それを黎明が知ることはない。なぜなら、興味がないからだ。彼は経験値が入るかどうかが重要なのだ。



 そして、燃え上がる炎はやがて、一本の柱となった。


 天へ、真っ直ぐに。


 雲を突き抜け、空を裂き、太陽へと伸びていく爆炎。その光に照らされ、曇っていた空は完全に晴れ渡った。


 太陽が、そこにあった。


 いや――


 いつもより、ずっと眩しく、清らかに。呪いを失った世界を祝福するかのように。


 双子は、言葉もなく、その光景を見上げていた。


「……全部、消えた……」


 紅が呟く。泉も、怪異も、村を覆っていた呪いも。


 何一つ、残っていない。全てを彼はたった一人で消し飛ばした。


 そして――


 その爆炎の根元に立つ、少年。炎を背負い、太陽を背景に立つ黎明の姿は、もはや人間には見えなかった。


「……なぁ、姉ちゃん」


 蓮が、乾いた声で言う。


「俺さ……あいつ、人間じゃなくて……小さい頃から映画で見てた、あれに見えるんだけど」

「……ええ」


 紅は、苦笑混じりに頷いた。


「ワタシもよ。怪異でも、神でもない……大怪獣」


 二人の視線の先で、黎明は炎が完全に消えたのを確認し、満足そうに息を吐いた。


「よし。これで終わりか。おお、経験値が入ってる気がするね」


 まるで後片付けでも終えたかのような軽さだった。その背中を見て、蓮は一歩前に出る。


 足はまだ震えていたが、それでも声を張り上げた。



「……あの」



 ん? と黎明が振り返る。

 

 そこには頭を深く下げている蓮がいた。



「もう一度、改めてお願いさせてくれ。オレ……オレを! どうか弟子にしてください……ッ!」



 光景を見ていた蓮は思ったのだ。




 ――おそらくは滅びに向かっていた、人間への救いがないこの時代。

 

 その来るはずだった怪異の時代を、逆に終わらせる時代が来る。


 そして、目の前の少年がその中心に居るのだと。

 

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