第21話 清泪村の伝説
白妙詩が帰還してから二日が経過した。彼女は家の中で、黎明についての書類をまとめていた。
「篝火志乃、篝火志麻、そして、スザクか」
彼女は、書類に書かれている三名の名前を読んだ。三名については黎明から聞いて知ったものだ。
「火の鳥様、怪異か……」
彼女は、スザクについて特に注目していた。黎明はスザクはモンスターであると、話をしていたからだ。
「……火の鳥様。影森の守り神の伝説はあるが、どんな存在か」
白妙詩はスザク、それと篝火姉妹について知るために、家に呼んでいた。
「黎明も立ち会って欲しかったが……急に鍛錬とか言い出したからな」
白妙詩が色々と考えを巡らせている中、黎明はトレーニングで炎天下の中でマラソンをしていた。わざわざウインドブレーカーを着て、厚着をし走るという鬼畜な方法でだが……。
「黎明だけでなく、篝火姉妹の姉の方も予定があると断られたが……まぁ、また今度話を聞けばいいか」
篝火志麻も予定があるため、白妙詩の家を訪れることはなかった。
なぜ来ないのか、それには理由がある。
トレーニングをしている黎明は、戻ってきたらきっとお腹を空かせている。
そこで志麻は、腕によりをかけてなにか料理を作ろうと考えていた。ありていにいえば、凄まじく張り切っていた。
『助けてくれたお礼、しないとねぇ』
そう妹の志乃に話しながらも、その言葉が本心なのか──
あるいは別の感情が隠れているのか。
それは、志麻本人にしか分からない。
◆◆◆
「来たか」
家のインターホンが鳴った。彼女は玄関に向かい、扉を開ける。するとそこには、黒髪に黒い目を持つ可愛らしい少女と、紅の髪をツインテールに結んでいる少女が立っていた。
「よく来てくれた。入ってくれ」
「ど、どうも、あ、ありがとうございます」
「ふーん、黎明の家にしては普通なのね」
──二人を招き入れた白妙詩は、リビングへと案内し、あらかじめ用意していたお茶と茶菓子を出した。
「わざわざ、足を運んでくれて、感謝する。飲んでくれ」
「あ、ど、どうも」
「普通ならわざわざ来ないわ。まぁ、黎明には恩があるからね、仕方なくよ。色々話もしてあげるわ」
志乃は、湯呑みを持ったまま、ぎこちなくソファに座る。スザクは窓際の椅子に座り、白妙はコーヒーを片手に淡々とタブレットを操作していた。
「……あ、あの……今日は、わた、私……お招きい、いただき……感謝を」
志乃が小さな声で切り出すと、白妙は目を上げて微笑した。
「気にしないでいい。お前たちは黎明の仲間だろう。むしろ私から呼んだわけだしな」
「わ、私……仲間……へ、へへ、な、仲間です。へへ」
「ふむ、聞いていた通り。奇特な笑い方だな」
志乃は胸の奥がきゅっと熱くなり、湯呑みを強く握ってしまう。そんな志乃を横目に、スザクは腕を組んでため息をついた。
「さて、このワタシも呼んだということは、ある程度は聞いているのよね」
「あぁ、火の鳥様であると黎明から聞いた。悪いモンスターではないから、退治しないであげても言われている」
「ふん、アンタにワタシが退治できるわけないだろうけどね。まぁ、その通りよ。ワタシこそが、火の鳥様。火之迦具土神様の眷属にして、この町の守り神」
「神から話を聞けるとはこんな貴重なことはないな」
「でしょうね。普通なら対話も許さないところだけど、黎明に恩があるからしてあげる」
そう語るスザクを見て、白妙詩は軽く目を細めた。微かに彼女を観察し、虚言がないと悟った。
(この溢れ出る霊力。人間の比ではないな。私は黎明ほど霊力の感知に優れていないが、それでも分かる。これほどの量を持っているとはな。私の何十倍、何百倍という規模かもしれない。しかし、同時に隣の篝火志乃も凄まじい霊力があるように思える)
(これが山神、神格を持つ怪異を倒した恩恵か。黎明が倒し、近くの二人、いや、志乃の姉である志麻にも大量の霊力が入ったらしいからな)
(先に黎明から聞いてたが、出会ったときはここまでではなかったらしい。パーティー組んでると経験値が分配されるとか言っていたが……私も一緒に行動すれば霊力が上がるのか?)
(まぁ、それは置いておくか。霊力を急激に上げるとそれに呑まれる可能性もあるらしいからな)
(今は、二人の霊力量に今は注目すべきだ。神を倒した、それによる霊力の底上げがこれほどとは。現時点で、この場に居ない志麻が霊力が最も高いと黎明は言っていた。どれほどか、想像すらできん。しかし、私も感覚が麻痺したか?)
(黎明ほどの強烈な存在には思えんな)
ふと、彼女の頭の中には黎明と出会った時の記憶が浮かぶ。初めて会った時、驚くことに
彼女は何も感じなかった。一般人にすら思えたのだ。
(黎明は、自らの霊力総量は志麻と志乃、スザクを足しても己の十分の一にもならないと言っていた。逆を言えば、それほどの霊力があるのにも関わらず。初見で私は何も感じれなかった)
(それだけ、凄まじい精度というわけか……)
目の前の二人と黎明を見比べ、彼の方が霊力が少ないとすら感じた詩。だが、それは彼の卓越した霊力の精度であると確信をし、改めて黎明の強さに気づく。
「それで、アタシ達を呼んで何をしようというのかしら?」
「志乃さんに関しては、話してみたかっただけだ。ただ、スザク、火の鳥様に関しては一つだけ質問があった」
「あら、何かしら?」
「……人間に対して害を及ぼすつもりは?」
「ないわね、どうでもいいもの」
白妙詩の質問に関して、スザクはあっさりと軽く回答をする。その答えを聞くと、白妙詩は安心したように息を吐いた。
「あ、あの、スザクさんは悪い人ではないっていうか! そもそも人ではないんですけど、悪い神様じゃないです!」
「志乃、フォローありがとう。まぁ、そういうことよ。害を与えるつもりもない。施しすらもないわ」
「……火の鳥様は守り神と言われてたはずだが。守ったりするつもりはないのか?」
「昔はそういう事もしてたわ。確かにワタシは守り神と言われていたしね」
志乃はその会話に少し、違和感を持った。なぜなら、スザクは自分を守ってくれたからだ。だが、今スザクは施しも何もしないと言っていた。
言動に矛盾があったのだ。
「あ、あの、スザクさんは私を何度も助けてくれました、よね?」
「それはアンタの父親が何度もワタシの神社に通ってきたから。気まぐれよ。他の人間なら、助けなかったわ」
「……そ、そうなん、ですね。で、でも、優しい神様な人なので、退治とかはしないであげてください!」
「するつもりはない。私には出来ないからな。ただ、気になるのは守り神と言われてた割にはドライなことだ」
白妙詩はスザクに対して、更なる疑問をぶつけた。守り神と言われていた存在にしては、人間に対してなんの感情も持ってない気がしたからだ。
「そりゃ、昔は多少の情もあったわ。神社に貢ぎもあったし、清掃もし、祈りを捧げていたから。可愛げもあったというもの。でも、現代になって神秘が薄くなったわ。人間は神を信仰しなくなった。ワタシの神社も寂れてしまったし」
「だから、人間をなんとも思ってないわけか。当然だな」
「……まぁ、何もしないというのもあるけど。何も出来ないっていうのもあるのよ。人間の信仰が消えたから、ワタシの力も急激に弱くなってたし」
「なるほど。信仰から生まれた存在は、信仰がないと弱体化するのか」
白妙詩はスザクについて、理解を深めた。神と崇められて信仰により生まれた存在。
しかし、火の鳥様は人間の信仰が消えて弱体化していった。
だからこそ、何もしないし、出来ないのだと分かった。
「そうね。力が弱いワタシじゃ何も出来ないもの。守護も何もないわ。そして、山神の封印はもうすぐ解けてしまいそうだったもの。ワタシじゃ、何も出来ない。滅びるなら、助けても意味ないしね。だから、何もしなかったのよ」
「なるほど……しかし、山神の封印がもうすぐ解けそうだったとは私も知らなかった」
「封印を担当してる一族も、ずっと前から居ないもの。当然ね。逆に聞くけど、なんでこのタイミングで黎明なんて化け物を呼んだのよ」
「……国家公認の陰陽師は全国各地に居る。それぞれ担当をしている場所があるが、この町の霊力が異常だと調査をしていて分かった。だからだ」
白妙詩は国家公認の陰陽師だ。陰陽師の仕事は全国各地の異変調査、怪異の封印というのが主な仕事である。
しかし、実際には調査くらいしか仕事はない。彼女は全国各地を転々と回り、影森町の異変に勘づいたというわけだった。
一つだけ、補足をすると国家公認陰陽師はそれぞれに調査するエリアがあらかじめ決められている。だが、彼女はある理由から全国を転々としていた。
「ふーん、そう言うわけなのね。奇跡的と言うか……アンタって最近この地区担当になったの? 前は他の陰陽師が町をウロチョロしてたと思ったけど」
「前任者は退職した。怪異が隣り合う生活に精神をやられてな」
「あら、そうなのね。確かに精神的に病んでいるのか、調査が的確ではなかった感じね。この町なんて、山神の異様な霊力が徐々に漏れ出してたのなんて。何年も前からわかっていたことだし」
「……分かっていたのか。分かっていて無視したのか」
「さっきも言ったけど、ワタシが何もしなくても、封印はほぼ解けてたもの。何をしてもしなくても結果は変わらなかったわ」
志乃は二人の顔色を伺いながら、黙ってお茶を飲んだりしていた。怪異に対して、詳しく知らない彼女からすると何が何だかよく分かっていない。しかし、話だけはちゃんと聞いていた。
「そうか。黎明が居なければ相当大きな被害になっていたのか」
「山神を止められる人間は現代には居ないでしょ。平安なら、神への信仰が強かったから、神の補助もまだ手厚かっただろうけど。現代人は信仰心がないし」
「……日本中、いや、世界中で神への信仰は消えているか」
「人間の管理の問題よ。この町みたいに管理する一族が役目を放棄したり、調査をする陰陽師の質や数も悪かったり。まさかとは思うけど、こんな感じで日本全国を管理してるんじゃないでしょうね」
「そのまさかだ。今まで何とかなってしまった。だから、この体制が変わる事もない」
「……呆れた。と言いたいけど、現代ならそうなっても無理ないのかもしれないわね。ただでさえ、怪異は秘匿しないと恐怖によって強化されるし。公に出来ない中で陰陽師の数を確保も無理でしょうし」
スザクの言葉に白妙詩は溜め息を吐きながらも、同意をした。現在の日本中枢の怪異への対策に対して、彼女は問題であると考えていたからだ。
「陰陽師は公務員気質というか、今のままの現状維持で良いとする連中が多い。今が大丈夫だから、これからも大丈夫となっている。だが、このままでは絶対に日本は滅びる。現に、山神の封印も破られる寸前だったようにな。怪異にこんなことを言ってもしょうがないがな」
「そうね、ワタシ一応は怪異だし。ただ、ワタシとしてはもっと周知を増やすしかないと思うわ。人間全体でこの問題解決に挑まないと滅びるわ」
二人の会話の間に入れず、志乃はずっとお茶を飲んだりして時間を潰す。ただ、飲んでいるだけでなく、学ぼうと彼女は話はちゃんと聞いていた。
だからこそ、そこである疑問が浮かんだ。
「あ、あの、疑問なんですけど。スザクさんは信仰が消えたから、弱くなったって前も言ってたと思うんですけど。今からでもSNSとかで配信とかしたら、有名になって信仰とかされるんじゃ……炎とか出せますし」
「志乃さん、それはダメだ。そんな力を公にしたら、信仰が集まることは確かだ。しかし、同時に恐怖だって持つ人間も出てくる。似たような力を持っている人間がいるんじゃ? と考える人間も現れる。超常現象が大々的になると、人間の恐怖が増える可能性が大きいんだ」
「あ、な、なるほど。す、すいません、適当なこと言って」
志乃は何か役に立てばと思って語ったのだが、それは寧ろ悪手であると感じ、発言を撤回した。
しかし、白妙詩は、いや、と発言を挟む。
「いや、謝る必要はない。私がいったのは陰陽師の一般論であり、志乃さんの考えもありだ。陰陽師の中には二つの派閥がある」
白妙は淡々と説明を続けた。
「保守派――怪異は秘匿し続け、今まで通り、陰陽師や政府が裏で処理し続けるべきだ、という派閥。そして革命派――もう隠しきれない。封印が次々と崩壊する前に、国民全員を巻き込んで、怪異に立ち向かうべきだという派閥だ」
「……あ、えと、それって、さっきダメって」
「言った。しかし、どちらにしろ、このままではジリ貧でもある。今が滅んでいないだけで、ゆっくりと日本は滅びに向かっているかもしれない。そう考える陰陽師は居なくもない。ただ、数は圧倒的に革命派が少ない」
「な、なるほど、そうなんですね。え、えっとリスクはあるけど、日本国民全員で討伐や封印に臨むべきって考えなんですね」
「あぁ、もっと言えば海外の術師とも手を組むべきでは? という考えもあるが、そこまでは議論は進んでいない」
志乃は色んな考えがあるんだなと思いながら、言われたことを心に刻んだ。今後の人生において、自分が怪異と関わることのない人生は不可能だと分かっていたからだ。
「怪異って、恐怖によって増えるってことは……昔よりは減ってるんですか? さっき、今の日本は怪異を知ってる人が減ってるって言ってましたし」
「その通りだ。今の日本は、怪異の数そのものは減っている。怪奇現象を信じてる人間が減ってるからな」
白妙がコーヒーを置いた。
「人々が霊を信じなくなった。信仰も消えたが、恐怖も薄れた。だから怪異は減った――」
「……」
「──しかし、過去に封印された怪異は消えていない。封印されてるだけだ。最も恐怖があった時に生まれた怪異、常軌を逸する邪神……それらを人類は解決出来てないわけだ」
山神もその内の一つに過ぎない。問題は見えづらくなっているだけで、山積みなのが事実である。
「さっきも言ったが同時に、陰陽師も減った。人が減り、封印を維持する人材もいなくなった。日本崩壊も近くまで来ているのかもな」
「……もし、黎明さんが居なかったら、山神で全部滅びてたんですか……?」
「どの程度かは検討もつかんが。相当な被害になっていたのは言うまでもない」
「そうね、まぁ、黎明が封印を自ら解いたけど。もし、あのままなら、十年後くらいには封印が完全に解けて、被害が大きくなったかもしれないわ」
白妙詩、スザクも多大な被害を予想をする。志乃もその二人の考えの一致に肝を冷やした。
確かに、黎明が居なければあのまま死んでいたのは容易に想像が彼女は出来た。
「れ、黎明さん、それとスザクさんが居なかったら、私、し、死んでました」
「生きててよかったわね」
──話がまとまりつつあるタイミング、そこでリビングの扉が開いた。
「あ、スザクと志乃来てたんだー」
「れ、黎明さん、お邪魔してます。えと、なんで、厚着を?」
「修行かな。ほら、厚着しながら走った方が修行になるんだよね。MPを体に纏って、体温調整の機能を強化できる。そうすると、熱い場所でも平気なんだよね」
「そ、そうなんですね」
「アンタ、器用ね」
驚くべきことに炎天下を走ってきたというのに、黎明は汗をかいていなかった。ウインドブレーカーを着てたにも関わらずにだ。
「黎明」
「んー? どうしたのー?」
白妙詩は黎明のその霊力を見て、微かに笑いながらあることを告げる。
「お前はこの町で、ボスモンスターを倒した」
「そうだねー。結構良い経験値だった」
「あぁ、それでだ。前に言ってたな、もっと強くなりたいと。だから、新たな情報も持ってきた」
「ほほう? モンスターかな?」
「あぁ……清泪村。そこに異様なMPが確認された。きっと、そこにいるぞ。モンスターがな」
──そう言われると、黎明は瞳を輝かせた。彼は、今の自分に満足をしていない。もっと成長をしたいのだ。
「それなら、連れて行ってよ。俺、足踏みしてるの嫌いだし。もっと強くなりたい」




