幕間 黎明と志乃
山神の討伐後。志乃は黎明と一緒に町を歩いていた。理由は単純にお礼がしたかったからだ。
黎明に何かお礼をしたいと言ったら、夜に一緒に町を回ってくれと言われたので、一緒に回っている。
「志乃が居ると、やっぱりモンスターが寄ってくる気がするよ。ありがとね。流石だ」
「へ、へへ、よ、喜んでもらえて嬉しいです……」
志乃は褒められて、ニヤニヤしており、顔も赤くなっている。怪異が寄ってきて、褒められるなんて人生で経験がないからである。
「あ、そうだ。ちょっと行きたい場所があるんだよね」
「え、ど、どこですか?」
「廃病院。あそこも結構モンスターが湧いてさ」
「あ、そ、そうなんですね」
「前なんて『ようこそ』、『いらっしゃい』、『まってた』って書いてあったんだよね。歓迎されてる感じ」
「……あ、そ、そうですか」
志乃は思った。
(それって、よくある幽霊とかが人間を驚かすためにやるやつじゃ……。スザクさんが怪異は人間の恐怖を元に生まれるって言ってた)
(多分、そうやって驚かせて人間から恐怖と霊力を吸おうとしてるのかな? 黎明さんには全然効いてないけど)
志乃は、きっと怪異の仕業で歓迎しているわけじゃないんだろうと悟る。しかし、それをわざわざ口に出して伝えるのも違うと思い、黙った。
彼女はだんだん空気が読める子へと成長をしているのだ。
◾️
二人は廃病院に到着した。真夜中なのに全然怖くなくて、志乃は不思議な気分だった。
「ほら、着いた」
「あ、着きましたね」
「今回も歓迎の文字とかあるかな?」
「歓迎、されてるといいですね……」
二人が廃病院の入り口に行くと、確かに何か文字が書いてあった。
『ニドモクルナ』
『デテケ』
『シネ』
と罵詈雑言の嵐だった。志乃はそれを見て、黎明を歓迎しない怪異の仕業だと思った。
「あ、えと」
「前と文字が違うみたいだね。多分、これ元々落書きなんじゃない? 前に俺が水の魔法で洗い流しちゃったから、また落書きしたとか?」
「え、えと、そうかも、ですね」
「廃病院だし、不良の溜まり場みたいなのかもね」
「そ、そうですね」
そう言って、黎明は再び水の魔法で病院の赤い文字を消し始めた。なんかシュールな映像だなと志乃は思った。
そして、黎明は汚れを全て落として、廃病院へと入っていった。
「やっぱ、モンスターいるなぁ」
「そ、そうですね」
「ちょっと怖い?」
「さ、流石にちょっとだけ」
「じゃ、手を繋ごっか。詩は家でも夜だと手を繋ごうって言ってくるんだ」
「え、詩さんって、そんな感じなんですか? な、なんかそういうのしない人かなって思ってて」
志乃は詩がイメージと違って少し首をかしげる。志乃の中ではクールで、孤高な人のような気がしてたのだ。
「詩は手を繋ぐよ。最近知り合ったばかりだけど、昨日とか寝る時とか、ちょっと怖いテレビ見る時とか、初めて一緒に夜歩いたりした時とか」
「あ、え、そう、なんですか? 厳格そうな感じだったのですが……それとなんで怖いテレビ見るんですか? 怖いなら見ない方が……」
「詩はモンスターの勉強したいんだって。だから、怖いモンスターのテレビ見るようにしてるんだってさ」
美人だが怖い顔のイメージで、厳格そうな雰囲気があった。しかし、実際は違うのかなと? 志乃は詩のイメージを変えることになる。
「そ、それじゃ、私も……」
「うん。いいよー」
志乃は黎明と手を繋いだ時、心臓が跳ねた。生まれて初めて、異性の手を握ったからだ。そもそも、家族以外と手を繋いだことなど彼女は経験がない。
「あ、えと」
「どうしたの?」
「あ、いや、その、硬いですね。手……」
「鍛えてるからねー」
黎明の手を握りながら、彼女は廃病院を進む。黎明が怪異を祓う姿を目に収めるが、手の感触のことしか考えられなかった。
その日、廃病院から、完膚なきまでに、怪異は消し去られた。
◾️
廃病院を去った後、二人は火の鳥様の神社を訪れていた。なぜその場所に向かったのか、理由は志乃が来たいと言ったからだ。
「ここはモンスターが居ないねー」
「スザクさんが結界張ってるみたいです」
「余計なことを……まぁ、セーフティポイントみたいでいいかー。別に疲れてないけど」
「あ、あの、付き合わせてすいません」
「別にいいよ。志乃のおかげで沢山経験値もらえたし」
志乃は神社の中にある、とある石碑の元まで歩み寄った。これなんだ? と黎明は感じ、目をパチパチさせる。
「これ、お父さんのお墓なんです。スザクさんに許可をもらって、ここに置かせて貰いました」
「そっか。それなら、手を合わさせて貰うね」
「あ、す、すいません」
「いいよー。因みにだけどお墓参りとかしたことなくてさ。どういう感じにすればいいの?」
「え、あ、こうやって手を合わせていただければ」
黎明は志乃が両手を合わせたので、それを真似をした。前世で一度も、お墓参りをしたことがなく、今世でもずっと山奥で暮らして居たので知らなかったのだ。
少し、辿々しい感じだがそれを真似して黎明はお墓で祈った。
「あの、黎明さん。ありがとうございました」
「うん、気にしないで」
「私もお姉ちゃんも感謝をしてます。本当に、ありがとうございました。きっと、父も感謝をしてます。さっきの廃病院で父を祓ってくれたのも黎明さん、ですよね?」
「え? 志乃の父親にはあってないと思うけど」
「……いえ、きっと助けて頂いたと思います。あの病院は私が生まれた場所で、未練があった父はあそこに留まって……あ、すいません。意味わからないことを言って。本当にありがとうございました」
「うん、どういたしまして」
黎明は何も気にしてないと言った表情だった。志乃は深く感謝をし、頭を下げたが黎明が神社を去ろうと歩き出すと、彼女も後を追った。
神社をさる前に、彼女は一度だけ振り返った。
「お父さん。もう、大丈夫だから。今までありがとうございました。私も前に進むから」
◾️
それから翌朝。
志乃は鏡の前で制服の襟を整え、そっと深呼吸した。
(大丈夫……大丈夫……私、変わりたいって決めたんだ)
山神、怪異との死闘。黎明が命をかけて守ってくれた。スザクがそばにいてくれた。
志麻も、いつも味方でいてくれた。
なのに――自分だけが何も変わらず、また部屋に閉じこもっていたら、それは逃げているのと同じだと彼女は思う。
(強くなりたい。ちゃんと前を向きたい。お父さんにも、そう言ったんだから)
制服の胸のリボンをぎゅっと握り、玄関へ向かう。手は震えていたが、それでも足は止まらなかった。
中学一年生の時に、行くことを諦めた学校。その場所に彼女は再び、足を向けた。
また、誰かに否定される恐れはあった。しかし、それでも彼女は前を向いていた。
そして、狭い部屋を抜け出して、――久しぶりに中学校の門をくぐった。
◼︎
昇降口の空気は、以前と変わらない。靴箱の匂い、誰かの笑い声、先生の呼びかけ。
何も変わっていないのに、世界は以前より少しだけ優しく見えた。
だが――
「は? なにアンタ来てんの?」
かつて彼女を一番苦しめた女子グループが、すぐに声をかけてきた。嘲笑うような目つき。ぞっとする嫌悪感。
中学一年生の時――志乃はその視線だけで崩れたのだ。
「なに、今さら学校来てんの? お化け屋敷にずっと引きこもってればいいのに」
「お化けは学校来ちゃダメなんだよー」
「どうせ、すぐ帰るっしょ~」
言葉のナイフが容赦なく投げつけられる。一瞬、心臓がきゅっと縮んだ。
だが――
(こんなの……黎明さんが戦ってた怪異に比べたら)
蜂の化け物、異形になった母、山神の咆哮。それら全てに目の前の恐怖は劣って見えた。
それを思い返すと、恐怖の波が不思議と引いた。
(あれを見た後で……人間の言葉だけで怖気づいてる場合じゃない……)
そして志乃の脳裏に浮かぶ。いつも自然体で、どんな怪異も切り伏せる少年の姿。
(黎明さんみたいに――強くなりたい)
震える唇を噛み、志乃は顔をあげた。
「……私、帰らない。もう逃げない。来たかったから来たの」
強い声ではなかった。でも、確かに自分の意思で放たれた言葉だった。
「……は?」
女子たちが一瞬だけ怯んだ。今まで一度も反論したことのない志乃が、反撃したからだ。
「な、なに偉そうに言って――」
「偉そうじゃない。でも……私、あなた達の言葉より怖いもの知ってる。だから、もう傷つかない。私は学校に来るよ」
淡い声だった。だけど芯のある声。女子グループは顔をひきつらせ、困ったように視線をそらした。
攻撃が通じない相手――それだけで、彼女たちの優位は崩れた。それだけではない、彼女は無意識に体から霊力を発していた。
そう、黎明が使っていたように、霊力による威圧行為を覚えていたのだ。
「……勝手にすれば?」
負け惜しみの声を残し、女子たちは去っていった。静寂。
そのあと――
「……スゲェ。篝火さん、言い返した」
「なんか雰囲気変わったよね? なんかかっこよかった」
「ってか、あの子達に言い返すってすごい」
周りのクラスメイトが小声で話しているのが聞こえた。志乃は驚きで息を飲んだ。
(……すごいって、言われた……!?)
胸がじんわり熱くなる。恐る恐る笑みが浮かんだ。
(黎明さん、スザクさん、ありがとう……!)
◼︎
その光景を校舎の屋上から見ていた影があった。夕陽の色を羽織ったような燃える赤髪――スザクである。
「ふぅん……やるじゃない」
腕を組みながら小さくうなずいた。
(山神の霊力の呪いが晴れた影響ね。あの神が居た時、この町の人間は無意識に負の感情を抱きやすくなっていた。だから志乃はクラスに馴染みにくかった……それだけの話)
それが消えれば、均衡は戻る。人は本来、良いも悪いも混ぜ合わせて生きている生き物だ。
(全部……あの人間のおかげかしらね)
黎明――
名前の通り、新たな時代を象徴するような人間を彼女は思い出す。
「大したものね。さて、そろそろワタシも神社に戻ろうかしらね」
成長した志乃を見て、スザクは微笑みながら、背を向ける。そして、彼女は志乃の学校から去っていった。
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