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救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第1章 山神編

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幕間 スザクと志乃

 山神との激闘から一日が経過した。


 スザクと志乃は詩の家へ向かい長く対話をした――そして、それが終わったあとの話である。


 二人は篝火家に戻り、まだ志麻が帰宅していない静かなリビングで、ソファに並んで腰掛けていた。


 外は夕方で、窓の向こうのオレンジ色の空が少しずつ青へと沈んでいく。その沈黙を最初に破ったのは、スザクだった。




「さて、そろそろお別れよ」

「え……?」


 あまりにも突然だった。志乃の胸はぎゅっと縮み、手の指先が強張った。



「もう山神は消えた。アンタの父親の願いも叶えられた。これ以上、ワタシがそばにいる意味はないでしょう」



 いつも通りの淡々とした声だったが、志乃にはどうしても受け止めたくない言葉だった。


 出会ってからの期間は長くない。むしろ短い。


 けれど、志乃にとってスザクという存在は救いそのものだった。


(別れるなんて……嫌……)



 喉が塞がりそうになる。だけど、それでも言葉を絞り出した。



「あ……あの……! わ、私……まだ、スザクさんから色々教えてもらいたいことがあるんです……!」



 自分でも苦しい言い訳だと思った。本音じゃない。本当は別れるのがただ寂しいだけだ。


 しかしスザクは、すぐに切り返す。


「怪異の知識が欲しいなら、詩にでも聞いたら? アンタになら、教えてくれるでしょ?」

「……っ」



 ぐうの音も出なかった。確かにそうだ。知識だけなら詩からも得られる。怪異のことを知りたいという理由で引き留めるのは、言い訳でしかない。


 ソファの布をぎゅっと握りしめる。胸が苦しくて、息が痛かった。黙っていれば、ここで別れになる。二度と会えないかもしれない――それだけは嫌だった。



(言わないと終わる……でも……神様相手にこんなこと言うのは不敬かもしれない……嫌われるかもしれない……)



 それでも、もう失いたくなかった。勇気を振り絞り、志乃は顔をあげた。震えながらも、まっすぐに。



「……ち、違うんです。私……まだ一緒にいたいんです……! スザクさんに恩を返せてないから、って……それもあるけど……」



 喉の奥が震える。それでも言葉を止めなかった。



「……こんな気持ち、初めてで……。神様に、友達なんて言うのは不敬かもしれないんですけど……私……はじめて友達になれそうな気がしたんです。だから……別れたくなくて……っ」



 声が最後にひっくり返った。志乃は自分で言っていて恥ずかしさと恐怖で胸が潰れそうだった。


 どう思われるか分からない。笑われるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。


 だが――返ってきたのは静かな沈黙だった。スザクは視線をそらさずじっと志乃を見ていた。


 その瞳の奥、わずかに揺らいだものがあった。彼女は思わず心の中でつぶやく。



(……こんな風に言われたの、いつぶりかしら。いえ、初めてかしら。祈り縋り、崇拝する者はいても、友になりたいと願う人間なんていなかった)




(そう、こんな感覚なのね。友か。居たことはなかったわね)






 寂れた神社。誰も来なくなった時代。自分を必要とする人間が、とっくに消えていた世界。


 その世界を寂しいとは思ってはいなかった。信仰が薄れ、徐々に死に向かっていくことも悲しいとも感じてもいなかった。


 しかし、志乃の声は、微かに火の鳥を動かした。次の瞬間、スザクはぷいっと横を向き、ぶっきらぼうに言った。





「……もう少しだけ居てあげるわよ。別にアンタのためじゃないわ。ワタシも黎明を見て、霊力の扱いがまだ初歩だって実感しただけ。修行をするには、この家がちょうどいいだけよ」




 志乃の表情がぱっと明るくなる。



「ほ、本当に……? 一緒にいてくれるんですか……?」

「……まぁね。恩なんて返さなくていいわよ。ワタシにそんな発想ないし。ほぼ黎明のおかげでしょうし」



 最後は小声で、目をそらしながら。素直になれない神様らしい不器用な言い回しだった。


 志乃の胸は熱くなり、今にも泣いてしまいそうだった。けれど涙は見せまいと笑顔だけで返した。



「……ありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです……!」

「そう、感謝しなさいね。このワタシが一緒にいてあげるのだから」



 少し照れたように手をひらひらと振り、スザクは落ち着きを取り戻すために背もたれへ体を預けた。


 そして話題を切り替えるように、志乃はずっと気になっていたことを口にする。



「は、はい、あ、ありがとうございます!」

「まぁ、このまま霊力の塊になったアンタを放置するのも別の問題を起こしそうだしね。まだまだ教えてあげるわ」

「は、はい! やっぱりスザクさんから、色々教わるのが一番頭に入る気がします!」

「そう。ただ、ワタシは厳しいわよ」

「か、覚悟してます! あ、そういえば……スザクさんに聞きたかったことがあって」




 志乃は早速、ずっと気になって居た質問を投げかける。




「怪異って……人間よりずっと強いはずなのに……どうして人間の社会って滅びずに続いているんですか?」

「ほう、良い質問ね」



 スザクは腕を組み、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「まず大前提として、人間は怪異に勝てない。黎明を見た後だから、感覚がおかしくなってるかもしれないけど。あれは例外中の例外よ。他の陰陽師は全員封印することだけが、唯一の対処法であると思っているわ」

「封印、ですか」

「そうよ。封印術。五行術、その中の土属性を応用した術なの」

 


 

 そう言うと、スザクは自らの手に炎を作り出す。




「五行術とは火、水、土、木、金。それぞれの属性を使う術のことね。ワタシなら、火之迦具土神(ヒノカグツチ)様と同じ火の属性があるわ」

「な、なるほど」

「さて、ここで問題。この五つの五行の属性の中で一番重要なのはどれだと思う?」

「え? え、えっと、封印に応用できる、土、ですか」

「あら、ちゃんと話を聞いてたのね。正解、土よ。堅牢地神(ケンロウジノカミ)と言う神様が土の属性の補助をしてくれる」




 志乃は初めて聞いた神様の名前をちゃんとメモをして覚えることにした。それを見て、スザクは彼女がメモを書き終えるまで少し待ち、タイミングを見計らうと再度話を始める。



堅牢地神(ケンロウジノカミ)は一番人間に友好的な神様なの。だから、他よりも大きく補助をしてくれるわ」

「あ、そ、そうなんですね! 友好的な神様もスザクさん以外にいたんですね」

「ん? ……あぁ、一応言っておくけど友好的とは言ってもなんでも願いを叶えてくれるとかじゃないわよ。あのね。そもそも人間に力を貸してくれて、無害の神様って基本的に無関心だし、興味も人間にあまりないし、どうでも良いとすら思ってて、自分も人間も滅んでも問題ないと思ってるから。あんまり期待しすぎない方がいいわよ」




 そう言われて、志乃は混乱した。友好とは? 全然言葉の意味が違うような気がしたからだ。




「そもそもだけど、神は人間に力なんて貸してくれないわ。どうでもいいんだもの。貢物とかされて初めて、力を貸してやらんでもないって感じよ」

「あ、でも、現代って貢物をする人間とかってあんまり居ないんじゃなかったんですか? それでも、まだ力を貸してくれるのはそれなりに人間を思っているとか?」

「いや、普通にどうでもいいのよ。昔も貸してたし、そのままでいいかって感じだと思うわ。それに力を貸すとか言っても、本当に補助は大したことないわ」

「あ、え、えと、そうなんですね。皆んな、そんな感じなんですね……その中で土の神様は力を貸してくれると」





 志乃は神様ってスザクみたいな人が多いイメージだったが、思っていたよりも冷たく無関心な存在だと分かった。



「えぇ、人柱とか、生贄とか出せば力を貸す程度には友好的ってことよ」

「……あ、そうでしたか。なんか、その、冷たいと言うか、でも、それが普通なんですね」

「なんか、残念そうだけど。人間からしたら、その方がありがたいと思うけどね。人間に興味があって、生きることに執着してる神だと山神みたいになるもの」





 スザクはまだ説明を続ける。志乃は、どうして無関心の方が人にとってありがたいのか、疑問に思っていた。




「悪い神と良い神。違いがあるとすれば、前者は人間に似てると言っていいわ」

「そ、そうなんですか? あ、あの私、あんな化け物みたいな顔してますか?」

「違うわよ。愚かね、そう言う意味じゃないわ。性質とか、執着が近いと言う意味よ」

「近い、ですか?」

「これは少し長くなるけど。そもそも神様ってどうやって生まれたと思う?」





 志乃はそう言われると、黙りこくってしまった。神様がどう生まれたかなんて、わかるはずもない。



 しかし、無言というわけにもいかない。だからこそ、彼女は口を開いた。




「神様は、神の母親のお腹から生まれるとか」

「不正解」

「あ、あっさり不正解って言われた……」

「答えは人間よ」

「あ、え? に、人間」




 自分から、あんな化け物が生まれたと言われて志乃はますます混乱した。そもそも自分は誰かと結婚をしたりして、人間すら産んだことがないのに。どうやって、あんなのが生まれたのか?



 そんな疑問がさらに浮かんだ。


「怪異と一緒よ。人間の恐れとか、妬みとか嫉妬とかが固まって生まれたの。日本神話なんてものがあるけど。順序が逆なのよね。神がいたら神話が生まれた。のではなく、神話が生まれそれを崇めるから、神が生まれたの」

「な、なるほど? スザクさんも信仰から生まれたとか言ってましたよね? あれ、それなら、現代は信仰とかが薄くなってるから、神様も何もしなくても消える?」

「あら、本当にちゃんと話聞いてるじゃない。感心ね」

「へ、へへへ」

「笑い方が変だけど。まぁいいわ」




 褒められてニヤニヤする志乃を尻目に、スザクは神について説明を続ける。




「考え方としてはそうよ。人間の信仰から生まれたワタシが、信仰が消えれば消えるように。他の神も大体そうなの」

「や、やっぱり」




 信仰が消えれば、信仰から生まれた存在は消える。スザクもまた、信仰が消えれば消えてしまう存在だった。しかし、それは特別なことではない。



「あ、あの、スザクさんは消えるのが怖くないんですか? 信仰が前よりだいぶ薄くなってるって前も言ってましたよね?」

「そんなに怖くないわ。まぁ、ワタシだけじゃなくて、大抵の神は、消えることに別に執着もないわ。ほぼ全ての自然物がそうであるように、ただ生まれ、時期がくればただ消えていく。それを最初から受け入れてるのよ」

「あ、あれ、でも黎明さんにはビビってたような」

「寿命で死ぬのと、経験値を連呼して刀を振り回す男に殺されるのが同じと思ってるの? 愚かね」

「あ、すいません」




 志乃は思わず謝罪をした。確かに、それは全く話が違うからだ。ただ、自然に消滅をする、そう語るスザクの瞳には本当に恐れがなかった。他人事のように彼女は消えることを受け入れていたのだ。



「でも、何事も例外ありよ。神の中には死にたくない、消えたくないと考えて、人間から養分を取ろうとする存在がいる。人を驚かし、虐殺し、恐怖によって生きながらえようとする存在がね」

「……それが山神みたいな?」

「そうよ。良い神様ほど、人間に無関心だから力も貸さない。そして、勝手に消えていく。逆に悪い神ほど人間に認識されたりしたいと思うの。それと、執着が強い神はその想い故に、自ら霊力を生み出す術とかも持ってしまう。そうなると永遠に生きるようになったりするわ」

「え、永遠? 倒せないじゃないですか! そっか、だから封印が最も有効な手段ってわけですね」




 志乃は山神のことを思い出した。あんなのが永遠に生き続けるなんてことになれば、退治など誰ができるのだろうか。




「あの封印場所は霊力を封印し、排出する役割も担っていたの。そうじゃないと、山神自身の霊力が溢れ出してしまうからね」

「そ、そうなんですね」

「あれを作った人間は大したものよ。あそこまでしないと封印できない山神もやばいけどね。二十年前くらいに封印が解けかけた時は、ワタシも死ぬと思ったわ。信仰も弱まってたのもあるけどね」

「……そ、そんなに。あれ、でもそれを倒した黎明さんって」

「あのね。あの男が話に出てきたら、話が前提からおかしくなるから、出さないで」

「あ、はい」





志乃は黙った。






「良い神様、人間に力を貸してくれるような神様はどんどん消えたり、力が弱くなっているわ。五行の神だって、例外ではないわね。ただ、五行そのものが人間の生活の基盤でもあるから、それらに対しての思いとかは残ってるし、まだ消えたりしてはないだろうけど」

「あの、詩さんが言ってた徐々に日本は滅びに向かってるかもしれないって。そういうこともあるんですか?」

「えぇ、五行術や封印術の効力は年々落ちている。しかし、封印されている神は健在。これがやばいってことでしょ。今の生活は、薄い氷の上にあるようなものね」




 確かに、あんな山神なのが出てきたら、あっさりと平穏なんて消えてしまうだろうと、志乃は感じる。





「そう言えば、話が脱線したわね。志乃の疑問は、なぜ怪異の方が強いのに人間の社会が保たれているか。それちゃんとした答えが出てなかったわね。今のは話の前提みたいなもんよ」

「は、はい」

「今説明した封印術。色々あるけど、その中には、怪異を封印する以外にも、怪異を惹きつける効果があるのも存在する」

「惹きつける?」

「えぇ、大きな怪異を封印して、そこに別の怪異が寄って来られるようにする。外から入れるようになってるけど、内側からは出れない。こうなると、どうなると思う?」





 志乃は今までの話を踏襲して、頭の中で答えを出した。神や怪異は人間の恐怖などから生まれる。つまりは……




「人間の恐怖がない場所だから、滅びる?」

「うーん、半分正解。そうやって滅びるパターンもあるわ。ただね、人間がいない世界に怪異同士が相対すれば……共食いをするの」

「と、共食い。互いの霊力を巡って?」

「そう。封印されている神も食料が欲しいからね。勝手に共食いすれば、人間がわざわざ手を汚す必要もないわ」

「お、おお、それは確かに!」

「でも、これは別のリスクもあるの。封印した中で共食いをし続けると、勝ち続けた怪異がとんでもない力をつけてしまう場合もある。一長一短でもあるわね」

「なるほど」

「でも、この封印は割と多く使われてるわね。他にも色々、封印術はあるけど、これでなんとか、人間社会への流出を今までは防いでいるわ」





 あ、と志乃はあることを思い出した。黎明は、ずっと山奥で暮らして居たと言って居たからだ。



 そして、山の中には沢山のモンスターが居たと。





「黎明さんって、その封印の中で暮らしてたってことですか?」

「そうね。朝霧家っていう、封印するためだけに存在する一族があるわ。安倍晴明が作った一族だけど。封印の外と内側に人を置いて、封印を維持するのが役割だったかしら?」

「それってすごく危険な場所ですよね?」

「そりゃそうよ。特に封印の内側で暮らすなんて、いつも殺されるかもしれない恐怖と戦ってると同じ。夜は出来るだけ、家の中で息を殺して寝る。封印術のために常に霊力が消費されて、精神も安定しない。絶対にそこから抜け出せない。地獄でしょうね」

「……あ、あれ? 黎明さんって、その封印の中で怪異を狩ってたんですよね? 結構楽しかったとか言ってたような」

「だから、その男が出てくると話が壊れるから出すなって言ったわよね?」




 あ、すいません。と志乃は黙った。しかし、スザクは特に咎めることはなく、ふっと笑う。



「まぁ、しょうがないわね。インパクトが強いもの。ただ、あいつが住んでた封印場所って、山人喰いって怪異が居たと思ったんだけど」

「……」

「あれは、山神に縄張り争いで勝った神。かなりの偏食としても有名だけど。相当強いわよ。あれを倒してないってことは、黎明の中ではまだ倒せないって認識なのね」

「れ、黎明さんより強い神もいるんですね」

「……まぁ、黎明ってまだ十五歳なのよね。十五年で山神倒すのも頭おかしいけど。ポテンシャル的には倒せるんじゃない?」







──スザクは、黎明の底知れないポテンシャルを感じていた。





「まぁ、話はこんな感じよ。他にも知りたいことはあるかしら? 無いなら今日は一旦帰るわ」

「あ、えと、知りたいことではないんですけど……い、一緒に夜ご飯食べませんか?」

「……まぁ、いいけど」

「あ、ああと。……よ、よければですけど、と、泊まっていきませんか?一緒に寝たりとか……」

「……あんた思ったより要求するわね。まぁ……いいけど」





──スザクはその日、志乃の家で夜ご飯を食べた。






 火の鳥様と言われる自分にローストチキンを出してきた志乃の姉に、戦慄をしながら……。




いつも読んでくれてありがとうございます!

次で一章が終わりになります!


ぜひ、面白ければ感想と⭐︎で評価頂けると嬉しいです! それではまた明日の昼11時に

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