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救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ


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第12話 炎を継ぐ

  夕方。


 影森町の空が茜色に染まり始めた頃、志乃は家の前で立ち止まっていた。瓦屋根の上をカラスが横切る。



 彼女の胸の奥に、ざらついた痛みが残っていた。


 


 母の言葉。



 「生まれてこなきゃよかったのよ」





――あの一言が、何度も脳裏を刺した。






『志乃、志乃が生まれてくれてお父さんは嬉しいよ』





──母に、何度も生まれてこなくて、よかった。そう言われた時も、父は自分を庇ってくれた。





 ずっとずっと、志乃を守り、怖い夜も一緒に寝てくれた。赤子の頃から、ずっと父は自分を守ってくれていたのだ。


 ──姉だってそうだ。何があっても、一緒にいてくれた。本当は、周りで起こる謎の現象が怖くて仕方なかったはずなのに。



 それでも、側に居てくれたのだ。そして、彼女の呪いを解くために、夜の町に消えてしまった。






 父と姉と家でご飯を食べる時間が、志乃は好きだった。あの時だけは、全部を忘れて、笑顔でいることができたから。でも、それはもう叶わない。





「ごめん、なさい、お父さん。私……お母さんに、何も言い返せなかった。本当は、私が、私が一番、迷惑をかけてきたのに。せめて、お父さんが悪く言われたら、私だけは言い返さないと……お父さんも報われないよね」





「──本当に、ごめんなさい」





◾️










「……ただいま」


 声は掠れていた。玄関を開けると、香のような匂いがする。奥の居間には、スザクがいた。焔のような赤髪を後ろで束ね、足を組んで座っている。


 人間離れしたその雰囲気は、どこか安心を与えるのに、触れると焼けそうだった。



「おかえり。今日は、どうだったの?」



 志乃は小さく息を吸い、今の自分の心境を正直に話した。図書館で同級生にも、家を馬鹿にされて黙ったままだったこと。


 ──そして、母親と再会して、父親を馬鹿にされたのに何も言い返せなかったこと。


 そんな自分に、酷く失望をしてしまったこと。



 そのすべてを、ぽつぽつと、まるで自分の喉から血を流すように語った。スザクは何も言わず、ただ聞いていた。


 時折、焔のような瞳が揺れる。それはまるで、人の苦しみに燃える炎だった。



「……結局、何も言い返せませんでした。お父さんを、二度も馬鹿にされたのに、私は、怖くて……声が出なくて。ただ、泣くことしかできませんでした……。情けなすぎですよね。私……」



 志乃の手が震えた。小さな拳を握り締め、唇を噛み、俯いたまま、ぽつりと呟いた。



「……強くなりたい。スザクさんが使ってた……炎。あれを教えて、くれませんか。強くなって、お姉ちゃんだけは絶対に助けないと……」




 スザクの赤い瞳が、少しだけ細まった。彼女はゆっくりと立ち上がり、志乃の前に歩み寄る。


 その気配は熱を帯びていたが、どこか寂しげでもあった。



「……ワタシの炎はね、志乃。人間が扱えるものじゃないのよ」

「え……?」

「これは、御術(みわざ)。ワタシはそれを、生まれたときから持ってる。これは真似しようとか、そういう次元じゃないわ。つまり、志乃にはワタシのように炎は使えないってこと」

「そ、そうなんですね」

「そう。ワタシの炎を出すのは無理。でも――」


 スザクはふっと笑った。



火之迦具土神(ヒノカグツチ)様の御術(みわざ)。それを模倣した陰陽術なら、できるかもしれない」

「陰陽術……?」

「人間が神を真似て作った技術。いわば神秘の劣化品ね。火之迦具土神(ヒノカグツチ)様、その炎の陰陽術なら、ワタシも多少知っているわ。それなら教えてあげられる」




 志乃は真剣に聞いていた。スザクは居間の灯を少し落とし、カーテンを閉めた。焔のような髪が闇に溶け、瞳だけが紅く輝く。



「さて、教える前に……まず、知っておくべきことがあるわ。前にも語ったと思うけど、――怪異は、倒せない。人間には無理。どんなに強い霊力を持っていても、封印するのがやっとなの」



 スザクの声が静かに響く。その声には、千年の重みのようなものがあった。


「怪異は、努力でどうこう出来る存在じゃない。人間が倒そうと思って倒せるほど甘くない。だから、陰陽術を学んだ所でそもそも意味がないかもしれないわ」

「……そんな……」

「もし怪異と出会ったら、逃げなさい。戦うことじゃない。逃げることが、生きる術。陰陽師の世界でも、それが常識。封印ができれば、それだけで英雄扱い」



 スザクは、かつての記憶を思い出すように、遠くを見た。



「お、陰陽師の世界? あ、あの、陰陽師って?」

「陰陽術を使う、怪異に相対する存在よ。平安時代から、居るわ」

「そ、そんなの聞いたことないです」

「そりゃ、表に出てくる存在じゃないからよ。いえ、正確にいうと、徐々に裏になっていったと言うべきかしらね? 元々は大々的に表で活動してたわ。時代と共に裏方になっていったけどね」

「怪異に対抗する存在なんですか!? そ、その人ならお姉ちゃんを」

「無理ね。さっきも言ったけど怪異は人間の枠組みじゃないの。陰陽師っていうのは、怪異を倒すのではなく、どうにかして、封印してそれを続ける存在よ」




 そう言われて志乃は落胆した。自身が立ち向かおうとしている相手が、それほどまでに凶悪で強大であると、感じたからだ。



 普通ならば、封印することしかできない、人間ではどう足掻いても倒せない化け物。そんなのに姉は攫われてしまった事実に対する、恐怖。


 様々な感情が混ざりある。しかし、そんな中で彼女は父を思い出した。



 そして、姉の笑顔も……






「それでも、わ、私、お姉ちゃんを助けたい、です」



 その言葉に、スザクの表情がわずかに曇った。



「……わかったわ。正直、どこまで意味があるのか、そもそも使えるのかは分からないけど――学ぶしかないわね」

「学ぶ……陰陽術を?」

「そう」


 スザクはそう言うと、部屋を飛び出して二階に上がって行った。その後、古びた服装を持ってきた。それは、狩衣、神に祈りを捧げるときの正装であった。



「これは、狩衣ってやつよ。まずはこれを着なさい」

「え、えとこれは?」

「アンタの父、志夜が残してたみたいね。アンタを守るために。こういう狩衣は魔除け的な効果も微量ながらあるから、買っておいたんでしょ」


 

 志乃の胸が熱くなる。丁寧に包まれた白い狩衣を、彼女は取り出した。薄い布地なのに、不思議と温もりがある。



「着てみなさい。陰陽術の第一歩は正装よ」

「は、はい……」


 志乃は袖を通した。体にぴたりと馴染む。まるで、最初から自分のためにあったように。


 志乃が着るのを確認した、スザクは真剣に語り続ける。



「次に、言霊。術を発動するための祈り。神に力を借りる行為。今回は火の神――火之迦具土神(ヒノカグツチ)に捧げるの。先にワタシが手本を見せるわ」


 スザクが手を掲げた。空気が熱を帯びる。スザクは息を整え、真剣な声で言葉を紡いだ。



「天地に宿る火よ、神の裁きとなりて顕現せよ。炎宝(えんほう)

 


 瞬間、スザクの掌に、ぱちりと赤い光が灯った。小さな炎。だが確かに、そこに生きた火があった。


 それは彼女の鼓動と同じリズムで揺れ、息を吸うたびに大きくなっていく。



「す、すごいです!」

「これくらい当然よ。さて、今度はアンタがやってみなさい」

「え、い、いきなりですか?」

「いきなりも何もないの。時間がないんだから、さっさとやる」

「は、はい」




 志乃は自身の手のひらを、空に掲げた。そして、ゆっくりと言葉を発する。しかし、えっと、なんて言えばいいのか迷っていた。



「アンタ、ワタシの言霊を忘れたわね」

「す、すいません」

「愚かね。ほら、紙に書いてあげるから」

「あ、ありがとうございます」




 紙に書かれた言霊。それを読んだ志乃は再度、手のひらを天に掲げる。




「天地に宿る火よ、神の裁きとなりて顕現せよ。炎宝(えんほう)




 そう唱えた瞬間、微かであるが彼女の手に小さい炎が宿っていた。それを見て志乃は感激の声を上げる。


「……で、できた……!」


 スザクは一瞬、息を呑んだ。その瞳の奥に、驚愕と歓喜、そして少しの恐れが混じる。



(まさか……一発で成功するなんて……)




(こんなの、ありえない。安倍晴明ですら、最初の成功まで七日かかったと聞いたんだけどね……)





 スザクは内心、戦慄していた。まさか、いきなり一発目で成功するなんて、思っても見なかったからだ。彼女は常人ではないと確信した。



「志乃……あんた、もしかしたら……安倍晴明以上の才を持ってるかもしれない」

「え……? あ、その、それって凄いことですか?」

「大したもんよ」

「え、えへへ」

「うわ、笑い方ゲス」

「うあぁぁああ」

「悪かったわ。傷つけるつもりはなかったわ」




 スザクは自身が書いた、言霊が書かれた紙を見つめる。



(それに、この子の場合は火之迦具土神(ヒノカグツチ)様に祈りを捧げた、と言うより、紙に書いてある文字を読んだだけ……)




(何十年も祈りを捧げても、使えない人間なんて数え切れない程いたんだけど。つくづく、才能(ギフト)の世界ってわけね)



(ただ、残酷なのは人間として才能があっても、怪異からしたら大して脅威でも何でもないってことかしら)





 志乃が手を閉じると、炎は静かに消えた。焦げ跡ひとつ残らない。だが、空気には甘い香りが残っていた。


 その時、外から異音がした。ずるり、ずるり、と地面を這う音。スザクの表情が一変する。



「志乃、外に行くわよ」

「は、はい」




 玄関を開けた瞬間、黒い影が這っていた。泥に塗れた手足、歪んだ顔、虚ろな瞳


――穢れ。


 三体、いや、四体。夜の闇の中から次々と現れる。




「もう一つ、霊格について教えるわ。今目の前にいる怪異。あれら全ては穢れ(けがれ)よ」

「……穢れ、ですか……?」

「ええ。そもそも、全ての存在には霊格と呼ばれる、格付けがあるの。人間は一番下、そして、その上に怪異が君臨している。そして、その丁度一個上が穢れ(けがれ)よ」

「な、なるほど……」





 スザクの手がゆらりと上がる。指先から、焔が漏れた。それは小さな火種だったが、瞬く間に燃え広がる。


 熱風が吹き荒れ、穢れた肉が蒸発する。赤い光が夜を照らし、黒煙が上がった。スザクの髪が揺れ、瞳が金に輝く。



 ──スザクから、漏れた炎は一瞬で全ての怪異を蹴散らした。





「……やっぱり、昨日の残穢とんでもないわね」

「残穢……?」

「昨日、廃病院でワタシが吸収した炎よ。それを使ったの」

「あ、あれですか」

「そうよ。そうでもなきゃ、あんな数の怪異祓えないわ。一応、勘違いしないように言っておくけど、普通は怪異は祓えないし、倒せないわ。これは何度でも口が酸っぱくなるほどに言っておくわ。勘違いしないように」

「は、はい」

「ちょっと炎が出せただけで調子に乗らないこと。いいわね」




 スザクは手を下ろす。焔が消える。夜風が、焦げた匂いを運んでいく。





「それじゃ、志乃、行くわよ。お姉さんを探すんでしょ?」

「は、はい。分かりました!」



 そう言って、志乃は図書館で借りてきた本をスザクに差し出した。その本は影森町封印誌と呼ばれる本だった。




「こ、これ影森町封印誌って、言うのでして。それに願望山(がんぼうやま)。願いが叶う山、って書いてありました! た、多分お姉ちゃんこれを読んで、夜に出て行ったのかなって」

願望山(がんぼうやま)、そうじゃないかと思ってたけど、厄介な場所に行ったわね」

「え?」




 スザクは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。不快や焦り、そう言う感情も今の彼女からは読み取れたのだ。




「その山はこの町にあるわ。すぐ近くにね。そして、そこには祠がある。山神を封印する祠がね」

「……ふ、封印ですか?」

「元々は平安時代に封印されたのが山神なのよ。その封印を管理する一族も、居たんだけどね。まぁ、色々あって、放棄しちゃったの。それで、二十年前に山神が復活しかけて、火の鳥様が再封印した……でも、完全には無理だった」



 スザクの声がわずかに震えた。その震えは、哀しみなのか、怒りなのか――志乃にはわからなかった。




「その、封印が不完全だとどうなるんですか?」

「徐々に、封印が解けていくわ。少しずつ、力を出せたり、手下を動かせたりも可能になる」

「そ、それって、まずくないですか?」

「そうね。まずいわね。いずれ、この町も滅びるかもね。下手したら、日本の人間壊滅かしら?」

「え、ええぇ!? そ、そんなに危険な、化け物なんですか……」




 町が滅びるだけでもとんでもない。しかし、それを更に超えて、日本の人間が壊滅するかもしれないと言う話に、志乃は現実味が少しないように感じられた。




「だから、わざわざ半端になってる封印場所に行くなんて、自殺行為と同じってことよ。でも、それでも行くの?」

「……は、はい。私はお姉ちゃんを救いにいきたいです……」

「……そう、それならついて行ってあげるわ。今のワタシなら、ある程度は戦えるし」

「あ、ありがとうございます!」




 そう言って、志乃は深々と頭を下げた。その様子を見て、スザクは微笑むが、頭を下げている志乃にはその笑顔は見れなかった。




「あ、それとお父さんとスザクさんが言ってた、火の鳥様なんですけど。その神社にも行きませんか? もしかしたら、ち、力を貸してくれたりとか……以前も封印してくれたんですよね?」

「……」



 スザクは志乃をまっすぐ見つめた。焔の瞳が、夜を切り裂くように光る。




「火の鳥様の神社に行っても無駄よ」

「……え? どうして?」

「そこに火の鳥様はいない。無駄足になるだけよ」

「ど、どうして、そんなことがわかるんですか?」

「さぁ、どうしてかしら。勘よ」

「……あ、あの、前から気になっていたのですが、スザクさんは昔の話とかもすごい詳しいですよね? 最初はお姉ちゃんの高校の制服を着てるから同級生かと思ったんですけど……そ、その、スザクさんは何者なんですか? さっき言っていた陰陽師とかなんでしょうか?」





 そう言われると、やれやれと言った表情でスザクは志乃を見つける。そして、次の瞬間、彼女の背中から





──炎の翼が生えた。




 まるで、天使の翼のように燃える翼が夜を照らしていた。




「そうね。誤魔化してもいいけど。そろそろ隠すのも面倒になってきたわ」

「あ、え、え、これ、翼?」

「そうよ、炎鳥の翼」




 志乃はその光景に、ただただ見惚れてしまっていた。




「さて、さっきの問いに答えてあげる。まぁ、この見た目でわかるだろうけど」




 流石にここまでくれば、鈍い志乃でも全てに察しがついた。






「──ワタシが、アンタの探し求める……火の鳥様だからよ」

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