9.縦割りの弊害を見てみよう
クマ対策が根本的に解決しない最大の原因の一つは、まさに「縦割り行政」と、それによる「責任のたらい回し」です。
これは、本来人命保護という共通の目的を持つはずの行政組織が、法的な所管と責任の境界線に固執し、相互理解を欠いているために起こる、構造的な問題です。
縦割り行政の弊害:責任の境界線と問題の深刻化
クマ対策において、特に密接に関わりながらも「縦割り」により連携が取れない組織の例を、警察と保健所を含めて見ていきましょう。
1. 警察と保健所:理解と連携の欠如
組織:法的な所管クマ対策における課題
警察:治安維持・人命保護(警職法、銃刀法)人命保護の最前線。市街地での発砲権限を持つ唯一の公的組織。責任回避により、発砲リスクを負うことを嫌がる。
保健所:公衆衛生・食肉衛生(食肉衛生法、狂犬病予防法など) 駆除された獣の処理・流通に関する責任を負う。厳格な衛生基準(認定施設での処理)を課し、猟師の経済的インセンティブを破壊した。しかしこれは立場上しょうがないことではある。
相互理解の欠如: 警察は「クマの死体の処理」には関心がなく、保健所は「人命の危険が迫った現場での発砲」には関心がありません。しかし、猟師から見ると、人命保護と駆除後の処理は一つの流れです。
責任の押し付け: 警察が射殺を避けると、駆除の責任が行政(環境課など)を通じて猟友会に押し付けられます。猟友会が駆除すると、今度は保健所の定める厳しい衛生基準が立ちはだかり、適切に処理できず、猟師の赤字が増大します。
結果: 誰もが一連のプロセス全体に責任を持たないため、「人命の危険」という最優先事項がおろそかになり、現場の猟師に全てのリスクとコストが集中します。
2. 環境省と農林水産省、自治体(環境課・農政課)
さらに、クマの生息環境や被害対策に関わる上位官庁でも縦割りは顕著です。
組織:法的な所管クマ対策における課題
環境省:野生動物の保護・管理(鳥獣保護管理法) 個体数管理や捕獲制限の枠組みを作る。 過去、「保護重視」の政策を推進しすぎた経緯がある。 被害対策や駆除予算の確保には消極的になりがち。
農林水産省:農林水産業の被害対策(農業被害、林業被害) 被害の数字を追うが、人身被害の責任は負わない。 駆除の予算は出すが、それはあくまで「農業被害対策費」であり、人命保護の対価としての報酬設定には限界がある。
対策のズレ: 人命保護を重視する「緊急対策」と、農林業被害を防ぐ「日常的な管理」が別々に進められ、対策に一貫性がありません。
予算の硬直化: 駆除報酬が「農業被害対策」の予算で賄われると、報酬は被害額や作業内容に基づいて低く抑えられ、猟師の命の危険や、銃のコストは反映されません。
根本的な解決に向けた提言
この縦割り行政の問題を乗り越え、現実的なクマ対策を実行するには、以下の「責任の一元化と公費投入」が不可欠です。
責任の一元化:
内閣府レベルの対策本部の設置:クマ被害を「災害」と認定し、警察・環境省・農水省・自治体など全ての関係機関の長を一堂に集め、統一的な指揮系統を確立する。
公的責任の明確化と実行:
警察の役割拡大: 警察に対し、クマ対応に特化した専門チーム(ライフル装備、追跡訓練済)を設け、市街地でのクマの射殺を「公務」として躊躇なく実行するよう組織の方針を転換する。
現場の経済的支援:
「人命保護の対価」としての報酬の大幅増額: 駆除報酬を、経費や命の危険に見合った額(例えば、公務員の日当+危険手当に準じる額)まで引き上げ、駆除を「損をしない仕事」にする。
保健所の規制緩和(特例措置): 少なくとも「有害鳥獣駆除」によって得られた獣肉については、流通を前提としないため、自治体が責任を持って処理(埋設や焼却)する体制を整え、猟師の負担をゼロにする。




